45・宮廷魔術局訪問
――宮廷魔術局訪問、当日。
私はアンドヴァリ公爵家にあったお散歩カートに、双子とユーグカを入れて押している。
三人とも魔術から身を守るケープを被っていて、てるてる坊主みたいで可愛い。
お散歩カートには『入局許可』の張り紙を四方に貼っている。
本来なら不可能な措置でも、宮廷魔術局長のギルバートの許可が下りているなら、誰も文句は言わない。一緒にシュヴァルツもいるし。
本来ならもっと小さい子向けなのだろうけど、アンドヴァリ公爵邸のカートは特別製なので頑丈だし、何かあったときは防御結界が生じるようにできている特別製だ。
(懐かしいわね。私もお兄様にカートに突っ込まれて、宮廷魔術局の見学に連れて行かれていたから)
「えへへ、りーねーとぱぱといっしょ! うれしいな!」
ぴょんぴょん。はしゃぐユーグカに、口元に指を当ててたしなめるシュヴァルツ。
「ほら、ぴょんぴょん飛ぶのはあぶないぞ。しーっ、な?」
「しー」
「ん。よくできました」
シュヴァルツとユーグカの仲良しっぷりを、双子がうらやましそうに見ている。
私は険しい顔のままのギルバートに声をかけた。
「公爵、公爵」
「なんだ」
「お二人もずっと喜んでましたよ、公爵の職場を見に行けるって」
「ふん、遊びのつもりで来られては……」
続きを言われないうちに、私は袖をちょっと引っ張り、背伸びして耳打ちする。
「お父様のかっこいいところをご覧になりたいそうです」
「は?」
「お二人の憧れなんですよ、公爵は」
「………………」
口をつぐみ、黙って子供達を見下ろすギルバート。
シグルドとノヴァローラはじーっとギルバートを見上げている。
「…………興味を持つのはいいことだ。その…………感心だ」
「かんしん……?」
「……………………えらいぞ」
「……!!!」
空いた右手で、ギルバートは二人の頭を順番に撫でる。
ぎこちない撫で方だったけれど、ぱああ……! と二人の顔が勢いよく輝いた。
「っ……! 俺は行く。あとは好きにしろ、邪魔するんじゃないぞ」
顔をぱっと背け、カッカッと杖を鳴らして大股で歩き去るギルバート。
「お父さま、耳まっかっかだったね」
「怒ってるのかな」
「ゆーぐかね、おこってないとおもうの。ねえぱぱ」
私とシュヴァルツは顔を見あわせて、そろってにっこりと頷いた。
◇◇◇
宮廷魔術局は建国以来ずっと使われてきた場所で、幾棟にも分かれた城のような造りになっている。
今回は見学用に使われる回廊を通る予定だ。回廊は階段を使わないかわりに、ずっと緩やかなスロープが続いている。
シュヴァルツが私を気遣う。
「かなり歩き回るが、カートは大丈夫か?」
「はい!『大自在の魔女』の力を使ってますので、私は手を添えてるだけです」
「よかった。では順路に従って案内しようか」
私にとっても10年ぶりの宮廷魔術局は、ずいぶんと雰囲気が変わっていた。
当時は見学用の回廊なんてなかったし、激しい魔物の襲撃を受けていた時期だったので、全体的に殺伐としてぴりぴりとしたムードが漂っていた。
けれど今は中は清潔で、平和になったからか、事務職の魔術師も増えているように感じる。
血染めのローブを着ている人ともすれ違わないし、魔物の生臭い匂いもしない。
ぴょこ。
ユーグカはちょっと人見知りを発動しつつも、きらきらと目を輝かせてカートの中から顔を出す。
「すごいねえ……ひとがいっぱいいるねえ……けんきゅじょ、おっきいねえ」
小柄なので目だけひょこっと出した感じはとてもかわいい。
そんなユーグカに、ノヴァローラがお姉さんっぽくあれこれと知っているものを説明する。
「けんきゅーじょじゃないのよ、きゅうていまじゅつきょくよ。王国のまじゅつしのなかでも、いちばんあたまがよくて、えらいひとたちがあつまってるの」
「いちばんえらいひと? ゆーぐかのぱぱもすごいよ。ねえぱぱ?」
「私は宮廷魔術局――ここからお仕事をもらって、ユーグカと一緒にお城に住んでいるんだ。研究所のみんなも、この宮廷魔術局の一員なんだよ」
「へー!」
シグルドが興味深げな眼差しでシュヴァルツに尋ねる。
「リヒトフェルト魔術伯は、どんな研究をしているんですか?」
「魔物を浄化する研究をしているよ。普通の方法では倒せない魔物を、綺麗さっぱり消し去るためのポーションを作ったりしているんだ」
「すごい……!」
シュヴァルツの説明に、わあっと盛り上がるノヴァローラとシグルド。
その隣で、ユーグカがあちこちで働く魔術師たちを目で追いながら呟いた。
「ままも、ここにいたのかなあ……」
「いたよ。ママはとても颯爽としてよく目立っていた」
シュヴァルツがユーグカの頭をぽんと優しく撫でた。
◇◇◇
建物の見学ルートを終え、中庭に出た頃。
子供達は見学記念のきらきらのスライムを手に取って遊んでいた。
シグルドがはっとして手を止めて、私を見上げる。
「リリーベル止まって、あれはお父さまじゃ……!」
「えっ」
シグルドが指さす先、中庭には確かにギルバートが立っていた。
(実践演習だわ)
周りの各棟から見える中庭は各方面からデータが取りやすく、以前から新魔術の実践や訓練に使われていた。
ギルバートの目の前では、模擬戦のために魔術で生み出された幻影魔物が次々と出され、各魔術師達が各個、様々な方法で魔物を退治している。
「下がれ」
ギルバートの一言で、魔術師達は下がる。幻影魔物の姿が一旦消える。
そしてギルバートが中庭の中心に一人立った。
宮廷魔術局長の兄自身が現場に実践に立つなど珍しい。
あの足と目なので、普段は魔力を無駄打ちしないのだ。
(もしかして、子供達が来るからかっこいいところ見せようとしてる?)
兄に限ってまさか。
そう思ったけれど、10年の年月で兄も変わったところがあるかもしれない。
いくつかの会話をしたのち、魔術師達がギルバートに向けて小瓶の蓋を開く。
ふわっと広がったのは、人の二倍くらいの大きさの影。
「シャドウドラゴン……!」
小型の竜の姿をした影は、十年前の魔物騒乱期に国を恐怖に陥れたドラゴンそのもの。
一頭だけでも魔術師数人がかりで倒していたものが、次々と三体、同時に出現する!
強さは当然、本物のシャドウドラゴンそのまま。そうでなければ演習の意味がない。
それが一気に兄に襲いかかる!
「お父さま! あぶない……!」
シュヴァルツが子供達の肩を抱き寄せる。
「大丈夫だ、見てなさい」
次の瞬間。
ギルバートは一ミリも動かないのに、魔物が次々とはじけ、霧になって霧散する。
「どういうこと……?」
子供達が呆然とする。私が説明した。
「右目のモノクルが、空間魔術を集約させる魔道具なんです」
実はギルバートも四大元素以外の特殊能力を持つ。
前線で戦わない上に、『大自在の魔女』の力の影で目立たないが、あの魔力空間を作る空間魔術だ。
ギルバートのモノクルから繰り出される視線の光線は、その空間魔術を利用したもの。
「ええと……虫眼鏡で太陽の光を集めたら物を焼いたりできるんですが、そんな感じで、アンドヴァリ公爵の体の中にいっぱい魔力を、空間魔術でぎゅーっと縮めて、そして右目から出して、虫めがねがわりのモノクルでぎゅーっと集めて、魔物を見つめることで狙いを定めて、バキューン! ってしてるんです」
ただ棒立ちになっているように見えるが、ギルバートは敵の形状と弱点を一気に把握し、順番に視線で射貫いている。体を動かして俊敏に敵と戦わないぶん、彼の一瞬の洞察力と判断力、そして視線の光線の精度はすごいのだ。





