35・ギルバートの回想 上
ギルバート・アンドヴァリが島に降り立つ以前の話だ。
暴走列車アンナアンナを放置してでも、数日かけてリリーベル・シブレットについてざっくりと調べたのには理由があった。
「『大自在の魔女』の、新手だと……!?」
義弟シュヴァルツ・リヒトフェルト魔術伯からの手紙を思わず握り潰しそうになった。
宮廷魔術局の執務室で青筋を立てて覇気を発するギルバートに、周りの職員がシュッとフクロウのように細くなる。
「チッ……森から生まれた姪の時点でどうにかしていたが……!」
ギルバートはすぐに片手を上げ、ひらひらっと風魔法の鳥を作り、空へと飛び立たせる。
シュヴァルツから一緒に送られてきた、義弟自家焙煎の美味しいコーヒーを部下に入れさせた頃には全ての情報が集まった。部内の連中にも振る舞ったので、執務室全体が香ばしい匂いに包まれる。一緒に入っていたお茶請けらしいフルーツの砂糖漬けも美味い。
気持ちを落ち着けつつ、ギルバートは情報を整理する。
「……リリーベル。シブレット男爵の娘、年は9歳、魔力はなし、虐待から逃げるようにメイドになり、シュヴァルツの城の求人広告を見て入職……」
各部署から受け取ったシブレット男爵家他、親戚筋の調査を照らし合わせながら、どんどんギルバートの眉間に皺が寄る。
レイラが死んだ年に妊娠し、翌年に生まれた、『大自在の魔女』の使い手。
『大自在の魔女』の力に目覚めたのは、ユーグカ・リヒトフェルトの推定出生年。
ジョアン・シブレットは第五地方支部総務管理官だが、シュヴァルツの城のある魔力湖からはかなり離れていて。鉄道で数日はかかる。そんな城に、『才なし』として追い出された途端に、わざわざまっすぐ、迷わず、元気に向かったこのリリーベル・シブレットという娘。
「…………怪しすぎる」
しかめっ面のギルバートに怯えた職員達が、執務室の角に固まって震えている。
「はわわ、魔術局長の髪が魔力で逆立ち始めた」
「た、大変だ! 何か慰める者はないか」
「甘い物! 甘い物だ!」
「要らん世話だ、仕事に戻れ」
「ひいいい」
ひとにらみするだけで、彼らは相変わらずの細くなったフクロウのような様相で仕事に戻る。
ギルバートははーっと溜息をついて、砂糖漬けを囓る。
「美味い」
「美味しいですよね! メモが添えられていましたが、どうやらリリーベルちゃんってメイドさんが作ったらしくt」
「…………!?」
「ひいっ!!?」
思わず顔をあげると、再び部下はフクロウ化する。
ギルバートは苦々しい思いで、甘さ控えめで上品なみかんの砂糖漬けを見た。
――あの妹の元気いっぱいの声と脳天気な笑顔が、頭の中を駆け巡っていく。
「……あいつが、何らかの無茶をして別人として戻ってきたんじゃないだろうな……?」
うめきながらギルバートは杖を使って立ち上がり、元凶の島へと発った。
◇◇◇
レイラ・アンドヴァリ。
世間では救国の天才だの、女性魔術師の憧れだの『大自在の魔女』だの言われているが、実兄からすればレイラ・アンドヴァリという妹は愚妹も愚妹、愚愚愚妹だった。
幼い頃から同世代の令嬢よりも成長が早く、美しく、だが内面にしとやかさや妹らしい愛らしさはまるで持ち合わせない、どちらかというと弟が令嬢の皮を被って暴れ回っているような妹だった。顔が良く家柄がよく、頭の回転がいいので大人受けの良い振る舞いをするからよかっただけで、中身は元気な猛獣だ。猛禽類だ。
ギルバートはたった二歳上の兄ながら、当時魔術局長だった父の代わりに妹の管理の一切を任されていた。本当に、大変な妹だった。
『にーさまー! あのねあのね、れーらものがうごかせるの! ほら! これなんてまじゅちゅ?』
『兄さま! 『不思議なちから』で領地の魔物全部退治しちゃった!』
妹はいつでも自分の後ろをついてまわっては物を浮かせて遊んでこちらにみせてきた。
煩わしい時は適当に受け流したり、手加減なしに魔術の相手をさせたりしたが(ギルバートも余裕がなかったのだ)、レイラは笑顔で全部ぶっ飛ばしてくる。
年頃になれば落ち着くかと思いきや、お茶会に参加するような年頃になると、謎の社交性で性格そのまま、元気に貴婦人達に愛され始めた。
『兄さま! 王妃様が毎週お茶に誘ってくださるの! 『不思議なちから』で猫を探したお礼だって! うれしいな!』
『兄さま! サロンにたくさん招待されるようになったわ! みんながお姉様って言ってくるのよ。私妹なのに、なぜかしら?』
『兄さま! 魔力検査で才能なしって出たの! 不思議ね? こんなにものを動かせるのに!』
――妹の能力は特殊だった。『大自在の魔女』の名を与えたのはギルバートだ。
無茶な妹には、魔女の言葉がよく似合う。
ただの「女性魔術師」の枠に嵌めたくなかった、という気持ちもあった。
道理を全て変えていくような、圧倒的かつ暴力的に、全てを自分の自在にできる恐ろしい能力。幸運なことに、妹は愚妹の愚妹だったが根は優しく明るくて、その力を決して悪いことに使わなかった。家柄も良く顔も良く、両親に愛され育ち、最初から全てを持っていた妹は、性格が捻れる理由もなかったのだろう。
自分に『大自在の魔女』の能力がなくてよかったとギルバートは思う。
自分に与えられていたならば、おそらく目障りな人間を消すために行使していた。
ギルバートはレイラと兄妹として生まれたが、レイラとは違い嫡男で、魔術師の名門アンドヴァリ公爵家の嫡男であり、次期宮廷魔術局長を期待される立場だ。
その上、生まれつきの魔力が強すぎて体が耐えきれず、左足と右目が不自由だ。
この体でも立場を守って行くには、ギルバートはレイラのように天衣無縫にはなれない。
そんなレイラがある日、年下の少年を連れてきた。
黒髪からのぞく青い瞳の鋭さが印象的な、捨て猫のような少年だった。





