32・宮廷魔術局長ギルバート・アンドヴァリ
「えっ!? 妹ってレイラさん? レイラさんと彼女、何か関係があるの? 能力って? もしかしてリリーベルちゃんもユーグカちゃんと同じ『大自在のママ』なの」
「魔女だ」
「ああそうね、『大自在の魔女』ね! まあ、なんて才能があるの! すごいわ! レイラさんはとっても凄ぉい魔術師だったのよ! リリーベルちゃんは知ってる?」
「少しは黙っていろアンナアンナ」
シュヴァルツが私とギルバートの間に入る。
「アンドヴァリ公爵。彼女が手紙に書いておりました『大自在の魔女』の能力者、リリーベルです」
「ああ。連絡を受けてからざっくりとは調べた。シブレット男爵家の娘だそうだな」
水を向けられたので、私は前世の兄に向かい正式なお辞儀をする。
「お初にお目にかかります、アンドヴァリ公爵。リリーベル・シブレットです」
「……私はギルバート・アンドヴァリ。お前の主、シュヴァルツ・リヒトフェルト魔術伯の義兄だ」
低くざらついた声が、懐かしく鼓膜に響く。モノクルと険しい眼差しと、悪くした左足を庇うように杖を突いている姿は10年前と変わらない。王族にも匹敵する権威を誇る宮廷魔術局の最高責任者であり、『大自在の魔女』レイラ・アンドヴァリの兄。確か今年32歳だ。
顔が怖い。靡く銀髪も、白銀の服も、全部迫力がある。怖い。
私が前世レイラなリリーベルじゃなかったら、ひとにらみだけで気絶しているほどの圧だ。
ユーグカはずっと私の後ろに隠れている。
普段は割と物怖じしないユーグカでも怖いらしい。
「んもう、怖がらせちゃだめよお」
アンナアンナはそんな彼の隣で頬を膨らませてぷりぷりしてる。
(ある意味この人、一番怖いな)
「アンナアンナ。シブレットの家名、お前は聞き覚えがあるか」
「ええっ!? そんないきなり言われても……そうねえ」
そう言いながらも、アンナアンナは顎に手を添え、饒舌に続ける。
「確か王国東部領の穀倉地帯にそんな領主がいた気がするわ。魔術師系統の貴族の集まりで、耳にしたように思うの。けれど最近はサロンでも名前を聞かないし、令嬢は生まれていないと思っていたのだけど……」
「す、すごいですね」
「お見合いのためには、情報は常に仕入れないとね」
アンナアンナはウインクした。
「魔術師系統の家柄の女子は、普通の社交界デビュー前にお友達を作るの。魔術師の家柄同士で結婚相手を選ぶことが多いからね、私とギルバートみたいに♡」
「知りませんでした……」
レイラ時代は覚えきれないほどに社交の場に出ていたので、もはやその記憶もない。
ギルバートは改めて私を睨み降ろした。
「リリーベル・シブレット。話をしたい。シュヴァルツと一緒に来い」
「ねえねえ、私は?」
「お前は呼んでいない。話が混乱する」
「えー」
ぶーぶーと唇を尖らせるアンナアンナ。
「シュヴァルツ、ユーグカはイスカリエに任せろ。いいな?」
「承知いたしました」
シュヴァルツも緊張の面持ちだ。
「りーねー」
ユーグカが心配そうに私を見る。私はぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと大人のお話、がんばってきますね。それに」
私はユーグカの耳元に、彼女にだけ聞こえる声でそっと耳打ちする。
「私知ってるんです。アンドヴァリ公爵は本当はすっごく優しいんです」
顔を離すと、ユーグカはきょとんと首をかしげる。
その大きな瞳に私は胸があったかくなる。
この子が心配をしてくれるのがとっても嬉しい。可愛い。大丈夫、ママは離れないからね。
頃合いを見計らって、ギルバートは杖でトンと地面を突く。
紫と赤と黒がぐるぐるに混ざったような、不思議な仮想空間に飛ばされる――兄の得意魔術だ。
「仮想空間に驚かないのか、シブレット男爵令嬢」
――ギルバートの低い声が聞こえる。
――殺気!
ザッと光が輝き、体がふわっと浮く。
シュヴァルツが抱き上げて飛び退いてくれたのだと気付く。
「義兄上!」
私が立っていた場所が切りつけられた余韻で光っている。
ギルバートが持つ杖が光っている。仮想空間の中では、兄は足の不自由が治るのだ。
「離れろシュヴァルツ。それがあれと同じ力かどうか試さなければ」
「しかし彼女はただのメイド、しかもまだ9歳です!」
「だが『大自在の魔女』だ」
兄は低く反論する。
「知っているだろう。レイラ・アンドヴァリは9歳で、すでに魔物を『大自在の魔女』の能力で屠っていた。離れろ、シュヴァルツ」
「しかし!」
「怪我をしてもセージ・パルスレーがいる。四肢欠損くらいならば無傷に戻せる」
「……っ義兄上!!!」
シュヴァルツは私を必死で守ろうと腕に抱いている。
その必死な形相を見上げ、力強い腕の感触と触れる体の熱を感じ、私は不思議な気持ちになった。
(……大きくなったわね、シュヴァルツ)
緊迫した状況でありながら、私はレイラ時代、彼が身長を追い抜いた日を思い出していた。
シュヴァルツは年下かつ劣悪な環境下で育ってきたこともあり、15歳頃まではどちらかというと、細くて小柄な少年だった。反対にレイラはアンドヴァリ公爵家の長身を受け継ぎ、普通の令嬢より随分と背が高かった。ハイヒールだって履いていたから、成人男性と目の高さが変わらなかったのだ。
けれどシュヴァルツは声変わりと共に、急に背が伸び始めた。
特訓の時、剣で打ち込んでくる力がぐっと強くなった。手の大きさが一回り以上大きくなって、掠れた声で「レイラ」と呼ばれるのが、なんだか胸により一層迫ってくるようになった。
彼の目の高さが私を少し見下ろしていると気付いたとき――私は理屈を超えて感じたのだ。
女として恋をしている自分を。愛する男の成長が、たまらなく嬉しいと感じる感情を。
懐かしさに浸りながら思う。
シュヴァルツは今、真剣にメイドの少女を庇っている。その頼もしい腕が愛おしい。
すでに恋愛感情はないけれど。元レイラとして、シュヴァルツの成長が嬉しかった。
「旦那様、私は大丈夫です」
「リリーベル、」
「ギルバート・アンドヴァリ公爵は私が向きあわなければ、ご納得されないと思います」
「だが」
「大丈夫です。私、旦那様とユーグカお嬢様の傍にいるためなら、諦めません」
にっこりと笑って、私はギルバートに近づく。
「……貴様は、本当にただのメイドの小娘か?」
「アンドヴァリ公爵に嘘は申し上げられません」
「レイラでは、ないだろうな?」
「違います」
私はきっぱり告げた。
「リリーベル・シブレット。オールワークスメイド兼、ユーグカお嬢様の家庭教師です」
シュヴァルツが魔力障壁に覆われ閉じ込められる。ギルバートは杖を振り上げた!
「リリーベル!」





