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第十二話 つぎはぎの街 7/7 幻影

「ヂィヤ・ヂーヤ、ダテンゲート、出るぞ!」

 背に腹は変えられない。全面的に協力してくれるというのなら、ヂィヤ・ヂーヤとソルジャー・タイプであろうとも戦力に組み込まざるを得ない。


「メアリアメリア・トト。オーグ、再発進します」

 彼らを送り届けたメアリも、休む暇なく飛び出した。オーグに搭載された合金粒子には、当然彼女の願力が記憶されている。普段から手を抜かない愚直なまでの真面目さが、こういう時に活きるのだ。


「クロウカシス准尉より通信……『敵は二年後の世界から来た』……だそうです!」

「なんという事だ」


 アルカドは、いつも後手後手に回る。それもこれも、無能な本社セプテントリオンが力の使い方を間違っているせいだ。現場のリーダーであるクラウザの心に、邪な感情が溢れてくる。


「……集中しろ。家族を守る、それだけだ」

 その為には、チームの力を見極める必要がある。何が出来て、自分は何をしなければならないのか。


「リエッタちゃん。マナちゃんをお願い」

「は……はい!」

「ユイ……!」


 マナの声に後ろ髪引かれながら、ユイはディオネのノエルの調整をする為に走り出した。すぐに発進出来るだけの準備は済ませてある筈なのに。


「ディオネ様! マシントラブルですか⁉︎」

「いや、何……。ちょっと、ベルトとシートがキツく無いか……?」


 ぽんぽんぺいん。


「……はあぁ⁉︎」





「エイリアス……いや、またしても融合分裂か」

 死んだ者は生き返らない。なら、千秋をジュードに変えた時の馬鹿の一つ覚えか。つまらないトリックは、アッシュを苛立たせる。


「識別は、ブレインセカンド……。ランスルートと同型機」

 エイリアスと名乗った男は、漆黒のファーストブレインの右腕から光を走らせた。勿論、ライトアームでは無い。アッシュたちは散開して躱すと、後続の超願導人形たちと乱戦に突入した。


「焼け焦げた匂いがするが、大丈夫かカイナ」

「ああ、面白くなってきた! 二年も焦がれたんだからな!」

「……そうか、ここは退がっていろ。私たちに任せてな」


 狼耳のフィンセントはカイナのやる気は買っている。それでも、万全の状態で再戦させるべきだろう。

「だが、矢張りハイバケントは潰せる時に潰すべきだ! 今が好機、エイリアス様!」


「手負い風情が」

「今度のお前は、誰だ」

 ファーストとセカンドのブレインが、廃墟の中を鍔迫り合った。刀を振るうファーストの戦い方は、確かにエイリアスの使用したアンティーク、テスタベータと一致する。


「識別が違う、ブレインじゃないのか。……これは、ヒーロ?」


 セラも使用していたホワイトホーンの素体である馬面のヒーロは、量産試作型ブレインである。このエイリアスが使用しているのは、その見た目をブレイン風に変更した、イミテーションだ。


「見た目も、中身も!」

「セラに似せたところで!」

 紛い物の二人と二機に、フィンセントのティガ・ノエルが横槍に入る。オーランドの惨雪がイルミネーターの大型マシンガンをばら撒いて、彼らに距離を取らせた。


「エイリアス様、お怪我は?」


「フィンセント。奴は何だ? 何故、セラの顔をしている? それに、この恐怖……俺は、あいつに……?」


「考えるのは後にしましょう。奴は魔王様を倒した男なのです。危険過ぎます」


「あ、ああ……そうか。そうなのか。それは、危険過ぎる」


「そうです。エイリアス様」


 アッシュとオーランドも態勢を立て直す。彼自ら砕いたセカンドの左半身を、風が通り抜けた。


「オーランド少尉の大砲は、動きながら撃てないのか」


「無茶言うな。イルミネーターなんだぞ? 推進剤のエア・プリズムほどじゃないけど、反作用は馬鹿にならない。こいつの場合はヘビィモードをオミットしてライトに特化することで、戦艦並みの威力を引き出す事に成功した。それを活かすには接地してアンカーを打ち込んで」


「了解。なら俺が囮をやる。セカンドごと撃ってくれていい」

「馬鹿言うな! 仲間を撃てるか!」

「ありがとう。本音が聞けて良かった。信じられるよ、オーランド」

「こいつ……チッ!」


 オーランドは、リラから託された願導マントをセカンドの左を隠すように着させた。いくらアッシュが頑丈といっても、コックピットが露出したままでは危険過ぎる。

 アッシュの事を気遣ったのではない。オーランド自身が、仲間のそんな姿に耐えられなかっただけだ。彼の本心だ。


「凄い。二人とも気配り上手」

「黙れ。何か策は?」

「さっき言った通りだ」


 カイナやフィンセントはともかく、ゼーバの一般兵たちは習熟が足りていないのか、超願導人形ティガ・ノエルのスペックについていけていない。これ幸いと、金に物を言わせた専用機が、二年後の機体と互角に渡り合っていく。


「なんてゴリラだ」

 リラのコード・サマナーなら、願ドローンで対多数も相手取れる。彼女に有象無象を押し付けてしまっても問題無さそうだった。

 アッシュとオーランドはエイリアスとフィンセントに対抗すべく、否応なく共闘を始めた。


「私が前に出ます。エイリアス様はその隙をお突きください」

「待て。……奴ら、なにをやっている?」

 このエイリアスは真っ新で、経験が圧倒的に足りていない。


「本当に良いんだな!」

「しつこいな。俺ごと打てってば」

「チッ……! アンカー射出!」


 惨雪の脚部アンカーが、セカンドの右肩とサブアームに打ち込まれた。惨雪の体をセカンドの右腕と副腕が支えて、トーテムポールのように縦に直列接続された。


「エネルギー、チャージ!」


 エア・プリズムと電気が、激しく火花を散らして変質して、変換機に疑似的な願力のバリアが形成されていく。フレア・プリズムが注入されて、大砲の中を爆発的なエネルギーが満たした。


「高エネルギー反応⁉︎ やらせるか!」

「うおおお! ハイパー!」


 フィンセントの突撃を、漆黒の使い魔(重結晶)が阻んだ。この王国の新たなる主、ヂィヤ・ヂーヤとダテンゲートが、不遜なる侵略者ゼーバへ鉄槌を下しに駆けつけたのだ。


「何者だ⁉︎」

「フッ……! 我が名はヂィヤ。……ヂィヤ・ヂーヤ!」

「爺や、爺や⁉︎ 何者だ⁉︎」


「イルミネーターキャノン、発射!」


 惨雪の背部にある大砲が前方へ展開して、疑似願力ビームが発動した。光は一機の超願導人形を掠めて、それだけを爆散させた。

 反動で惨雪が仰向けになりかけるのを、セカンドの背面スラスターが打ち消して、サブアームが支えてみせる。


「突撃する!」

 光放ちながら、セカンドのスラスターで加速する。二機は敵陣へと突き進む。イルミネーターは幾つかに命中せしめたが、超願導人形たちも急造の合体ガンドールの動きを見切り出した。


「艦長!」

「全機、全艦! バリア発動、急げ!」

 クラウザはアッシュの詭計を察知して、味方へと通信を飛ばした。


 アッシュはセカンドのスラスターと体捌きを巧みに使って縦軸で横回転を始めて、接続された惨雪をコマのように思いっきり振り回した。


「あれは……!」

 クラウザは、ブラッククロスが放ったバスターハンマーの蹂躙光を思い出した。図らずも、アッシュとオーランドがあの再現をしてみせていた。


 アルカド製ガンドールの動力部であるスペースニウムエンジンの効果で、機体重量は軽減される。慣性質量を制御しながら、回転を早めていく。それでも、惨雪の重さと自機の無茶な挙動に、セカンドは軋んで音を立てた。


「電力、半分を切った! 発熱、このままじゃオーバーロードする!」

「飛び上がる!」

「もう、どうにでもなれ!」


 大地を踏み締めてブレインセカンドが飛び上がる。空から溢れ落ちないように、増設されたスラスターを都度フレキシブルに可動させる。二機のコマはイルミネーターの勢いに任せ、軸を揺らしながら三次元に振り回されていく。


「なにやってんだい、あの坊主ども!」

「フッ……流石はハイパー。うわ、危なっ⁉︎」

 悪態吐きながら、リラは難なく躱してみせる。うっかりヂィヤに当たりかけた。


「児戯に等しい!」

 エイリアスは射線を軽々と見切って、その背後から飛び込んだ。刀が鈍く光る、漆黒の攻撃圏内。


「イルミネーター、パージ!」

「了解!」

「なにっ」

 荷電粒子を放ちながら、懸架された大砲が背後へと落とされた。エイリアスはそれをすんでのところで叩き斬る。


「行け、オーリー!」

「覚えてろ、アッシュ‼︎」


 アンカーを解除。切断される大砲の影、セカンドのマニピュレーターが、惨雪の脚を押して投げつけた。刀を振り下ろした直後、肉薄していたブレイン・ヒーロに、なす術はない。


「ぶち抜く!」

 惨雪の左腕の杭打ち機から伸びた巨大なパイルが、ブレイン・ヒーロのコックピットへと突き刺さった。


「エイリアス様ーー⁉︎」

 フィンセントが(いなな)いた。断末魔を上げる暇さえなく、このエイリアスは呆気なく絶命した。


 装甲を砕き切り、勢い余った惨雪は脚部で無理矢理ブレーキをかけながら着地して、伸び切ったパイルが機構へと収納された。

 背後に起こる爆風を浴びて、量産機惨雪の陰影が一際煌めいて見えた。


「アッシュ! 急に愛称で呼ぶな!」

「良いだろ、オーリー。戦場なら短い方が都合がいい」

「……チッ! 確かに! ならしょうがないな!」


「なんて奴らだ」

 アッシュ・クロウカシスだけじゃ無い。クラウザは、自分の部下であったオーランド・オーウェンス少尉の実力も把握出来ていなかったのか。

 いや、違うのだ。これは、戦場という極限状態で起こった化学反応とでも呼ぶべきイレギュラー。俗物的に分かりやすく言うのなら「その場のノリ」だ。


「……なんてことだ。フフフ」

 つぎはぎだったチームが、つぎはぎのまま一つのチームへと変化をし始めていた。





「舐めるなよ……人間風情が!」

 心酔するエイリアスを失ったというのに、フィンセントは逃げる事を選ばなかった。


 全身の狼の毛が逆立ち、筋肉が膨れ上がる。ペダルを一気に踏み抜いて、機体の背部スラスターが一斉に光を放ち、ヂィヤを吹き飛ばしてカノープスへと襲いかかっていく。


「迎撃!」

「脚を止めます!」

 ティガ・ノエルの突撃を防ごうとしたメアリは、合金粒子を散布して呪力のデバフを開始した。


「退け、裏切り者!」

「止まらない……? あんっ⁉︎」


 粒子と粒子が惹かれ合う。フィンセントのティガ・ノエルは、自らが出す粒子でメアリの粒子に宿った願いを打ち消す事で、そのまま突撃を喰らわせた。

 振動で女体が激しく揺れる。それを眺める権利を、狼男は特等席で味わった。


「……おのれ! 王である我を差し置いて美女に触れるとは……羨ましい!」

 曝け出された王の欲望「マス・キング・テェプ」は、ティガ・ノエルの速度に追いつけず虚しく霧と消えた。


「フィンセント!」

 今のアッシュに出来る事は無い。精々が、奴の気を言葉で引く程度の浅ましい愚策だけだ。


「エイリアス如きに絆されて! クッ……艦長!」

「バリア最大! 急げ!」


 フィンセントのティガ・ノエルの姿が変わる。二年の月日は、ランスルートのルシフェルのように、願導人形と願力原動機に眠るオーバードライブの任意発動を可能にした。


 ネジを巻く動力炉は脈打つコアとなり、四脚に二股の尻尾を持つ獣は「蟲」を連想させる六本脚で駆け抜け、大地蹴って飛び立った。


「……取った! 艦を墜とせば貴様らは終わりだ! 帰るべき場所を無くして、彷徨いながら朽ち果てろ!」


「うわあああっ!」


 絶叫の中、カノープスのカタパルトから一条の光が走った。


「なっ……このノエルは⁉︎」


 カタパルトのレールに沿って弾丸となったノエルが正面衝突して、ティガ・ノエルと空中で押し合いの形になった。両者のスラスターが激しく悶える。出力は、超願導人形の方が遥かに上だ。


「……ディオネェェ‼︎」


「やらせない……! みんなは、私が守るんだ!」


「……ディオネじゃ、無い⁉︎」


「無茶だよ! 戻って、マナちゃん!」

「灰色……! マナが乗っているのか?」


 灰色の願力を纏ったディオネ専用ノエルには、マナと名乗った少女が機乗している。既にディオネが何度も使用していた専用機に、短時間で願力の書き換えを行った。


「灰北の、転生者」

「大丈夫だよ、健人先輩。心配いらない」

「無茶しないでくれ、菫!」


 ……菫? マナに向かって自分の口を吐いて出た言葉に、アッシュ自身が一番驚いた。


 マナは瞳を一度閉じて、そしてゆっくりと、再び黄金を輝かせた。



「愚かなるゼーバよ。ここを何処だと考える」



「何だと?」



「貴様らが踏み躙っていい世界では無い」



 マナとノエルを純白が包み込む。極光が煌き、フィンセントは大きく弾かれた。


 純白の閃光は、ノエル自体の姿さえも変化させていく。繭や蛹を経由せず、あたかもその場で羽化するように。


 天使か妖精の翅の如く、十字架を斜めに背負った純白のノエル。どことなく女性らしさを滲ませるフォルムには、優雅な気品さえ感じさせた。



「跪け」



 ホワイトノエルから重力波が迸り、不遜な狼は辛酸と地面を舐め、這いつくばった。

 計器が乱れ、空気が振動を起こす。まるでアンティークのように、傲慢のモンスターのように。重力異常が戦場を支配した。


「グリエッタ……皆を頼みましたよ」

「え……?」


 そう言い残して、マナは力尽きたのか、ホワイトノエルは地面へと落下していった。辛うじてアッシュが追いついて受け止めたが、彼女の意識は喪失していた。


「は、はははっ⁉︎ なんなんだ、お前は⁉︎ ……化け物め⁉︎」


 捨て台詞を残して、フィンセントはゼーバを率いて西へと立ち去っていく。


 機体から降りたアッシュの腕の中で、幼い少女が眠っていた。褐色の肌に、少し長く伸びた茶色い髪が風に揺れた。


「お前は、俺を知っているのか。……マナ」


 少女はただ、沈黙で答えた。

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