67.里浜!お前だけは絶対に許さねぇ!
俺は部屋を出て、海夏の部屋の前に立ち、そっと木の扉をノックした。
っていうかさ、さっき恒川が「桜花と彩奈も呼んできてよ。先生たちもついでに~」って言ってたけど、あれって最初は俺と二人きりで行こうとしてたってことじゃない?
いやいやいや、マジで?それってつまり……デート的な、やつ?
まさかね!ないない!あはは〜絶対ない!これは罠だ!幻だ!錯覚だ!全部俺の脳内の妄想だー!
……とか頭の中でひとりコントしてたら、扉がゆっくり開いた。開けたのは海夏じゃなくて、まだ寝ぼけまなこの中野だった。
「見崎くん……?どうかしたの?」
目をこすりながらのその声は、なんかふわふわしてて、さっきの恒川よりも女子力高めじゃん!
やばい……この子、今めっちゃ可愛いんだけど!
「恒川がさ、ご飯行こうって言ってて。みんなにも声かけてって。」
「ご飯……? えっ、でも今帰ってきたばっかじゃ……?」
彼女はポカンとした顔で俺を見つめてきた。
絶対、爆睡してたなコレ。窓もカーテン閉めっぱなしだったし、時間の感覚ゼロだろうな……
「帰ってきた“ばっか”って、今もう夕方だぞ? お前ら、どんだけ爆睡してたんだよ。」
「えっ!? 夕方!?」
目を見開いて驚く中野。ああ、このリアクション……恒川と同じやつ。
でっかいお目目がさらにぱっちりしてて、なんか……美少女度増し増しじゃん。
いやいや! なに考えてんだ俺!全部妄想だ!これも錯覚だ!
「……とにかく、早く起きて準備しろよな。」
そう言い残して、今度は隣の部屋――里浜と琴音の部屋の前に移動したんだけど。
まだノックする前から、中からなにやらゴソゴソと音がしていた。
──ドンッ!
俺がノックしようと手を上げた瞬間、いきなり中から鈍い衝撃音が響いてきた。
え、なに?
もしかしてまた……あいつら、また中でケンカしてんのか……
「おーいおーい、開けろ!まさかまた中でケンカしてんのか?」
俺は慌ててドアをドンドンと叩いたが、中からは一向に音が止む気配がない。
え、もしかして本気でバトルに突入してんのか……?お前ら、もうクセになってんじゃねーだろうな?
「ん?見崎、ここで何してる?」
と、俺の右側から聞き覚えのある声がした。振り向くと、佐々木先生が部屋から顔を出していた。
髪はタオルで巻かれてて、顔には半分だけスキンケア用品が塗られてる。
あれ……?ってことは――先生、今お風呂上がり!?しかもその肩、ガッツリ見えてるんですけど!?
浴衣……っていうか、バスローブだけ!?それ、下は何も着てないやつじゃ……!?
「せ、先生っ!琴音と里浜が中でケンカしてるかもしれません!」
「ケンカ?聞き間違いじゃないの?」
先生は半信半疑の様子。いやいや、こんなデカい音聞こえないわけないだろ!?
先生の部屋、すぐ隣だよな……?
……え?もしかして俺の耳の方がおかしいのか?
「いや、絶対間違いないって。ちょっと耳を澄ましてみてくださいよ、この音……絶対“切磋”って名のガチバトルしてますって!」
「そうなの?……じゃちょっと待って、服着てくるから。」
そう言って、先生はすっと部屋の中に引っ込んでいった。
直後、バタン!と勢いよく扉が閉まる。
いやいや、まだ服着てないなら最初から出てこないでくださいよ先生ー!?
……でも、ちょっと気になっちゃうよな、正直。
あの感じだと、先生たぶん本当にバスローブ一枚だぞ……?
見た目は美人だし、普段の服とか水着とかからでもスタイル良さそうに見えるけど、中にはパッドとか補正下着的なものが仕込まれてたりする可能性もあるのかも……?
しかも先生の水着、どう見てもパッドを入れやすそうなタイプだし……
でも!今みたいな風呂上がりでラフな格好のときって、そういうの着けてない可能性が高いわけで……
つまり、今の先生のスタイルは“リアル”ってことか……!?
スタイル、けっこういいじゃん……
ち、違うからな!俺は別にやましいこと考えてるんじゃないからな!
純粋な――純粋な興味だっ!興味本位なんだってば!
「あれ?見崎くん。海夏と琴音を呼びに行ったんじゃなかったの?なんでまだここに?」
佐々木先生が着替えている間に、恒川はもうすっかり準備完了していた。
「海夏と中野はもう呼んできた。今ごろ準備してるはず。でもな……琴音と里浜が……ちょっと聞いてみ?」
俺は少し後ろに下がって、恒川にドアの前のスペースを譲った。彼女はそっと耳をドアに近づけ――すぐに表情が変わった。
「この二人……中でケンカしてるの?」
「俺もそう思ってた……」
「ちょっと、どいてて。」
と、その時。佐々木先生が服を着替えて戻ってきた。しかもスカート姿だ。
……え?先生がスカート?初めて見た気がする。
外見だけなら、いつもよりスリムに見えて大人の魅力ってやつが全開になってる。
いやいや、残念ながらこの人、めっちゃ暴力的なんだよなあ……
それなのに、なぜか目が離せなくなってる俺の視線ェ……
ダメだ!今のうちに目を逸らせ俺!!
このままじゃ絶対バレる!バレたら“拳”のお仕置きコース確定だ!
そして先生はポケットから、何やら数枚のカードキーを取り出した。
……って、先生!?なんでそんなにカードキー持ってるの!?
今の俺の視点から見ただけでも……4枚くらいあるよな?
まさか……俺たち全員分の部屋のカード、持ってるんじゃないだろうな……?
それって……それって……完全に支配者ポジじゃん先生!
「せ、先生……なんでそんなにカードキー持ってるんですか……?」
「これ?昨晩、みんなの部屋から拝借しておいたのよ。」
「昨晩!?」
「そうそう。気づかなかった?昨日ホテル出るとき、部屋のドア開けっぱなしだったでしょ。でも今朝戻ってきたときには、ちゃんと閉まってたよね?」
言われてみれば――たしかに!?
昨日、地図の座標を探しに出かける時、誰一人としてドア閉めた記憶がない。けど今朝戻ったときには……たしかに閉まってた……!
「確かに……そうだったかも……」
「全部私が閉めたのよ。あのままだと、マジで何か盗られてたかもよ?」
「いや、今その話は後でもいいですから……とりあえず、早く中を確認しないと!」
恒川の冷静なツッコミにより、俺たちはやっと話を元に戻すことに成功。
俺はそそくさとドアの前から退き、佐々木先生がカードキーでドアのロックを解除する。
ピッ――
ロックが外れ、ついにドアが開く。
ガチャ――
「よし、開いた――いってえええええ!!!?」
……次の瞬間。
まだ部屋の中の様子も見えないうちに、俺の顔面に何かが直撃した。
視界が真っ暗になり、そのままバタンと床に倒れ込む。
「いてぇぇぇぇええええっっ!!」
顔を押さえながら、情けなくも地面で転がる俺。
なに!?今の!? 何が俺の顔にクリーンヒットした!?
「や、やばっ……!」
部屋の中から、里浜と琴音の二人が見事なハモりで悲鳴を上げた。
そのタイミングで、恒川が俺の様子を確認するように声をかけてきた。
「み、見崎くん、大丈夫?痛くない……わけないよね?」
あたりまえだバカッ!!
お前も一回顔面に何かぶつけられてから言ってみろ!!
「な、渚ちゃん……大丈夫……?」
「ケガしてない……よね?」
里浜と琴音も慌てて俺のそばに駆け寄り、恒川と一緒にほぼ戦死者みたいになってる俺を支え起こす。
「ってかさ……俺、今なにで殴られたんだ……?」
「たぶん、これかな?」
佐々木先生が拾い上げたのは、地面に転がっていたピンク色のスニーカー。距離にして2メートル圏内。
この色、形――まさに、里浜のやつじゃねーか!
「おい!里浜、お前俺に靴投げつけたろ!?」
俺は顔面に怒りのオーラをまといながら彼女を睨みつける。
すると、里浜は「へへっ……」と曖昧に笑いながらじりじりと後退を始め、汗をぬぐいぬぐい苦しそうに言った。
「あ、あはは……その……渚ちゃん?誤解、誤解だってば……」
「み、見崎、鼻血……出てるよ……」
「……え?」
佐々木先生にそう言われて初めて気づいた。
たしかに鼻から何か温かい感覚がある……けど顔面全体がマヒしてるせいで今まで気づかなかった。
おそるおそる手で鼻を触ってみると——そこには見事にべったりついた鮮血の痕が……!
「里浜ァァァァァァァァ!! お前だけは絶対に許さねぇ!!」
鼻血も構わず、俺は怒りのままに立ち上がる!
「今日という今日は!絶対にお前をシメてやる!!」
「わ、わわっ、ご、ごめんってば~!!」
里浜は泣きそうな顔であたふたと逃げ回り始める。
その顔からは「本気で反省してます!二度とやりません!!」感が滲み出てるけど——
そんなの今の俺には通用しないッ!!
「逃げんなコラァァァァ!! その顔面に正義の鉄拳をプレゼントしてやるッ!!」
……そして。
意味不明な靴アタックを喰らった俺の怒りの追撃戦は、部屋中を駆け回るという体力の浪費合戦へと発展。
最終的に、俺と里浜は揃って息切れして力尽きた。