50・シブレット男爵家の召喚 上
――宮廷魔術局でシブレット男爵家と対面する朝。
ユーグカは私とシュヴァルツと離れるのを怖がった。
アンドヴァリ公爵家に訪れて、初めてのことだ。
「やー……」
玄関先でぎゅーっと、私にくっついて離れるつもりは全くないらしい。
目の高さを合わせて抱きしめてしばらくなだめているけれど、一向に落ち着く様子がない。
「りーねー、ぱぱ、やだ、こわい」
「ユーグカ様……」
「なんかやなかんじするの、はなれないで、こわいの」
私とシュヴァルツは顔を見あわせた。
父シブレット男爵がどんな魔道具を持ち出して暴れないかも限らないため、私とシュヴァルツは全身に防御用の魔道具をつけていた。魔道具が発する魔力がユーグカに不穏なものものしさを伝えてしまっているのかもしれない。
(そもそも……大人がどんなに気をつけても、子供って気付くわよね)
レイラ時代の私も覚えがある。
当時の宮廷魔術局長だった父が厳しい現場に赴く際、なんとなく雰囲気で感じていた。
「大丈夫ですよユーグカ様。いつもみたいにすぐに帰ってきます」
「やー」
「……うーん、どうしましょうか」
玄関でとどまっている私たちの元にギルバートがやってきた。
「何やっている、行くぞ」
「それが……」
事情を話すとギルバートはしばらく顰め面になったのち、顎で玄関に置いたままのカートを示した。
「連れて行けばいいだろう」
「えっ!?」
度肝を抜かれる私とシュヴァルツ。
ギルバートは至極真面目な顔をしてユーグカを見下ろす。
「……おい、ユーグカ」
「…………こーしゃく……」
「回りの大人の言うことは聞く、『大自在の魔女』の力は勝手に使わない、話し合いの隣の部屋でもいい。それを守れるならついてこい」
「義兄上、いけません!」
ユーグカが答える前に、シュヴァルツが割って入る。
だがシュヴァルツの訴えを、ギルバートは真正面から受け止める。
「ここで押し問答する時間が惜しい。無理矢理置いていったとしてもそいつの『大自在の魔女』に対応できる奴はこの屋敷にはいない。だが当事者のリリーベルに子守させる訳にもいくまい?」
「っ……しかし」
ギルバートは躊躇するシュヴァルツの襟を掴み、顔をぐいっと近づけた。
「お前。古城では遊んでいた訳ではあるまい?あれを使う時だ。……俺たちの悲願を試す、いい機会だ。そうだろう?」
「悲願……」
――そういえば、ミントローズが言っていた。
ユーグカを第二のレイラにしないために、レイラと同じ浄化方法を試せるように研究をしていると。
「旦那様! もしかしてレイラ奥様の浄化方法を再現するポーション、完成したのですか?」
「試作品だがな」
シュヴァルツは上着の内ポケットから小瓶を取り出す。
手のひらに収まるほどの、透明な液体の入った瓶だ。
「……レイラは『大自在の魔女』の力によって魔物の物質構造に直接干渉し、魔物を分解し、無害化し、消滅させた。そして我々は『魔物の物質構造に干渉して分解、無害化』の試薬を作る事に成功した。レイラの完全な再現はまだ難しくて、レイラの魔力が現存する湖の力を利用した試薬だ。まだ実用化は想定していなかったが……」
シュヴァルツは控えめに言うけれど、それはとんでもない進歩だ。
少なくとも十年前は、レイラが犠牲になるほかなかったのだから。
「量はあるんですか?」
「ああ。ドレイクスライムの暴走を想定して、研究所では今急ピッチで大量生産を始めている。宮廷魔術局の資材を送っての寝ずの作業だ。できあがり次第順次、転移装置を介して宮廷魔術局に運ぶ手筈となっている」
説明を終えたところで、ギルバートが凄む。
「いつまでも温存していても何も始まらない。飾りを作りたいわけじゃないだろう」
「……これを試すこととユーグカを連れていくことはまた別です。本来ならばリリーベルだって、危険な場所に連れていきたくはない」
「お前は……」
「義兄上は恐ろしくはないのですか。大切な人を、再び失うことが」
「恐ろしいさ。レイラが居なくなって、太陽が消えたような思いをしたのはお前だけじゃない。だが」
――その時。
廊下の向こうから、シグルドとノヴァローラがてててと走ってきた。
「リヒトフェルト魔術伯!」
「おねがいします! ユーグカを連れてってあげてください!」
「君たち……」
息を切らした二人は、そろって深く頭を下げた。
「ユーグカは心配なんです」
「そばにいて、がんばれってお祈りしていたいって言ってました。お願いします」
ユーグカがシュヴァルツの服の裾を掴む。
大きな瞳で、強くシュヴァルツを見上げた。
「おねがい。……ゆーぐか、ぱぱがまた、たおれるの、こあいの……」
その言葉の瞬間。
シュヴァルツの瞳が大きく揺れた気がした。
「そうか。……私たちは、同じ事を考えていたんだな。『家族が心配だ、守りたい』と」
シュヴァルツが膝をつくと、ユーグカはその腕の中に飛び込んだ。
「わかったよ、ついてきなさい。私がしっかりリリーベルを守れるように、力を貸してくれ」
「うん! だいじょーぶ、りーねーもいるからぜったいだいじょうぶだよ。ね!」
「はい」
私も強く頷き、すぐさまカートを準備した。
◇◇◇
宮廷魔術局、その地下の円形の大広間。
ジョアン・シブレット男爵の嫌疑の追求のため、国中から集まった関係者が一堂に会した。
宮廷魔術局長、ギルバート・アンドヴァリ公爵。
ギルバートの隣には私の主、シュヴァルツ・リヒトフェルト魔術伯。
フロレゾン男爵家の遣いのアレックスもいた。
全員がそろった大広間に、ようやく本日の主役――父、ジョアン・シブレット男爵とその妻カトリネ・シブレット、そして娘エリファもやってきた。
「失礼致します。宮廷魔術局・第五地方支部総務管理官ジョアン・シブレット参上いたしました――!?」
ジョアンは一礼して頭を上げ、全体の顔ぶれにこわばる。
いち地方支部の貴族がこんな場所にいることなんてありえない話だ。
「あの……今日は管下の魔術師育成事業の進捗報告会への出席という話では……なぜフロレゾン男爵家の者まで」
「あ、あなた!」
カトリネが小さく叫ぶ。
ジョアンはカトリネの視線の先――私に気付いた瞬間ヒッと息を吞んだ。
「なんと……リリーベル! なんという……」
「お久しぶりですお父様」
「し……死んだかと思っていたぞ! あはは、そ、そうか、生きていたか!」
ジョアンは引きつり笑いを浮かべ、声をうわずらせてごまかす。
カトリネは不思議そうな顔をする娘を睨んで黙らせつつ、青ざめて目をそらしている。
彼らの態度に、一番に怒りを露わにしたのは当然シュヴァルツだった。
「彼女の死亡届が提出されていたが、理由を答えて貰おうか」
「えっ……ええと、あっ……そ、それは死亡の連絡が届いたからで」
「どこから?」
「そ、そいつが今働いている場所です! あはは、一体どこのどいつでしょうね、死亡したなんてこちらに連絡よこしてきたのは」
「リリーベル嬢は我がリヒトフェルト魔術伯家で雇用した」
「っ……!?」
「死亡届など、出した覚えはないが?」





