狩人の動機(SS・ホラー)
――逃げて!あいつが来た。私達みんな殺される。
通信からすぐ消息は切れた。あいつに捕まって殺されたのだ。
あの子はこの世から跡形も無く消えてしまった。
そりゃあ昔は悪さもした、人間を海に引き摺り込んでたくさん殺したりもした。
私たちは神の失敗作、海の化物だから。でも神の被造物の人間は、数を頼りに私たちなど及びもつかない化け物に成長し、逆に私達を狩出した。
人間のハンターたちは私達をUMAなんて呼んで、どんどん殺すか檻に入れて見せ物にして飼う。だから私たちは悪さはやめて身を隠し、上手く人間に化けて隠れてやってきたのに。
なのになぜ、あいつは私達がわかるの?もう私の種族は私が最後の一人。
あいつが来た! 刀を持ってる、殺される。誰か助けて!
◇
日本刀をあいつの体から抜く。血が吹き出し、ぴくぴくと痙攣して女は死んだ。
女の死体を浴室に引きずり、裸にして湯船に入れて水を張る。
女の2本の足がスルスルと一本につながり、美しい鱗に覆われた魚の姿に戻っていく。人魚はいつ見ても美しい。
「うまそうだ」
唾が溢れ喉がなる。刺身か、タタキか、ステーキか。冷凍保存しておけばかなり持つ。我慢して少しずつ食べれば一年は食べられるだろう。
気になるのは、コイツが最後に言った「もう人魚は、私が最後の一人だ」の言葉。
これが食べ収めなのか。悲しい……いや、地獄だ。
出刃包丁で魚の部分を三枚に下ろしながら考えていた。
――なぜコイツらは死ねるんだろう。
私は、コイツらの肉を食べたばかりに永遠に死ねなくなったのに。
私の名は八百比丘尼、通り名だ。本名は昔すぎて忘れてしまった。
名前を超えて、もう千年近く生きているのだから。
微かに覚えている記憶は、今と同じ姿の私が「死にたくない、今と同じに若く美しくあり続けたい」と叫び、人魚を殺して食べたことだ。
その美味かったこと!
食べても食べても食欲は治らず、私は人魚の味に取り憑かれ、若く美しい不死の存在となって、世界中を人魚を探して彷徨うことになった。
人魚以外は何を食べても砂を噛むようで、舌は、喉は、胃袋は、あの味を欲しがって、キリキリと締め上がる。
眠るたびに、人魚の夢ばかり見た。「私を食べて」とさそう、美しい人魚達の群れ。あの尻尾、鱗の輝き、極上のトロを超える油の乗った下半身。サシの入った赤身の上半身の肉質!
夢から覚めて、泣き続けた。
「食べられなければ死んでしまう」と。
最後の一匹。これを食べ終わったら、私はどうなるの?
「呪われろ人間。不死は神の与えた罰、永遠の生き地獄がお前達にはふさわしい」
最後の人魚の言葉が突き刺さる。不死は罰。死こそが解放――私の不死の呪いは消える日が来るの?
くん。
私の鼻腔を美味しそうな匂いが満たす。堪えられずに一切れ摘む。
その味に、何もかもどうでも良くなる。今のこの幸せの前には何も考えられない。
この快楽こそが永遠を望んだ本当の罰なのだと、おぼろげに感じながら私は食べ続ける。
了
「扶桑樹の国」起承転結の起、6回分3万字書いた。
でも描写を丁寧にしていると、無駄に字数が増えて、一回5,000字じゃ削るしかない。
まだ入れないといけない伏線や、情報があるのに!
と、いうわけでストレスで一本上がり。闇が深くてホラーになってしまいました。
「季節の便り1・2月」は後でまとめて書きます。ごめんなさい。