41・ユーグカはじめての社交の場
会場となるアンドヴァリ公爵家の庭園は季節の花で輝いていた。
庭は花のドレスコードに合わせた服装の子供達と、その保護者たちで賑やかだった。
ユーグカはピンク×ライトグリーンが基調の薔薇のセットアップドレス。長い銀髪の上半分を耳の上で分けてシニヨンにして、小さなリボンをいっぱいピンで留めている。走り回ってもぐちゃぐちゃにならない、実用性とフォーマルを兼ねた髪型だ。
私は同じ共布で、少し落ち着いたすっきりとしたブラウスとワンピース。髪はちょっと編み込みを多めにした、いつもより手が込んだおさげにしている。
少しだけリンクコーデにした装いは、ぱっと見で「お嬢様とその傍仕えポジション」が分かるような装いだ。
くるくる回るユーグカは、お花が回ってるみたい。
「えへへ! あたらしいどれす! りーねーとおそろい!」
「よくお似合いです、素敵です!」
「りーねーもだよー!」
私たちは笑い合う。
合流したシュヴァルツも、いつもの黒っぽい魔術師の礼装とは違い、すっきりとしたグレーのスーツを纏っている。前髪をすっきりと上げて爽やかな様子に、私は思わずびっくりする。
――ほんの少し、花婿姿を思い出して固まってしまう。
「どうした?」
「旦那様のそういうお姿、初めて見まして」
「こういう華やかな場に顔を出せるようになったのも君のお陰だ。さ、一緒に挨拶回りをしようか。ユーグカも手を繋ごう」
「うん」
ユーグカはぎこちなく、私とシュヴァルツに両側から手を繋がれて歩く。緊張でいっぱいのユーグカだったけれど、挨拶回りはとてもスムーズに進んだ。
特に良くしてくれたのは、レイラの元友人達が集まったテーブルだ。
「は……はじめまして! ゆーぐかです! りひちょ……りひとふぇると、まじゅつはくのむすめです! おみしりおき、ください!」
舌をもつれさせながら、勇気を出してカーテシーを披露するユーグカ。
拍手をしたいのをぐっとこらえ、私も挨拶をする。
私たちを、元友人達は温かく受け入れてくれた。
「初めまして、本当にレイラにそっくりなのね。懐かしいわ」
「アンドヴァリ公爵夫人から話はうかがっているわ、二人とも『大自在の魔女』の力があるなんてすごいわ」
「うちの子達とも仲良くしてね」
彼女たちの娘や息子とも挨拶を交わして、今後の王都での交流を約束してくれた。
女性の輪から離れた所で見守るシュヴァルツも、眩しそうな誇らしそうな眼差しをしている。
(皆、私の事を覚えていてくれて嬉しいわね)
もうレイラの没後10年は経過していて、皆すっかり別人のように立派な貴婦人だ。
それでも皆、思い出話をするときは少女の顔に戻る。
母の話を聞けて、ユーグカはとっても嬉しそうだ。
名残惜しくも別れるときは、私は心からの感謝を込めて頭を下げた。
「きんちょうした」
「やりましたね、ユーグカ様!」
「できた? がんばった?」
「完璧です!」
シュヴァルツがユーグカの頭を撫でる。そして私を見てくれた。
「リリーベルもよくやっている。初めての社交の場なのに立派だ」
「ありがとうございます」
前世の実家なので気楽なんです、とは言えない。
それからもあちこち挨拶回りをしながら、私はシュヴァルツを見て内心感動していた。
(シュヴァルツも随分場慣れしたわね)
人々は『大自在の魔女』の娘ユーグカの存在よりも、シュヴァルツに注目を集めていた。
ずっと体調不良で公の場に姿を見せなかった、現在独身の子持ちの20代魔術伯。
つどいの趣旨の都合で、貴婦人の参加が多い。
男性が少ない場に颯爽と現れた美男子は、それはそれは目立つ。10代の令嬢から上は孫娘の結婚相手を探す大御所まで、シュヴァルツを二度見しない人はいなかった。
シュヴァルツは多少不躾な目線を送られようと落ち着いていた。どんな会話も穏やかな笑顔と低めの柔らかな声音でさらさらとかわしていく。
「再婚はかんがえておりません。今は娘の健やかな成長が一番の楽しみですね」
「レイラは今も私の最愛の妻です。彼女の築いた平和を守るのが目下の使命です」
「素敵なお嬢さんに、私のような男は不足です。どうぞ、若く初婚で未来有望な婿殿をお選びください」
物腰は柔らかくも眼差しの意思が強く、目が据わっているのできっぱりとしたムードも漂わせ、完璧だ。
(あのシュヴァルツが……こんなに社交の場が得意になっているなんて……)
一通り大人の挨拶が終わったところで、ガーデンのテーブルセットに腰を下ろす。
シュヴァルツがふう、と溜息をついてハーブティに口をつける。
「……疲れるな、やはり」
ぼそっと呟いた言葉に、私は思わず吹き出してしまった。やっぱりシュヴァルツはシュヴァルツだ。私を見て、シュヴァルツが苦笑いする。
「おかしいだろう? しかたないんだ、僕は元々貴族という訳ではないからね、背伸びをしてようやく大人ぶってるだけさ」
「ユーグカ様をお守りするために、お父様を務めていらっしゃるのだなと思って。素敵なお父様でうらやましいです」
「いーでしょ! りーねーもぱぱのかぞくだからね!」
自慢げに父のお膝によじよじと登ってすわって、えへんとするユーグカ。
最初は手汗びっしょりになるほど緊張してたのに、ちゃんと挨拶ができて自信がついたのかいつもの調子が戻ってきている。
まわりを見ても、はしたないととがめる眼差しも来ない。
そもそもが今回の集いは赤ちゃんからむずがりほうだいの年頃の子といった、未就学児たちが溢れる会だ。あちこちから子供独特の奇声やら泣き声、暴れる声が聞こえてちょっと面白い。
集いが始まって数時間経つし、おつかれの子が出てくる頃合いだ。
「楽しんでいるようね! 良かったわ!」
笑顔のアンナアンナが子供を連れてやってくる。
腕の中には赤ちゃん、そして後ろからてこてことついてくるのは双子の兄妹だ。
兄は銀髪ふわふわでギルバートにそっくりの顔立ちで、いかにも当主になりそうな利発そうな顔をしている。妹は赤毛ストレートでアンナアンナにそっくりの顔立ちで、兄の後ろに隠れぎみのおとなしそうな子だ。
更にその後ろには複数人の乳母たちが続き、最後尾にいつも通りの渋面のギルバートが続く。
形式的な挨拶を済ませ、みんなでテーブルを囲む。
挨拶の中で兄はシグルド、妹はノヴァローラと名乗った。二人ともユーグカの推定年齢より一つ上の5歳だ。
緊張する三人の子供達の様子を、ギルバートがじっと見ている。
視線に気付いたシグルドがびくっとして、慌てて話題を探す。
「あ、……あの、きみは、……はじめて、ここにきたんだよね」
「うん!」
話しかけられて嬉しくて、ユーグカがにっこりと笑う。
「…………ええと……」
「…………」
話題が途切れたところで、ギルバートが立ち上がった。
「俺は仕事に戻る。……社交の場だ、しっかり励め」
「は、はいっ!」
子供二人は立ち上がり、去って行く父に一礼する。父がいなくなったところで子供達が弛緩した。緊張感に私も思わず息を吐いた。そんな家族の様子にアンナアンナは肩をすくめた。
「んもう、ギルバートってばいつもあの調子だから。子供達から怖がられちゃってて。シュヴァルツくんみたいな柔らかなパパだったらまた違ったんでしょうけど」
「いえ……私は背負うものが軽いですので。義兄上――アンドヴァリ公爵は期待していらっしゃるのですよ、お二人に」
「そう言ってくれると助かるわあ~。ねっ、あなたたちももっとお父様に慣れるのよぉ」
「はい……」
子供二人は困った顔で顔を見あわせていた。
それから子供たちだけが集められて、庭園の花の迷路でイベントが始まった。
「お三方には私が同行いたします」
「ありがとう、助かるわぁ」ほっとした様子でにこやかにアンナアンナ。
「君も楽しみなさい、リリーベル」シュヴァルツが言う。
「はい!」
父がいなくなってからは、シグルドとノヴァローラは子供らしく元気にユーグカと走り回っている。ユーグカの魔力暴走も起きていない。
(……兄さま、ほんと昔からああいう人よね)
レイラは妹だったので遠慮はなかったが、あの調子で子供に接したら怖いに決まっている。
ワーカホリックな兄は、普段からあまり一緒に居なさそうだし。





