47・因縁
子供達は中庭で遊んでもらい、私たちは中庭を望む応接間に案内された。
外は眩しい光に照らされているのに、部屋はしんとして薄暗い。
テーブルを挟んでギルバートとシュヴァルツ、向かい側に私。
そして角に、フロレゾン男爵家の遣いが座っていた。
特徴の薄い、短い黒髪の人物。口元のほくろが印象的なこと以外、性別もよく判別できない。なんとなく女性という印象を受けるその人は、名をアレックスと名乗った。やはり、性別は分からない。
「シブレット男爵邸で発見されたポーションはこちらです」
アレックスは机に、一つのポーションを置いた。
紫色の毒々しい液体ものだ。
見た瞬間、シュヴァルツとギルバートが硬直する。
「調査の結果、シブレット男爵家には定期的に大量のポーションが納品されていました。事前にいただいていた情報の通り、何らかの魔力増強作用があることまでは分かりましたが、我がフロレゾン男爵家の力では詳細まで断定できず……」
ギルバートは迷わず告げた。
「ドレイクスライムを使った禁術のポーションだ」
「ドレイクスライム? ……それは……」
「古代魔術により生み出された禁術指定の人工魔物だ。……忌々しい」
ギルバートはシュヴァルツの表情を窺う。珍しい義兄の行動に、シュヴァルツは硬い顔のまま頷く。
嘆息し、ギルバートは静かに説明を始めた。
「本来は服用により無魔力の人間に魔力を与える目的で作られたものだ」
「人工魔物を……ですか?」
「古代魔術はエグいのさ。服用者は10年で死亡し、体内から放出されるスライムは周囲の人間を襲い、質量を増して手が付けられなくなる。……そして最悪の場合、魔術攻撃も物理攻撃も効かなくなり、魔術師を飲み込み続け……」
(湖を、埋め尽くすほどに)
ギルバートが続けなかった部分を、私は心の中で呟く。
――このドレイクスライムが、レイラ・アンドヴァリが命を落とした原因だ。
魔物騒乱も終息し、私とシュヴァルツがついに結婚式を遂げた夜。突如現れたドレイクスライムは湖全てを飲み込み、全てを飲み込まんと暴れ始めた。
湖上の古城には錚々たる王族、主要貴族に有力な魔術師が集まっていた。
力を吸われてしまっては王国は壊滅する。それどころか大陸全土の危機だ。
レイラ・アンドヴァリは初夜の装いのままバルコニーに立ち、月明かりの元、己の全生命力を魔力に変えた。月明かりに溶けるようにレイラ・アンドヴァリの体は薄くなり、ドレイクスライム化した湖面全てを銀色に輝かせた。
死んでしまったので、私はその後何があったのか知らない。
けれど全てを浄化しきった全ての手応えはあったのだ。
それなのに、ここでまさか再び見ることになるなんて。
「あの……これは大変なポーションなのではないですか?」
ギルバートとシュヴァルツの深刻な顔に、アレックスが困惑している。無理もない。
ドレイクスライム湖事件を知るのは、限られたごく一部の魔術師だけなのだから。
レイラ・アンドヴァリは表向きには、魔物との抗戦により落命したことだけが公表されている。
「ああ、最悪なポーションだ。今すぐ燃やしてやりたいが、燃やせば思う壺だ。忌々しい」
ギルバートはすぐに控えの魔術師に告げる。
「この量ならば浄化魔石で対処できる。浄化班を呼べ」
「はっ!」
彼らが慌ただしく部屋を出る。
「アレックス。念のため、フロレゾン男爵家も汚染されていないか調査させてもらう」
「もちろんです」
シュヴァルツが立ち上がった。
「では私は研究所の浄化ポーションを手配します。宮廷魔術局とフロレゾン男爵家、そしてシブレット男爵邸の浄化用のものを」
「で、では当家の馬車に詰め込めるだけのポーションをシブレット男爵邸へ運びます。既にシブレット男爵一家は屋敷を離れているので」
「ああ。今が好機だな」
宮廷魔術局の人々が慌ただしく部屋を出入りし、シュヴァルツとギルバートが矢継ぎ早に指示を出す。
アレックスも忙しそうに部屋を出て行った。
私は一人座ったまま、突然動き出した状況で考え込んでいた。
(何か引っかかるわね……)
そもそも魔物騒乱終息期に、いきなり湖がドレイクスライム化したのはおかしいのだ。
そして同じ禁術のポーションが、レイラの転生先、シブレット男爵家にもたらされていたことも。
(誰かの作為を感じるわ。でも今はそれを考えている場合ではないわね)
今の私はあくまでリリーベル。
国を揺るがす事情にくちばしをいれるわけにはいかない。
私が死んでいる間に、ギルバートもシュヴァルツも立派に宮廷魔術師として活躍している。
私の仕事はあくまで、メイドとして幸せな家庭を守ること。ユーグカを幸せにすることだ。
(二人が安心して、仕事に集中できるためにもね)
一通り今できることが終わったのだろう。シュヴァルツとギルバートが一緒に戻ってきた。
アレックスはフロレゾン男爵家に報告に走ったらしい。
「すまない。君を放っておいてしまったな」
「とんでもないです」
シュヴァルツが強い眼差しで言った。
「正々堂々、これでシブレット男爵家を断罪できる。フロレゾン男爵家と連携して、君を男爵家と縁切りさせる」
「ありがとうございます」
「一週間以内にジョアン・シブレットは断罪する。お前はいったん湖上の古城へ戻れ」
ギルバートの命令に、私はすぐに首を縦に振れなかった。
(断罪……)
私は窓の外に目を向ける。
ミントローズが三人の子供達を遊ばせてくれている。学園の授業後に駆けつけてくれたのだ。
大きなスライムが鬼になって追いかけっこをしていて、楽しそうだ。
――ミントローズがスライムの研究をしているのも、おそらくドレイクスライムへの対抗手段の研究のためなのだろう。
私は異母妹エリファを思い出す。
ほとんど絡みはないけれど、彼女は罪のない子供だ。
彼女の母カトリネも異母妹の保護者として没落させてしまうのは、良心が痛む。
「何を考えている、リリーベル」
「継母と異母妹は穏便に暮らせるよう、温情をいただけませんでしょうか」
大人二人の表情が硬くなる。
それでも私は言うべきことは言いたかった。
「二人はジョアン・シブレットに巻き込まれただけで、罪はないはずです。どうか社会復帰できるようにしてあげてほしいんです」
「リリーベル、君は虐待を黙認されていたんだぞ、それなのに」
シュヴァルツを遮り、ギルバートが一歩前に出る。
「これを見てもお前は同じことが言えるか?」
ギルバートは一通の手紙を、私の前に差し出した。
「カトリネの手紙だ。職業斡旋所を通じてお前に届けられていたものだ。状況を鑑みて、先にこちらで中身を確認させてもらった」





