イズリア
雫がじっと見ている。
その黒い大きな瞳に好奇な光を宿し、じっと自分を見つめている。
イズリアは剣より若干苦手な弓を練習している最中だ。
それには集中力が必須である。
けれど視界の端に映る黒髪の少女の存在は大きく、彼の射た矢は大きく的を外した。
彼はわざとらしくため息を吐いて、雫を振り返った。
「・・・あの、なんか俺の顔付いてる?」
「えっ? あっごめん邪魔してる?」
邪魔してるっていうか・・・
気が散漫になるのは確かだが嫌ではない。
嫌じゃないがじっと見つめられるのには慣れていない。
それが雫だからここまで気になるのか。
はたまた昔から珍しい水色の髪のせいだから、見られるという事にプレッシャーを感じるからか。
イズリアは小さく息をつくと、彼女の座る倒れた木の幹に歩み寄り、その前に膝をついた。
「何見てたの?」
「・・・イズの髪見てた」
なんだ、そんな事かとイズリアは、少なからず残念に思い苦笑する。
自分の前髪を一房、指先に絡めて引っ張った。
それを雫が目で追いながら口を開く。
「ここっていろんな髪の色があるんだね、目に新鮮」
「そうだな、人の数だけいろんな色があるかも」
「ね、触ってもいい?」
目の前で、イズリアの指先が自分の髪で遊ぶ様を見ているだけでは物足りなくなったのか、雫の問いかけに彼は目を丸くした。
「別にいいけど」
「わーい、ありがと」
にこっと笑って、雫が手を伸ばす。
軽く引き寄せられて、イズリアは慌てて彼女の座る木に片手を付いた。
彼女の手が、自分の髪を掻き混ぜるように動く事に、彼の心臓がとくんと高鳴り出した。
「わっ本当に根元まで水色」
「そりゃ、途中から変わるのもおかしいだろ」
「そっか、それもそうだね」
くすっと笑う雫の吐息が目の前に落ちる。
なんか、すっげー近いんですけど。
何処を見ていいのか解らずに、泳がせた視線が雫の黒い毛先を映す。
艶やかに流れるそれに、イズリアは無言で触れようとして、手を止めた。
「ね、俺もシズクの髪に触ってもいい?」
彼女は自分に聞いたのだから、自分も問いかけてからでないと、失礼に当たると思い出したのだ。
雫はあっさり、いいよーと頷いた。
「シズクの髪って綺麗だよね」
「ありがとー。でも、重く見えるから、本当は茶色に染めたいっていつも思ってるよ」
「ええー勿体無いよ。いいじゃん、このままで」
イズリアの指先で、癖のない雫の黒い髪が、絡めてはさらさらと流れ落ちる。
その感触を楽しんでいると、いつの間にか彼女の手が止まっている事に気付いた。
ふと顔を上げると、視線が合う。
いや、合っているような、気がする?
「・・・何?」
「睫毛まで水色なんだなーって感動してた」
「何だそれ」
ふっと笑う自分の揺れる睫毛を見てるのか、雫の黒く大きな目が、くるくると楽しそうに揺れている。
イズリアはそんな彼女の瞳を覗き込んだ。
「シズクの睫毛だって黒い」
「それは当然だよ」
「それシズクが言うんだ」
「あ、そっか」
二人して、お互いの睫毛のことなんかで笑う。
ふとイズリアは気付いた。
あれ、これってすげーいい感じなんじゃね?
雫の手はいまだ、自分の頭に添えられたままで。
自分の手は、片方は彼女の傍らに置き、もう片方は彼女の毛先に絡めたままだ。
二人して、お互いの顔を至近距離で覗きこんでいるその姿を、もしも他の誰かに見られたらどう言われるだろう。
見られたいような、見られたくないような。
ああ、でもそれよりも。
少しだけ、雫の髪を絡める指先に力を込めたら。
彼女がバランスを崩してこちらに倒れたら。
自分の腕の中に・・・
「イズ?」
急に黙り込んだイズリアを不思議に思い、雫は小首をかしげた。
どうしたの? という意味をこめて、彼女は彼の頭に添えていた指先に少しだけ力を込めて、その毛先をつんつんと引っ張った。
イズリアが驚いたように、目を見開く。
え、あたしそんなに強く引っ張った?
「ごめ」
「ごめんっ!」
雫が謝ろうとしたところを、イズリアが先に謝りばっと勢い良く立ち上がる。
その頬に少しばかり赤味が刺しているような気がしたけれど、雫がそれを確認する前に、イズリアは踵を返して弓の隣に立掛けて置いた剣を片手に取ると、大股で歩き出す。
「俺ちょっと行ってくる」
「え? あ、うん。行ってらっしゃい」
急なイズリアの態度に、雫はやっぱり首をかしげて彼の背中を見送った。