13・嵐のように反省会
開口一番強い言葉を使われて、私はびっくりする。
「お、お名前を頂戴してもよろしいでしょうか」
「は? 私の事を知らないなんてモグリじゃないの。って、お嬢様と手を離しなさいよ」
「えっ、ま、待ってください!?」
不審者が過ぎる。シブレット男爵家ならたまにアポなしの取り立て屋や胡散臭い行商人のセールスも来ていたけれど、まさかこの島にわざわざ来るとは思えない。
どこかで見た覚えがあるような気がするけれど、誰か分からない、
(まあいいか、いざとなれば『大自在の魔女』の力もあるし、、とにかく話を聞こう)
――私はそう思ったけれど、隣のユーグカはそうではなかったらしい。
ユーグカが女の子を睨んで、髪を逆立てていた。
「みんとしゃん!」
「っユーグカお嬢様」
「りーねーにいじわる、やーなのー!」
玄関ホールのカーペットが浮かび、敷石が浮かび、燈明が浮かんだ――ところで!
「ユーグカお嬢様! ぴよたんです! われちゃったらたいへん!」
私は彼女の目の前に、ひよこの形のサブレーをかざす。
「ぴよたん!!」
ユーグカがはっと我に返る。
『魔力暴走』は消えるように収まり、全ての物はあるべき場所に落ち着いた。
「よーし、我慢できましたね。すごいですね、おめでとうございます、ぴよたんは割れずにすみました!」
「やったー!」
ぱちぱちぱち。拍手する私に合わせて、ユーグカもぱちぱちと拍手する。
「な、なんなのですか……」
毒気を抜かれた様子で、女の子が言った。
一緒にぱちぱちしてくれているので、悪い子ではなさそうだ。
「って、……昼食前ですわよね? お菓子食べさせるのは感心しませんわ」
「もちろん今は食べませんよ。大事に持っているだけです」
「意味ありますの? それ」
女の子はあきれ顔だ。一応意味はある。
ユーグカが『魔力暴走』を抑えるための仕組みの一つだ。
ぴよたんサブレーはとっても固い。
その上、私の『大自在の魔女』の力をもってぎゅーっとサブレー生地を固くしたので、馬が踏んでも壊れない。
ユーグカが「自分が頑張ったことで、ぴよたんを守れた!」と思えるのが大事なのだ。
成功体験の積み重ねで、自分の能力に自信を持つのが、制御のためには一番大事なことだ。
叱ったり強制しても、心が乱れれば暴走するのだから。
女の子が、こほんと咳払いして姿勢を正す。
「まあ、とにかく名乗りなさいな。あなた名前と、年齢は?」
「リリーベルです。ええと年齢は……」
15歳として働き始めたが、シュヴァルツにはすでに9歳だとばらしている。
いいよどんでいるうちに、ユーグカが指を9つ折って彼女に見せる。
「りーねーね、きゅーさい! ゆーとごさいちがうの!」
「きゅっ……9歳!?」
声を裏返して叫んだ。
「わ、私より年下だとは思ってましたけど、しんじられませんわ! それでオールワークスメイド!?」
「いろいろありまして」
「嘘おっしゃい! 若返りの魔道具とか幻覚魔術使ってるんじゃありませんの!? あっ、さてはそれでシュヴァルツ様を狙っているわけですわね! 油断させて! 不潔だわ、最低!」
「えっあっあっ」
「んもー!これだから男好きな女って嫌いなんですのよ!」
「は、話が飛躍してませんか!?」
「シュヴァルツ様はどこ?! こんな怪しい子を雇ってるなんて絶対危険よ、私が直談判するんだから!」
「みんとしゃん! らめ!」
ユーグカが私の前に立って凜々しく両手をぴっと伸ばす。
眼差しに彼女はうっと気圧されつつ、ユーグカに目の高さを合わせて必死に訴える。
「ユーグカお嬢様、そのメイドは危険ですわ。怪しい人だから離れてください」
「やー」
「ど、どうしてそんなに懐いていらっしゃるんですか?」
「りーねー、すき! ぴよたんくれるし!」
「ぴ、ぴよたんで餌付けされたんですか!? そんな……っ! 私の差し上げるスライムではダメでした!?」
彼女はどこからともなくぷるぷるのスライムを出す。ピンクで兎っぽい形の、魔力で作った子供向けのおもちゃだ。
「すらいむもすきー!」
スライムを受け取り、手のひらの上でふるふるさせるユーグカ。
嬉しそうにおめめキラキラだ。
「さ、ユーグカ様、どうかそのメイドから離れ」
「やー」
「……ああ……っ!」
がっくり。
私には強く出る女の子だけど、ユーグカには弱いらしい。
混乱している彼女は、キッと顔を上げて私を見る。
「私の名前はご存じでしょう? ミントローズ・パルスレーよ」
(パルスレー……なんだか、どこかで聞いたような)
私はレイラ時代を思い出そうとする。思い出せない。
「知りませんの!?」
「す、すみません」
「ユーグカお嬢様、部隊長は起きていらっしゃいますか? このうさんくさいメイドについて聞かなければなりません」
ふるふるとユーグカは首を振る。
「すやすやだよー」
「くっ……寝ている間に城を掌握するなんて、なんて人なの!」
「落ち着いてください、ミントローズ様……」
「リリーベルと言ったわね! あなた、ユーグカ様に手出ししたら許さないわよ!」
そこでふと、彼女はユーグカに目をとめる。
そして目を見開き、叫ぶ。
「もしかしてそれ、レイラ様の服じゃありませんの!?」
「そうですけど、よくご存じですね」
「当然じゃない! ……も、もしかしてレレレレイラ様の遺品を開いたの!?」
「許可を得ましたので」
ユーグカが嬉しそうにくるっと回る。
「えへへ、かわいい?」
「かわいいです……可愛いですよ可愛いですけど!」
ときめきと怒りと困惑と、とにかく感情がぶわぶわになったミントローズは唇を震わせる。
「信じられませんわ! だって私も触ったことがありませんのに! いきなりポッと出の貴方が許可されるわけはありませんわ!」
「あ、それは事情がありまして……」
「言い訳無用ですわ! やっぱり今までのメイドと同じで、シュヴァルツ様が寝てるからって好き勝手荒らし回ってるたちね!?」
「は、話を」
「年齢詐称してるし、勝手に荒らしてるし、絶対あなたおかしいですわ! すぐにお兄様に言いつけないと! 覚悟なさい!」
顔を真っ赤にした彼女は一人で叫ぶと、そのまま玄関から去って行った。
嵐のような子だった。
私はユーグカを見た。
「ユーグカ様、あのお姉さんのことを知ってるんですよね」
「うん。いつもはやさしーよ」
ユーグカはミントローズの調子になれた様子だった。
「わるい人が入るとね、みんとしゃん、おこってくれるの。いつもはね、いそがしいから、たまにしかこないけど、みんとしゃんすき」
ユーグカは貰ったスライムをゆらゆらゆらして遊んでご機嫌だ。
「うーん」
顎に手を当て、私は考える。
パルスレーという名字。姿。宮廷魔術師という肩書き、あの特徴的なチェリーレッドの髪……
「あ」
思い出した。
彼女がここにずかずかとやってくる意味も、シュヴァルツを部隊長と呼ぶ意味も。
◇◇◇
「……ごめんなさい」
昼食を終えた頃に、ミントローズ・パルスレーは改めて城に来た。
今はくだんの応接間で、カーペットに座って正座してうなだれている。
その隣で彼女の頭を下げさせているのは、同じ濃い紅色の髪をした、垂れ目で眼鏡の男性だった。
「ほんっと申し訳ない。俺の監督不行き届きだ」
「でもお兄様、私悪くありませんわ! 怪しいじゃありませんの、この子」
「馬鹿! この状況で一番悪くて怪しいのはお前だっ!」
頭をまたぐぐぐっと下げさせられて、ミントローズは頬を膨らませる。
私はなだめた。
「どうか頭を上げてください。旦那様が眠っていらっしゃる間、ずっとユーグカ様のために様子を見に来てくださっていたんですよね? 私が怪しいと思われるのも当然のことです」
ミントローズ・パルスレーの隣の男性を見ながら、私はミントローズに対して感じたデジャブの理由に思い至っていた。
私は兄のほうを知っていた。
セージ・パルスレー。
レイラの死に目に立ち会った人だ。





