41.恒川紅葉と二人きりの夜 (後)
俺と恒川はそれぞれ自分のベッドに座って静かに本を読んでいた。
こっちはマンガだけど、「本」と言ってもいいだろう?ただ一般的に言う「本」とは少し意味が違うね。
だいたい夜の11時半頃、ようやくそのマンガの物語を読み終わった。物語にまだ浸っていて、恋愛の展開が本当に魅力的だった。男の俺でも、こんなラブコメには惹きつけられるんだ。
残念ながら、現実にはこんな優しい女性なんていないし、俺のような悪いわけでもないけど、特別いい奴でもない普通の男を好きになる女性なんていない。恋愛なんて、まさに夢物語だ。
だから、ラブコメなんてありえない!
マンガを閉じた。その時、ちょうど恒川が風呂から出てきて、タオルで髪を拭いていた。彼女はキャミソールと太ももまでのショートパンツを履いていた。
俺は男なんだから、同じ部屋でこの格好するのは、もしかして誘惑してるのか!?
「あの……聞きたいんだけど、お前、寝るとき、これ着てる?」
「そうよ、どうしたの?こんなに暑いのに、長袖のパジャマなんて着るわけないだろ?」
「いや、そういう意味じゃなくて……お前が女性じゃん、こんな格好で俺の前に出てくるのってちょっとまずくない?」
恒川は自分の服装を見下ろし、にやりと笑って俺に挑発的な視線を送った。
少しずつ俺のベッドに近づいてきて、最終的にベッドに座った。そして口を開いた。
「へえ~この前部活のとき、私が下着だけだったの見たことあるでしょ?」
「そ、それは偶然!お前らが中で着替えてるなんて知らなかったんだよ!その後、里滨に殴られたし、どう考えても俺の方が損してるだろ!」
「あっ、そう。じゃあ今回は彩奈に見られることはないよ。興味があれば、もっと……」
「ま、まて!近づくな!」
「試しに触ってみない?大きくはないけど、ちょっとだけ感触あるよ〜」
「ふざけんなよ!俺たち、まだそんな関係じゃねえだろ!」
くそ、俺はまだ童貞だよ!こいつ、まさか淫乱な変態女じゃないだろうな?そうでなきゃ、こんなことしないだろ?
くそ、今になってやっとわかった。こいつがこんな人だとは……
「チッ……全然冗談が通じないじゃない!つまんない男やね。」
恒川はちょっとがっかりした表情を浮かべて、ベッドに戻りスマホをいじり始めた。
なんだよ……お願いだから、そんな冗談言わないでくれ!
っていうか、やねってなんだよ?関西弁か?
「こんな冗談言わないでくれよ!つか、まさか俺が触ると思わないわけ?」
その言葉を聞いた恒川は、ただ軽く笑ってからこう言った。
「思わないよ、だって絶対あなたが手を出さないって分かってるから……いや、正確には、あなたが手を出す勇気がないって分かってるから。」
「それもそうだけど……でも、なんでそんなに確信持ってるんだよ?万が一、俺が手を出したらどうすんだ?」
確かに女の子が好きだけど、関係が確認できていない段階でそういうことは絶対にしない。ましてや、俺と恒川の関係は、せいぜい友達ってところだ、こんなことする関係じゃないだろ!
「もしあなたが本当に手を出すなら、私はあなたを物理的に完全に無力化するよ。特に“あれ”をね。」
は、はぁ?何言ってんだこいつ!?そんなに容赦なく俺の“あれ”を潰す気か!?
「や、やめろよ、怖すぎだろ……」
「別に、もし私がやらなかったとしても、彩奈に知られたらあなた絶対許されないよ。それに、こんなことしたら学校中に噂が広がるの、分かってるよね?」
「分かってるよ……だから俺は何もしなかったし、そもそもそんなこと考えてない。」
「そういうこと、だからあなたは絶対手を出さない。仮にその気があったとしても、それを実行する勇気なんてない。」
恒川は自信満々に言い切った。
恒川と自分の差を痛感していた。前回、あのDEMONのメンバー、つまり月川ってやつが俺と三人との間に変な噂を立てただけで、学校中から悪意のある言葉を浴びせられた。もし佐々木先生が助けてくれなかったら、最終的に終わっていただろう。妹にも軽蔑されてたかもしれない。
まさに社会的死!俺はバカじゃないから、そんな結果がどんな結末を招くか、よく分かってる。
もちろん、最初からそのつもりはなかっただけで、もしあの結末を予測してたとしても、何もしなかっただろうけど。
噂の力って本当に恐ろしいからな。
「お前の言う通りだな……」
俺は頷いて、恒川の自信に対して納得を示した。まあ、少しはムカつくけど。
その後、マンガを鞄にしまい、シャワーを浴びるために服を取り出したその時、部屋のドアが突然ノックされた。仕方なく。ドアを開けに行くしかない。
「海夏?」
ドアを開けると、海夏が立っていて、片手にミルクティーを持ち、もう一方の手には袋を提げていた。
「お兄ちゃん、これ。」
彼女は手に持っていた袋を俺に渡した。
「なにこれ?」
「弁当だよ、さっき近くのコンビニで買ってきたの。」
「弁当?」
袋を開けると、コンビニで売っている鰻丼が入っていた。わざわざ俺のために弁当を買ってきてくれたなんて、さすがは俺の大好きな妹だ!
夕飯が少なかったから、お腹がちょっと空いていたところだ。
「見崎くん夜ご飯が少なかったから、海夏ちゃんがわざわざ鰻丼を買ってきてあげたのよ。」
中野の声が外から聞こえ、その後すぐに彼女が部屋に入ってきた。彼女も海夏と同じミルクティーを持っている。
「あれ?なんでお前もミルクティーを持ってるの?」
「え?知らなかったの?さっき佐々木先生がみんなにミルクティーをおごってくれたんだよ。」
あれ?えっ?ええええ?!先生がおごってくれたの?いつのことだよ?なんで俺は知らなかったんだ?
「いつ出かけたの?なんで俺呼んでくれなかったかよ?」
「呼んだわよ。でも、あなたはずっとマンガ読んでて、時々バカみたいな笑い声を出して、全然気づかなかったよ。」
恒川がベッドから降りてきて、部屋のドアのところに来て、無奈そうに愚痴をこぼした。
全然気づかなかった!彼女は俺に言ったか?完全にマンガのストーリーに夢中で、全く気にしていなかった!
「き、気づかなかった……ぜんぜん……」
「もう~お兄ちゃんはまたラブコメのマンガでも読んで、現実離れした幻想に浸ってるんでしょ?」
「い、いや……あれは……」
「え~見崎くん、ラブコメのマンガを読んで、あんなバカみたいな笑い声を出してたね。ってことは、もしかして、彼女が欲しいの?」
恒川は海夏から俺がラブコメのマンガを読んでいたことを聞くと、すぐに俺にからかいの目線を向けた。
ラブコメのマンガを読んでいたことと俺が彼女を欲しがっていることには全く関係ないだろう?
「違うよ!ただマンガの中の展開が面白かったから笑っていただけだよ!それに、こういうタイプのマンガが好きだからって、恋愛したいわけじゃない!恋愛なんかしたくない!」
ただマンガの展開に引き込まれただけだ!ラブコメなんて、まだ現実には存在しないと信じている!
だって、マンガって結局、娯楽のための本だろ?だからこそ、現実的じゃない展開が多いんだ。
その中に必ずラブコメが含まれている。現実に失望した人間には二つの選択肢がある。ひとつは完全に廃れてしまうこと、もうひとつは別の道を探すことだ。
そして俺は後者だ!それが、オタクとしてマンガやゲームの中で心の拠り所を見つけることだ。もちろん、この選択肢の本質は間違いなく現実から逃げることだ。
しかし、現実的じゃないマンガの中で心の救済を得ること、それは俺にとっては一つの解放だと思う。少なくとも俺にとってはそうだ。
現実の苦しみから逃げることを諦め、虚構の世界を受け入れることで、同じように幸せを感じることができる。結局、人間という生き物は虚無から生まれ、最終的にまた虚無へと帰るものだから。
生まれてから死ぬまでの時間は、すでに百億年も存在している宇宙の中では一瞬に過ぎない。現実で苦しむくらいなら、仮想世界の中で自分なりの幸せを見つけ、この短い人生を楽しんだほうがいい。
「じゃあ……エッチなマンガなの?」
琴音が突然横から飛び出してきた……おい!そんなエッチなマンガなんて読んでない!ほんとに絶対にそんなもの読んでないよ!
「あら、お兄ちゃん顔が赤くなったよ、どうやらお姉ちゃんの言ってた通りだね!」
「うっせぇわ!顔を赤くしたわけじゃない!もし赤くなったとしても、お前たち二人に怒られたからだ!それに、そんなマンガなんか読んでない!勝手に言わないでよ!」
「まぁ~見崎くん、恥ずかしがらないでよ。こういうマンガって、ほとんどの人が一度は見たことあるよ。もし本当に見たことがあっても、あたしたちは笑わないよ。」
「うるさい!お前たちさっさと部屋に戻れよ!」
俺は三人を一気に自分の部屋の前まで押し戻してから、自分の部屋に戻ってドアを閉めた。
まったく……今すぐ死にたいなぁ……
「まさか見崎くんがそんなマンガを読んでたなんて~今度そのマンガの内容でも教えてくれない?」
「お願いだから、もう言わないでよ……いや、今から、この俺に話しかけるな!」
服を取って浴室に駆け込んだ。恒川のその後の反応には全く構わず。
とにかく、今夜は恥ずかしい思いをしすぎた……
ああ!死にたい死にたい死にたい死にたい!まさか、自分の姉と妹にこんなひどいこと言われるなんて……