53・リリーベル・フロレゾンの帰る家
宮廷魔術局のシャワー室で綺麗にしたのち、わたしたちは歓談室に集まっていた。
なぜ試薬ポーションを即用意できなかったのか。事前準備できなかったのか。ユーグカに頼らざるを得なかったのか。それは宮廷魔術局という組織の都合が大きかった。
部外者の私にも分かるように(本当は全部わかるけどね)、セージが説明してくれた。
「いくら緊急時とはいえ、承認前の試薬段階のポーションを大量に宮廷魔術局に持ち込んで使用はむずかしいんだ。本来シュヴァルツが持ち込んだポーション瓶が限界だった。それにあのポーションは、作り置きは十分な量があったんだが、変質させずに瓶に入れて運ぶのがむずかしくてな」
光子による魔力干渉や温度勾配の急変など、調合済みポーションに対する劣化要因は多岐にわたる。そして安定条件についての魔術分析は途上段階だったのだ。
ぴっとユーグカが手を挙げる。
「はこぶのがむずかしいなら、そのままながしこんじゃえーって、こーしゃくがいったの」
「やはり……義兄上が……ユーグカを巻き込んだのですね」
シュヴァルツの暗いじっとりした眼差しに、すげなく返すギルバート。
シュヴァルツはユーグカを守るようにがっちり膝に座らせている。
ユーグカ本人は、パパのおひざで大人のお話に交ぜて貰えてご機嫌だ。
「それ以外の方法が思いつくなら言ってみろ。無理だろ」
「ポーションの貯水槽ごと運んでくるという話だったではないですか、私には」
「時間がかかるし、変質する可能性だってある。ならまるごと転移装置を運ぶしかないだろ」
「…………義兄上は……もう信じたくないです」
「ふん、お前が拗ねようとも、俺は使えるものは使うさ」
「ぱぱー、こーしゃくおこらないで」
「……怒っては……いないさ……」
「まゆげとまゆげのあいだー、ぎゅーだめー」
シュヴァルツの膝からのびあがって、眉間をぐりぐりと伸ばすユーグカ。
すっかり溺愛なシュヴァルツの肩を、セージが慰めるようにぱんぱん叩く。
「まあまあシュヴァルツ。娘の働きで浄化ポーションの研究費も増えるだろうし、承認も早くなるだろうさ。レイラ様も喜んでるはずだって。な?」
「…………レイラ……まあ、そうだ、が……」
ふうと肩の力を抜き、シュヴァルツは疲れたようにギルバートに言った。
「ユーグカをこれ以上危険な目に遭わせるのは、いくら義兄上でも嫌です」
「わかったわかった。……まったく、レイラが居た頃みたいに面倒な奴に戻りやがって……そうだ。レイラといえば」
そこで、ギルバートは思い出したように私を見た。ぎくっとする。
「答えろリリーベル。なぜお前がレイラの浄化を真似できたのか」
「レイラ様の手記を参考にやってみただけです」
「それだけでたった10歳のお前が、あそこまで勇敢にできるのか」
「ご主人様を守らなければと思って、無我夢中で動いてしまいました」
「主とはいえシュヴァルツはお前に守られるような側ではない。20歳過ぎの男だぞ」
びし、と指を突きつける。
「そう言われましても、あの場で『大自在の魔女』の力が必要そうだなー、と、思いまして……」
「……」
「…………お前はレイラに行動の根底が似すぎている」
「根底ですか」
「危なっかしすぎる。何を起こすかわからん。『大自在の魔女』の調査のため、今後も定期的に面接をする、覚悟しておけ」
「は、はい……」
(普通の女の子なら泣いちゃうわよ、兄さまの圧……)
◇◇◇
――この後。
ジョアン・シブレットは、宮廷魔術局第五地方支部総務管理官の職を剥奪。
禁術行使及び魔物使役の罪により、王都監獄に収監され追求を受けることになった。
第五地方支部の監査体制は大幅な見直しが行われ、魔術関連資料の管理体制も厳格化された。父がポーションを入手していた魔道具商に関しては足取りがまだ掴めていない。
――どうやら、国外から持ち込まれた可能性が高いという。
十年前、レイラの死の原因となったドレインスライム事件も関連しているとギルバートやシュヴァルツは考えているようだ。
レイラならともかく、ただのメイドのリリーベルとして知れる情報はここまでだ。
ただシュヴァルツの様子を見る限り、ユーグカに対して過度に心配するわけでもないので、今のところは安全と思っていいのだろう。
継母カトリネは、エリシャの親権を得た上で離縁。実家オストマヌ侯爵家の領地に戻ることを許されたらしい。ただし私に対する虐待黙認の件やエリシャへの過度な躾が問題となり、彼女も色々取り調べを受けているようだ。
オストマヌ侯爵家はシュヴァルツを通して私に謝罪をしたいと申し入れをしているらしいが、まあシュヴァルツが許すはずもない。今後どうなっちゃうのか、ただのメイドのリリーベルには分からない。
◇◇◇
そして後日。
フロレゾン男爵家に養子入りの手続きのため、私はシュヴァルツとユーグカとイスカリエさんと一緒に直接彼の領地に向かうことになった。フロレゾン男爵はご高齢で、王都まで向かうのが難しいのだ。
フロレゾン男爵邸は海の美しい、中規模の港町を望む高台にあった。
馬車が到着する前に、男爵は玄関に座って待ってくれていた。
アレックスのエスコートで私がポーチで降りてくると、男爵は立ち上がり、杖を片手に歩み寄ってきた。白髪で腰は曲がって、足は悪くなっているけれど、表情は精気に満ちた男性だった。
同行したシュヴァルツとの儀礼的な挨拶を早々に済ませ、彼は私を視た。
私を通して、娘の姿を思い出しているように見えた。
「会いたかった。……生きていたのだな、リリーベル」
「お祖父様……」
私が呟くと、男爵の目元が真っ赤になる。
咳払いをして気持ちを切り替え、私に優しく握手の手を差し伸べてくれた。
「これから君はわしの養女だ。よろしくな、リリーベル」
後ろでは同行のシュヴァルツとギルバートが微笑んでいる。
アレックスは涙を拭っている様子だった。
母の遺骨と遺品は無事にフロレゾン男爵家の一番見晴らしのいい丘に眠ることになった。
「お母さま。私、リリーベル・フロレゾンになりました。どうかここで見守っていてください」
「りーねー!」
ぷきゅぷきゅと礼装のユーグカが駆けてくる。後ろからゆっくりついてくるのはシュヴァルツとイスカリエさんだ。むぎゅっとくっついてきたユーグカが、お墓を前に姿勢を正して。真面目な顔でひざまずいて指を組む。
「りーねーのまま、ゆーぐかとぱぱが、いっぱいりーねーをまもるよ。だから、あんしんしてね。たまにはりーねーのゆめにでてきてあげてね」
ユーグカの横顔は、少し大人びていた。
「ゆーぐかもね、ままがゆめにでるの。りーねーがきてから、いっしょにねむると、もっとたくさんままがゆめにでるの。だからさみしくないの。……だから、ゆめのなかでは、りーねーといっしょにいてね。ゆーぐかともあそんでね。ゆめであおーね」
私は言葉が出なかった。
ユーグカは母を亡くした同志として、母に話しかけてくれているのだ。
優しい言葉は、小さなユーグカが自分で一生懸命みつけた自分の言葉だ。
これまでの辛かった日々、さみしかった日々を乗り越えて、ユーグカが育んだ大切なもの。
「ありがとうございます」
「えへへ!」
胸がいっぱいで、お礼だけを伝えた私に、ユーグカは力強く頷いた。
ぎゅっと私の手を握る。そしてシュヴァルツの顔を見て、そして眩しい笑顔で言った。
「いっしょにゆーぐかたちのおしろにかえろうね。りーねー!」
「はい!」
そんなわけで。
フロレゾン男爵の体調を鑑み、今回の訪問は無理のない挨拶と交流にとどめられた。
書類関係の手続きなどはアレックスが取り次いでくれるという。
定期的に男爵と会う約束をして、私たちは湖上の古城へと帰った。
もちろん、城に帰ってもとっても賑やかだ。
ててててて。
ぷきゅぷきゅぷきゅ。
あははははは。
どたどたどた。
きゃーきゃー。
どんがらがっしゃん。
城には定期的にアンナアンナと双子達が遊びに来るようになり、一緒に別のお友達も来るようになった。今日もみんなで城の中を探検ごっこ。『大自在の魔女』の力で、危ないものは倒れたりしないようにしているので、安心して子供達を遊ばせられる。
アンナアンナがお茶をしながら、私に尋ねてくる。
「こんなに忙しくなっているのだから、新しいメイドを増やすべきではなくて?」
私はお茶菓子を用意しながら首を横に振る。
「他の方が来られては、『大自在の魔女』の力の実験や練習がしにくいです。宮廷魔術局の方々以外、特に使用人にはまだあまり広めないほうがいいと旦那様もお考えで。それに」
「それに?」
私がちらっと見ると、藁で作ったメイドがあちこちを掃除したり動いている。
「やることが決まっている仕事なら、ああやってできますので、むしろ人がいないほうがやりやすいといいますか……」
「でもあなたがこのお城を離れられないじゃない」
ぷうっと、アンナアンナが頬を膨らませる。
「シュヴァルツ以外の人も紹介してあげたくて。ちょうど年齢もぴったりの男の子、何人か知っているのだけど……」
「あはは……私は今はまだ、ちょっと……」
ユーグカが私の名を呼ぶ。これ幸いにと城へと戻る。
ユーグカが、玄関ホールの二階からこちらに舞い降りてきた。
大気を操って、ふわっふわの空中遊泳のようにしながら、落下速度を落としてぽすんと腕に収まる。
天使が落ちてきた、と言える愛らしさだった。
「つーかまえた!」
ぎゅーっと、ユーグカがくっついてくる。
言葉にできない愛おしさに、私はぎゅっと抱きしめる。
「ユーグカお嬢様! すごいですね!」
「えへへ、ママもとくいだったんだよね?」
「はい。レイラ奥様もよく空を飛ばれていたとのことなので」
どんどん成長するユーグカ。
レイラと同じ髪と顔立ち、まったく同じ『大自在の魔女』の力。
それでもユーグカは日々成長する。レイラとは違う、新しい魔女の未来に進んでいく。
私はリリーベル・フロレゾン。
ただの少女なメイドとして、今度こそ愛する家族を幸せにするために生きていく。
お昼更新で第一部完結です。よろしくお願いします。





