34・リリーベル・シブレットを愛する人
今日(2/9)商業デビュー3周年です。いつもありがとうございます。
「ただ無から作る養子縁組なので、手続きに時間がかかる。またお前が『大自在の魔女』と発覚した後、シブレット男爵家が面倒を起こす懸念がある」
「はい」
私は手を挙げ、質問する。
「向こうが死亡届を出したのだから、暴れられても大丈夫ではないですか?」
「理性的な相手ならな。だがシブレット男爵が行儀良く『大自在の魔女』を手放すと思うか?」
「思いませんね~」
「だろう。そこでもう一つの案を提案する。お前の実母――デルフィ・フロレゾン男爵令嬢の実家、フロレゾン男爵家の養女となる案だ」
その提案は私にとって意外なものだった。
フロレゾン男爵家については全く知らなかったからだ。
「シュヴァルツからの連絡を受けてざっくり調べた程度だがな、どうやらフロレゾン男爵家はシブレット男爵家に、娘の死について調査と遺骨の返還を求めている。最近は孫のリリーベルの死亡を聞き、直接報復をしかねない勢いで怒っているらしい。これは直接貴族裁判所の知り合いに聞いたから間違いない」
「……母方の実家のこと、ちっとも知りませんでした」
「もし孫娘が元気に生きていると聞けば、喜んで養女に迎えてくれるだろう。デメリットとしてはシブレット男爵家との直接対決の面倒があるが……少なくとも、お前と母親の縁を取り戻せるメリットがある」
「お母様との、縁ですか……」
名前しか知らないリリーベルの母、デルフィ・フロレゾン男爵令嬢。
きっと父ジョアン・シブレット男爵の元で、ものすごい苦労の末に亡くなった悲しい人。
思いを馳せる私に、ギルバートは続ける。
「シブレット男爵家と金輪際とかかわりたくないならば、死亡届をそのまま別人となり、新たな家に養女に入れ。だが少しでも――母との絆を取り戻したいと願うのならば、アンドヴァリ公爵家は力を貸す」
シュヴァルツとギルバート、二人の眼差しが私に注がれる。
私はたっぷり考えた末に、口を開いた。
「……少し、考えさせて貰ってもいいですか。母との縁は嬉しいですし、フロレゾン男爵家の方ともお話してみたいです。……祖父が生きているなら、会いたいです」
「ならば悩むことはないだろう」
「私だけの問題ではないからです。シブレット男爵家には父だけでなく継母と異母妹がいます。父親のせいで二人の将来によくないことがあるのは、私の本意ではないので」
ギルバートは片眉をあげる。
「それなら尚更、悩む必要はないだろう。お前を見捨てた連中だぞ。処せ」
「そ、そうかもしれませんけど、だからって不幸にさせるのはあんまり気が進まないですよ~!」
「復讐するなら今だぞ。そもそもお前が不幸にするんじゃない、向こうが因果応報でそうなるだけだ」
「うーん、でも引き金は引くのがためらわれるというか……」
「わからん」
ギルバートは分からないといった顔をしている。
だがシュヴァルツは、私の頭をぽんと撫でてくれた。
安心させるように微笑んだのち、ギルバートに向き直った。
「今のシブレット男爵家についての情報を集めてからの判断はいかがでしょうか。彼女としても決断するための情報も時間も必要です」
私はシュヴァルツの横顔を見た。
(ああ、……頼もしくなったなあ)
◇◇◇
話し合いを終え、魔術空間から出る。
ユーグカは衣装部屋でアンナアンナと一緒に遊んでいた。
「あら早かったのねえ」
「りーねー!」
今はあれこれとドレスを引っ張り出してファッションショーの様態だ。ミントローズも一緒にいて、彼女もアンナアンナに編み込みで作った可愛らしいツインテールにアレンジされていた。
ギルバートが渋い顔で言う。
「帰るぞ」
「えー、もうちょっといいでしょ?」
ユーグカが私の手を引っ張って、アンナアンナの前に連れてくる。
「りーねーもかわいいして!」
「えっ私もですか!?」
「そうねえ、ふわふわだからアレンジしやすそうでいいわあ」
髪を解かれて、髪をハーフアップにまとめてもらう。
リボンを編み込まれたり毛先を巻かれたり、すっごく大事にされてるって感じだ。
鏡の中でおめかしされている私を、同じように飾り立てたユーグカとミントローズが見ている。
優しい顔で、私たちの様子を見るアンナアンナは綺麗だった。お母さんの顔をしていた。
(……実家の縁、かあ)
レイラとして記憶を取り戻してから、私はあまりリリーベルとして親を意識することはなかった。
あんな父親と、私をスケープゴートにしてきた継母。異母妹はまあ、子供だから無罪として。
体は9歳でも心は30歳前後の状態なので、両親に愛されなかったことはどうでもいい。
けれど。リリーベルには実母がいたのだ。
シブレット男爵家に嫁いで、私を産んで、若くして亡くなった顔も知らないお母さん。
私はぴったりとくっついてくるユーグカの頭を撫でた。
ユーグカは嬉しそうにすりついてくる。かわいい。ああ、転生してこうして会えてうれしい。
(きっと悔しかっただろうな、我が子を遺して逝ったのは)
顔も知らない母。彼女が頑張って生んでくれたお陰で、私は今こうして幸せに生きている。
そしてその母の実家は、どうやら私を愛してくれているらしい。
(縁は切りたくないなあ。……できれば会ってみたい。孫になれるなら、なりたいわ)
おしゃれをして楽しんで。笑い合って。
それを眩しそうに見守ってくれる人たちがいて。
こんな風に幸せに生きてますよ、死んでませんよ、リリーベルは元気だよって伝えたい。
――ギルバートとアンナアンナ、アンドヴァリ公爵夫妻が帰る前に私は決意を告げた。
シュヴァルツとセージ、イスカリエさんも話を聞いてくれた。
「シブレット男爵家との関係の清算、どうかお力を貸してください。私は『大自在の魔女』の力を安心して使いたいです。母の実家の養女になれるなら、なりたいです」





