5・勝手知ったる前世の我が家
「がんばる」
しっかりと手を握って、ぎゅーっと目を閉じて祈り始める。
真剣に祈る頭をしばらく撫でていると、ふっと力が抜ける。ユーグカも眠りについたのだ。
そっと部屋を出てから、イスカリエさんが私に尋ねた。
「おまじない……とは、何を教えたのですか?」
「魔力譲渡の仕方です」
私は、説明する。
「『大自在の魔女』の力は物質を動かす力です。こうすれば、ユーグカ様の中にとどまりきれないであふれている魔力を物質として、シュバルツに向けて『流し込む』ことができるんです」
「なんと」
――夫婦になるまえ、まだ婚約者だった時代。
魔力の使い過ぎで高熱をだしたシュバルツを癒やすため、古代の文献や言い伝えも漁り尽くして、『大自在の魔女』の力で彼を癒やす方法を編み出したのだ。
「体の余剰魔力をお裾分けする感じなので、お嬢様と旦那様、お二人のお体に負担はかかりません。もちろん完治にはほど遠いと思いますが」
イスカリエさんは目を瞬かせる。
そして姿勢を正して、真面目な顔で私を見た。
「……リリーベルさん。あなたを侮っていました。幼い少女とばかり思っていましたが、よく勉強した上で、こちらに志望してくれていたのですね」
「いえ、とんでもないです」
実は前世の知識です、と言う訳にはいかないので、私は笑ってごまかす。
玄関ホールまで戻ると、すでに夕暮れに近くなっていた。
「私は港の邸宅に帰宅いたします。後は任せますがよろしいでしょうか」
「はい!」
私は任せて! の気持ちを込めて、『大自在の魔女』の力で倒れた燭台を全て戻す。
イスカリエさんが納得したように頷いた。
「明日、正式な契約書を取り交わします。では」
彼を見送った後、私は玄関ホールにしつらえられた大きな鏡を見た。
そこに映っているのは、小柄で小さな9歳の女の子。
金茶色の髪をして手足もまだ細い。
(私がレイラ・アンドヴァリの生まれ変わりだなんて、誰も思ってなさそうね)
レイラの肖像画があちこちにあるおかげで、かえって助かった。
レイラの印象が薄れていないから、同じ能力者でもリリーベルとレイラを同一人物とは思わないのだ。
(よかった。ここに戻った理由は、シュバルツともう一度夫婦になりたいからじゃないからね……)
私は、シュバルツとユーグカの姿を思い、ぺちんと自分の頬を叩いた。
「うん!二人が寝ている間に、やることをやらなくちゃ」
まず一番は、魔力も空気も澱んだ空調をなんとかすること!
さっそく玄関ホールの隅で、空調用のレリーフを見つけた。完全に埃で埋もれている。
埃を動かして払い落とし、足下に落ちていたどこかの端材の棒を浮かばせ、レリーフの口の中に押し込む。
カチ。
どうやら動くようだ。
「これなら掃除したらなんとかなりそう」
私は空調設備の埃取りをして、中の点検をした。
有り難いことに埃やゴミが詰まっているだけで掃除をすればすぐに使えた。
元々は、魔術師の体調管理に万全なように整えていた城だ。湖から立ち上る濃い魔力を吸い上げ、空気清浄機能に利用する10年前最新式の空調(レイラ制作)だ。
「うん、これでシュヴァルツの回復も早くなるわ」
手元が暗くなっているのに気付く。
「集中していたら一日はあっという間ね」
私は『大自在の魔女』の能力で燈明を灯す。
魔力の入りが悪い。
上手く言えないが錆び付いている感じがした。
「メンテナンスをして使っていけば、新たにメイドさんを雇わなくても十分やれるわね」
うんうん、と一人で納得していると、背後からカタン、と音が聞こえた。
振り返るとそこには、ぬいぐるみをかかえたユーグカの姿があった。
「……」
寝起きなのか、髪の毛がぴょこぴょこに広がって鳥の巣のようになっている。
可愛い。
「おはようございます。夕方だから少し違いますかね。えへへ」
「……」
「体、どうですか? 痛いとか、つらいとか、ありますか?」
「げんき」
ふるふる。ユーグカはかすかに首を振る。
「あのね」
「はい」
「…………えとね、あのね……」
何かを言いたげにもごもごと口を動かし、犬のぬいぐるみをぎゅーっとしている。
私は近づいて、目の高さを合わせて微笑んだ。
「いかがなさいましたか、お嬢様」
「……」
ぐうううううう。
「お腹がすいていらっしゃったんですね!」
「……うん」
こくりと頷くユーグカ。
そうだ。今は夜に近い。子どもなら夕食を摂る時間だ。
「掃除に夢中になっていてすみません。キッチンですぐに作りますね」
「ん」
私がキッチンに向かうと、後ろからユーグカがついてくる。
キッチンは勝手知ったるレイラ時代の作りそのままだった。
戸棚やキッチンの高さは、高身長だったレイラに合わせて少し高めだけど、踏み台を持ってきたら十分だ。
ユーグカは気になるのか、ぬいぐるみを抱えてじっとこちらを見ている。
私は食料庫や壁に貼られている献立表を見た。
「うーん、ユーグカお嬢様専用の献立はないですね……お嬢様、いつもどんなものを食べていましたか?」
「えっとね……ぱんとか………ぱんとか……」
「パンですね。他には言えるものはありますか?」
「………びすけっと……?」
「お菓子ですねえ〜」
城の主や執事の目が行き届いていないからか、ユーグカ一人だけで摂る食事は、適当に出されていたようだ。
これはよろしくない。
「ユーグカお嬢様は、食べたいものはありますか?」
「……」
ふるふる。首を横に振る。
「お好きな食べ物はありますか?」
「……わかんない……」
「わかんないんですね。では、嫌いな食べ物はありますか? べーって吐いちゃいたくなるもの」
「おいしくないの」
「おいしくないのですか~私もおいしくないのは嫌いですね……」
私は苦笑いする。
ある程度の料理は作れるけれど、ユーグカが何を食べられるのかわからない。
子どもだから、色が華やかで、お野菜も主食も食べられる、細かく切ったものがいいとは思うけど。
「うーん、何か参考になるレシピとか、メモとかあれば……」
私はノート類が置かれている棚に触れ、中を眺める。業務日誌や料理人の愚痴日記、こっそり読んでいた週刊誌などしか出てこない。
私は上の段、扉に隠された部分を見る。
上の段にも何かありそうだ。
そうだーー確か私、キッチンにレシピ置いてなかったっけ。
「ちょっとお待ちくださいねユーグカ様、レシピを探してみます」
踏み台を持ってきて登り、背伸びをして棚に手をかけようとする。
ユーグカがはっとして青ざめ、私を見て立ち上がった。
「だめ!」





