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第十三話 歪み 2/8 うめぼし

「ユイ、少し休めよ」

「あっ、ごめんね、ケント。セカンドの修理もしなきゃだよね」


 あれから二日。カノープスの医務室、マナはまだ目覚めない。グリエッタも看病に参加してくれて、なんとか熱は引いたそうなので、こうしてアッシュもユイと生身で再会が出来た。


「マナの側にはお前がいた方がいい。安心出来るもんな。だけどさ、自分のせいでお前に倒れられたら、この子だって辛いだろう」


「……うん。おかーさんも、医者のぶよーじんには気をつけろって言ってた」

 眠るマナの頭を撫でながら、ユイはオリヴィアから教わった事を思い出す。私は医者じゃないんだけどね、と付け加えた。


 多分、医者の不養生と言いたかったのだろうが、まあ、いいか。


「俺にだって、簡単な修理ぐらい出来たんだぞ。ユイの弟子だからな」

「へぇ?」

 ユイは意地悪そうにニヤけながら、アッシュの顔を見つめた。


「ヂィヤとオーランドなんて、整備兵顔負けだぞ。ユイはこのまま看護兵やっててもいいんだぞ」


「はいはい。ちゃんとケントとセカンドの相手もしてあげるから、大人しく待っててねー」


 さながら、子供かペットをあやすようだった。急に立ち上がったユイはふらついたのか、アッシュにもたれかかった。


「……ぁ、ぁりがと」

「休めよ。俺たちを信じろ」

「……うん」


 アッシュの腕の中は、ユイを落ち着かせてくれる。それと同時に、心臓の鼓動が激しく高鳴るのを感じていた。


 ドクン、ドクンと、心地よい高揚感が自分の中から聞こえ出す。彼の音より、ずっと早い。セッションでもしているかのようだ。


「……ユイ?」

「あっ、えっ⁉︎」

 照れ笑いを浮かべて、彼の腕から飛び退いた。


「……本当に、大丈夫なの?」

「だ、大丈夫だいじょうぶ! ほら、ここ医務室だから!」

「知ってるよ」

 アッシュの顔は凄く心配そうだった。ユイは一人で舞い上がって、少しバツが悪かった。


「……えへへ。自分のこと『俺』だって?」

「なんだよ。別にいいだろ、深い意味は無いぞ」

「でも『僕』の方が可愛かったもん」

「そういう事、嬉しくも無い」

「でも、低音の『僕』可愛かったもん」


 低音とは言っても渋い訳ではなくて、低めの少年、青年声というだけだ。


「あの……いちゃつきたいのなら、御自分の御部屋でなされれば宜しいかと存じますが。病人がいるのですよ」


 ドアの隙間から顔を覗かせて、グリエッタがジト目で睨んでいた。後ろからメアリも顔を出して、グリエッタにアッシュとユイの関係について解説を頼んでいた。


「お二人は、パートナーのようですので」

「成程」

「え⁉︎ 違う、違う!」

「違うの……?」

 アッシュは、捨てられて雨に濡れた子犬のような目をしだした。


「えぇっ⁉︎ ち、違わないよ! パートナーだよね⁉︎」

「だ、だよね。良かった」

 多分、アッシュとユイの考えるパートナーという言葉の重さは違うが、他人にとっては些事である。


「またやってる……。だから、他所でやってくださいませ。マナが」

「仲良し?」

 お布団から顔を出して、マナは少し照れたように声をかけた。

「マナちゃん!」

「良かった! 心配したのですよ」


 マナは視線を泳がせて、ユイの名前を呼んでみた。


「ん?」

「……ユイ、グリエッタ、メアリ。……?」

 一人一人顔を見て、名前を呼んでいく。アッシュの名前が分からないようだった。


「ケント。アッシュでも良い。好きな方で呼んでくれ」

「けんと……ケント。こっちの方が言いやすい……」

「そうか。よろしくね、マナ」


 この反応は「菫」とは明らかに別人だ。グリエッタも「自分に頼み事をした女性」とは別の意思を感じた。


「ごめんね。お腹空いたよね。少し検査したら、何かお粥でも作ってくるよ」

「おかゆ……? うめぼし?」

「そうだね。梅干しも入れちゃおうか。それくらいあったよね、メアリ?」

「ふふ。そうですね、ディオネ様秘蔵のうんと酸っぱいのが」

「……甘いのがいい」

 ユイとメアリが優しく少女の手を握り頭を撫でていく。


「まるで、子供のようですね……」

「グリエッタ様もそうでしょう」

「失礼な漆黒です。低学年のお子のようだと言いたかったのです」

「だから、グリエッタ様もそうでしょう?」

「本当に、失礼!」


 グリエッタは、アッシュの失礼にほっぺたを膨らませて、脛を蹴り付けてやった。アッシュの脚は思った以上に硬くって、皇女は自分の足を労った。


「この、変態! 女をいたぶって!」

「蹴り付けておいて失礼な。痛いのはこっちですよ?」

「その、ニヤけ面!」

 自分で言っといて、グリエッタもアッシュといちゃつきだしたよ。


「グリエッタも仲良し?」

「そうだね。ケントは女たらしなんだよ」

「ああ、分かります。アッシュは優しいから。グリエッタ様が寂しくならないように、ああやってちょくちょく構っているのですね?」


「え……? そ、そんな訳ないでしょう! メアリ様は、こいつに幻想を見過ぎです!」


「ケント、女たらしのダメ人間?」

「そうそう! マナちゃん、すごい!」


「え……?」

 マナの無邪気な言葉に、アッシュはしばらく落ち込んだ。





 食事の後、マナは再び眠りについた。彼女をメアリたちに任せ、クラウザはユイを休ませた。


「思えば、フィール伍長へのケアが至らなかったな」

 ユイにとっては、リューシ王国は故郷にあたる。そこで過ごした記憶は思い出せなくとも、思い出せないという事実に苦しむのは彼女だ。


 クラウザにも、同い年くらいの息子がいる。彼らは自分たちを大人と思っているだろうが、親からすれば、いつまでも大事な子供には変わりない。

 公私混同をするつもりでは無いが、ジョージとオリヴィアの為にも、ユイに対して少しは甘やかしたくなる気持ちはクラウザにもある。


「伍長の休息中は、整備作業はヂィヤ・ヂーヤとオーウェンス少尉を中心にして対応。『壁』の調査はゴラリゴ殿とクロウカシス准尉で担当してくれ。大変な状況だ、皆で乗り切ろう」


 ヂィヤとマナ。二人の新しい仲間を加えたカノープスのクルーたちは、一つの難関を潜り抜け、少しだけ明日に近づいて行った。





「うわっ! 寝過ごした⁉︎」


 時刻は午前十時十三分。ユイは、ほぼ半日爆睡していた。


「ハナコ……? お仕事かな?」

 寝巻きとして使っていたルームウェア、ドルフィンパンツから晒された生脚、着るものとりあえず、愛用のジャケットを羽織って自室を出る。


 ブリッジでは、ハナコが忙しなくディオネのフォローをしていた。


「おお、目覚めたか、ユイ・フィール」

「おはようございます。すみません、寝坊を」

「構わない。ゆっくり休めたようだな」

 クラウザが笑顔を見せた。彼の視線によって何かに気づいたのか、ユイは照れながら寝癖を整えた。


「えへへ……。ディオネ様は、何してるの?」

「見てわからんか? こう……ブリッジ要員というものをだな」

「ハナコの方が優秀なんです」


 眼鏡の位置を直しながら、ギゼラが答えた。

 なんでも、ノエルが使用出来なくなったから、ディオネは自分でも出来る仕事を探していたのだとか。ルミナもやっていたレーダーの監視役を、とりあえず任されていた。


「しかしだな。レーダーなんてものは、パイロット時代からろくすっぽ使った記憶が無いのだ。こんなものを見ながら戦えないぞ」


「良く今まで無事でしたね……」


 ユイはアッシュやルミナが死に物狂いで人型兵器を操っていたのを知っているので、ディオネの物言いにはカルチャーショックを覚えた。


「まあな。どうやら私は天才肌のようだな」

「ほら、そうやってすぐレーダーから目を逸らす」

「ギゼラは小姑のようなのだ!」


 ディオネはハナコに宥めてもらっていた。なんだかなぁ……。これが散々シリウスを悩ませた、あの王族とは。


 しかし、天才肌というのはあながち間違いでもないようで、予備の惨雪を使用するとなるとディオネの要求するスペックが引き出せず、大幅な改装が必要になりそうだった。それも、イツキのブラッククロス並みの大改造だ。


「うーん……そうなると、パーツのやりくりが」

 ただでさえ帰還の目処が立たないのに、どうしたものか。それはそれとして、ユイは改造案を練るのは楽しみだった。そういう時のユイの笑顔は、オタク特有のキモさを醸し出した。


「あっ、ユイ様! ユイ様も、お洗濯物があったら出してくださいね!」


 割烹着姿のグリエッタが現れた。コスプレみたいで凄く可愛い。ユイは飛び跳ねながら近寄って、顔を蕩けさせて目と脳内に焼き付けた。


「これですか? メアリ様からお借りしたのです。どうですか、似合うでしょう?」


 グリエッタはくるくると回って、スカートがふわっと広がった。ユイに選択肢などある訳が無い。でれでれとしたベタ褒め一択であった。

 グリエッタ皇女はメアリの元で、雑用をこなせるように修行中なのだという。


「ふふん。私は、こんな庶民の格好すら着こなせるのです。どこかの小太り魔族とは、人としての格が違うのです」


「なにをー!」

「なんですか!」

「やめんか。ブリッジだぞ」


 学校の先生みたい。クラウザの態度に見覚えがあって、ユイは思わず口に出してしまった。


「……ふふふ」

「ほら見ろ! 小姑にまで笑われたぞ! グリエッタは本当に、お子様だからなー!」

「小太り小太りー!」

「まだ言うか、貴様ー!」

「やかましい!」


 先生の雷から逃げるように、ユイはそそくさと格納庫へ向かった。

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