51・シブレット男爵家の召喚 下
「まあ、最近の宮廷魔術局はお子様の遊び場と化していると聞いていましたが、本当でしたな。これも平和になった時代らしい流れでしょうかな。それとも……お体の具合で、まともな部下も寄り付かないとか? まさか」
夫の袖を引っ張り黙らせようとするカトリネ。
たっぷり間を空けて、ギルバートが口を開いた。
「ジョアン・シブレット。そろそろ喉が渇いたか?」
「おや、そのお嬢さんがお給仕してくれるのかな?」
「今回は俺の優秀な義弟に用意させてやる」
シュヴァルツが立ち上がり、とん、とジョアンの前に小瓶を置く。
「これを飲み干せ、ジョアン」
「ポーションですかな? これは一体……? どんな効果なのか知らないまま飲めません」
「知ったら飲むんだな」
「ええ。もちろん毒など、体に悪いものでしたら拒否しますがね」
シュヴァルツは身を乗り出し、冷たく見下ろしながら告げる。
「魔物浄化のポーションだ」
次の瞬間。ジョアンがなんともいえない間の抜けた顔をした。
「……は?」
「腹下しと同じ原理で、体の中に浸食した魔物を分離し浄化、残骸を体外に排出する」
「な、なぜそのようなポーションを、飲まなければならんのか」
ジョアンは今更、室内に多くの魔術騎士が集まっていることに気付く。
カトリネの真後ろにも女性騎士がぴったりと配置していた。
ジョアンから目をそらさないまま、シュヴァルツがミントローズの名を呼ぶ。
「こちらに」
ミントローズが出したのは、紫の液体のポーション。
私がカトリネに飲まされそうになった、例のポーションの残骸だ。
「こちら成分分析をかけましたところ、魔力スライムを禁術でポーションに加工したものと結果が出ましたわ。そしてこちらが、フロレゾン男爵家の方から入手しましたポーション。入手場所はシブレット男爵家の倉庫です」
ミントローズは二つのポーションを机に並べる。
「全く同じポーションですわ」
フロレゾン男爵家のアレックスが、胸に手をあてて自分が出したものだと示す。
ジョアンが青ざめた。
「き、貴様……あの時……!」
「発見に至る経緯は全て宮廷魔術局に提出済みです。販売した魔道具商は末端のようで、複数の中継人を経由し、入手経路を分散させていたようです」
アレックスはジョアンを見ず、まっすぐギルバートを見て告げた。
「わ、わしは何もしていないぞ! フロレゾン男爵家め、慰謝料が払えないからと、とんだ言いがかりをつけやがって!」
怒鳴るジョアン。
「すでに報告済みですが、彼にも聞かせてあげたほうが良いでしょう」
アレックスはちら、とジョアンを睨んだ末に続ける。
「さらに調査の結果、使用済みの魔道具の回収を装い、闇市場で換金できる魔道具と物々交換を繰り返すなどして追跡を困難にしていました。地方支部の権限を利用して取引記録を改ざんしていた形跡も。特に第五地方支部管轄の領地で、この手口が頻発していたようです」
「こいつは嘘をついています、信じる必要などありません、このような」
その言葉に、ギルバートは端的に返した。
「すでに第五地方支部の内部監査の先発隊は出ている。嘘なのかどうかは今日の午後にでもわかるはずだ」
言葉を失ったジョアンに、シュヴァルツが身を乗り出す。
「飲め、ジョアン・シブレット。体内に魔物がいないのならばいたって無害なポーションだ。今なら治癒魔術師のミントローズ・パルスレー辺境伯令嬢も同席している。何も不安に思うことはない」
「ご安心くださいまし。お子様の遊びではないことをご覧にいれますわ」
「わ、わしは……」
「飲んだ後に改めて魔力検査を受けてもらう。そこで『才なし』かどうかもはっきりするだろう」
「わ、わしは……わしは……」
「もうやめてあなた! これ以上問題がおおきくなったら、エリファの将来に」
シュヴァルツはカトリネを睨みつけた。
「……リリーベルを破滅させようとした、貴殿が言える言葉か」
「っ……!」
低く落ち着いた声音だが、びりびりとした圧がある声だった。
「なぜ我が子を思う優しさの半分でも、リリーベルに向けてやらなかった。リリーベルを虐待から守りもせず、追い出させ、それどころか生け贄が必要になればリリーベルに連絡をして、危険なポーションを無理に飲ませようとした。血の通った娘以外は、娘ではないと言いたいのか。……リリーベルは、貴殿を最後まで信じていたのに」
カトリネは涙に濡れた。
がたがたと唇を震わせたのち――突如、激高した。
「あなたになんか気持ちは分からないわ! お腹を痛めて産んだ子供がどれだけ大切か! そうよ、王都に来てから噂に聞いたわよ? あなたの娘はニセモノなんですって? 『大自在の魔女』レイラ・アンドヴァリ公爵令嬢が恋しいあまりに、よく似た子供を娘だといってかわいがっているそうじゃない。どうかしているんじゃなくて? そうよ、どうかしているから、そんな気味の悪い『悪霊憑き』の娘なんかを雇えるのよ! リリーベルもあなたの娘も、気持ち悪いったらありゃしないわ!!」
激高したカトリネの攻撃の矛先は、シブレット男爵にも向かった。
「あははははっ! あなたが『才なし』なんて元々分かっていたわ! だって私の娘が魔力が弱いなんて、ありえないことですもの! あなたのクズの血が、あの子を能なしにしちゃったのよ! だからねえ、あなたが責任を取って、だまってこそこそ魔物のポーションを飲んでくれればそれでよかったの! 娘に飲ませようとするから、全てが台無しになったのよ! あなただけが、身を滅ぼして、そして死んでくれたらよかったのに! 私は娘を連れて実家に帰れたのに!」
「この……この……!!!」
ジョアンの顔が真っ赤になる。そして魔物のポーションをひったくり、思いっきり煽った!
口から垂れ流しながら、二本のポーションが口に注がれる。
「ワシを……わシを、ばばばっば馬鹿にシやガッて……ええエエえエ!!!」
白目を剥いたジョアンの口から、何かが飛び出した。
それは――紫色の、ぬめりを持つ水魔物。
「アアアアアアアア!」
父はぐったりと倒れ、水魔物が部屋に飛び散る!
魔力で退治しようとする魔術師達に、シュヴァルツが声を張り上げた。
「魔力はだめだ! 触れれば触れるほど、魔物は強くなる! これは生命力や魔力を吸収して体積を増やしていく魔物だ……!」
――あの湖全体に広がり、レイラの死の原因となった、『ドレインスライム』。
場はざわついた。
「あ、あの魔物騒乱の終息期に現れたという……!?」
「しかし、あのときはレイラ・アンドヴァリ公爵令嬢がいらっしゃって相打ちになったと……!」
「我々では……!」
魔術師達は使えない。
弱腰の空気が場を包む前にシュヴァルツが叫んだ。
「問題ない! 『大自在の魔女』に頼らずとも、我々にはこのポーションがある!」
シュヴァルツはすぐに机の上のポーションをスライムに投げる。
しかしジョアンの生命力をからからになるまで吸い上げたスライムは、多少の浄化でも効果がない。
私は立ち上がった。
「離れてください!」
私は『大自在の魔女』の力で、とっさに机やテーブルを使ってスライムの回りにスクラムを作る。
それを見てカトリネが悲鳴を上げた。
「いやあああ! 『悪霊憑き』の力が! もうおしまいよ!」
ギルバートが叫ぶ。
「いい加減気付け! これは『大自在の魔女』の力だ!」





