第十二話 つぎはぎの街 3/7 交流
「フッ……見事だ、アッシュ」
今のアッシュの戦い振りは、褒められる程のものじゃない。ヂィヤは同志(だと思っている)アッシュの存在にちょっとテンションが上がって、贔屓目に盲目になっているだけだ。
「我が強敵、ヂィヤ。協力感謝する」
アッシュもこのテンションを維持するのがちょっと辛くなってきたが、今更やめるわけにもいかないのである。
「どうするんだ、アレ。期待させた分、反動が怖いぞ」
ディオネは他人事として、ヂィヤを落胆させた時のアッシュの行く末にニヤニヤしている。
「敵、確認出来ず」
「……先ずは彼と話をしよう。通じるかは分からないが」
「艦長様! 私も御供致します!」
グリエッタのやる気がヤバい。クラウザはギゼラに艦を任せ、グリエッタとディオネと共に、つぎはぎの街へ降り立った。どうやら丁度良いタイミングで、機体から降りたパイロットたちが面通しを始めていた。
「おお、アッシュ! イツキの魂の兄弟、我が心の強敵よ!」
「協力感謝します、ヂィヤ・ヂーヤ。灰庭ケントと申します。宜しくお願いします」
丁寧に御辞儀をする青年に、トカゲは面食らった。
「フハハハ! そう来たかー!」
「ディオネ様」
メアリはディオネのお口に「めっ!」した。
「ハイパーケント? 成程、ハイパーだ」
「ハイバです」
「……了解した、ハイパー」
本当に、話は通じているのか? クラウザは訝しんだ。
「……もう、ハイパーでもいいや」
アッシュは咳払いをして喉の調子を整えてから、副腕で顔を覆いながら言葉を紡いだ。
「灰庭ケントは世俗での我が仮名にして真名。理解できるな?」
「無論。お前も魂に導かれ此処まで来訪した身。それは我も理解している」
「ああ。だが、一つ訂正させて欲しい。俺は、未だ箱庭を創った事は無い」
「なんと。お前程の男が」
「箱庭どころか、小さな人形をすらまともに触れた事は無いのだ。男として恥ずべき事だ。だから少しずつでいい。お前の智慧を借りたい。我が強敵」
「フッ……! いいだろう。貴様程の男に頭を下げられ、そこまで言われたのだ。我が力、存分に活用するが良い」
「ありがとう、ヂィヤさん」
話は纏った。ヂィヤはカノープスに全面的に協力し、同行してくれる事となった。
「……えっ⁉︎ 今ので? 本当に?」
「フッ……男に二言はない」
なんとも理解に苦しむ交渉術だった。グリエッタは未知との交流に目を輝かせ、メアリとユイは彼女の行く末に不安を覚えた。ルミナに頼まれた訳では無いが、しっかりと監督しなくては。ユイは鼻息を荒くした。
「悪い虫がついたらダメだもんね」
「ちょっと貴女、苦しい! 抱きついても良いという許可は出していません!」
「大丈夫。お姉さんに任せなさい。あなたを立派に育ててみせますからね」
小さな皇女の頭を撫で回す。全身を撫で回した。ほっぺすりすりした。
「無礼でしょう! エリーリュ……は、いないんでした! 誰か、たすけてー!」
メアリはオロオロした。グリエッタをユイに任せて良いものか、アッシュに助言を……。
アッシュはヂィヤと楽しそうに模型の話をしていた。なんでも、民家の地下から大量のプラモデルやらゲームやらの嗜好品が、ほぼ無傷で出土したそうなのだ。アッシュはクラウザの許可を取り付け、早速ヂィヤと街の散策の為の準備に取り掛かった。
「あの……アッシュ?」
「ユイの故郷だ。彼女の過去の手掛かりが掴めるかもしれない」
「あっ、成程……」
「ヂィヤさん曰く、住人はもぬけの殻らしいけど、一応生存者の探索もしなくては。それに、黒須砂月……古代人がいたのなら、アンティークか、それに関する情報ぐらいは掴めるといいんだけど」
アッシュはただ遊びたがっている訳では無かった。メアリはホッと胸を撫で下ろすと、一転してヂィヤと一緒に笑顔全開になるアッシュを見て、また不安に陥った。
「あ、アッシュ……」
以前、メアリはセラに真面目過ぎると言われたが、その通りなのかもしれないと、やはり真面目に自分を責めていた。
◆
「取り敢えず、仲間の紹介をしていきます。彼女はユイ・フィール。イツキの叔母にあたります」
「おお! 宜しく頼む、叔母!」
「叔母⁉︎」
「グリエッタ・アークブライト。イツキの嫁の妹君です」
「おお! 嫁の妹!」
「は、はあ?」
「メアリアメリア・トト。イツキとは、特に関係ありません」
「おお! 特に関係ない!」
「ま、まぁそうですけど」
「ディオネ様はイツキの…………?」
「姉だ、姉。私の方が先に生まれたのだからな!」
「おお! ……姉?」
「ケント」
「アッシュ」
「漆黒!」
アッシュはユイとメアリとグリエッタに責められた。もっと別の紹介の仕方があるのではないか。しかし、ヂィヤとも共通の知人であるイツキに関連する紹介の方が理解しやすいのも事実であった。
「ちょいと、お嬢ちゃん」
リラの声がユイを呼んだ。ヂィヤの搭乗機であるダテンゲートは、ジャンクパーツによるつぎはぎだらけのカスタムが施され、元の機体がすぐには判別出来なかった。
「これって」
「ああ。嬢ちゃんも気付いたか。伊達に整備兵やってんじゃないんだね」
ユイはともかく、リラも気付いたのには理由があった。クラウザとアッシュにも報告はしておく。
「コード・シリーズ?」
「正確にはシリーズになる前身のソルジャータイプだね。四、五年前まで現役だった機体だ」
汎用機であるコード・ソルジャーは、言うなれば純白専用惨雪だろうか。純白たちがそれぞれ特化型を好み、専用の改造を施すのが主流になってからは、使用する者は減少していった。
「セプテントリオンがここで作戦を?」
「いや、知らないね。レイザー様じゃないのか?」
「ヂィヤさんが他所から残骸を持って来て、ここで修理したとか?」
クラウザとリラとユイの予想に答えは出ない。
「艦長。自分はセカンドで探索任務に同行しますが、よろしいですか」
アッシュは、このヂィヤがイツキの言っていたヂィヤだと感じているが、その機体の出自までは信用するつもりは無い。
「了解した。現状、彼と円滑なコミュニケーションを取れるのは准尉くらいだろう。それとなく探りを入れてくれ」
「トカゲの騎士様と機体を離して観察するんだね。なら、私は機体の方を調べさせてもらうよ」
リラが残ってくれるのなら、カノープスの護衛は万全だろう。
◆
「では、艦はここに固定。期限は二時間とする」
「了解」
ヂィヤとユイ、それにグリエッタとディオネはリューシ・ニーブックの探索に赴いた。ユイの操るバギーは少々荒っぽい運転だったが、願力が無いマニュアルなので仕方ない。
アッシュはセカンドで同行する。クラウザにはああ言ったが、ヂィヤが敵だとは思っていないので、今の自分の体とセカンドに慣れておきたいというのが本音だった。
一応、メアリもオーグで護衛に就いてもらう。クラウザも戦力を割きたく無かったが、カノープスよりも危険なのはこちらの方か。
堕落する前のディオネは、刀の扱いが上手かったそうな。ヂィヤが仮に敵であったとしても、彼女が側にいればなんとかなるだろう。ユイもあれで射撃の腕は良いから、自分の身ぐらい守ることはできる。
グリエッタを連れていくつもりは無かったが、また勝手に動かれても困るので、彼女の意向に任せた。外の世界への憧れからカノープスに付いてきた彼女は、大人しく艦内に閉じこもっているつもりもない。
「ヂィヤさんは、イツキとはどうやって出会ったの?」
通信越しにアッシュが尋ねた。
「釣りをしていた。そこにフラッと生き倒れがな」
「なにやってんの、イツキくん」
コロニーの深部の過酷さはユイも嫌というほど味わったのだが、あの大柄で頑丈そうなイケメンも空腹に負けたのだと思うと、なんだか微笑ましかった。
グリエッタはイツキの事をよく知らない。それなのに、彼に庇われ自分は生きながらえて、その結果彼は死んでしまった。
「……大丈夫。姫様のせいなんて、イツキくんは責めたりしない。ルミナ様の御家族を助けたかっただけなんだよ」
助手席の少女の思い詰めたような表情に気付いたのか、ユイは優しく語りかけた。
「……別に、何も言っていませんが!」
ふん、と鼻を鳴らして、グリエッタは窓の外を見つめた。窓ガラスに、切なさを滲ませた少女の顔が映った。
特徴的な虹色のデザインが、そこかしこに見てとれる。リューシ王国のシンボルのレリーフは、虹の相合傘の下に七人の人物が佇むものだ。
「そうか。イツキは、天に召された、か」
あれ程の男がな……。ヂィヤは眼に、影を落とした。
「イツキとは、三年程共に過ごした事になるのか。別れてから、既に十年以上か」
外とは時間の流れが大分違うようだ。ヂィヤは、ざっと数十年もの間、このコロニーの中を彷徨っていたのだという。
「正確な時間は分からん。最早数えるのも飽きた。フッ……我も歳を取ったものだ」
ヂィヤはコロニーの深部で目覚めた後、幾つかのガンドール(や願導人形)を使用して旅をした。
イツキと出会い別れ、そこから遥々リューシ・ニーブックにまで彷徨い、ここに打ち捨てられたソルジャーを拾って、残骸を使って改修したのだと言う。
「記憶は無いが、巨大人形を操る術も識っていた。アッシュ……ハイパーの言う通り、我は古代人なのかもしれないな」
自分の正体の断片を掴み、ヂィヤは嬉しかったのか口元を緩めた。
「古代人。フッ……良い響きだ‼︎」
ユイの操るバギーはデコボコ道で大きく跳ねて、ほくそ笑んでいたヂィヤは舌を噛んだ。ついでに、お菓子は車内にばら撒かれて、ディオネは落胆した。
「さ、三秒ルールだ!」※落ちたお菓子はディオネ様が美味しくいただきました。
リューシ・ニーブックの街は、思ったよりも小綺麗としていた。モンスターの襲撃に遭ったにしては、かつての栄華が脳裏に再現できる程に。
ヂィヤの掃除スキルはなかなか高レベルだと察せられる。フィギュアを愛でる程の男なら、さもありなん。艦内の掃除係も兼任する事になったメアリが重宝しそうだ。
「なんで街の補修まで?」
「フッ……男というものは、王に憧れるものだ」
ヂィヤに尋ねたユイは、通信の映像越しにアッシュを見つめた。「王に憧れ? いや、別に。面倒そうだし」といった顔だ。
一国の主であるヂィヤ・ヂーヤなのだから、自分家の補修をするのは当たり前のことなのだ。ヂィヤの言い回しに、アッシュが逐一噛み砕いて解説をする。正直、面倒くさい。
「あの下手くそな門の修復は貴方の仕業ですか? 何故、均衡の取れた虹色を破壊するような真似をしたのです?」
「七つ色だけでは味気ないだろう? 世界には、無限の色があるのだ」
なかなか深い言葉であった。グリエッタは感銘を受けたのか、驚いた顔の後、笑顔を見せた。
七色というのは、この世界に於いては多様性のメタファーだ。性別だけではなく、種族や文化、宗教などの違いを認め合って、それぞれのカラーが集まって融和している世界を表している。
「虹教」という宗教は、まさにそれを掲げてアルカド国内で少数ながらも活動を続けている、七柱の多神教だ。純白至上主義が主流な中では異端扱いである。
アッシュも健人の頃、それなりに勧誘を受けたものだが、ポンポンペインの時くらいにしか神頼みをしないので、やんわりと断った。勿論、純白至上主義者でも無い。
「虹か」
アッシュの脳裏に、何かが閃いた。
シリウスの艦長室に招かれた朝だった。デスクの上のスタンドに下げられたキーホルダー。それが、虹色の光を影に落として揺れていた。
このリューシ王国のレリーフである虹の相合傘のキーホルダーだ。
あの時アッシュは、エイリアスと砂月の関係に気を取られ、ジョージの「これ見よがし」な行動に気を回す余裕は無かった。
思い返してみれば、いかにも怪しい行動だった。
「何を言っていた?」
◆
〈まあ、多様性の時代らしいからな。色んな種族が仲良しこよしなのは結構なんだけど〉
◆
隠蔽されたリューシ王国の姿が見えてきた気がした。おそらく、ジョージには箝口令が敷かれている。オリヴィアにもだろう。階級の低いアッシュに伝える事は当然出来なかった。
ユイとサツキというイレギュラーな二人の義理の姉妹、相合傘の下の七つの人影、ジョージの言葉、箝口令、リューシ王国に打ち捨てられたソルジャー・タイプ。
しかし、これはアッシュがジョージを信用しているから出てきた発想である。彼がこの件に関わっていないのなら、何の意味もない。
大通りに隣接する服屋のショーウィンドウ。数体のマネキン人形が、ヂィヤに取らされたであろうポーズを決めている。人間の他にも、見覚えのある形が幾つかあった。
「ディオネは間違ってない」
「え? 呼んだ?」
いきなりこんな事言われても、ディオネだって訳が分からない。アッシュには、こういうところがある。
ユイの運転するバギーは、砂煙を上げて前進していく。ヂィヤが声を上げて、少しだけ後進した。
「フッ……遂に辿り着いたぞ。あれが楽園への入り口だ」