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第十三話 歪み 4/8 雷雨

「もう少し南下してみます」

「私は帰るよ。休憩の途中だったんだ。嬢ちゃんはどうする?」

 リラに言われて、ユイはマナと離れないのだと宣言した。


「……そうかい。くれぐれも、気をつけるんだ」

 リラはアッシュに目配せして、彼への秘匿通信で語りかけた。


「一応、艦長には報告しておく。アンタも気をつけな」

「……さっきのは冗談のつもりですよ」

 マナの正体の話だ。


「アンタは自分で言っときながら、その実、認めたく無いんだな。あまちゃんだよ、全く」


「しかし」


「いいよ。悪者になるのは大人の仕事だ。その代わり、あの寝癖の嬢ちゃんだけは守ってやんな。大事な人なら尚更ね」


「……了解」


「……難儀な奴だね。アンタ、普通に生きるのだけでも大変そうだ」


 リラは筋肉の相手の方が自分の性に合っていると言い残して、コード・サマナーのバイクを噴かして帰艦していった。


「どうしたの、ケント? 行こう?」

「いこう、ケント!」

「ああ。了解」


 コロニーに、再び暗雲が立ち込め始めた。





 雨は、次第に勢いを増していった。雷に怯えるマナは、見た目で受ける印象よりも幼い少女に感じられた。ホワイトノエルの動きが散漫になり、アッシュが目を離そうものなら、すぐにはぐれてしまいかねなかった。


「なんだ……? 前方に建築物を確認。ひとまず、そこに」


 言いかけた口を噤む。アッシュの眼前に飛び込んできたものが何なのか、彼らには嫌というほど身に覚えがあった。


「ケント?」

「……見て、ユイ。古代の遺跡、大樹だ」


 リューシ王国からそこまで距離があるとは思えない。東に行ければ、アダトの街が望める距離の筈。


「いつの間に、深部まで来てしまった?」


 いや、違う。コロニーは空間をさえ自ら割いて、絶えず変化をし続けている。深部にあったであろう遺跡がアルカドの近くに現れたとて、不思議に思う事は無いのではないか。


「僕らがいた遺跡じゃないな」

「でも見て、入り口の蔦が斬られてる。誰かいるのかな?」

「駄目だ。カノープスに戻……」

 雷鳴が轟いた。マナは脇目も振らず遺跡へと突入していった。


「菫!」

 アッシュの中に、嫌な予感が渦巻いた。





 ガンドールが悠に踊れる無機質な通路、だだっ広いエントランス。つぎはぎの街はトグロを巻き、フィクションの世界のスペースコロニーのように円筒型の壁面に立ち並ぶ。


 そう。あの日見た光景と、瓜二つの世界。重力異常は、今のところは感知されていない。


「マナ! ユイ!」

 必死に捜す。ホワイトノエルとのスペックの差が如実に現れた。アッシュの焦りに、隻腕のセカンドも不安そうな異音を発する。ユイの修理を受けられていれば、こんなことはなかった。


「ケント! こっち!」

 ホワイトノエルはうずくまり、その中ではマナが怯えて泣いていた。ユイは優しく抱きしめて、その不安を取り除いてあげようと頭を撫でた。アッシュは、胸を撫で下ろした。


「えへへ。なんだか思い出すね、ここ」

 故郷を知らないユイにも、確かに存在するアッシュとの記憶。あの日一緒にいてくれた菫と健人は、既にこの世を去ってしまった。


「大丈夫か、マナ」

 アッシュはセカンドから降り、ホワイトノエルの腹部で彼女たちと顔を合わせる。


「ケント……ひかりが、ピカって光るの……。そしたらね、空からゴロゴロ音が鳴るんだよ?」

「雷が怖くて、こんなところまで……?」


 マナの姿は、まるで初めて体験するような反応だった。宇宙育ちという訳でもないと思うが。


「だーいじょうぶ! ケント強いんだよ? 怖いのは、きっとすぐ退治してくれるからね」

「無茶言うな。マナ、自分で立ち向かおう」


 アッシュは、マナの肩に触れた。酷く震えて、金色の瞳からは、大粒の恐怖が零れ落ちた。


「嫌!」

「僕と一緒に、ユイを守ってくれ」

「……ユイ? まもる?」


「うん。ユイはね、願力が無いんだ。一人じゃ、ガンドールで悪者と戦えない。僕はいつもユイに助けられているから、ユイが困っていたら助けたいんだ。マナは、どうしたい?」


 ユイは黙ってマナを撫でた。光と音は、それでも止まらないから、マナは必死に恐怖を抑え込もうとしていた。


 少しだけ、時間が必要だった。二人は静かに、彼女を待った。


「……ん。わたしも、ユイをまもる」

「マナ……」

 ユイの目からは、温かい愛しさが溢れた。マナはそれを拭ってあげると「こわくないよ」とユイの頭を撫で返してあげた。


 雨は、次第に音を失くしていった。ゴロゴロピカピカは遠くに退治されて、ユイを守ったマナは、誇らしそうに自らの涙を手で拭った。


「こんなの……ただの子供じゃないか」

 何も恐れることは無い。得体が知れないのは、自分の方こそ同じなのだ。アッシュはユイの手に触れて、それをそのままマナの頭に持っていき、二人で少女を撫でてあげた。


「ごめん。ユイの願力を引き合いに出すのは卑怯だった」

「そんなことない。ありがとう、ケント」


 新しい音が彼らを包んでいった。セカンドから流れる警報音は、雷よりもずっと小さく、少女の胸をざわつかせることは無い。


「おや? この反応、こんなところでお会いするなんて」

「……お前!」


「お久しぶりです、灰庭くん」


 灰庭健人の同級生、ニーブックで魔族に捕まり、NUMATAの開発部門で働いていた、沼田春歌。遺跡の外に停泊させたゼーバの空中戦艦ペリカーゴから、不快な声を響かせた。





「成程、理解した」


「まあ、坊やの勘だろうけどね。良い線いってるんじゃないか? 用心するに越したことは無い」


 リラの報告にはクラウザも驚いていたが、マナを信用出来ないとは考えていた為、アッシュの推測をすんなり受け入れた。


「准尉たちは?」

「先程からロスト。直後から大型の反応あり。ゼーバの空中戦艦と思われます」

「不味いな。総員、戦闘配置」

 しかし、捉えようによっては好機だ。


「奴らの背後から奇襲を行う」





「何しに来た?」

「こちらのセリフですよ? ここは我々ゼーバの所有物ですから」

「それにしちゃ、鍵もかけずに不用心だな」


 アッシュは春歌の気をひきながら、情報と時間を稼ごうとした。マナにはユイが付いているから、下手に動く事はしない筈だ。


「ええ。コロニーというのは厄介で、少し目を離すとすぐに私から離れていく。嫌いなんでしょうね」

「殊勝な事を言う」

「自分の価値は、自分が理解し、認めていれば良いのです。他人の評価なぞ、糞食らえ」

「商売人の言葉とは思えない」


「私も、だいぶ前に理解しました。私って、頭が良いじゃないですか?」


(知るか)


「多分、俗物への商売より、自らの研究に没頭する方が向いているんですよ」


「研究?」


「マーク・キュリー博士の研究を引き継いだんですよ」


 遺跡の入り口から数体の超願導人形が、行儀良く列を成して雪崩れ込んできた。


「行きますよ、エイリアス様」

「了解」

「了解」

「了解」


「なっ……⁉︎」

 三体のブレイン・ヒーロ。三人のエイリアスが、隻腕のセカンドへと突撃を仕掛けた。


 一体目が牽制、二体目が射撃、三体目が接近戦。アッシュは副腕と右腕のブレードでなんとか対処していく。


「なんだ、左腕は直していないのか! エイリアス様、奴の死角を狙うのです!」

「了解」

「了解」

「了解」

 フィンセントはセカンドの相手をエイリアスたちに任せ、自らはティガ・ノエルでマナへの雪辱を晴しに向かっていく。


「覚悟しろ、化け物ノエル!」

「なんなの、この……犬?」

「しゔぁ犬かな?」

「貴様ら! 言ってはいけない事を!」

 ピコピコ動く犬耳を、ユイは触りたくて仕方がない。


「性懲りも無く! また融合分裂か!」

「ああ。そんな時代遅れ、もう使っていません」


 時代遅れのセカンドとアッシュは被弾を増やしていく。ユイの調整を受けたわけではないから、どうしても動きがおぼつかない。

 左肩の願導マントはボロ布と化し、右脚の脛に付けたシールドから欠片が飛び散った。


「彼らはクローンです。ね? 量産が容易な筈でしょ?」


「随分と直球な。肉体の高速培養には限界があるから、コロニーの時間の流れの違いを利用したって事か?」


「そうそう! 嘗て、この遺跡があった場所は、ゼーバ本国よりも時の流れが早くてですね、だからこそ、私もこんなに歳をとってしまったのだけど」


 エイリアスたちの機体を経由して、皺を増やした顔をアッシュへの通信に曝け出す。沼田春歌は嘗ての面影を残さず私腹を肥やし、祖父である沼田照明より歳上で、マーク・キュリーよりも悍ましい俗物に成り果てた。


「お前の見た目。過ぎた時間は四、五十年といったところか? それにしては、超願導人形とやらの性能は、それほどでも無いな」


「クローンの制作と量産に手間取りましてね。機体の方はゼーバ本国に任せていましたから、二、三年の技術革新しかしていませんね。しかし私の方は、気付けばこんなにも歳を重ねていました。全く、私って研究者気質じゃないですか?」


(知るか)


「集中してしまうと、周りが見えなくなるのが玉に瑕!」


(知ったことか!)


 クローンといっても、それが成長するには時間がかかる。時間の流れが隔絶されたコロニーの深部を、一方通行のタイムマシンとして利用したのだ。


「現在は、マーク・アイと名付けた個体群に管理運営を任せています。マーク博士と同様の頭脳、見た目を持ち合わせた管理用クローン。いえ、より高性能に作り替えた、ハイブリッド・クローンなのです!」


「ヒャー! なんじゃ、騒々しい!」

「ヒャー⁉︎ ブレインセカンド?」

「ヒャー? なんで、まだ生きとるんじゃい!」


 目に見える範囲で、ざっと二、三十体。年齢こそバラバラだが、面影のある怪しげなネズミ男が、お揃いの半纏羽織ってミカン片手にずらっと並び立った。


「悪趣味な奴!」


「ですがクローンと言えど、オリジナルと同じ成長、思考をするとは限りません。そこで」


「融合分裂の記憶の継承に目をつけて、それを技術として昇華させたか」


「御名答! 御明察! 流石は融合分裂体一号機、アッシュ・クロウカシスですね! 話が早い人は本当に助かります。ゼーバって、意外と馬鹿が多くって大変なんですよ」


 春歌の顔は、ノイズに塗れて余計に醜悪に歪んで見える。自分を優秀と信じて疑わないばかりか、他人を平気で見下す姿に、アッシュのイライラは積み重なったまま、吐き出す出口が無い。


 生前のマーク・キュリー博士は、もしもの時のバックアップとして、自身の願力を利用して記憶を焼き付けた願導人形を遺していた。


 願力を通して願導合金に記憶の情報が焼き付くのは、シオン・シリーズに始まる融合分裂の実験からも確認されている。なにより、セラの記憶を引き継いだアッシュ自身が証拠である。


 しかし、分解して再構成される融合分裂の記憶の継承とは違って、一度で全ての記憶が合金に焼き付けられたとは思えない。

 何度も何度も、根気強くトライアンドエラーを繰り返したのだろうが、学者ならば当然に経験する事だから、博士が特別というのではない。


 焼き付いた記憶をデータとして吸い上げて、安定させて継承させるには、マーク・キュリーのオリジナルの人生は及ばなかった。


「それを引き継ぎ完成させたのが、お前ってことか」

「まあ、そういう事にしておきましょう」


「討ち砕く」

「討ち砕く」

「打ち砕けぇ!」

 三体のエイリアスは、絶えずアッシュを狙って攻撃している。何度目かの突撃で、パターンは把握された。


「あなたが倒したエイリアスの死骸を素体にした、マーク・シリーズの二番体。このマーク・ヴァイスたちを、弱体化した今のあなたが倒せますか?」


「揺らぎがある。連携が甘い……!」

 セカンドの左脚の膝が、微かに前面に稼働した。


「エイリアスを名乗るなら、誰であろうと、何度でも、殺す!」


 左膝に備えられた〈ただの装甲板〉は、僅かな距離を鋭く飛んで、接近した三体目のエイリアスの腑を一瞬の内に穿った。


 何が起こったか理解出来なかったのか、春歌は肉に埋もれた醜悪な眼を丸くした。


「そんなに目を肥やして凝らさなくても、見覚えくらいあるだろう? あの日ニーブックを襲った、暴食の牙だ」

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