1・会いたい、遺してきた愛する人に
久しぶりの連載です……!緊張しております。
お手柔らかによろしくお願いします。
私――リリーベル・シブレット男爵令嬢9歳。
魔力検査の翌日、書斎に呼び出され、顔を真っ赤にした父に怒鳴られた。
「よくも婚約破棄されてくれたな、能なしの『亡霊憑き』め! 穀潰しは出て行け!」
「はい、お世話になりました!」
「えっ」
計画通り言質を取るなり、私は全力疾走で書斎を飛び出す。
「きゃっ!?」
「あっお継母様!」
廊下で継母と異母妹とばったり出くわしたので、私はハキハキ笑顔で頭を下げる。
「さようなら、長い間お世話になりました!」
「えっ……あっ……」
「失礼します!」
9歳女児の全力疾走とは思えない速度で庭を駆け抜け、屋敷の裏手につけていた幌馬車に飛び乗る。行商人に前金を握らせ、立ち寄って貰っていたのだ。
「時間ちょうどですな、お嬢!」
「当然よ、さあ早く行ってちょうだい」
「へへ、言われなくとも」
街へと運ぶ荷物がいっぱいの幌馬車の中、私はバッグをぎゅっと抱える。
「しかし9歳なのに可哀想っすね。魔力の才なしってだけなのに」
「仕方ないわ。平民はともかく、貴族の娘は魔力がなければ価値が落ちるもの」
「へえ、大変っすねえ、お貴族様も」
それから行商人は黙った。私は興奮を噛み締める。
やっと自由になった。
役立たずの亡霊憑きの前妻の娘は、このまま一生帰りません。
◇◇◇
――4年前。
父に殴られ、固いベッドの端で頭を打ったとき、5歳の私は思い出した。
自分が5年前に世界を救って死んだ『大自在の魔女』レイラ・アンドヴァリの生まれ変わりだと。
父や継母が「亡き妻の呪いだ」と罵る心霊現象なるものも、本当は私の『大自在の魔女』としての能力が暴走して引き起こしている現象だとすぐにわかった。
享年20歳のレイラの自我を取り戻した私は、父をやり過ごしたあと真っ先に鏡を見た。
私は金茶色のぼさぼさの髪に、がりがりでぼろぼろの子どもの姿をしていた。
前世の強気で無敵の銀髪長身女性とはまったく別人だ。
かわいそうな姿。
けれど幸運なことに顔はとっても可愛かった。
「ふふ、気に入ったわ。第二の人生、存分に楽しめそうね」
私はその日から、この虐待ばかりの家から逃げ出すために作戦を練ってきた。
来る日も来る日も、『大自在の魔女』としての能力を磨くことにあけくれ、10歳の魔力検査の日まで爪を研いで生きてきた。
『大自在の魔女』の力は物質に影響する力。
四大元素の魔力検査しかできない、通常の魔力検査のオーブでは反応しないのだ。
私は無事に無能認定を受け、無事に婚約も解消!
才能がなければ捨てられる! 用済み! 最高!
◇◇◇
駅は人が多く、幼い少女一人を気にする人はだれもいない。
幌馬車から大きな追加の旅行バッグを下ろしていると、行商人が揉み手をしながら近づいてくる。
「大丈夫ですかい、本当にお嬢様一人でいけますかい?」
世間知らずの子どもから、何かまだ金を引き出せないか狙っているのだ。
「問題ないわ、迎えもいるから。はい、これは成功報酬よ」
「へえ、確かに」
成功報酬を握らせて笑顔で別れ、私は大荷物を抱えて歩く。
見た目は無理をしているように見えても平気だ。バッグの下に足を生やしているからね。
しばらく歩いた後、私は路地裏に隠れて後ろを振り返る。
行商人が私を追っているのが見えた。
私を売り飛ばすほどの悪党ではないけれど、このままだと迷惑だ。
隠れたまま、大きな旅行バッグの一つと路地を見やる。
「よーし、出ておいで」
指をくるくるっと回すと、バッグは一人でに開き、中に入れた紳士服と藁が広がる。
紳士服の中に藁が詰め込まれ、次々とウィッグと仮面が装着され、最後にシルクハットがぽすっと頭に乗る。藁の紳士、完成だ。
藁の紳士と私は手を繋ぎ、道に戻る。しばらく歩いたところで振り返ると、諦めて立ち去っていく行商人の後ろ姿が見えた。私は藁紳士に笑いかける。
「あなたのおかげで助かったわ。目的地まで同行よろしくね」
藁の紳士は手袋をはめた手でひょいと荷物を持って、私の隣を付いてくる。
駅では私が二人分のチケットを出した。
「あの、お嬢さん。こちらの男性は」
「パパは顔に大やけどをおって大変なんです。仮面、取った方がいいですか?」
「いいいえ、失礼致しました」
駅員は当然、藁が動いているなんて思わない。
個室の寝台列車に入ると、紳士はベッドに座って動かなくなった。
列車が発車する。窓を開けて、私は顔を出した。初めての列車にわくわくする。
前世――レイラの頃には、鉄道はまだ普及していなかった。
平和になって10年で、一気に国中に路線が敷かれたのだ。
「ここまでは順調だわ。あとは無事に雇われるか、だけど……」
私はエプロンドレスのポケットから、がさがさと新聞の切り抜きを広げる。そこには求人募集が書かれていた。
〜〜〜〜求人票〜〜〜〜
男女使用人急募
勤務地:魔口湖上の古城(シュヴァルツ・リヒトフェルト魔術伯居城)
業務内容:城内の清掃・給仕等の使用人業務全般
女性使用人は令嬢の世話を含む
給与:都市部貴族邸平均給与の110%以上を保証
※経験・技能に応じて優遇
待遇:城内住み込み必須、制服貸与、食事付
傷病見舞金・療養費支給制度あり
※城への渡航は魔導船にて(不定期運航)
問い合わせ:家令 シモン・イスカリエまで
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私はリリーベル・シブレットとして、この城で働きたいと思っている。
「シュヴァルツ……あなた、お父さんになったのね」
愛おしい気持ちを込めて、私は新聞の名前を撫でる。
シュヴァルツ・リヒトフェルト魔術伯。
10年前――前世の私が遺してしまった、愛しい夫の名前だった。
黒髪に青い瞳、三歳年下のシュバルツは、誰もが見惚れる美しい夫だった。
私たちは婚約者時代、魔物の大量発生で混乱した国を守るため宮廷魔術師として戦った。
努力家で天才のシュヴァルツと、唯一無二の『大自在の魔女』の私、レイラ。
奮迅して国を平和にして、ようやく結婚式を挙げて。
夫婦になったばっかりの時に――魔物の襲撃で、私は命を落としたのだった。
求人広告を見る限り子供もいるらしい。
「きっと後妻さんとの娘よね。かわいいわよね、絶対! だってシュヴァルツは美少年だったもの!」
今の私は9歳女児。
今更、シュバルツの妻になるつもりはない。
幸せに生きている姿を見られるだけでも嬉しいし、お世話ができるなら、全力で家族みんなを幸せにしたいのだ。
◇◇◇
大都会メルカーシュに到着後、私はさっそく広告を出していた職業斡旋所に向かう。
履歴書と偽造推薦書を提出すると、目を通した受付女性はいぶかしげにする。
「あなた……」
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