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04. 絶体絶命のように感じた時(自分で思っただけだね)、恒川紅葉が救ってくれた

 乗り過ごして駅を間違えたせいで、学校に着いた時にはすでに遅刻していた。その罰として、佐々木先生に午前中ずっと立たされることになった。


 そんな苦痛を耐えながら午前中を過ごしたが、罰はこれで終わりではなく、本当の地獄は、これから始まるのだ……


 反省文……どうしよう!?


 昼休みの時間は1時間しかないのに、その間に反省文を書き上げるなんて無理だろ! 完全に詰んだじゃないか!


 そもそも、今まで一度も反省文なんて書いたことないのに、突然書けって言われても困るに決まってるだろ!


 しかも字数指定があるとか、最低500字以上って……俺にできるわけないだろ。


 「見崎くん。」


 悩んでいる時、背後から声が聞こえてきた。


 この声……聞き覚えがある。恒川か?


 顔を上げて振り返ると、案の定、恒川が俺の右後ろに立っていた。やっぱりこいつか。


 「恒川さん?どうした?」

 「反省文、書き始めた?」

 「いや、どう書けばいいか悩んでて……」

 「もしよければ、私が代わりに書いてあげてもいいよ?」


 ……え? 代わりに書く? 本気で? なんで?


 「俺のために……本当に書いてくれる?」

 「うん。まあ、一種の謝罪ってことで。」

 「は?」


 謝罪? 何の謝罪だよ? 別に俺、怒ってないんだけど。


 「朝、彩奈がちょっと失礼だったから、気にしないでほしいの。」

 「ああ、あのことね……」


 正直言うと、俺は全然気にしてない。失礼だろうが何だろうが、俺には関係ないし、そもそも彼女が言わなければ失礼だなんて思いもしなかった。


 「そう。それで、そのお詫びに反省文を書いてあげるよ。」


 恒川の瞳からは真剣さと誠意があふれていた。どうやら本気で里滨の代わりに謝ろうとしているらしい。


 でもさ、この状況、どうしたらいいんだ?


 俺、そもそも何も気にしてないんだけど、彼女がここまでやると逆に断りづらくなる。


 それに、遅刻の原因はそもそも俺が駅を間違えて降りたせいだし。


 確かに、あの場から逃げたかったのは事実だけど、もし駅に着いていないと分かってたら、たぶん他の車両に移るくらいで済ませてたはずだ。


 恒川が言うように「里浜のせいで俺が遅刻した」というのは、正直言いがかりだ。むしろ、里浜は電車でヤンキーたちを片付けてくれたんだから、それだけで十分お返しになってる。


 そんな俺の心の中をよそに、恒川はもう反省文を取り出して机の上に置いた。


 それには、びっしりと文字が書き込まれていた。


 「さっき、もう書いておいたの。国語はあんまり得意じゃないから、気に入らなかったら自分で直していいよ。」


 そう言いながら、恒川は手のひらでその紙を俺の方へ押しやった。


 ……時間がない。


 正直、この反省文を受け取るつもりはなかったけど、時間が迫ってきている以上、もう悩んでいる余裕もない。


 俺の中で、「人に借りを作るのが嫌だ」という気持ちが叫んでいたけど、それ以上に俺は佐々木先生が怖い。


 今や佐々木先生の存在は、俺の心に刻み込まれた消えないトラウマになっている。


 俺は、何度も拒否の動きをしそうになる手を無理やり制御しながら、恒川の反省文を受け取った。


 中身をじっくり確認すると——誤字は一つもなく、字もすごく綺麗で、内容も流れるようにスムーズだ。


 おいおい、さっき「国語はあんまり得意じゃない」って言ったろ? これ、全然普通じゃないだろ!


 そういえば、俺が転校してきた週の金曜日、確か国語のテストがあった。恒川、あの時クラスでトップの成績だった気がする。


 しかも、他のクラスメイトから「圧倒的な強さを誇る」なんて話も聞いたことがある。たとえそれが誇張だったとしても、ここまで噂になるってことは、確実に実力がある証拠だろ。


 これで「得意じゃない」って……おいおい、それなら俺なんて赤ん坊にも勝てないんじゃないか?


 「すごくいい感じに書けてるね。想像以上だよ。」

 「そ、そう? ありがとう!」


 俺に褒められた恒川は、口元を少し上げて、どこか得意そうな表情を見せた。


 「じゃあ、これをそのまま先生に差し出すよ?」

 「うん!」


 恒川の同意を得て、俺は急いで反省文を持って教室を飛び出した。そして全速力で職員室に向かうため、廊下を走り出した。


 ところが、階段を駆け下りている途中——俺は思いがけず里滨と鉢合わせてしまった。


 彼女とはそこまで親しいわけじゃないけど、今朝の一件で少なからず関わりがあったせいか、体が条件反射的に反応してしまった。


 ええっ!? ちょっと待て、止まれ、止まれ!


 Oh no!


 気づいた時にはもう遅かった。急いで駆け下りていたせいで、俺の体は強い慣性に逆らえなかった。


 里滨を見て一瞬立ち止まったその瞬間——俺は……紙と一緒に、階段を転がり落ちた!


 しかも驚くほどスムーズに、まるで障害物のない滑り台を滑るみたいに階段を全力で下っていく俺の体!


 「痛ぇぇぇぇ!」


 くそっ……今日は最悪だ!


 何もかもがうまくいかない。転がり落ちている間中、俺の頭には「最悪」という言葉しか浮かばなかった。


 「えっ! ナ、ナギサちゃん?!大丈夫?」


 里滨がすぐに駆け寄ってきて、俺の状態を確認しながら地面から起こしてくれた。さらには、俺の服についた埃を丁寧に払ってくれる。


 ……いや、待て!さっき、こいつ俺のこと「渚ちゃん」って呼ばなかったか?


 これ、普通に考えておかしくないか? だって、俺たちってまだまともに話したことすらないんだぞ? 知り合いですらないのに、いきなりそんな親しげに呼ばれるとは……


 いやいや、今はそんなことにツッコむ場合じゃない。とにかく、痛い! 体中が骨折したんじゃないかってくらい、めちゃくちゃ痛い!


 「い、痛ぇ……」

 「なんでそんなに急いでたの?」

 「反省文を差し出しなきゃいけないんだ! 先に行くよ!」


 痛みで足元がフラつくけど、佐々木先生の恐ろしさを考えたら、この程度の怪我なんてどうでもいい。


 だから里滨に簡単に返事しただけで、俺は再び職員室に向かって全力疾走した。


 その後、彼女がどうしたのかは全く気にしていない。


 そもそも、俺と彼女の関係なんて、ただの「顔見知り」レベルの同じ学校の生徒に過ぎないんだ。


 「ちくしょう……本当に面倒くさい!」


 職員室に着くと、そこには佐々木先生しかいなかった。他の先生たちは全員どこかに出かけているようだ。


 先生の机の上には、まるで山のように積み上げられた書類の山。


 佐々木先生はその山を前にして頭を掻きながら、片足をもう一方の膝の上に組んで貧乏揺すりをしている。


 どう見ても、彼女はこの膨大な書類に頭を抱えている様子だ。


 もし俺がここで反省文を提出し損ねたら、きっと彼女は突然怪獣みたいに怒り出して、俺を丸飲みしてしまうに違いない!


 その時は、たとえウルトラマンが来たって助けてくれないだろう。


 「せ、先生……これ、反省文です。」


 手に持った反省文を差し出した。


 「もう書き終わったの?」

 「は、はい……」

 「そう、じゃあ見せて。」


 そう言って彼女は反省文を受け取り、じっくりと読み始めた。


 しかし——数行目に差し掛かった瞬間、佐々木先生の眉がピクリと動き、険しい表情になった。


 ヤバい! 完全にバレたんじゃないか?


 「見崎よ……この反省文、お前が書いたのか?」


 死の質問が飛んできた!


 「は、はい……」


 心臓がバクバクと胸の中で暴れ回る。まるで今にも胸を突き破って外に飛び出しそうな勢いだ。


 手のひらには冷や汗がじっとりと滲み、全身が緊張で硬直する。見えない巨大な手に心を締め付けられているような感覚だ。


 「なんか……」


 佐々木先生はメガネをクイッと押し上げ、目を細めて反省文の字をじっくりと見つめ始めた。


 しまった! 完全に見落としてた! 恒川の字と俺の字は全然違うじゃないか! 先生は絶対にその違いに気づいたに違いない!


 もうダメだ……ここで終わる……


 「まあいいか……これで通ったことにしておく。次から気をつけることよ。」


 ……えっ? な、なんだって?


 佐々木先生は反省文を俺に返しながら、手で「早く行け」と追い払うジェスチャーをしてきた。


 「帰りなさいよ。私は忙しいんだから、邪魔するな。」


 そう言うと、先生は再びペンを手に取り、机の上の書類に没頭し始めた。


 ……まさかこんな簡単に終わるなんて思わなかった!


 でも助かった……さっきの緊張で死ぬかと思ったぜ!


 この女……本当に圧迫感がヤバい! これでもう何度目だろう、心の中で同じことを繰り返すのは。


 もしかしたら、机の上に積まれた山のような仕事が、結果的に俺を救ってくれたのかもしれない。


 虚脱感に包まれた俺は、教室に戻るとそのまま机に突っ伏した。


 足がガクガク震えて力が入らない。まるで泥のように机の上で崩れ落ちた俺は、上課までの数分間だけ死人のフリをすることにした。

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