48・顔も知らないお母さま
私は促されるままに便箋を開く。
通り一遍の時候の挨拶、体調を案じる言葉に続いて、このような文面があった。
――あなたと久しぶりに会いたく思います。『悪霊憑き』でもかまいません。『才なし』でも魔力を持てる方法を見つけたのです。魔力があればお父様もきっとあなたの帰宅を許すでしょう。私も一緒に戻れるように願いましょう。
「魔力をなんとかする方法って……まさか」
「例の禁術ポーションを、お前に飲ませる計画だろう」
シュヴァルツの声は冷たかった。
「フロレゾン男爵家の調査によると、君の異母妹エリファは最近極端に魔力が弱くなったらしい。家庭教師を何度も入れ替え、毎日カトリネが叱責して特訓させているという。……ちょうど君が家を出た頃から魔力が下がったそうだ」
「そんな、なぜ」
「『大自在の魔女』の力が魔力測定に影響していたのではないだろうか。非公式な魔道具はメンテナンス不足や製造品質のばらつきで測定精度に影響が出てもおかしくない。レイラが言っていたが、『大自在の魔女』の力は魔力測定の水晶玉に影響を及ぼすことがあるらしいと」
「確かに……可能性はありますね」
続けたのはギルバートだ。
「リリーベルに続いて異母妹まで魔力が弱ければ、ジョアン・シブレット自身にも調査が入る可能性は高い。そうなれば立場が危うい。だから異母妹にポーションを飲ませて、問題解決を図るつもりなのだろう。……そこで継母の突然の接触だ。察しがつくな?」
「異母妹が飲まされる前に私にポーションを飲ませて、『魔力のある娘』に仕立て上げようとしているんですね。異母妹の代わりに」
「ああ。そもそもカトリネの実家、オストマヌ侯爵家には因縁があってな」
ギルバートはシュヴァルツを顎で示した。
「昔シュヴァルツ相手に問題を起こした。アンドヴァリ公爵家としては何重にもオストマヌ家の面倒に巻き込まれた形になっている。俺は、今回の件をまとめて断罪するつもりだ」
言われてみれば、記憶が蘇る。
確か学生時代、シュヴァルツに喧嘩を売ってひどい目に遭った令息たちの中に、オストマヌ侯爵家の令息もいたはずだ。当時、レイラとして下手に庇うとシュヴァルツの面目を潰すと考え、静観していた件だ。
――貴族社会は体面の社会。
家の間で何度も事件が起きれば、看過することは難しい。
「……私がなんと言っても、情状酌量はされないということですね」
「同情は自由だ。だがこちらがそれを考慮できるかは別問題だ」
「当然でしょうね」
シュヴァルツが真摯な表情で私に向き直った。
「リリーベル。これからシブレット男爵家に起きることは決して君の責任ではない。……全ては我々が秩序のために行うことだ」
私が気を遣わずに済むようにしてくれている。
子供相手の、心遣いが嬉しい。
「ありがとうございます。もちろん私は旦那様と、アンドヴァリ公爵の決定に従います。ただ」
「ただ?」
「お願いします。私もシブレット男爵家の娘です。全部を丸投げして守ってもらうのは心苦しいです。私にも、できることは協力させてください」
ギルバートが冷たい眼差しで見下ろす。
「日和らせないぞ、リリーベル」
「当然です。関わるなら、きっちり断罪します」
私はきっぱりと言いきり、深呼吸して目を閉じる。
亡き母を思う。顔も思い出せない母を。
「私は母、デルフィ・フロレゾンを知りません。しかし母が産んでくれたおかげでリリーベルとしての人生があるのは事実です。色々ありましたが、私は生まれてきて良かったと思っています。だから、この人生を与えてくれた母のためなら、断罪も迷いません」
復讐なんて興味は無い。
けれど「子供だから」と責任逃れできるほど、私の心は子供ではない。
せっかく手紙まで貰ったのだから、こちらも逃げずに向きあいたい。
「というわけで、私、この手紙にお返事を書きたいと思います。会って直接証拠を手に入れられちゃうかも!」
私が笑顔で言うと、二人は目を丸くする。
「おいおい! 流石に危ないぞ! 分かってるのか!」
「リリーベル、君はこの危険を知らない……!」
「少なくとも彼女はポーションを持って王都に入ります。すぐに確保するには私が動くのが一番です。相手は今はまだ、私がリヒトフェルト魔術伯と繋がっていることも、私が『大自在の魔女』なことも知りません。私なら誰よりも安全にポーションを受け取れます!」
「……しかし」
「お任せください」
シュヴァルツは黙っている。
ギルバートは前髪をかきあげ、諦めたように溜息をついた。
「俺たちが動けば警戒される」
「義兄上!」
「今はリリーベルに頼るのが一番だ。……シュヴァルツ、つきあってやれ」
「……」
シュヴァルツは納得しがたい様子だったが、なんとか首を縦に振ってくれた。
会う場所は王都の中心、宮廷魔術局の近くにある女性向けの人気カフェに決定した。
(まだ取り返しがつきそうなら、そこで保護することもできるしね)
真面目な話し合いがおちついたところで、私は少し疲れた様子の大人達に微笑んだ。
「ところでお二人とも、甘い物で休憩なさいませんか?」
私は部屋の隅に寄せていた、子供達を乗せていたカートに歩み寄る。
下部に据え付けられた荷物入れを開いてランチボックスを取り出した。
「何を持ち込んだ」
「えへへ、実は今日はシグルド坊ちゃまとノヴァローラお嬢様のリクエストで、お二人に手伝って貰ったフルーツタルトがあるのです」
シュヴァルツが片手を挙げる。
「黙っていましたが、私が魔法で凍らせています」
「お前……」
「お二人の魔力に合わせて、きいちごやいちじく、それにブルーベリーを入れてます。目の疲れにおすすめのフルーツです」
私はかつてのことを思い出しつつ、続けた。
「緊迫した状況こそ、レイラ奥様は休憩と甘味を大切になさっていたのだと伺っております。……ただのメイドの私にできることは、お菓子を作ったりすることだけですので」
肩をすくめて笑うと。大人二人は顔を見あわせ苦笑いした。
「これから忙しくなる。……休憩は必要だ」
――三人で庭に行くと、遊び疲れた子供達はすぐに集まってくれた。
子供達が作った不揃いなフルーツタルトを口にして、ギルバートが小さく「悪くない」と言う。
ユーグカが二人にひそひそっとする。
双子は顔を見あわせて、ギルバートに飛びつく。
「わっ、お前ら……こら!」
そう言っても振り払わないギルバート。
ギルバートの様子に驚いた顔をするミントローズ。
私とシュヴァルツとユーグカで、顔を見あわせて微笑んだ。
(どんなに大変なことが起きている時でも、ささやかな幸せは大切にしたい)
(……この幸せを続けるためにも、継母としっかり向きあおう)
◇◇◇
――そして数日後。継母カトリネと会う当日。
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