第十四話 ウィナード 7/7 溝
薄暗い光の中、だだっ広い荒野を進む。時刻はマルロクマルマル。
「見えた」
カノープスの眼前に、巨大な影が牙を剥く。幾度となく立ち塞がった古代の遺跡。モンスターのマザーが住まう伏魔殿。
「重力異常、確認されず」
「マザーがいたとて、遺跡外周はそういうものか」
ウィナードたちの交戦記録と、かつてアッシュとユイがもたらしたデータに偽りは無い。生きた戦場では参考程度に留まる。それを忘れないように、クルーは気を張った。
「まずは誘き出す。準備はいいか、准尉」
「オールグリーン。いけます」
「ブレインセカンド、発進どうぞ!」
「了解。アッシュ・クロウカシス。作戦を開始します」
「カノープス、撃てー!」
ユイのトリガーで放たれたイルミネーターに合わせ、カタパルトからブレインセカンドが戦域へと撃ち込まれた。
「エンゲージ」
真っ先に接敵したのは暴食のベルゼ、ハエトンボの群れ。イルミネーターで半壊。アッシュはデータをカノープスに送ると、相手をせずに直進する。
「逃すか!」
甲板から、オーランドのイルミネーターがそれを撃ち抜いていく。
「無茶をするなよ、クロウカシス!」
艦長の激励をその背に受けながら、ブースターを積み込まれたセカンドは、それ自体が巨大な弾丸となって突き進んだ。グソクカブトムシ、憤怒のサモンの外骨格を着込んだ灰北者は、傍目モンスターと遜色ない。
「ディオネ様。準備はいいか」
「ふふふっ! 久々の実戦よ、腕がなる、あっ、ちょっ、待っ」
カブトムシの装甲の一部がパージされて、そこに格納されていたディオネのトロイアホースが前線に投下される。鈍重な機体が地響きを鳴らして、砂埃を巻き上げ着地する。
「任せた」
「せっかちな奴!」
強欲のマモー、ダニバッタの群生相が取り囲んだ。重荷を下ろしたセカンドは、群生相の扉が閉まる直前に脱出を成功させて、尚も燐光が加速する。
「おうおう、人気者だぞ、私!」
ダニバッタの牙と針が、一斉に小悪魔の愛馬に襲いかかった。
「充填完了だ、馬鹿奴」
漆黒の無数の雷撃がトロイアホースの全身から解き放たれる。取り囲んでくれるのならば、重結晶で反射させる意味は薄い。魔王の娘が持つ強大な願力、一本一本が極太の光の束を、遠慮なくそのままぶち当てる。
「ディオネ・ライト!」
「え? なんですって⁉︎」
ディス・ライト改め、ディオネ・ライトの輝きが花開いた。穿たれたバッタの頭が重結晶の代わりになって光を屈折させて、躱した筈の周囲のダニを薙ぎ払う。
「こういうところが天才たる所以よ」
爆風の喝采を浴びて、ディオネはキメっキメのドヤ顔でトロイアホースに腕組みポーズを取らせた。
「なにやってんですか、あの人。むかつきますね」
グリエッタはイラッイラして、ついうっかりディオネの機体にロックしかけた。
「我ながら自分の才能が恐ろしいな! おろ?」
「御無事ですか、ディオネ様!」
油断大敵。迫る新手をメアリの願ドローンが撃ち抜いた。
リラからお借りした願ドローンは、厳重にシーリングした願導合金の鞭で延長コードの如く伸ばされている。ウィナードから提供された技術革新は、こういう些細な発展さえ促した。
メアリのオーグはカノープスの甲板から複数のドローンを器用に操って、容易くバイク形態へと合体させた。
「征くぞ!」
「承りました!」
メアリが遠隔操縦する浮遊バイクはブースターの爆音をかき鳴らし、クラウザとオーランドを戦闘空域へと運び出す。
二機の量産機惨雪が、その本領を発揮する。
「ターゲットロック」
ディスプレイモニターが華やかに色を付ける。積載した弾丸の赤い弾頭が顕になった。
「ファイア!」
「ぶっ飛べぇ!」
増加装甲から放たれた実弾の雨霰が、グソクカブトムシさえ薙ぎ払う。廃莢と撃ち尽くした弾倉を撒き散らしながら爆走するバイクが、周囲を浄土と化していく。
統一規格により実現する多彩なオプションパーツと複数並べた時の破壊力こそ、量産機の持つ魅力の一つだ。
「何度見ても爽快よの。凄いな、人間というものは」
ディオネは誇らしそうに、自らが見出した戦友たちの後ろ姿を眺めた。そのディオネの背後から、純白の光が蟲を払い除ける。
「だから! 油断大敵ですってば!」
「おお。すまん、グリエッタ」
上空から襲撃する次なる使者。傲慢のルシアフ、ムカデクワガタは、重力波を放ってディオネの拘束を企てた。
願力を変換したライト兵器は距離を進めるほど拡散しやがて消滅する。グリエッタのいるカノープスの甲板からでは上位種に有効打は与えられない。
「……なんなの、もう!」
自分でも気付かぬ内に、グリエッタは飛び出していた。
いばら姫〈ブライアローズ〉を微速前進させながらディス・ライトで援護。複数の翅を撃ち落とし、バランスを辛くも挫いた。
幼き胸を、イライラとモヤモヤが支配する。ターゲットロック。標的は、ディオネ。
「やれるのでしょ、天才!」
「認めたな!」
重力波から逃れたディオネのトロイアホースを、漆黒の結晶が覆っていく。鋭利な鎧を着込んだディオネに、グリエッタの純白の閃光が放たれた。
「ほらよ!」
結晶の反射を利用して、向かってきた純白をグリエッタに押し返す。
「私に返してどうするんですか!」
負けじと純白のいばらの結晶鞭でディオネへと再び押し付ける。
「いや、こういうことじゃないのか?」
「あなたって! その位置から敵に当てなさいよ!」
「ほら見ろ! 蟲も困惑しとる」
「そうでしょうとも!」
ライト兵器の光は、重結晶を構成する願力を取り込むと、その威力が増していく。しかし、重結晶との親和性が高くなければ、ライトはその光を曇らせる。
憤怒の雷光ディス・プリズムは、通常、自らの放った重結晶と願力ビームで行うものだ。
「だったら! 手動の粒子加速器として使えば!」
「私たちの相性が良いんだなぁ」
「そんなわけないでしょう!」
テニスとかバドミントンのような何回目かのラリー。傲慢が無視の寂しさに耐えきれず口を開いた。
「ほら、タイミングはバッチリだ」
純白の光線が皇女と王女の間を何度も行き交い加速して、開いた蟲の口内に、ディオネが丁度良いタイミングでスマッシュを打ち込んだ。
ダメ押しにディオネも発光して、漆黒が純白を押し上げてクワガタの外骨格を粉砕し、ムカデを貫いて地に貶めた。
「見たか! 我らの合体攻撃!」
「なんなのこの人、もう!」
グリエッタは、イラッイラした。
「見たかい、嬢ちゃん?」
「当然です! 録画もバッチリ! 凄いよね、あの二人! 後で一緒に見返そうね、リラさん!」
王女と皇女の即興の連携に、ユイは興奮冷めやらない。光の侵入角や結晶の屈折率、距離と反射による加減率など、考えなければいけない事は山ほどある。
アッシュが計算尽くで行うイミテーション・ディス・プリズムを、あの二人は、なんだかんだでやってのけた。
ウィナードから提供された機体は、アンティークを参考に開発されたものだ。憤怒の力を機能として持たされているとはいっても、両者動きながらの光の交換日記は出鱈目が過ぎる。
矢張り、これが「天才」というものなのだろうか。自らを凡人と自覚するオーランドやギゼラは嫉妬を抱いた。
「そっちも良いんだけどね。ムカデクワガタ、自分から降りてきただろ」
「あっ、そっか! そっちか!」
傲慢のルシアフは、外敵が自分のテリトリーに侵入しない限り襲ってこない筈だった。
「それだけこっちを脅威判定してくれてるのか。或いはマザーの牧場が大事なのか」
アッシュでは無いが、リラも異常な空気をひしひしと筋肉で感じ取っていた。
期せずして女の園となったカノープスのブリッジで、ユイとリラが状況を分析する。ギゼラの操舵に、ハナコは出力の制御や諸々の補佐。トリガーを握ったユイは、空泳ぐ影をサイティング、情報を共有した。
「マナ!」
「まかせて、ユイ!」
マナのホワイトノエルが空を征く。妖精の薄翅がはためき傲慢さえも飛び越えて、煌めく閃光が迸る。
「あの作戦を思い出しますね、ユイ」
マナの中に「彼女」が現れる。優しげな、何処か憂いを帯びた美しい微笑みは、蟲相手には勿体ない。
「傲慢よ。今一度、跪け」
黄金の瞳と魔法陣を見開いて、純白の重力波が傲慢の龍の群れを地に降らせる。地獄絵図の中、沈黙を保っていた堕天門が開かれた。
「フッ……我が意に応えよ、ダテンゲート! 禁断の門の守護者、その力を示せ!」
抱えたロングバレルの中を激しく光が飛び交う。ウィナードの技術提供によりユイが開発したアンティーク風ウェポン。尻尾のバレルの中に設置された反射板を経由して、屈折して加速して、枝分かれした漆黒が再び収束していく。
システマティック・コンバージェンス・ディス・プリズム。
「疾風迅雷、エアァァッ、フラァァッシュ!」
漆黒の門から怨嗟の僕が雪崩れ出す。墜ちた傲慢の天使たちを貪りながら、未練を遺し朽ち果てる。
「え? なんだって⁉︎ クソッ! トカゲが何かやらかしたらしいが、イマイチ状況が分からん!」
――ダテンゲートの尻尾の大砲から放たれた漆黒のライトが、マナのホワイトノエルの力で堕ちてきたムカデクワガタを根こそぎ屠った――
高速のバイクに揺られるオーランドは、自らの目視による翻訳でカノープスの無事を理解して安堵した。
「よし。これだけ暴れれば」
「准尉から! 来ました!」
◆
「あれか」
単独先行を続けるアッシュとセカンドは、見知らぬ蟲に遭遇した。カミキリムシのような触覚に、アリのように列をなして軍隊で行進してくる。アッシュの仮面が疼き、エイリアスの知識が顕現した。
〈嫉妬のレヴィ〉アルカド流にネーミングすれば、カミキリアリとでも言ってみるか。
長い触覚がレーダーを担うのは一目瞭然だ。世界粒子を利用して感知しているのか、細かく動いたそれはピタリと止まって、嫉妬のレヴィはアッシュの願力を標的と定めた。
嫉妬の焔ディス・エクス・マキナは、模造の炎を超える速度と軍隊を持たされ乱射された。セカンドは左腕の外骨格のシールドで防ぎながら旋回。ウィナードから提供された幾重にも保護された有線ケーブルを伝い、情報をディオネのトロイアホースを経由して逐一カノープスへと受け渡す。
「推定願力およそ36」
ディス・エクス・マキナの威力は、セカンドで増幅された今のアッシュの三倍。となれば。
「これで」
自ら色を捨てたセカンドに戸惑って、灰色の焔は力を喪失した。レベル12、生身のアッシュの三倍。レヴィ本体の願力は変化せず、あくまで嫉妬の力のみが増減する。
「情報通りか。アンティークとの差異を確認」
ライトアームやラスティネイルとは違い、本体の出力自体に変化は無い。アンティークとモンスターの大罪の仕様にここまで明確な差があるのは初めての事だ。そこに理由を探してしまうのが、この男の美徳であり醜悪さだ。
アリたちは統率でも取っているのか、切れ味鋭い顎の接近戦と炎による遠隔攻撃で波状攻撃を仕掛けてくる。
囮に専念するのなら、カノープスの攻撃圏内まで誘き出す必要があるが――セカンドは構わず、左腕の装甲盾を構えて突撃した。
「いくぞ、セカンド」
右腕とイルミネーターのサブアームが可動する。そこに接続された全身を覆い隠す装甲が開かれて、カブトムシの一本角が巨大な騎兵槍として右腕に曝け出された。
巨大な槍の背後から、幾つもの夥しい光が漏れる。武器だけでなく巨大なブースターとしても機能するそれは、セカンド自身をすら振り回す大出力で、群がるアリを薙ぎ払った。
「推力は想定以上、なら!」
慣性に任せて振り回す、右腕だけでは持っていかれる、サブアームでも掴み直す。左腕をむしろ副腕のようにフレキシブルに補助に使用する。右腕とサブアームの変則一槍流。動きを止めないセカンドの槍が、アリの外骨格に突き刺さる。
「刻み込め!」
突き刺さった槍の中芯が、フレア・プリズムの火薬の爆発の反作用で、更に長く遠くへ伸びた。神さえ切り裂くカミキリの強靭な顎を突き破り、串刺しにして、撃ち貫いてインパクトで吹き飛ばす。
火薬炸裂式近接杭打ち機〈エンべディット・エンバース〉。燃えカスを刻むとか、埋め込む灰燼とか、そういう雰囲気の仮面魔族ネーミング。
打ち込んだ槍の芯が異音を鳴らして引き抜かれ、蟲の血肉で彩られながら元の位置に戻っていく。
オーランドの杭打ち機にヒントを得て、更なる大質量兵器として試作したこのパイルバンカーランスは、元はただのグソクカブトムシの一本角にほかならない。
グソクカブトムシはディス・プリズムを発動する際、全身の外骨格を展開し、砲身を晒す。
アッシュはその展開構造を冷却に転用。ブースターとフレアで発生した熱を頻繁に逃す為それを圧縮して後方へ放出し、高圧蒸気として更なる推力へと利用する。
裏切った甲虫の鎧は光と熱を撒き散らし、軍隊アリを薙ぎ穿っていった。
「無事か、アッシュ……?」
「ふはは! 囮の癖に一人でやっておる!」
「これはこれでむかつきますね」
巨大な穴が開けられた蟲の死骸の山に、少し同情する。カノープスの下に、ウィナードからの通信が入った。
「作戦は順調のようだな。想定通りか」
「はい。些か、こちらの優勢のようですが」
クラウザは慎重だから、これは言葉通りに受け取るべきじゃないが。
「では、そちらの戦力を貸してもらおうか。……クロウカシス」
「なに……?」
「遺跡の内部にも嫉妬のレヴィが現れる可能性がある。何の為に君たちに協力を要請し施しを与えたのか、准尉は理解できていないのかな」
ダスク・ウィナードは無表情で煽り、ウィナードたちが嘲笑う。アッシュも今更別に怒ったりはしない。
「何が起こるか分からない。カノープスも含めた全軍で遺跡に向かった方がいい」
「だからこそだ。カノープスにはここで退路を確保させる。どうした? 怖気付いたのか?」
「コロニーの深部は、時間の流れが。遺跡の内部は未知数だ。そうやって楽観視を」
「お仲間と違う時間を過ごしたくないと言うのだな。その仲間を危険に晒しても良いと。随分と臆病な勇者様だな」
「……臆病で悪いか!」
ダスクはアッシュに対して、どうにも当たりが強い。黙って話を聞いていたユイは珍しく不機嫌になり、ギゼラは困りだした。
世界の物理法則に違和感があった。それをこの時代に生まれたアッシュが感じてしまうのは、彼の中の古代人の記憶のせいだ。古代の世界では観測する事が困難であった重力と時間の間の溝が、大きく広がっている。
融合分裂……自らの体と心に溝が広がる。嫌な記憶が蘇る。
「往け、准尉。此方の囮役は私が引き継ごう」
「艦長」
「ダスク・ウィナードの真実を見極めて来い」
「……了解」
あの件以来、クラウザはアッシュを気に掛けていた。得体の知れない様子のおかしな仮面の男。しかし、ここぞという時に頼りになる妙な安心感。
ジョージから託された若者「シリウスのエース」という以上の仲間意識が、既に生まれている。
「クランベル大佐! 自分も准尉に同行させて下さい!」
「オーウェンス少尉?」
オーランドがクラウザに意見するのは珍しい。彼も大事な戦力だ。指揮系統の乱れは作戦に支障をきたす。おいそれと頷けない筈だった。少なくとも今までのクラウザならば。
「分かった。アッシュを頼むぞ、オーランド」
「は、はい!」
クラウザがカミキリアリに立ち向かう。嫉妬の焔がメラメラと立ち昇る。アッシュとオーランドは機体の手を握り合うと、甲虫の外骨格からブースターが放出されていく。
「みんな、御武運を」
「此方の台詞だ。頼むぞ、二人共」
「お土産は沼田製菓のお煎餅がいいぞ」
「しっかりやりなさい、漆黒! ウィナードに負ける事は許しませんよ」
「あっ、えっと……えへへ。ふぁ、ファイトー!」
頼もしい仲間を名残惜しみながら通信ケーブルを切断、アッシュとオーランドは伏魔殿へと急いだ。
「……お前、僕のこと好き過ぎるだろ、オーリー」
「はあ⁉︎ ……うっせぇ、しね‼︎」