イツキ 夢現
「・・・く」
優しい、大好きな声が自分を呼ぶ。
雫はまだ目覚めたくないと、ぎゅっと温もりにしがみついた。
「痛いよ、雫」
「だって、起きたくないだもん」
「返事してる時点で起きてるだろ」
こら、と少し笑い混じりの声が聞こえたかと思うと、雫の鼻がつままれた。
ぱっと目を開けると、彼女の恋人、イツキが可笑しくて堪らないという笑みで、自分を覗き込んでいる。
悪戯をされたというのに、雫はそれが嬉しくて仕方なくて、けれど、口では怒ってみせた。
「ひどいっ! 女の子の鼻はデリケートなんだからね」
「そんな女の子にしがみ付かれてる男の子の体も、結構デリケートだよ?」
もう一回しちゃおうかなーと思うくらいには、ね?
そう言葉を続けて、悪戯な光を宿したイツキの頬を、雫はぎゅっと引っ張った。
彼女の目が、本当にいっちゃんはえっちで変態で・・・といつか、いや、何度も彼が言われている言葉を映し出している。
イツキは、そんな彼女の様子に、降参、と笑うと自分の頬をつねる小さな手に、自分の指を絡ませて、口を開いた。
「そういえば、雫、寝てる時変な顔してたよ。何かいやな夢でも見た?」
「変な顔?」
どんな顔してたんだろうと眉を寄せる雫に、イツキは軽く微笑むと、疑問の答えを望むように彼女の顔を覗きこんだ。
「うーん、いやな夢、見てたかな?」
イツキの視線に促されて、小首をかしげる。
繋いだ指先を無意識に弄びながら、雫は、あ、と小さく口を開いた。
思い出した。
「見た見た!」
「・・・どんな?」
「イケメンがいっぱい出てきた」
「・・・・・・」
「金髪でしょ、まさかの水色に青色でしょ。でも一番格好いいのは」
「・・・この話はなかった事にしよう。うん。そいえば、雫、今度の日曜だけどさ」
「灰色の髪の人でね、もうやばかったよ。あ、でもやっぱり金髪の人も」
「・・・・・・」
「あれ~? いっちゃんは夢にまで妬くような男でした?」
黙り込んで目を眇める恋人の姿に、雫はにま~と人の悪い笑みを浮かべる。
その顔が憎らしいやら、可愛いやら。
イツキはごろんっと体勢を変えると、彼女の上に圧し掛かった。
その手が彼女の腰を捉える。
瞬時に、その彼の行動が何をするのか察した彼女は、慌てて彼の手を止めようと動いたが、彼の手は止まらず、彼女は声を上げた。
「いっちゃ、くすぐったい! やーめーてー!」
あははははっと笑いながらも、無理矢理のくすぐり攻撃に、雫は顔をしかめてみせる。
それでもイツキは止めない。
くすぐったさに耐えられず、笑う彼女の瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
「謝る?」
「ごめんっもう言わないからっ」
「じゃ、許す」
ぴたっと離れた手に、雫はほっと息を吐いて、笑い過ぎて乱れた呼吸を整えた。
そんな彼女が背を預けるベッドの間に、イツキは腕を滑り込ませると、彼女の体を抱きしめた。
こつんと額を合わせて、目を合わせる。
「俺って格好悪い?」
「そうだね」
ふっと笑う雫と合わせた額を、少しだけ離してから、ごつんとぶつける。
「いたっ・・・格好悪いうえに、暴力まで」
「雫は口が悪いよね」
「いっちゃんにだけだよ」
「俺も雫にだけだよ」
「お互い微妙だね」
「そうだね」
二人して笑いあう。
雫は自然にイツキの背に手を伸ばし、甘えるように彼の頬に、自分の頬を摺り寄せた。
瞳を閉じる雫の顔には、こんなに騒いだのに、まだ眠たさを残している。
「・・・また寝るの?」
「うーん? ・・・もう少し眠いかも」
「そっか。んじゃ、時間になったら起こしてあげるから、寝ていいよ」
「うん・・・」
そして彼女はまた、眠りにつく。
彼女の顔を、イツキはずっと見つめていた。