19・レイラ思い出の超弩級豪華な料理。その名も
――そして食事会、当日。
私は朝早くに目を覚まし、日々の家事を『大自在の魔女』で片手間に済ませつつ身支度をする。
キッチンで数日かけて煮込み続けていた鍋をそっと開ける。
スパイスとお野菜が数日かけて、コトコトコトコトと煮込まれた、まろやかなカレーがそこにあった。
「わあ……」
立ち上る芳醇な香りに誘われ、思わず味見をする。
「うふふおいしい」
「嬉しそうだな」
「あっ、おはようございます!」
突然の声に振り返ると、シュヴァルツが立っていた。
以前のような顔色の悪さはすっかり鳴りを潜め、朝はすっきりと起きられるようになっている。肌つやも戻り、底を尽いた魔力はそのままながら、見た目だけを見れば健康的だ。
「昼食にそれを出すのか。……懐かしいな、レイラの得意料理だ」
シュヴァルツは鍋の中を覗き込みながら、目を細める。
「これも本棚のレシピからか?」
「はい(嘘)。必要な香辛料は裏庭にありましたので、ユーグカ様と採ってきました。10年の年月が功を奏して、見事に育っていましたよ」
「やはりレイラは香辛料を準備していたのか……彼女らしいな」
「試食なさいますか?」
「いや、私もランチ会の時にいただくよ。懐かしい料理だからちゃんと味わいたい」
「承知しました」
魔術師は口にするものに魔力の影響を受ける。
普段の生活では、個々人が自分に合った食事を摂るが、魔物騒乱時代の戦場ではそうもいかない。
全員が一度に同じ配給食料を食べるので、どうしても全員にとって最適のコンディションにするのは難しい。
その問題の解決に動いたのが、レイラ・アンドヴァリだった。
四大元素を司る食材と特殊な香辛料を混ぜてペーストを作り、そこに旬の食材を突っ込んでとろとろになるまで煮込めば、誰にとっても最良の効果を発揮する特殊料理になる。
もちろん必要な香辛料はどれも普通にかき集めようとすれば高額極まりなく、理論上『みんなが大好きなカレー』を作れることが判明したとしても、実際に作ろうとする者はいなかった。あまりにコスパが悪いと思われていたのだ。
――コンディションに妥協はできない。
魔物騒乱を早く終わらせないと、国力が落ちた所に乗じて他国に侵略される。
この国を守るために行動するのが、アンドヴァリ公爵家の娘として生まれた使命よ。
あの頃の私は、そんな風に意気込んでいた。
レイラは世界有数のアンドヴァリ公爵家の生まれを利用して出資者を募り、己も様々な場所で資金をかき集め、見事にカレーを完成させた。
そして魔物騒乱後、この城が新婚生活の拠点と決まってからは裏庭で香辛料を育てる準備をしていたのだ。まだ試作品だったので、誰も知らなかった。
「あれからミントローズとはどうなった?」
「大丈夫です。楽しくやらせてもらってます。仲良くなれるようにがんばってみますね」
シュヴァルツは微笑む。
「ユーグカが心を許した君なら、きっとミントローズとも上手くやれるだろう」
「はい」
その時、廊下からぷきゅ……ぷきゅ……と音が聞こえてきた。
眠そうな目をこすりながら、寝癖を立てたままのユーグカがよたよたとやってくる。
犬のぬいぐるみは足を掴んで、ずるずると引きずっている。
ふわふわの銀髪がちぎった綿みたいに、さかだって跳ねて面白いことになっていた。
目の前にしゃがんで、私はよだれの跡を拭いてあげる。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよございましゅ……」
シュヴァルツは優しく微笑んで娘を抱き上げる。
「もうすぐ朝食ができるよ。顔を洗ってこようか」
「んー」
ねむねむと、父にだっこされて連れて行かれるユーグカ。
「……ふふ、かわいい」
聞こえない距離で、小さく呟く私。
私にとっては、ユーグカだけでなく、シュヴァルツも愛おしくて、可愛い。
二人の様子に癒やされながら、私は腕まくりする。
朝食の準備の後も、昼食に向けて、やることはいっぱいあるのだ!
◇◇◇
昼食会は来客用の食堂で行われた。
おそらく十年近く使われていなかったので、埃と布物家具の経年劣化が酷かったけれど、風通しをして、家具はよく磨き、糊のきいた新品のままストックされていたテーブルクロスを掛けたら、どこに出しても恥ずかしくない綺麗な食堂になった。
「おはな! いっぱい! たくさん!」
ぺとぺとぺと。
壁にぺたぺたとお絵かきした飾りを貼ってお手伝いしてくれているのはユーグカ。
席次表もユーグカが作った折り紙を置いた。
ぞろぞろと、研究所の職員がやってくる。
パルスレー兄妹もそろってやってきた。
ユーグカがぴよぴよとミントローズに近づく。
「みんとしゃん、おかおいろ、あおい」
「レポート提出……ええと、学校の宿題をやっただけです。ご心配おかけして申し訳ありません」
「むー」
ユーグカは心配そうにしている。
セージが私に近づいてひそっと言う。
「あいつ、睡眠不足と魔力使い過ぎなんだよ」
言語外にセージの言葉は『以前のシュヴァルツと同じ状態だ』と告げている。
私たちは頷き合った。
ユーグカの心配を払拭するためにも、ミントローズに元気になって貰う為にも、今日は肝心だ。
「元気にさせて見せますよ」
「頼んだぜ」
それから。
シュヴァルツから改めての紹介を受け、私は皆に挨拶する。
ユーグカとシュヴァルツがお誕生日席に座ったところで、私は『大自在の魔女』の力を発動した。
ワゴンが自動的に動いて、ワゴンからぬっと生えた手がサラダを置いていく。
「おお……」
「噂には聞いていたけど……!」
どよめきとぱちぱちとした拍手。
ユーグカもぱちぱちと拍手してくれている。
ミントローズはむむ……と言いたげな顔でテーブルに置かれるサラダを見る。
続いて私は、ワゴンで鍋と炊いたご飯を持ってくる。
香ばしい匂いにざわつく一同。食べたことがある古い戦友たちは、がたがたと椅子から立ち上がった。
お行儀が崩壊するほどの、匂いの暴力。
「こ、これは!!」
「戦場のご褒美!」
「レイラ様の最強手料理!」
「ま、まさか~!!!!」





