21・自由な人生を選ぶ理由
赤くなった目で、ミントローズがキッと睨む。
「あなたはここで働くべきじゃ無いと思いますの! 天才は、学園で学ぶべきですわ!」
「えっ……ええっ!?」
想像と違う方向性の言葉に、私はびっくりする。
彼女はきーっと耐えがたいものを堪えながら頭を横に振り、ツインテールをぶんぶんと横に振る。
「くやしいですわ、くやしいですわっ、くやしいですわっ! 同世代、上下3歳の間に、私絶対負けないと思ってましたの! なのになんですの、その天才的な所業はっ! 虫も殺さないようなぽけーっとした顔をしながら、なんですのっ! 『大自在の魔女』の才能は生まれつきだから仕方ないとして、能力全てがっ! 私よりっ! 上だなんてっ! くやしいですわーっ!」
「は、はあ」
「ああ、もう……レイラ・アンドヴァリの再来の呼び声は、私の物にしたかったのに……」
がっくりと肩を落とし、そして負けを認めてすっきりとした顔で苦笑いする。
「いいですの? あなたのような人が市井に埋もれるのは国家の損失ですわよ。今すぐに学園に入学しなさい」
「い、いえ私はただのメイドでいたいので」
距離をぐいぐいと詰められて壁に追い詰められる私。
ダンッ! 手が、私の顔の前に叩きつけられた。
「黙らっしゃいな! 出世できる能力があって、あえて使用人で人生を終わらせるなど信じられませんわ! そもそも能力を磨き国家繁栄の礎とするのは国民の義務ですわ、たとえあなたが平民であろうとも! ……あれ、そういえばあなたは実家は?」
嫌な話題になった。いっそ今は眠りについてもらうしかないか――
私が手を手刀の形にしようとしたとき。
「やめるんだ、ミントローズ」
「っ……部隊長っ……!」
シュヴァルツとセージだ。
「お、おいなにやってんだミント!」
上司と兄の様子にミントローズは一瞬怯む。
けれど意を決した様子でつかつかとシュヴァルツの前に立つ。
私とセージはおろおろした。
「あああ、ミントローズ様」
「お前っ……!」
ミントローズは背筋を伸ばし、キッとシュヴァルツを見上げて言った。
「部隊長。リリーベルの才能は是非適切な場所で学ぶべきです」
あわわわわ、と思っていると、シュヴァルツはしばらく目を合わせたあと穏やかに呟く。
「国家の損失か」
「はい! 彼女にもいずれ、次世代のレイラ・アンドヴァリ公爵令嬢のような活躍を――」
「それが、本当に彼女にとって幸せだと思うのか?」
「っ……」
ミントローズの顔が、さっと青ざめる。
「このまま『大自在の魔女』の能力者が次々と同じ職を選び、同じように前線で活躍する慣例ができてしまえば、リリーベルも、ユーグカも、いずれ……」
「そ、それは……」
「私たちは二人目のレイラを出さないように研究をしている。君も分かっているはずだ」
「はい……」
すっかり興奮が収まり、ミントローズはうつむいている。
シュヴァルツは優しく微笑み、頭をぽんと撫でる。
「ありがとう。君なりにリリーベルの事を思ってくれたのだろう」
「はい……ですが、間違ってました」
「そこなんだが、ミントローズ。国家の損失はともかく、実のところは私も同意見だ」
「えっ」
顔を上げるミントローズ。
ぎくっとする私に、シュヴァルツは目を細めて続けた。
「学園には行った方がいい、リリーベル」
「し、しかし」
「ああ。君の事情も知っているから今すぐ、無理にとは言わない。けれど君はまだ幼い。……親の都合で、学ぶ機会を喪失するのは悲しいことだ」
「旦那様……」
「学びたくなったら言いなさい。その時は私が後ろ盾になろう。人生は長いのだから卒業後にメイドをしてもいい。同じ年頃の子供達が集まる場所で、学ぶというのは学問以上の意味がある」
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げた。
顔を上げると、決まり悪そうな――でも納得した様子のミントローズが頬をかいているのが見えた。
「通いたいときは言いなさい。私が色々おしえてあげますから」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
「っ……だ、だから! 私が卒業しちゃう前に、決めなさいよ! わかったわね!」
「ひいい」
◇◇◇
後日。
私はミントローズを、風通ししていたレイラの部屋に案内する。
レッド系の鮮やかなインテリアでまとめられた、ロマンティックで華やかな部屋。
レイラは銀髪赤瞳で色白だったので、私物は赤を好んで選んでいた。
「……レイラ様の……部屋……」
彼女は部屋を見て感慨深そうにした。
恋する乙女のような、夢のような顔をしていたミントローズだが、封印された書棚を開くと、さっと研究者らしい熱の籠もった眼差しになった。
「さあ、リリーベル。一緒に調査を進めますわよ」
「はい!」
私たちは顔を見あわせ頷き合い、さっそく作業を開始した。
城のことは私リリーベルの仕事。
けれどレイラの遺品を開いた後、しかるべき資料を集めて管理するのは研究所所属のミントローズの仕事。そういうことに、シュヴァルツは割り振ってくれた。
ミントローズはやる気を取り戻し、私と一緒にてきぱきと本を整理する。
持ち主の説明なしに「これはあれの資料ね」「これは……」とすぐに分類していくので、さすがといった感じだ。
「りーねー! みんとしゃん!」
ぴよぴよっと足音を立て、部屋にやってくるユーグカ。
「みてていーいー?」
「はい。もちろんです」
勝手知ったる様子で、ユーグカは部屋にそーっと入ってくる。
ユーグカはレイラの部屋が好きだ。
ソファに座り、犬のぬいぐるみをだっこして部屋のあちこちを見ている。まるでそこに母が居るかのようにくつろいでいる。
作業の手を止めずに、ミントローズが呟く。
「けれどまさか、あなたが貴族で、しかも実家と折り合いが悪いなんて想定外でしたわ。暗い過去がありそうには見えませんもの」
「いやあ、えへへ……」
レイラとしての意識があるから、リリーベルとして虐待の心の傷は受けていない。
それが脳天気に見える理由だろう。
「実家の援助を期待できないということであれば、どこかに養女に入る必要があるのではなくて? 私のおじさまに相談してみましょうか?」
「いえ、今はまだ当分メイドとして仕事山積みですし……」
「あら、戸籍は大事ですわよ? 病気や怪我のときに、今のままではご実家に手紙が届きますわ」
「それは面倒ですね、確かに」
そのとき、ユーグカがソファーを降りて私の顔を覗き込んでくる。
「りーねー、かぞくがほしいの?」
「そうですね、いつかは家族が欲しいですね」
「じゃあゆーね、りーねーとかぞくになる!」
「えっ?」
「かぞくだよ」
にっこりと、ユーグカは私に抱きついて頬ずりする。
体を受け止めると、ふかっとした柔らかなドレスと体温に胸がいっぱいになった。
「でも私メイドですよ」
「めーどしゃんでもりーねーはりーねーなの、りーねーはかぞく! ね?」
抱き合う私たちに、ミントローズがぐいっと迫ってくる。
「ずるいですわ! わ、わたくしも」
「みんとしゃんもかぞくになる?」
「お願いします!」
「じゃあみんなでかぞくね、ぎゅーっ!」
ユーグカが私たちの首に手を回す。ぎゅーっ。
シュヴァルツはいつもユーグカを抱きしめる。
だからユーグカにとって、仲良く抱きしめるのが『家族』なのだろう。
(そういえば、実家は今頃どうしているのだろう。確か腹違いの妹は魔力があった……わよね?)





