49・リリーベルの幸福
シュヴァルツと私は王都の待ち合わせの場所へと向かう。
変装として、シュヴァルツは髪色を茶色に変え、帽子と魔道具の眼鏡をかけていた。美しすぎて目を引くシュヴァルツだが、不思議なくらい記憶に残らない風貌になる。
「私は少し離れた席で見ている。危ない時は入るよ」
「よろしくお願いします。なるべく、私だけで対応できるようにしますね」
「無理はしないでくれ」
私たちは店から離れた場所で別れる。
カフェは女性向けの華やかな場所で、生活に余裕がありそうな女性たちが何人も、テラス席で花のようにくつろいでいた。
しばらく待っていると、継母カトリネがやってきた。異母妹エリファも連れているのが意外だった。明るい街の中にいると、二人ともどこか疲れたくすんだ風貌に見えた。
「久しぶりね、リリーベル。とても元気そうでなによりだわ」
「お久しぶりです、お継母さま、エリファさん」
私を見て、カトリネはじろじろと私を上から下まで眺める。あまり面白くなさそうな様子だ。
エリファは慣れない場所で指をくわえながらキョロキョロとしている。
ぎこちないままに、私たちは席に座ってお茶を注文する。
エリファはジュースを飲んで、ぶらぶらと足を揺らしている。おちつかないのは、緊張や疲れが出ているからか。
「あの時はお別れも言えなくてごめんなさいね。でもメイドとして成功しているようでなによりだわ」
「はい。おかげさまで」
「あなたばかりいい暮らしをして……落ち着いたら少しは仕送りをしたっていいのだからね」
「あはは……」
風魔術でこちらの声を聞いていたシュヴァルツが、凄く怖い顔でカトリネの後ろ頭を睨む。
(ばれる、ばれるから、その顔やめて)
ぎこちなく愛想笑いを浮かべつつ、私は勤め先や給金をしつこく聞いてくるカトリネをやり過ごす。
(あの頃はろくに目も合わせてくれなかったし、話もしなかったのにね)
そもそも私が父に殴られているのを見ない振りしていたのだ、この人は。
(私を庇えばあなたたち母娘が危ないのはわかる。静観は賢い選択だったでしょうね。でも改めて……共感はできないわ、私は)
ユーグカやシグルド、ノヴァローラと接して改めて強く思う。
いくらなんでも、子供が大の大人に殴られて血を流すのを静観できる状態はおかしい。
(まだ取り返しがつく内に、エリファも適切な環境に行かせてあげられたらいいのだけど……)
エリファは私をじっと見つめていた。
「お姉さま、……すごく、幸せそう」
「えっ」
意外な言葉だった。じっと、茶色い瞳が私を見つめる。
「メイドさんのお仕事、楽しいの?」
「ええ、とっても楽しいわ。素敵なご家族によくしていただいているの」
「……お母さまは『貴族の子なのにあくせくはたらいて、かっこ悪い、ああならないようにしなさい』って言っていたのに、違うの?」
「違うのよエリファ。……あっ、そう! そうだわ」
エリファの言葉を遮り、カトリネは手荷物を探る。
「せっかくだから働いているリリーベルに差し入れがあるのよ」
取り出されたのは本ほどのサイズの華やかな箱。
遠くの席で、シュヴァルツが腰を浮かすのが見えた。
「リリーベルにお土産よ。開いてみて」
中に入っていたのは乳白色のガラス瓶だ。
半透明な瓶に入っていてもわかる禍々しさに、私は本能的な寒気を感じる。
シュヴァルツに聞こえるように、私は言葉にする。
「化粧品の瓶にポーションを詰めているのですね。これは何ですか?」
カトリネは、不自然なほど饒舌に、にこやかに続ける。
「滋養強壮のポーションなの。あなたをシブレット男爵家から追い出す形になって後悔していたのだけれどやっと手に入れて……疲れが取れて綺麗になれるって、王都のサロンで人気な商品なのよ。それに」
僅かに表情をゆがめ、そっと私に顔を近づける。
エリファには聞かせたくないとばかりに、小声で。
「……ここだけの話だけれど、『才なし』判定は疲れが原因のこともあるの」
「飲んだら魔力が使えるかもしれない、ということですか?」
彼女は頷いた。
「後で飲んでみて、魔力がもし漲れば連絡をちょうだい。貴方が実家に戻れるように夫に取り計らってあげる」
私はエリファを見た。エリファは勝手に箱に触って目を輝かせている。
綺麗な箱に夢中な無邪気さになごみつつ、カトリネの行動に胸が痛くなる。
(……まっとうな魔術師家系なら、こんな危険なポーション、手を出すわけがないのに)
「これを、私に飲んでほしいんですね」
「ええそうよ。上手くいけば、メイドなんて平民の仕事に就かなくてもよくなるの」
「では今飲みます」
私は蓋をきゅぽっと開く。
彼女は目を丸くして、私の手を掴んで止める。
「いけないわ、これは特別なものなの。本当ならなかなか手に入らないような良い薬だから、後で一人でこっそり……」
「継母様がせっかくくださった薬です。目の前で飲んで、元気になったところをお見せしたいですもん。そうだわ、いいことを考えました。私のメイドとしての給仕をご覧ください」
私は店員に声をかけ、グラスを二つ持ってきて貰う。
「ありがとうございます。故郷から出てきてくれた継母にお給仕が上手になったところを見せたくて」
人の良さそうな店員は「あらそれはそれは」と言わんばかりに微笑ましそうに去って行く。
9歳の女の子がはきはきとそう言えば、ちょっと常識外れな行動でも許してもらえる。
「継母様もここにいらっしゃるまでお疲れでしょう。そんな良い物、私一人だけでは飲めません」
口を開かせる前に私は立ち上がり、優雅にグラスにポーションを注ぐ。
乳白色の小瓶の雰囲気に反した、毒々しい紫の液体が二つのグラスに注がれる。
「一緒に飲みましょう、継母様」
「わっ、なあにそれ」
青ざめる継母の隣で、異母妹がびっくりした顔をしてポーションを見る。
私は無邪気な顔を作って言った。
「元気になって、魔力も回復するかもしれないポーションよ」
「魔力……かいふく!?」
エリファの顔が露骨に輝く。カトリネが青ざめて、私とエリファの両方の顔を見る。
「だめよエリファ! こ、これはリリーベルへの贈り物で」
「元気になれるものは分け合いたいので。では」
私はエリファの空いたグラスに、ポーションを傾ける。
注がれそうになった次の瞬間、カトリネがエリファのグラスをはたき落としていた。
パリン。激しい音が響き、辺りが静寂に包まれる。
「おかあさま…………?」
驚いた顔のエリファ。カトリネは固まっている。
私はポーションを瓶に注ぎ直し、改めてきゅっと蓋をした。
「申し訳ありません、帰る時間になってしまいました。お話の途中ですが失礼致します」
「待って、リリーベル。あなた……!」
私はくるりと振り返り、呆然としたカトリネに向かって言った。
「お心遣いは嬉しいのですが、私はシブレット男爵家にはもう帰りません。私はメイドとして、敬愛する方々にお仕えして幸せに過ごしていますので」
「そんな……『才なし』で生きるなんて恥辱ではないの!? あなた、ただのメイドで人生終わっていいの!? 悔しくはないの!?」
(カトリネ、可哀想に。……私はただのメイドになりたかったの。今の人生が、幸せなのよ)
「さようなら。エリファさんのことは、よろしくお願いします」
私は店を後にした。
しばらく歩いているとシュヴァルツが、影のように私の後を付いてくる。
静かにそっと、頭を撫でてくれた。
「お疲れ様。……よくやった」
「疲れました」
(思い直してくれたら……出さないでくれたら、よかったのに)
レイラとしての人生経験を重ねていても、善意に包まれた悪意を向けられるのはやはり悲しかった。
◇◇◇
持ち帰ったポーションは宮廷魔術局で検査され、ドレイクスライムの成分が検出された。
夜には宮廷魔術局にシュヴァルツ、ギルバート、そしてセージまでも集まった。
緊急報告会には私も参加させられ、入手の状況や経緯についてかなり何度も繰り返し確認された。
深夜にもかかわらず、王族まで出てくる始末だ。
「彼に逃げられては面倒です。元々宮廷魔術局に召喚しておりましたので、そのまま捕縛しましょう」
もうすぐ第一部完結です!最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。





