16・こんなところに、研究所
「裏手の森にあるじゃない」
「え」
「そこから徒歩で来てるわ。……え? もしかして本気で知らなかったんですの?」
「し、知りませんでした……その」
だって、レイラの時はこの湖上の島の建造物は城だけだったから。
◇◇◇
イスカリエさんに断りを入れて、私は彼女について研究所へと向かった。
元々、城の裏手には魔物の死骸や魔力がごっそりと栄養になった、未知の生態系の森が広がっていた。ユーグカが生まれた森だ。
先を行きながらミントローズが語る。
「研究所は10年前に建てられましたの。魔物の殲滅をレイラ様の犠牲でなし得てしまった事への反省から、元レイラ様と同部隊の有志の方々が集まって結成した場所ですわ。シュヴァルツ部隊長はここの所長も務めてらっしゃいますわ」
「反省……ですか」
「次の大規模な魔物騒乱がいつ起きるか誰にもわからない。だから予測し、過去のデータを分析し、次の魔物騒乱を未然に防ぎ、また何かあったときに、一人だけの犠牲に頼らない――そういう研究所ですの」
先を進むミントローズの表情は見えない。
けれど真剣な顔をしているのは、背中で伝わってくる。
研究所はすっきりとした白塗りの建物で、皆揃いのローブを纏っている。
何人もの魔術師が、ミントローズと私を見て挨拶をしたり「あの噂のメイドさん」と笑いかけてくれた。知った顔がいくつもある。レイラ時代に共に戦った戦友だ。
「中を案内してあげますわ。ついてらっしゃい」
ミントローズに連れられ、研究所のあちこちを巡る。
「ここはポーション研究室。レイラ様が命を賭して浄化したのと同じ方法を、ポーションで再現できないか研究していますの」
「こっちは水質・土壌検査室。湖とこの古城がある島、森の含有魔力を分析研究していますのよ」
「ここは資料庫。必要な書物を揃えています。地下の転移装置からは、王都の宮廷魔術師総本部の総合図書館と繋がっていますの」
「あちらの棟は居住区。ここに住み込んでいる職員達の寮。転移装置で通っている人もいますわ。私? 私は一応通いよ。まだ学生ですからね」
ローブの下に纏った制服を示し、ミントローズは説明する。
最後に湖の見渡せる休憩室に入り、彼女は私を振り返った。
「これで少しはわかったかしら? 私たちは真剣に、レイラ様、そしてユーグカ様の未来の為に日夜努力をしていることを」
「よくわかりました」
私は驚いていた。
まさか死後、ここまで皆が真剣に、未来に向かって取り組んでくれているとは想像もしていなかった。
「レイラ様の遺品を開くというのは、私たちの研究にかかわる重要なことなの」
真剣な顔で、彼女は私の目を見て続ける。
「未知の文献があるかもしれませんし、盗もうとしたり燃やそうとした人たちもいましたわ」
レイラはシュヴァルツの妻なだけではない。
レイラ・アンドヴァリ公爵家の令嬢であり『大自在の魔女』という特別な存在だった。
その遺品に興味を示す人は、いくらでも想像がつく。
「ユーグカ様が発見されてからはもっと酷くなりましたわ。貴族議会を使って、シュヴァルツ様に強引に遺品を引き渡させようとしたりもした。……全部、アンドヴァリ公爵家とシュヴァルツ様、そして私たちで撥ね除けてきたけれど、それを……」
ミントローズはツインテールを揺らし、悔しそうにする。
「頭では理解していますの。でも、理解したくありませんわ。だってあなたなんて、ポッと出の、何も私たちの気持ちも知らない子供じゃないですの。……『大自在の魔女』の力があるってだけで、開かずの扉の先に、いけるなんて……」
ぽろっと、ミントローズは涙を流した。
「私の目標だったんですのよ。レイラ様の遺品を私の研究で開いてみせるのが。ユーグカ様が開けるようになるお手伝いをするのが。それなのに、あなたは……」
「ミントローズ様……」
「シュヴァルツ様は納得させられても、私は納得できませんわ。納得して差し上げません」
びしっと、私に指を突きつけるミントローズ。
「リリーベルさん。私に示しなさい。遺品を開いて、レイラ様の遺児ユーグカ様のお世話をできるほどのメイドなのか、『大自在の魔女』の力以外――リリーベルとしてのあなたを、私に証明して」
私は真正面から、彼女の感情を受け止めることにした。
正直なところ、これはとんでもない言いがかりだ。
けれど人間を動かすのは理屈では無く感情で。
彼女は私の存在に、それまでの自分の――自分たちの努力が踏みにじられたように感じている。
シュヴァルツは最終決定者だから、シュヴァルツに文句は言えない。
ならばせめて、私に文句を言っているのだ。納得させなければ許さない、と。
「わかりました」
私は頷いた。
いずれ私はシュヴァルツやユーグカを、意地悪な貴族社会や魔術師たちから守らねばならない時が来る。ミントローズ一人を納得させられなければ、私は誰にも対抗できないだろう。
『大自在の魔女』の力だけが、家族を守る力じゃない。
それに。
「私はミントローズ様に認められたいです。だからがんばりますね。ユーグカ様のためにも」
「どうしてそこでユーグカ様が出るの」
「ミントローズ様と私に仲良くして欲しそうなので」
はっと、ミントローズは目を見開く。
私はにっこりと頷いた。
「研究所をもう少し見学していいですか? せっかくなので、みなさんがどんな暮らしをなさっているのか勉強したいので」
◇◇◇
城に戻ると、ユーグカとシュヴァルツ、それにセージがいた。
セージとシュヴァルツで縄を持ち、ユーグカをぴょんぴょんと飛ばせている。
平和な光景にほっこりする。
私を見ると、セージが申し訳なさそうな顔をした。
「妹が悪いな。……あいつに何を言われた?」
言われたことをふんわりと告げると、セージはますますがっくりと肩を落とした。
「ほんっと、あいつは……」
シュヴァルツ様も私を案じるような顔をする。
「すまないな。私がもう少し根回ししておけばよかったんだが」
「根回ししてただろしっかり。研究所には開く前に連絡も入ってたし、ミントローズが話を聞いてなかっただけだ」
「気になさらないでください。これをきっかけにミントローズ様と仲良くなりたいので」
「あいつと!?」
「はい!」
頷いた私は、私にぴょんととびついてきたユーグカを受け止めた。
「ユーグカ様はミントローズ様の事、お好きですもんね」
「うん!」
「私もミントローズ様と仲良くしたいです。仲良し作戦、がんばりますね」
「なかよしさくせん!?」
「はい、仲良し作戦です!」
語感がハッピーだからだろう、ユーグカが嬉しそうにする。
「仲良し作戦って、一体何をするんだ? あいつを納得させるのは難しいだろ」
「気がついたんです、研究所に足りないものが」
ユーグカをハグしながら、私は確信を持って言い切った。





