18・おさんぽユーグカと動く香辛料くんたち
ぷきゅぷきゅの靴で大地を踏みしめ、天使の笑顔でユーグカが私を先導する。
「おにわね、こっち!」
よく晴れた庭、うっきうきだ。
城の裏庭、というと聞こえはいいけれど、まったく掃除の手がつけられていない庭は野生のナチュラルガーデン、という感じだった。まあ、雑草畑だ。
ユーグカがぷきゅぷきゅと歩くと、草ぼうぼうで地面が何も見えていなかった緑の海が、一歩ごとにざざざと草が避けていく。
繰り返すが、ぷきゅぷきゅ靴は幼い頃のレイラが履いていた特別製の魔道具だ。
踏みしめる事で生じるスイッチで、かゆかゆの草もとげとげの石もちくちくの虫も全部安全に除けることができる便利な靴だ。
普通の幼児なら履くだけでしおしおになるほど魔力を吸われるけれど、魔力馬鹿のアンドヴァリ公爵家令嬢だからこそ履けた靴だった。ユーグカもレイラ以上に履きこなしている。
後ろを歩きながら、私は『大自在の魔女』の力で絨毯戦法で雑草を引っこ抜き、草木の剪定をする。
先を行くユーグカが振り返った。
「りーねー、どのおはなをちょきんするの?」
「ええとですね……」
私はレイラ時代の記憶を思い出す。
魔力回復に欠かせない香辛料は当時調べ尽くしていた。
外国に頼ったり時期を頼ったりしなければ集められない繊細な植物たちを、レイラはこの土地の強い魔力を利用して同じ場所で一気に育てられるようにしていたのだ。
そのとき。ユーグカの足下の地面がうごうごと隆起する。
「お嬢様!」
「やーっ」
私が飛び出す前に、ユーグカがえいっと地面を踏む。
『大自在の魔女』の力が発動し、地面がぼこぼこっと波打ったかと思うと、トカゲの尻尾のように、ちょきんと切れた金色の塊が空に飛び出した。
噂をすれば、だ。私はそれをキャッチする。
「一つ目ゲットです、ユーグカお嬢様!」
ユーグカは私の手を見て、きょとと首をかしげる。
「きらきらの……うん……」
「違います! これは! ゴールデン・ウコンネッコ・ワームの端っこです!」
手に握ったそれは、王国では収穫が難しいウコンという植物の根――に、生前のレイラが手を加えて精霊化させた、ゴールデン・ウコンネッコ・ワームの根の端っこだった。
「これをすりおろしてお料理して食べると、体の魔力回路がほかほかになるんですよ」
「ほかほか!」
私はさっそくリュックに収穫物を突っ込む。
ユーグカは地面からスコップでちぎれたその根元のねっこを掘り返そうとしている。
「もっとー」
びちびちと抵抗するゴールデン・ウコンネッコ・ワームに臆せず、ユーグカはよいしょ!とちっちゃい根っこの端っこをちぎる。
「とれた!」
「おめでとうございます」
ぱちぱちと拍手する私に見守られ、自信満々の顔で小さなポシェットにしまって、ぽんと叩く。
「さあ、香辛料探しは始まったばかりですよ! 次はどんなのが出てくるでしょうね!」
「わーい!」
私たちはこぶしを振り上げ、二人でジャングルと化したナチュラルガーデンに乗り込んだ。
通常なら一カ所で育たない香辛料たちも、最低限の意志を持った精霊にすれば元気に育つ。
私たちは続けて、
捕まえて軽く叩くと実を落とす、クミンミンミン・シケイダー
独特の匂いをさせて居場所を示しつつ根っこを足にして歩き回るニセカメムシ・コリアンダーを収穫する。
楽しくわんぱくにユーグカの『大自在の魔女』の練習と全身運動をさせながら、お外でいっぱい汗をかくまで遊び回った。
ユーグカのポシェットの中は香辛料の一部だけでなく、お花やどんぐり、ふしぎなかたちの葉っぱや綺麗な石まで、いろんなものがいっぱいだ。
花冠を頭に載せ、ご機嫌にスキップしながら花をくわえて蜜を吸うユーグカ。
指にはシロツメクサで作った指輪も作って、豪華なプリンセスだ。
「いっぱいとれたねー!」
「はい! ユーグカお嬢様のおかげです」
私もみつあみにいっぱいお花を挿してもらって、お花のネックレスを作ってもらって、可愛い感じになっている。
「とったの、すぐたべるの?」
「いえ。これはすりおろしたり乾燥させたりして、使いやすいように加工してから、お野菜やお肉と一緒にぐつぐつにします」
「ぐつぐつ!」
「たのしみにしてくださいね、レイラ奥様が一番得意だった料理なので」
「たのしみ!」
私たちがご機嫌で城に戻ると、玄関あたりでちょうどミントローズとセージと鉢合わせした。
ミントローズが素っ頓狂な悲鳴をあげる。
「ちょっと! ユーグカ様、その姿は……!」
「かわいい?」
「っ……か、かわいいです……」
ドレスを砂で汚したり、雑草で作ったアクセサリーでいっぱいの様子に小言をいいかけていたミントローズは、ユーグカの上目遣いに陥落する。
うしろでセージが腹を抱えて笑った。
ミントローズは咳払いして、私をキッと睨む。
「ちょっとあなた。ユーグカお嬢様を危ない目にあわせてないでしょうね?」
「お怪我一つさせておりませんよ、ご安心ください」
「っ……そ、そもそもたった一人のオールワークスメイドなのに、お城を空けるなんてどうなんですの? シュヴァルツ様のそばには」
「落ち着けよ、元気になった執事のイスカリエ卿がいるだろ?」
「っ……で、でも来客応対とか! 不審者が来たらっ」
「ああ、それも大丈夫ですよ」
私は玄関先の踏み石を見る。磨き上げた黒光りするそれが来客に反応する魔道具だと伝える、彼女はますます目を丸くした。
「まって。あなた『大自在の魔女』の力を持っているとはいえ、9歳ですわよね? 全盛期のレイラ様に合わせてチューニングされた魔道具を、なんでそんな簡単に使えますの?」
「レイラ様が使いやすくしてくださってたんですよね(嘘)」
前例がなく、手探りで『大自在の魔女』の能力修行をしていたレイラ時代とは違い、リリーベルとしての私は前世レイラ時代の経験を元に能力修行をしている。結果として、全盛期のレイラにほとんど近い能力を行使できることは――ばれない方がいいだろう。
ミントローズの顔を見る。勝ち気な目の下には隈が色濃い。
少しむくんで見えるのは栄養と魔力の巡りが上手くいっていない証拠だ。
人間としても成長期で、体の調子も魔力の調子も整わない時期。
この時期に無理をすると辛いのは知っている。シュヴァルツも私に負けないようにって頑張って、成長痛が酷くなったり、魔力酔いが酷くなっていた年頃だ。
「な、なんですの」
じっと顔を見る私にたじろぎつつ、ミントローズは更に詰め寄る。
「それにですねえ、あなた……」
その時。
私たちの間に、割って入る人がいた。
「みんとしゃん、めー」
「ゆっ、ゆーぐかさ、ま」
「なかよく、ね?」
「……はい」
指を立てて「めっ」と言われたら、ミントローズもそれ以上強気になれない。
「あっ」
「ユーグカ様?」
「ねえりーねー、おてがみ、わたちていい?」
お手紙。その言葉にミントローズがめをぱちくりする。
私が頷くと、ユーグカは自信満々に、ポシェットの中から一通の封筒を差し出した。
「どーじょ」
「あ、ありがとうございます……」
受け取った彼女は、目を見開く。
「ええと……んちかい……?」
隣からセージが覗き込む。
「ランチ会、だな。なんだいお嬢様、俺たちをランチ会に招待してくれるのかい」
「ん!」
ユーグカが強く頷いて、セージにもお手紙を手渡す。
「俺にもくれるのか、ありがとな」
頭をわしわしと撫でると、ミントローズがはっと慌てた声を出す。
「ちょ、お兄様、頭そんなぐしゃぐしゃなでちゃだめよ!」
「えへへ」
「喜んでるぞ」
「だ、だめですよユーグカ様~!」
三人の様子に、私はふふっと笑う。
ユーグカが渡した招待状。それは、私がミントローズに認めて貰う為の切り札だった。
「ちょうど1週間後のこの日ですが、研究所のお昼に特にご予定はないと伺っております。よかったら食事会を、城でしませんか? ご主人様たってのご希望です」
「何を用意するつもりですの。魔術師の食事がデリケートなのは、あなたも知っているでしょう?」
剣呑なミントローズに、私は微笑んだ。





