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第十五話 再会 1/7 蟲

 アッシュはウィナードのアンティーク部隊と合流し、足並みを揃える為にブースターの出力を抑える。オーランドともマニピュレーターを離し、惨雪と重装甲のセカンドが接地。土煙を上げてホバー走行に切り替える。ウィナードの街の防衛に割いた戦力を除いた、ほぼ全てが集結した。


「見ていましたよ、アッシュ。素晴らしい戦い振りでした」

 ワイヤーアンカーを射出して、ハイネが接触通信を試みた。プライベート通信でも良かったのだが、世界粒子の影響を加味した上での判断だろう。


「私たちが苦戦してきた嫉妬のレヴィ相手に、良くもあれだけの戦果を上げられたものです。格好良かった。まさに私たちのヒーローです」


 アッシュは買い被りにうんざりしている。彼女の心情にまでケチをつけるほど野暮でも無い。


「ありがとう。こんな願力でも、出来る事はあると知った。役に立てたのなら僥倖だ」

「ふふ、謙遜して。可愛いんですね」

「止せ。そういうのは、嬉しくもない」


 ハイネは謝りついでに、アッシュに疑問をぶつけてみた。


「あなたの灰色は、後天的なものとお聞きしました。……ランスルートなる人物に力を奪われたと」


「強欲のマモーかよ」

 ハイドだ。ハイネをアッシュに取られるとでも思ったのだろうか、慣れないワイヤーアンカーの接続に四苦八苦していたので、アッシュがセカンドのマニピュレーターでそれを掴んだ事でようやく会話に参加できた。


「それで、ランスルートとはどんな人物なんですか?」

「これから殺す事になる奴の事情なんて、語りたくもないな」

「物騒」

「奴は殺す」

「ヘッ。なかなか良い心構えだな。少しだけ応援してやる」


 ハイネ嬢が気になっているのは、自分たちウィナードという存在についてだろう。ランスルートのように、もしかしたら誰かの願力を奪って誕生したのかもしれないと考えている。


「心配はいらない。ウィナードがランスルート・グレイスのような化け物でないことは僕が保証できる」


「……凄いね。まだ言葉にしてないのに、私の心が見えてるみたい……こういうところなんだ……」


「なに?」


「ううん。あなた、やっぱり私のヒーローだよ」


 理性的に見えたハイネが零した屈託のない笑顔に、アッシュの内が疼く。おそらくは、純白アートの中にあった古代人クロウの記憶。カシスに恋をしていた甘酸っぱい記憶。


 ハイド少年は気に入らない。これ以上の会話は、彼の願力を不貞腐れさせて、作戦に支障をきたしかねない。間も無く、アッシュはハイネハイドとの通信を切る機会を得た。


「突入する」

 老人の低い声が先導する。数体のアンティークが一斉に砲撃を開始して、蟲の死骸で塞がれた扉を吹き飛ばした。ウィナードが以前の作戦で破壊した扉に、マザーたちが悪趣味な装飾で蓋をしたと考えられる。


 狭い通路、広いエントランス。低重力が支配する円筒型の箱庭。

「確かに、廃墟のスペースコロニーって感じだな」


 つぎはぎの街の中には、川や巨大なアミューズメント施設のようなものまである。マザーが複数いるとして、しかしその中でも、ここは特別な空気が漂う予感があった。


 けたたましいアラートが鳴り響く。円筒型のずっと上、屋上庭園。閃光の果てに爆音が振動する。無重力の中を、アンティークの残骸が漂った。嫉妬の焔が撃ち込まれ、さっきまで生きていた兵器がデブリに変わる。


「アッシュ!」

 戦友に言われるまでもなく、迫る影相手にカノープスの二人が飛び出し、ウィナードたちを後退させる。嫉妬の願力を下げる為に囮役になろうと努めたが、乱戦に突入してしまっては中々ヘイトが向いてこない。


「まずいぞ、ウィナードを嫉妬の標的にされたんじゃ、俺たちには手出しできない」


 蟲の嫉妬は、攻撃にのみ作用する。だから極論、当たらなければどうということはない。そして勿論、今の二人にはそこまでの腕は無い。セカンドのサブアームを覆う装甲が一瞬で砕かれ、惨雪の両肩シールドは弾け飛んだ。


 アンティークが、また一機墜ちた。


「ウィナードは一度退がれ! 前線は俺だけでいい!」

「止まるな、進め。マザーはすぐそこだ」


 アッシュの叫びを聞く者は少ない。彼らはウィナードの司令官、ダスク・ウィナードの声を信頼している。

「違う! 心酔している……!」


 破壊されていく仲間を盾にして、彼らは突き進んだ。意地でも、プライドでもない。まだ取り返しがつく事は、誰でも分かる筈なのに。


「期待外れだ、クロウ、カシス」


 彼の最古アートから桜の花が舞い、蟲の関節を切り裂いていく。遠隔誘導斬撃兵器「ザンドローン・桜花」が、仕込み杖を中心に束ねられていく。


「桜花・斬雪」

 右腕と右肩の副腕による変則一刀流。収束させた願力が巨大に煌めく重結晶を形作り、それを撒き散らせながら蟲の群れを惨殺した。


 最古アートの出力が上昇していく。願力原動機とは違う、もう一つのエンジンが目覚め始める。スペースニウムエンジンと酷似した駆動音。ハイブリッドエンジンが唸りを上げた。


「あれは」


 最古アートの周囲、宙に輝く魔法陣が形成された。アッシュが見間違える筈が無い。桜が、雪を斬り裂いて花開く。


「咲き誇れ、桜花」

 合体剣から光の刀が顕現する。溶け残った雪の結晶に反射して、春を忘れたかのような陽の熱線が周囲を焼き尽くしていく。最古アートの真髄「桜花・春殺」。


「魔法陣、ディス・プリズム……模倣じゃない……!」


 イミテーション最古アート。外装だけをアートに見せかけた、あれは、アンティークそのものだ。


「クロウカシス。お前がこの程度では、この先どうしたものか」


「出来るのなら、あんたが初めから」


「俺に頼るのか。当てにしたのは此方なんだがな。しかしマザーを相手にお前如きが戦力になるとは初めから思っていない。せめてアリ程度は足止めしてくれないと話にならん」


「統率を取れ。ウィナードはお前を信頼しているんだぞ」

「蟲に殺されるような戦力はいらない」

「貴様!」

「怒る相手を間違えているぞ。そんなに命が大事なら、全て救ってみせろ、勇者様」

「黙れ!」

 アッシュは一人、敵陣へ飛び込んだ。


「おい、アッシュ!」

「オーリーは支援しろ! お前だけを信じてる!」


 アッシュはダスク・ウィナードに期待するのはやめた。奴は自分の仲間さえ駒にする。カノープスのことなんて、初めから捨てる気でいる。


「期待と信頼は違う!」

 かつてセラが言っていた感情が、アッシュの口から零れ落ちた。


 ダスクの攻撃で穴が空いた宙に、新たな敵影が首をもたげる。セカンドは左腕を器用に動かしてファングライフルを乱射、嫉妬のレヴィの注意を惹きつける。新たに湧いたレヴィの願力が反射的に、機械のように変動する。

 すかさずオーランドのイルミネーターが消し飛ばす。動く的には、近接信管のロケット弾が破裂して、周囲ごと爆炎が屠っていく。

 すれ違いざまにファングブレードで切り裂いて、方向転換にエンべディット・エンバースのブースターを利用する。被弾は気にしない、後ろは見ない、オーランドを信頼している。アリの顎に、巨大な杭が突き刺さる。


「そんなに死にたいのかよ!」

 パイルが穿ち排熱を噴き出し、巨槍を振り回す。ウィナードの追撃がカミキリアリを殲滅した。


「それでいい」

 教祖は無表情を貫いた。先行するアッシュの前方、新たな熱源反応。マザーの鎮座する屋上庭園。その筈だった。


 マザーの姿が、見当たらない。


「なんだ、ここは……?」


 幾つもの繭を護る、いや、繭を育てる複数のガンドール。生体反応、機体の腹部。


「人が、乗っている……⁉︎」


「人型モンスターだ。殲滅せよ」


 ダスク・ウィナードの言葉を疑うこともなく、ウィナードたちはアンティークの力を解放していく。


「ディス・プリズム」

「ディス・プリズム」

「ディス・プリズム!」


 セカンドには立ち入ることの出来ない、魔法陣が奏でるモンスターバトルが始まった。


「待て! 奴らは」


「人類軍が造り出した、対バンデージ用願導人形。失望のカレンデュラ」


 ダスクはウィナードに攻撃の指示をしながら、戸惑うアッシュを置き去りにして「人型モンスター」について語り始めた。


「その力は、羨望の灯火エンヴィ・ハート。嫉妬の焔ディス・エクス・マキナの亜種だ」


 人型モンスターが乗るアンティーク〈失望のカレンデュラ〉は、その身を焔に焦がしながら突撃した。組み付かれたウィナードのアンティークは、激しい閃光に飲まれてデブリも残さず瞬時に消滅した。


「対消滅……? 反物質なのか?」

 発生するエネルギーの殆どは閃光に変わったのか、威力は(アッシュの持つ古代の知識よりも)大分抑制されて見えた。


「命は消える瞬間、最後に一際輝く光を放つ。敵対するバンデージの願力に反応して発動する羨望の力をその身に包み、性能を底上げして、最後には自爆する」


 儚く散りゆく花の如く、特攻を続ける失望のカレンデュラに、ウィナードはその数を失っていった。


「これ以上のデブリの損失は許容出来ないな」


「デブリ、だと」

 仲間さえも、その扱いだ。ダスクの言葉の全て、存在が、アッシュを苛立たせる。


「消えろ、バンデージ! 世界の破壊者め!」

 失望のカレンデュラから声が聞こえる。灰色の願力を纏った彼らは、紛うことなき灰北者、高レベルのウィナードだった。


「ウィナードに同士討ちをやらせている⁉︎ やめさせろ、ダスク!」

「俺らをあいつらと一緒にするな!」

 ハイドのブラックベルベットが、巨大な拳でカレンデュラのコックピットをぶち抜いた。


「見たか、人型のモンスターめ! これが俺の力! 俺たちウィナードの」

 血が滴り、人間と変わらぬ肉塊がこびりつく。潰れた腕が無重力を舞い、飛来した眼球と目が合った。


「……あっ」


 少年は、堪らず慟哭を吐き出した。願導人形とリンクした感触が、自身の手にまで波及する。動きを止めたハイドを守るため、ハイネのキールカーディナルが結晶の槍で「同族」を貫いていく。


「私たちはウィナード。彼らとは別物なのです。ねぇ……そうでしょ、アッシュ?」


 聡明なハイネは全てを理解した。カノープスと接触した事で、彼らと自分たちとの違いに悩んだ。疑惑を抱いた心は、それ以前には戻れなかった。自分たちはマザーによって生み出された人型モンスター。それこそがウィナードと呼ばれる紛い物の命の真実。


 ダスクに従ったところで未来は無い。しかし、自分たちの今までを、その存在を否定する事は出来ない。

 彼女の悲しそうな瞳に「クロウ」は抗う事が出来ない。


「双方、止まれ!」

 セカンドは、二組のウィナードたちの間に割って入った。両者は止まらず、セカンドはなす術なく弾け出された。


「くそ!」

 戦友の心配をしながら、オーランドはカノープスへの通信を続けたが、一向に繋がらない。世界粒子の影響だけではなく、ここが無重力地帯なら彼らのいる通常重力帯とは時間の流れが異なる可能性がある。


「……あれがターゲット。了解です、我らが母上」

 カレンデュラたちはマザーの言葉に聞き入った。セカンドの計器が狂いだし、眼前の空間が砕かれた。


「ゲートが拓く⁉︎」

「良くやった」


 カレンデュラたちが開いたゲートに、ダスク・ウィナードは脇目も振らず飛び込んだ。以前とは違い、高重力による引き寄せが起こらない。そこに疑問を抱く時間が無かった。


「なんだ、あいつは? 自ら飛び込んだ?」

「放っておけ。我々は母上のお望み通り『アッシュ』を連れて行くのだ」


 失望のカレンデュラたちの視線が、セカンドを捉えた。


「ここは頼む、オーリー」

「……行くのか」

「奴は止めなきゃならない」

「分かる、それは分かるよ!」

「俺は『奴』を継承した。偶然だろうと、今は、これが俺のやるべき事なんだ」


「アッシュ!」

 ハイネの瞳が見つめている。

「来い!」

 ブレインセカンドは、キールカーディナルと手を繋ぐ。か細い偶然の一端を手繰り寄せ、永きに渡る因縁の支配から逃れる為に。


「……ハイネ、俺も!」


「ハイドは残れ! ハイネを助けたいのなら、もしもの時はお前が帰還の座標になるんだ!」


「お願い、ハイド。私をアッシュと行かせて」


 彼女の潤んだ瞳に、やはり「クロウ」は抗う事は出来ない。


「……ずるい」

「ごめんね。行ってくるね」


 勝者を名乗った男を追って、少年と少女は絶望へ向かって飛び込んだ。

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