31・「シュヴァルツくん、彼女と結婚なさい」 「!?」
「『魔力暴走』の心配があるから、ユーグカも城からは出られないでしょう? 積極的に外から交流の機会を作らないと。社交はやはり女主人がいてこそ円滑になるわ」
彼女の気持ちも理屈も分かる。
実際私も、正論で言えば、シュヴァルツは再婚した方がいいと思っている。
けれど――あの真剣に、今も亡き妻、レイラを思う横顔を見ていると酷な話だとも分かる。
今のシュヴァルツを奮い立たせているのは、ユーグカへの父性愛とレイラへの執愛だから。
――その時。
「ひゃあっ!」
ぷきゅーっ!
ユーグカの悲鳴だ。
「いかがなさいましたか!?」
「どんぐりねー、なかにむしさんがいたのー! うぞうぞー!」
一瞬驚いただけなのだろう、彼女はどんぐりを握って笑顔でこっちに持ってくる。
アンナアンナが無言で顔を両手で覆っている。
「すごいですねー、うごうごしてますねー、公爵夫人がびっくりされますから、一緒にお庭に返してきましょうか」
「うん!」
しかし、振り返った私たちは唖然とした。
手を下ろしたアンナアンナが「きゃっ」と悲鳴を飲み込む。
庭の草木が突然、ぶわっと膨らむように広がっていた。
びっくりした拍子に、おもいっきり『魔力暴走』を起こしたらしい。
むくむくむくむく! がさささささささ!
ナチュラルガーデンの木々や草花がどんどんマッシブに太く大きく大きくなっていく!。
アンナアンナは驚いて声も出ない。
ユーグカは最初こそぽえーっと高く見上げていたが、落ち着いた様子でぷきゅぷきゅと暴れ回るナチュラルガーデンに向かう。私は助ける準備はしつつ、あえて見守る。
ぷきゅっ。
ユーグカのひと踏みで、ナチュラルガーデンは輝きながらしゅるしゅると元に戻った。
名残のように、花びらが舞い散って吹雪のようになる。
アンナアンナは呆然とその光景を見つめていた。
「暴走を自分で止められるようになったのね……」
「だいじょーぶー!?」
ぷきゅきゅ! と靴を慣らして近づいてくるユーグカを、アンナアンナは膝を折ってぎゅっと抱きしめる。
「こーしゃふじ?」
「……あなたはしっかり成長していたのね」
私はその様子を見て気付いた。
彼女はまだ、ユーグカがぼろぼろで『魔力暴走』を引き起こしまくっていた、孤独でさみしかった頃の姿を引きずっていたのだ。だから余計に心配してくれていたのだろう。
アンナアンナの眼差しが私へと向かった。
「あなたがきてくれたおかげね。シュヴァルツくんもユーグカも、幸せそう。……心配していたことが、どんどん改善されている。……考えを改める必要があるかもね。今の屋敷に無理に縁談を押しつけて、せっかく上手くいき始めている場に水を差してはいけないわ」
「公爵夫人……」
「慌てるよりも、じっくりと良い縁談を見つけた方が良さそう。……ふふっ、素敵なメイドさんもいることだしね」
意味深な眼差しを向けてくるアンナアンナ。
その時。
空を飛んで何かがやってきた。
移動用の魔術杖に二人乗りしたシュヴァルツとセージだ。
「大丈夫ですか、公爵夫人!」
「うわ、なんだこの庭ジャングルかよ」
降り立ったシュヴァルツを、アンナアンナはまっすぐ見ていた。
背筋を伸ばして、迷いがすっかりふっきれた顔だ。何を言い出すつもりだろうか。
「決めました。シュヴァルツくんあなた、彼女と結婚なさい」
「!?」
私は思わず派手に転んだ。見るとセージもずっこけている。
首をかしげるユーグカと真顔のシュヴァルツだけが、まっすぐ立っていられている。
シュヴァルツは数秒真顔をキープした後、真面目な調子で話を切り出した。
「……公爵夫人。そのお話に関連して、夫人のお力をお借りしたいことがあるのですが」
「まあ! 彼女と結婚を考えるって事ね!?」
ぱあああ、と表情を明るくするアンナアンナ。
私は思わず間に入る。
「ま、待ってください! あの、前の奥様への思いを伺ったばかりなのですが」
すると、シュヴァルツは私にそっと「まあ任せなさい」とばかりに片目を閉じる。
そして改めてアンナアンナへ向き直って切り出した。言った。
「その前に、彼女の実家についてです。結婚には実家の問題がありますよね」
――あ、思いっきり話を逸らした。
「そ、……そうね? 結婚には当然家の問題が関わるけれど」
「実は彼女は実家シブレット男爵家との関係で苦慮しており、そのことで公爵夫人のお知恵をお借りしたいのです」
「えっ」
「彼女の未来を守るために大切な事です。お願いできますか?」
「えっええ!? でも最初は花嫁修行って……」
途端におろおろとするアンナアンナ。
「重たい事情をお話してしまうと、お優しい公爵夫人が気に病まれるかと思いまして。しかし公爵夫人が私の結婚相手候補に……とおっしゃるほど彼女の人柄を認めてくださったので、本当の事をお話する決意をいたしました」
「そういうことです」
私もシュヴァルツに合わせてこくこくと頷いた。
「あらあら……あらあら……まあまあ」
彼女は大きな目をぱちぱちとさせていたけれど、次第にどんどん表情が理解の色に染まっていった。
「そうね、花嫁修行って私に先に言われちゃったら事情も話しにくいわよね、ごめんなさいねリリーベルちゃん」
「い、いえ……」
「大丈夫、私がついているわ」
目を潤ませてぎゅっーっと抱きしめ、アンナアンナは熱っぽく言う。
「シュヴァルツくんとユーグカを幸せにしてくれた貴方のためなら、私絶対力になってあげる! ギルバートにも力になって貰いましょう!」
「あ、ありがとうございます」
「アンドヴァリ公爵にも伝えております。公爵夫人がこちらにいらっしゃることと、リリーベルのこと、両方を」
「まあ! さすが早いわねシュヴァルツくん! ギルバートも喜んで手伝ってくれるわ!」
「ええ」
(喜ぶかなあ)
兄の顔を思い出しつつ私が訝しんでいると、アンナアンナはこちらを見て改めて質問してきた。
「ところでどうして、実家と問題が起きてしまったの? 嫌な結婚でもさせられそうになった?」
「えーと、……いえ、実は私は魔術の才能がちょっと特殊でして」
「まあ! 魔術の悩み? 一体どういう」
その時。
くいくいっとスカートが引っ張られる。
「ねえねえ、りーねー、きらきらがおちてくるのー」
「え」
大人達と私はそろって自然と空を見上げる。
そこには飛来する一杖の移動用魔術杖があった。
長い銀髪と白銀のローブを彗星の尾のように靡かせ、光の軌跡を描きながらこちらに舞い降りる。
降り立つのを待たず、アンナアンナが小走りに着地点に向かって行き、大きく両手を広げた。
「ギルバートーーーー!!!!!」
「暑苦しい」
魔術師はアンナアンナの元にふわっと舞い降りる。左足が悪いらしいがアンナアンナの腕は借りず、飛んできた魔術杖で体を支えて立った。
「んもう、ハグしてよギルバート」
しかめつらのままハグとチークキスを交わすと、ギルバートは眉間の皺を深くしてアンナアンナを睨む。
「勝手に行くなと行っただろう。何度言ったら分かるんだ、道中は危険だ、この島は魔力が不安定で危険だ、何のために上級以上の魔術師ばかりを集めてると思ってるんだ、そもそもここはシュヴァルツの職場でもあるんだ、ちゃんと上長の俺とシュヴァルツ当人の許可を得てから飛び出していけ」
「怒ってる顔も素敵よ、ギルバート」
「……」
ギルバートはうっとりするアンナアンナを無視し、私をじっと見た。
「お前か。あの忌々しい妹と同じ能力の娘は」





