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第二話 神の国 5/5 プロローグ

「逃すか!」


 コロニーの内部で、ウィシュアは純白アートに乗った健人を追っていた。幾つもの不安と焦り、平常心を忘れた射撃は、健人の腕でも回避できた。


 巨大な花が結晶の実をつける。異常重力帯では、蟲たちの栄養源である〈プリズム・フラワー〉も巨大化する傾向にあった。人間の暮らすコロニーの外界では多くは雑草大だが、深部ともなれば大きいものは数百メートルにも及ぶという。


 不揃いに咲き誇るそれらは、ニーブックのある北へ向かって花道を作った。「帰って来い」と言って迎えてくれる。ただの健人の感想でしかないが。



(アルカドと戦うつもりはない。自分の現状を知らせようにも、信用されるか分からない。武器を捨てて止まれば……いや、僕が可笑しな行動を取ったと知られれば、ニーブックの人たちがどうなるかも分からない。それに、投降してしまえば、僕を逃がしてくれたアイツの願いを踏み躙ることになる)



 健人も常に冷静ではいられない。信用されないとしても、あの場でレイザーに事情だけでも話していたらどうか。しかし、妹を撃たれたレイザーも怒りで我を忘れていたし、ルミナを撃ったアッシュを敵に回すことになっただろう。菫たちを置いたままで、自分だけアルカドに戻ることも出来ない。


 お節介をし続けた男は、しがらみに絡まれ身動きが取れない。


 結局、今はこの場をやり過ごす。それが最善だと自分に言い聞かせた。


 蟲たちは、そんな健人の事情など知る由もない。強欲のマモーと呼ばれるダニバッタたちに触れられれば願力を奪われる。

 健人はギリギリまで引きつけたダニバッタを、ライト兵器発射の反作用で回避して、後ろを行くウィシュアたちに押し付けた。彼らから出来るだけ離れる為に、スラスターは常にニーブックへ向けたかった。低重力空間ならではの動きだ。


(正面、二体。回避)

 いや。

「相対距離、速度……そこ!」


 純白アートの放った重くて硬いヘビィ弾が、二体のダニバッタの間をすり抜ける。ヘビィの結晶は相対速度の関係で、こちらへ向かう蟲たちの背後で弾け、二体のダニバッタを怯ませた。

 あの日見た、名も知らぬ惨雪のパイロットの戦い方をやってみれば、ダニバッタとすれ違いざまに頭部を斬り落とすことができた。逃げるだけならコアを潰さず、追撃者に押し付ければいい。


 蟲たちのおかげか、健人の思考は余計なものを排除して、戦闘だけに費やされていった。



「なんだ、奴は」


 ウィシュアは、世界の広さを思い知った。自分と同等か、それ以下の願力しか感じられないパイロットが、自分以上に戦って見せている。シミュレーターは、あくまでもシミュレーターでしかない。しかし健人とて実機訓練こそすれ、一人での実戦はこれが初めてだった。


 健人は日頃から周囲に気を配った。相手の立場を「察したつもり」の余計なお節介の数々が、視野の広さと状況判断能力を育み、今までの全てを戦闘の糧に変えてしまう対応力を与える、皮肉な結果となってしまった。


「見〜っけ!」


 健人に追い縋るウィシュアを、黒いヘビィ弾が霰となって襲い来る。魔族の新任指揮官ジュード・ピーターは、獅子のような顔をした高機動型願導人形〈ノエル〉に乗って遊びにやってきた。


「人型同士の殺し合い! これだよ、これ!」


 長い四肢に細身の体躯。骨太な大男とは似ても似つかない獅子獣人ノエルだが、好戦的なジュードには関係が無い。雑念の無い、純粋な闘争心。欲望を糧とする願導人形に乗るために生まれたような男であった。


「魔族! 矢張りゼーバか!」


 ゼーバならば、ウィシュアも遠慮なくライト弾で反撃に出る。低重力のコロニーでもジュードは臆することなくスラスターを噴かし、ウィシュアは翻弄された。


「皇子!」

「合わせろ、フローゼ!」


 フローゼの乗る〈コード・アーチャー〉の援護を受けたウィシュアは、偏差射撃(置きビーム)で一撃喰らわすことに成功する。


「なんだと⁉︎」

 ジュードの動きは直線的過ぎた。機体との一体感が高くとも、考え無しに勝てるほど人間だって甘く無い。

 今日だけで何度、飛びかかる蟲たちと戦ったことか。少しずつだが、ウィシュアの実戦経験が実を結んでいた。


「健人くん!」

「なっ……菫ちゃん、なんで来たんだ⁉︎」


 戦場では、常に健人の予測不能なことが起きる。アートに乗って駆けつけた菫のせいで、健人の脳は再び迷路に入った。


「君が戦う必要は無い!」

「でも、だって! 私が健人くんの人生を滅茶苦茶にした!」


 健人は彼女が何を言いたいのか、すぐには分からなかった。巻き込んでしまったのは自分だと、二人は互いに負い目を感じていた。


「あの日、健人くんだけならモンスターから逃げられた。私なんかを庇って、守って……。私だって、役に立てる!」


 菫は躊躇うことなく前進し、ウィシュアに発砲した。彼女の家族や友人は、その多くがニーブックに囚われていたり、死体となって見つかっていた。

 自分たちを守ってくれなかったアルカドに、もう未練は無い。中学時代、康平に告白したことだって、既に過去の思い出だった。


 少女のがむしゃらな一発が、運悪くウィシュアに命中してしまった。


「……当てたな、この俺に!」

「菫!」


 健人は大剣からワイヤーを射出して、プリズム・フラワーに引っ掛け遠心力で反転。怯んで脚を止めてしまった菫の前に飛び出すと、大剣でウィシュアの剣を受け止めた。

 ヘビィを纏わせた大剣の結晶は破裂し、反発でお互い吹き飛んでいく。隙を付き狙撃の姿勢を見せるフローゼを視界に捉え、健人は刀を投擲して牽制。菫のアートの手を取って、破裂で後退するウィシュアを一気に突き放した。


「ウィシュア!」

 自分を追う兄の声に気付いたウィシュアは、魔族の相手を彼に押し付けて、やはり健人を追いかける。


「クソッ! 奴を頼むぞ、フローゼ!」

「……お坊ちゃんは!」

 純白至上主義のフローゼは覚醒出来ない主に苛々を募らせていくが、使命を投げ出せる程子供になれなかった。


(二時間コースです、ウィシュア)

 罵詈雑言を捲し立てる説教を考えながら、ストレスの種を追った。





 剣と剣がぶつかる接触通信。ほんの僅かのノイズ混じりの邂逅。二人の少年は、砂嵐の向こうで互いの姿を垣間見た。


(ただの子供にしか見えなかったが。トモヤといい、黒須砂月といい、奴も黒髪……またもニーブックか)


(銀髪……やっぱり、皇族が怒ってるんだ。話を聞いてくれそうも無いよな)


 互いに止まれない理由を確認する。ウィシュアと健人は、今は兎に角、突き進むしかなかった。





「ごめんなさい、健人先輩! 私……」

「来てくれてありがとう、菫ちゃん」

 健人のはにかんだ笑顔が、実戦に怯える菫に届く。二人は、互いの機体の手を硬く握り直した。


「……ううん。健人くんを助けられたんなら良かった」

 菫の眩しい笑顔が、健人の思考を奪う。赤髪の相棒や、可愛い後輩と過ごす「日常」も、刺激があって悪く無いじゃないか。


 健人の脳は考えるのをやめ、唐突に母ちゃんのつくったカレーを欲した。ウィシュアの光弾が、健人に命中していた。


「健人くん⁉︎」

 残念ながら、純白アートの願導マントがウィシュアの攻撃を防いでしまい、健人の甘い走馬灯は灰色に消えた。


 衝撃で我に返る。現実からは、未だ逃げられない。被弾箇所はチリチリと燃え、マフラーのように細くなって風に揺れた。


 ウィシュアも連戦で疲れているが、ライトライフルを連射して健人を追い詰めていく。このまま、やられっぱなしでは帰れない。執念のなせる業であった。


「やめて、健人くんを傷つけないで!」

 菫が放つ射撃は二人の追手には当たらなかったが、明らかに素人のそれは地面を抉り土煙を上げ、カモフラージュになってくれた。


 健人は逃げながらも執拗に、ウィシュアの進行方向左上からライトを撃ち続けた。はじめは左腕の盾で防いでいたウィシュアだが、健人の攻撃と土煙を躱すため、次第に右へ流されていく。


「皇子!」


 突然のアラート、ウィシュアの目の前に廃墟となったビルが現れた。アルカドが守れなかった夢の残滓が、皇族の行く手を阻むかのように立ち塞がる。


 モンスターの巣は、彼らの死骸である通称〈デブリ〉の影響か、電波干渉が一層激しい。


 この世界、願力と願導合金のお陰で、体と触れ合わせた技術の発展は目覚ましかったが、その逆は停滞していた。


 宇宙は地上以上にモンスターで溢れているせいで人工衛星も無いから、スマートフォンのような小型端末はあっても通信機能は備えていない。長距離通信技術が発展途上だから、同じく電波を使用したレーダー技術も似たような状況にある。古典通信がその体たらくだから、量子通信なんて、もってのほかだ。


 そのせいか、レーダーの使用は大まかな位置関係を把握するのに留め、頭部メインカメラとパイロットの視界をリンクさせた有視界戦闘が主流となっていた。


 有視界戦闘に頼ったパイロットは、レーダーを疎かにしがちだった。ビルに激突する寸前にフローゼが倒壊させたが、健人のヘビィ弾がウィシュアに直撃し、大きく距離が開いていく。健人の地形を利用した作戦がうまくいった。


 ウィシュアの惨雪の推進剤エア・プリズムは、残り僅か。追撃はここまでだった。


「……フローゼ! 俺を撃て!」


 フローゼは、出来損ないの皇子が遂に壊れたと思った。


「撃て、俺を見下しているんだろ! この無能な落ちこぼれの主を殺せるいい機会だぞ!」


 彼女は、そこまで愚かじゃない。しかし、見下しているのは事実だった。


「どうなっても知りませんよ!」

 やるのなら、いっそ全力で。


 フローゼのコード・アーチャーは、予備のエレクトリックバレット(高性能充電池)を長銃に装填。左腕の小楯を弓のように変形させ、長銃で矢を射るような仕草で接続させた。純白の光が、合体武器の弓矢へと集まった。


「照準……恨むなよ皇子。……いけー!」


 コード・アーチャーの最大出力の光弾〈オーバーライト〉。高めた願力とエレクトリックバレットの電力を使用した、アルカド製ガンドールの必殺技。


 装填された電池は、その殆どの電力を一気に消費し薬莢のように排出され、必殺の破魔矢がウィシュアの構えたシールドに直撃し、それを利用して惨雪は加速していく。シールドは砕け、左腕が爆散し、爆発は連鎖的に広がって、それが「彼ら」の予測を超えた動きを導いた。


「俺に跪け! ニーブック!」


 ウィシュアの斬撃が、純白アートの背中を斬り裂いた。繋がれた二人の手は離れ、ウィシュアは燃える惨雪から飛び降り転げ回った。健人の耳には、自分の名前を呼ぶ少女の声が聞こえていた。



 光が、健人の体を包んだ。それはやがて、繭のように純白アートを覆っていった。



「なんだ、あれは……」

 ウィシュアは、確かに逃亡者を斬り裂いた筈だった。手応えはあった、間違いはない。


「純白の覚醒……? いや、違う。繭……蟲……そんなことは」

 フローゼの悍ましい連想は真実では無い。人と蟲の遺伝子は全くの別物だと証明している。ならば、目の前の事象はなんなのか。


「フローゼ、撃て」

 こいつは、いずれ自分の脅威となり得る。ウィシュアは、そう確信していた。根拠は無い、ただの勘、しかし脳より先に、口が()いた。


「殺せ‼︎」


 薄れゆく意識、絶望の光の中で健人は、自分の右腕が光の粒子となって砕かれていくのを見つめていた。

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