4・「ゆーぐかが、ぱぱをげんきにできるの?」
「間違えていたら恐縮ですが……その、色々と計算が合わないのでは、妊娠とか、ご存命の期間とか」
シュヴァルツがよくぞ聞いてくれた、と言わんばかりの顔になる。
「私の妻が『大自在の魔女』だったのは知っているだろう?」
「はい」
「この古城の周りの湖は、知っての通り、10年前に魔物騒乱の発生源となった湖だ。魔物を駆逐した後、魔術師団員だった私とレイラは研究と防衛のため、この城を居城にして危機に備えていた。だが」
僅かに、シュヴァルツが目を伏せる。
「妻は、結婚初夜に命を散らした。寝室のテラスから湖に飛び込み、最後の暴走をしかけた魔物を全て浄化し、私の目の前で……光に溶けて、消えた」
「旦那様……」
「綺麗だったよ。今も目に焼き付いて離れないほど、鮮烈な……最期だった」
別れた17歳の頃の表情そのままで、胸がちくりと傷む。
「妻の魔力は湖や古城の裏手にある森の養分となった。そこで奇跡が起きたんだ」
「き、奇跡とは」
「森を母胎として、私の魔力とレイラの魔力が混じり合い、命が育まれた。そして1年前、この子が森で発見された。光る木の幹を切ったら、ユーグカが出てきたんだ」
光る木から女の子! なんだか、そんな神話読んだ気がするわ!
「鑑定で肉体年齢は3歳だと推定された。だから今は4歳だ。誕生日は9月23日、すでに貴族名鑑に記録されている。私とレイラの第一子としてね。愛の奇跡としか言えないだろう?『大自在の魔女』は最後まで、僕を驚かせてくれる」
暗い瞳のまま、にっこりと微笑んでユーグカの頭を撫でるシュヴァルツ。
否定なんて誰もできないだろう。この死んだ目の男が「レイラの娘」と言うのなら、否定したら何が起きるかわからない。そんな凄みを帯びていた。
「……ぱぱー」
くいくいと、シュヴァルツの袖を引っ張る。何かを訴えたそうに見える。
シュヴァルツは彼女の頭を撫でる。
「大丈夫だよ、リリーベル嬢は今までのメイドさんより落ち着いているから、心配しなくとも」
「……ちがうの」
「ん、違う? どうした?」
ふるふるともどかしそうに首を振るユーグカ。
「ぱぱ、だめ」
私は差し出がましいような気がしたけど、片手を上げて口を挟んだ。
「旦那様。もしかしてユーグカ様は、別のことが気になっていらっしゃるのでは」
「別のこと?」
シュヴァルツが目を瞬かせる。
その時。
ふっと何か魔法が解けたかのように、シュヴァルツの体が横に揺れる。
「……っ……!」
「旦那様、」
傾くシュヴァルツの体が、ユーグカに折り重なろうとする。ユーグカが目を見張る。
イスカリエさんも間に合わない。
私は冷静に、目の前のテーブルに触れた。
ぐいーん。
テーブルの足が伸び、ソファのクッションがさっと顔の下に挟まる。
どさっ、ぼふっ。
無事にシュヴァルツの体を受け止めた。
「…………ふう」
危機一髪だ。汗を拭う。私はユーグカに微笑みかけた。
「ユーグカお嬢様はお父様のことが心配だったんですよね」
「……」
目を向けたユーグカは、びっくりして犬のぬいぐるみをぎゅーっと握りしめて固まっている。
イスカリエさんもまた、私を呆然とした顔で見ていた。
「あなた、その能力は……」
「あ」
――『大自在の魔女』の力がバレた。
「お、お運びしますね寝室まで」
「……ええ。助かります」
開き直った私は、『大自在の魔女』の力を使ってソファに足を生やし、シュヴァルツを寝かせたまま寝室まで運んだ。後ろからびっくりした顔のユーグカとイスカリエさんがついてくる。
「まさかリリーベルさんも『大自在の魔女』の力を持っているとは」
「あはは……あまり信じてもらえないので、言うに言えなかったんです」
「レイラ奥様で初めて発見された能力ですので、仕方ないでしょう」
イスカリエさんが理解を示してくれて助かった。
「能力の縁もあって、こちらを志望したのですか?」
「ええまあ、そんな感じです」
シュヴァルツは意識を取り戻さない。
ユーグカは私のことも気になるようだけど、ずっとシュヴァルツを見守っている。
「ぱぱ……」
腕の中、ぬいぐるみが変形するくらい、ぎゅーっと抱きしめながら。
「旦那様は慢性的な魔力不足に陥っています」
イスカリエさんは歩きながら、シュヴァルツの状態について説明してくれた。
「奥様を失ってから十年、とりつかれたかのように仕事に打ち込み続けた結果です。私どもも止めたのですが、もうすでに数年前からこのような感じで……」
「そうだったんですね……」
てっきり、シュヴァルツは再婚して幸せになっていると思い込んでいた。なのに。
◇◇◇
ベッドに寝かせて布団をかける。
後ろからついてきたユーグカが、よじよじとベッドに登り、シュヴァルツの脇にすっぽりと収まる。
「ユーグカ様もおやすみになられますか?」
「ん」
頷いたユーグカは心配そうに、父にぎゅうっとくっついている。
「ぱぱ、ふらふらなの。いっしょにいるの」
「お嬢様は旦那様が倒れる度に、一緒におやすみになります。生活が不規則になってしまうので、メイドはなるべくお昼寝が長くなりすぎないように取り計らっていたようですが」
離したら怒るんだからね、と言わんばかりに、部屋の物がふわふわと浮かぶ。
(そうか、この子は本当にシュヴァルツが好きなんだ。……謎の出自はともかく、父と娘、困難な環境で、一緒に身を寄せ合って暮らしてきたんだ)
私は目の高さを合わせてにっこり笑う。
「大丈夫です。お二人を引き離しはしませんよ」
「むー」
なだめながら浮いた小物をしまいつつ、私ははっと気付く。
この子は無自覚に、魔力を分け与えたいと思ってるのかもしれない。でもやり方が分からない。だから一緒に眠るだけになっているのでは……
「ユーグカ様。少しおててをよろしいですか?」
「……なんで?」
「おまじないをかけてさしあげます」
私はユーグカの手をそっと握る。
子ども特有の湿った小さな手に愛おしくなりながら、私はシュヴァルツの大きな手をユーグカの手で包む。そしてユーグカの額に、シュヴァルツの指先をあてる。これで頭と指先――全身を巡る魔術回路が接続された。
「できました。ユーグカお嬢様。大好きなお父様が早く良くなりますようにと、目を閉じてうーんとお祈りしてみてください。ユーグカ様の力が、お父様を元気にしますよ」
ユーグカの目が輝く。
「ゆーぐかが、ぱぱをげんきにできるの?」
「はい。ユーグカお嬢様のお力で、お父様が元気になりますよ」





