9・シュヴァルツ視点・リリーベルの秘密
書き下ろし原作の短編コミカライズが単話配信になりました!
暗殺者ヤンデレ×死亡フラグ絶対回避転生悪役令嬢の寝室での攻防劇です。
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甘い匂いに惹かれて寝室を出て、シュヴァルツは廊下を歩いて行く。
「空気が違う……魔力が、深呼吸をする度に満たされる……」
シュヴァルツは体の軽さに驚いていた。空調が働いて、湖から発生する濃い魔力が吸収しやすいように調整されて、清浄な空気とともに城内に満たされている。
視界もクリアで、体のあちこちの痛みを感じる――これまで、痛みすら感じなかったのだと自覚する。
もうすっかり昼らしい。何日眠っていたのだろうか。
キッチンからは、楽しそうな声が聞こえてきた。
声をかけずにそっと覗く。
「お嬢様、くるくる~です。あっ、おじょうずですよ!」
小さな踏み台に乗ったぱちぱちと手を叩く幼い少女と、椅子に乗ってよいしょよいしょと何かをこねる、小さな背中。
メイドのリリーベルと、愛娘のユーグカだ。
二人は型抜きクッキーを作っているようで、ユーグカがぺたん! くるくる! すぽん! とつぎつぎとクッキーを型抜きしていた。
シュヴァルツには気付いていないようだ。
作業テーブルの上には、すでに完成して冷ましている最中らしい、クッキーが並んでいる。
不格好なクッキー、ステンドグラスのような飴が入ったクッキー、丸めたよくわからないクッキー。
二人は新たに型抜きしたクッキーを天板に並べ、ときどき向かい合っては、リリーベルが微笑みかけている。
「ぺったん、ぺったん」
「ぺったんぺったん、お上手です!」
ユーグカの表情が明らかに和らいでいる。『魔力暴走』の気配がみじんも感じられない。
シュヴァルツは眩しいものを見るように、その光景に見入っていた。
「すっかり仲良しになっていますよ」
「っ……!」
驚いて後ろを振り返ると、家令のイスカリエがいた。
ひそひそと、ユーグカとリリーベルに聞こえないように続ける。
「一週間ほど旦那様はおやすみでした。その間にお二人は、レイラ奥様のレシピを再現してお召し上がりになって、すっかり仲良くなりました」
「……『魔力暴走』は?」
「それは時々。ですがリリーベルさんは魔力暴走もあそびの一環にして楽しませて、自然とユーグカ様が魔力を制御できるようにしているようです」
「信じられない」
「ええ私も。ですが事実です」
試食したクッキーを食べさせ合って、二人で幸せそうにしている。
表情の硬いユーグカなりの笑顔を久しぶりに見られて、シュヴァルツは胸にこみ上げるものを感じた。
口元を覆うと、衣擦れの音がする。
「ぱぱ!」
ユーグカがこちらを見た。ぱっと、きらきらの青い瞳を輝かせる。
「おはようございます、旦那様。お身体の具合はいかがですか?」
「ああ。いままでにないくらい調子がいいよ。……楽しそうにお菓子を作っていたね?」
「すみません、本当はメイドのお仕事にお嬢様を付き合わせるのはいけないかもしれないのですが……」
ぶんぶんと、ユーグカが首を横に振る。
「たのしいの! あのね、ユーグカ、もっとしたいの!」
シュヴァルツは訴えるユーグカの頭を撫でてやった。
銀髪もさらさらだ。リリーベルが髪の手入れもきちんとしてあげていたのだろう。
「感謝するよ。ユーグカのためにもなるし、是非教えてあげてほしい。レイラのレシピを僕はちっとも作れなかったからな……」
リリーベルが目をぱちぱちとしながらこちらを見ている。
ユーグカも続ける。
「パパ、ぼくっていったの?」
「……あ」
無意識に出た昔の一人称に、はっと口を塞いだ。恥ずかしい。
「わ、忘れてくれ……」
「はい、承知いたしました」
「どーして? パパぼくいやなの?」
「嫌ではないんだが、その……年相応ではないだろう」
リリーベルはふふっと笑う。
身長も見た目も全然違うのに、その笑い方がレイラに少し似ていて、シュヴァルツは不思議な気持ちになった。レイラが作っていたお菓子の匂いと、夢のせいで、少し意識が混乱しているのかもしれない。
「これからティータイムですが、旦那様はいかがなさいますか? 空腹なら食事も作りますが」
「いや、私もクッキーが食べたい。紅茶も淹れてもらえるかな」
「はい!」
眠っている間に、すっかり体調も良くなった。
「パパ、クッキーたべてね、ユーグカの!」
「ああ、ありがたくいただくよ」
「わーい!」
たのしそうにぴょんぴょんと飛び跳ね回るユーグカを抱き上げる。
たかいたかいをしても、体の芯がぶれることもない。健康だった。
――レイラ。僕は君を失ったショックで、随分長いこと見えていないものが多かったみたいだ。
――もう大丈夫だ。君が遺してくれたユーグカを、この城を、平和を……ちゃんと、守っていくから。
自分に守る力を与えてくれたレイラ。
彼女を守れなかったことで折れていたシュヴァルツの心が、ようやく前を向き始めた。
◇◇◇
せっかくなので、アフタヌーンティーはシュヴァルツとユーグカ、それにリリーベルも同席させることにした。
「私はメイドで使用人だから一緒にいただくわけには」
リリーベルはあわあわと固辞したが、シュヴァルツはそれでも同席を勧めた。
「君はただのメイドではない。ユーグカのお世話係であり、同時に『大自在の魔女』の力を指導する先生だ。女性家庭教師は使用人とは別格の立場で扱うのが基本だ」
「で、でも……」
「所作も綺麗だから、ユーグカのテーブルマナーや挨拶をはじめとする礼儀作法も教えてやってほしい」
「ただのメイドの小娘が、ですか……?」
困惑するリリーベルに代わって、イスカリエが口を挟む。
「リリーベルさんは適任かと。一週間ほど彼女の動きを見ていましたが、彼女には高位貴族の基本的な礼儀作法が備わっています」
リリーベルの目が泳いでいる。
彼女は無意識に礼儀作法に則った動きをしていたのだ。
履歴書にはそのような事は書いていなかった。おかしい。メイドならば、高位貴族の礼儀作法を知っていることは大きなアピールポイントだ。書いていない理由は一つ。身元が露見するのを恐れたのだろう。
そういえばおかしいのは他にもある。
リリーベルは当たり前のようにレイラのレシピを読んでいるが、レシピは魔術師が用いる特殊な筆記体で書かれている。その上レイラは意外と字が癖字だった。さらさらと読めるのはおかしい。
現在世界唯一と言われている『大自在の魔女』レイラ・アンドヴァリの居城だったここに、同じ『大自在の魔女』の力を持つリリーベルがやってくるのもできすぎている。
シュヴァルツはティーカップを置いた。
彼女の雇用契約書はすでに作られていて、あとは職業斡旋所に送付するばかりだ。
事務手続きが完了すると、彼女は正式に被雇用者となる。その前にはっきりさせねばならない。
たとえこれを聞いて、リリーベルが仕事を辞めるとしても。
「リリーベル。君が隠していることを、当ててみようか」





