50・シブレット男爵家の召喚 中
「……え、ええと……何かの間違いでしょう、私は、その、偽証なんて……そうだ、妻が間違えて出したのです! 私は妻から死亡の話を聞いて、それで」
「あなた、そんな……!」
「うるさい、お前が間違えたんだ。恥をかかせてくれて」
シュヴァルツがとん、と机を叩く。
魔力の圧が、ぶわっと二人を襲う。
「……恥をかかせてくれて? そうか。貴殿は娘が生きていた喜びよりも、自分が恥をかかされることが問題というわけだな」
「そ、それは揚げ足取りというものです魔術伯。娘が生きていたことは何よりも嬉しいです」
上滑りするような言葉に、場の空気は微動だにしない。
ここからはギルバートが話の舵を取った。
「第五地方支部総務管理官。死亡届の偽造は重罪に値する行為ではあるが、本日はその件を追及する場ではない。本題の方に移らせてもらう」
「ほ、本題とは……」
魔力検査のため、部屋の明かりが消され、中央に魔力検査用の水晶玉が置かれる。
どれだけ水晶玉を輝かせられるか、それが魔力の判断基準となるのだ。
「簡単な話だ。ここで、我々の前で魔力検査を受けてもらう」
――なんだそういうことか。
ジョアン・シブレットの顔に、へらりとした安堵が浮かぶのが見えた。
水晶玉に向かって両手をかざし、ぼおっと四色の光を出した。
炎の赤、水の青、風の白、土の黒。
光に刻まれた目盛が表す数値はごく平均値の場所で上下している。
持続時間もごく平均値だ。
「よろしい」
部屋の明かりが灯される。
ギルバートは眉一つ動かさず続けた。
「ではカトリネ、そしてエリファも同様に受けてもらう」
ジョアンは慌てた。
「あっ、あの、エリファはお待ちください。娘はまだ幼く魔力が不安定で、人前では」
「構わん。上手くいかずとも『才なし』判定を下すにはまだ早計だ」
「そ、そういうことでしたら……」
ギルバートの言葉にジョアンはほっと大げさに力を抜く。
私にはわかる。ギルバートは敢えて『才なし』の単語を使ったと。
(ジョアンは既に魔力の証明をして緩みきっている。『才なし』を他人事として聞けるわ。でも――カトリネは違う)
現に、『才なし』の言葉を聞いた瞬間からカトリネの表情が青ざめている。
カトリネは既に夫が『才なし』だと気付いている。魔力が使えるのはポーションのお陰であることも。そして、こちら側がポーションの件について把握済と察しているはずだ。
この二人の様子から察するに、露見についてカトリネはジョアンに伝えていない。
何も知らないのは子供のエリファと、ジョアンだけ。
まずはカトリネが魔力検査を行った。
彼女はオストマヌ侯爵家の令嬢なので、ジョアンよりもかなり強い魔力を出した。
「お母さま、すごい……!」
思わず口に出した娘をジョアンが睨む。青ざめ、エリファは口を押さえてうつむく。
続いてエリファも検査を行う。正規の魔力検査用水晶はやはりびくともしない。
(私の『大自在の魔女』の力が、多少結果に影響を出していたのでは? と言われたわよね……)
私はギルバートに目配せをする。
頷かれたので、私は水晶玉に『大自在の魔女』の力をごく僅かかける。
その途端に僅かに光が生じて、彼女は『才なし』を免れた。
「エリファ……! あなた、やっぱりできるのよ! すごいわ!」
検査が終わるやいなや、たまらずカトリネが駆け寄って娘を抱きしめる。
エリファは涙ぐんでいた。
私がいなくなってから、どれだけ辛い思いをしていたのだろうかと胸が痛む。
抱き合う妻と娘を見下ろすジョアンは、ぞっとするほど憎々しげな眼差しをしていた。
(なんて眼差しなの)
本能的な寒気に震える。
リリーベルは、あの男のあの眼差しを常に浴び続けていた。酷い暴力を受けていた。
(だめね。私は平気だけど、肉体がまだ怖さを覚えてる……)
――その時。
シュヴァルツがそっと私の肩に手を乗せた。
温かな手に、思わず顔を見る。シュヴァルツは強く頷いてくれた。
温かな手のひらの熱に、すうっと体が楽になっていくのを感じる。
体に染みついたつらい記憶が、守られる優しい、温かな思い出に上書きされるのを感じた。
「ありがとうございます。大丈夫です」
家族全員の魔力検査を終えたジョアンが、挑むようにギルバートを見る。
「魔力詐称の疑い、これで晴らせましたかな宮廷魔術局長殿」
無言のギルバート。余裕が出たジョアンはぺらぺらとあおり立てる。
「まあ貴殿もまだ若い。アンドヴァリ公爵家の跡取りともあろう方が、たかが一地方官僚の粗探しとは。お体の具合もお悪いと伺っておりますのに、ご苦労なことで。……ああ、そういえば、十年前の魔物騒乱の折も、前線でご活躍だったのは亡き令妹様と、とそちらのリヒトフェルト魔術伯。貴殿は後方で指揮を、とか。やはり指揮官というものは、玉座に座って粗探しをするものなのですかな?」
「あ、あなた……」
沈黙を貫く場に、ますます顔色を悪くするカトリネ。
ギルバートは一言尋ねた。
「貴様は娘の健全な生育を望むか?」
「は? 突然何を?」
「いいから黙って答えろ。健全に育ってほしいか、はいかいいえで答えろ」
「それは当然『はい』です。エリファは可愛いですからね」
無自覚に、娘と言われてエリファだけを挙げるジョアン。
隣のシュヴァルツの静かな怒気がますます強まったのに、かえって私が気まずくなってしまう。
ギルバートは「そうか」と答えると、扉の前に立っていた魔術騎士に顎で示す。
「娘を部屋から出してやれ」
「む、娘をどうなさるのですか!?」
「わめくな、カトリネ・シブレット。俺は罪のない子供に危害を与えるほど落ちぶれちゃいない。俺はな」
「っ……!」
「もちろんこの宮廷魔術局長の連中もだ。……どうした? 顔色が悪いぞ?」
カトリネはすっかり黙り込んでしまった。
不安そうに母を何度も振り返っていたエリファだが、魔術騎士が子供向けのスライムのおもちゃ(ミントローズがよくユーグカに渡していた、あれだ)を見せるとはしゃいだ声を上げる。
「宮廷魔術局長。ミントローズ・パルスレー参上いたしました」
「ああ、入れ」
入れ替わりに入ってきたのはミントローズだった。いつもと同じ制服と白衣の姿だ。
やっぱりあのおもちゃを作ったのは彼女なのか。
ミントローズの入室に、ジョアンはますますギルバートを小馬鹿にした言い方をする。
「おやおや、今度は学生ですか?」
明らかにムッとした顔をするミントローズ。
10000ポイント超えました……!(涙)ありがとうございます~!
2月中に第一部完の予定です。何卒よろしくお願いします。





