第十話 ライトアーム 6/7 器
魔王ゴッドファーザーは動きを止めた。ニーブックを支配していた魔族たちゼーバの民は、指揮官と指導者を同時に失った。
困惑から逃亡する者。アルカドの指示に従い捕虜となる者。そして、未だ戦いを止めぬ者。
「投降した者には手を出すな!」
レイザーの言葉だけでは、戦勝国となって気が大きくなったアルカドの兵たちを止めるだけの力は無い。まずは混乱を治めなければ、皇子の声と言えども掻き消されてしまう。
「疑われるような行動を取った相手が悪い」「自分たちも理不尽に奪われたのだから、奪ってもいい」そんな言い訳を理由にして、今までの憂さ晴らしをしたい者は多かった。
◆
「エイリアス様……嘘だ、嘘だ嘘だ!」
狼耳のフィンセントは、飼い主を失った犬のように、力無く項垂れた。
……微かな反応があった。
「あっ」
その頭に去来したものを実行に移すには、フローゼたちは邪魔だった。牡牛のバインは腕部のブースターを点火させたまま切り離し、それがセプテントリオンを押し飛ばすと、肩部ブースターで飛び込んで、テスタベータの残骸を抱き抱えた。
「帰りましょう。エイリアス様」
彼が抱えたモノに、既に命は無い。虚ろな目をしたフィンセントは、正気では無い。エイリアスだったモノから流れ出る血はやがて出尽くしたのか、風に吹かれて乾いていった。
◆
「魔王様……。ね、ねぇ、ランスルート、魔王様が」
テティスの願力が急速に萎えていく。ヒトは願いを維持するだけでもエネルギーを喰う。精神が疲弊してしまえば、体さえ動かせない。
「テティス、逃げろ。俺が時間を稼ぐ」
「え」
「お前は魔王の娘だろ! まだ、ゼーバは死んじゃいない!」
ランスルートのブレインセカンドのマニピュレーターが、力強くテティスのオーグの肩を揺さぶった。
「死んでない……ゼーバは……」
言葉は力となる。沸々と煮え立つ怒りが、彼女の脳に血を送る。
「許さない」
「テティス?」
「あいつ! アイツだけは!」
出力が上昇する。専用オーグの願力原動機が、反転起動を始めた。細い体躯が更に伸び、翼は幾重にも分割してボロボロと穴が開いて広がった。精神が肉体の限界を越えさせるように、願力が機体を、更なる高みへと誘っていく。
「融合分裂……? いや、これは」
ランスルートをデジャヴが襲った。クロスイツキが起こしたブラッククロスの変異、限定融合。今目の前に起こっている現象に恐怖を抱いた。あの時と明確に違うのは、その力の根源が、内か外かという事だ。
漆黒が漆黒を纏っていく。戦場に満ちた憤怒を、絶望を、彼女のオーグが死神の装束に変えていく。散っていった仲間たちさえ束ねる王の器が、テティスの中に目を覚ました。
「殺すッ!」
「アッシュ!」
突如として駆け抜けた黒き衝撃から、アッシュは防ぐので精一杯だった。レイザーの声が無ければ、反応さえ出来なかった。
「消えろ、ブレイン!」
「テティスか⁉︎ あの距離から⁉︎ こいつ!」
彼女が纏った漆黒の願力が残像となって、死神が鎌首をもたげる。その余波は周囲を薙ぎ倒し、浮かれた春を許さず、鮮血が広がった。アッシュには、まるで何人もの魔族に襲われている感覚があった。
「姫様⁉︎」
ルミナの願力は限界で、気を失って伏してしまった。アッシュとて例外では無い、限界は近い。
「パージする! ユイ、友矢! 姫を頼んだ!」
「おい、健人!」
リ・ブレインとの接続を強制解除。友に有無を言わせず、八咫ブレインは双子のように分裂した。
「……来い、テティス!」
「死ね! ブレイン!」
ここに「ブレイン」がいては被害が広がる。アルカドの勝利に水が差す。アッシュは愛機と共に憤怒の矛先を背負い、西の空へと進路をとった。
「いやだ……ケント!」
ユイは己の無力を呪って、胸を掻きむしった。
◆
裏切り者のブレインにヘイトが向くのは、レイザーたちの想定通りではあった。そう仕向けたのは否定しないし、成り行きとは言え魔王にトドメを刺した以上、アッシュも理解していた。
ゼーバの憤怒を一身に背負うテティスにも、負担はのしかかっている筈だった。脳内から分泌されるアドレナリンが、ヒト一人が背負える限界を越えさせて、ゼーバの象徴に変えてしまう。
新たな魔王。継承の儀式に、魔王を倒した勇者の存在は欠かせない。
「貴様が!」
「お互い様だ。自分たちだけ被害者面をするのか」
重結晶が鎌を覆う、それを振り飛ばすテティスお得意の結晶閃が、アッシュとセカンドと、ニーブックの街を襲っていく。
「黙れ! お前さえいなければ」
「嫌われるのは、慣れている!」
セカンドの右腕のライトアームが、力無く光波シールドを張る。限界は近い、ならば、攻撃を正面から受けるのではなく、受け流す策略を取る。
「先に攻めてきたのはゼーバだろう! 何故こんな辺境まで来た! エイリアスはあっさりと逝ってしまった! 魔王は人型のモンスターだった! なら! 誰が」
「お前は、喋るなぁッ!」
大きく振りかぶられた鎌が、西区の工場を大きく抉る。電気もガスも油も使う施設なら、それは大爆発を引き起こした。
「どこまでも! ゼーバは!」
「アルカドなんて国は!」
ニーブック西区には、軍需関連の施設が立ち並ぶ。そこには、組み立て途中のガンドールも少なくない。ライトアームで増幅されたアッシュの力は、起動テストの最中であった試作兵器へと流れた。ゼーバの協力で独自の進化を遂げたNUMATAの兵器である。
「……来い!」
挑発するようにライトアームの五指が可動する。テティスを背後から、願導合金のワイヤーが絡め取った。一瞬の拘束、今のテティスには効くわけが無い。
「こんなもの」
兵器からワイヤーを伝って、少女を激しい電撃が襲った。
「あっ……! ぁあああっ⁉︎」
遊撃騎士団が使用したものより更に小型化されたスタンガンは、テティスの意識の外側にあった。魔族の体の大部分は水や炭素で、血の中には塩分があり、機能の伝達に電気信号を使用した。人間と見た目は異なっても、体の作りの根本に大して違いは無い。
「ひきょう……、おまえは」
「拘束する。疲れた……もう、疲れたよ」
ゼーバとの和解が出来るかは分からないが、王族は生かして捕えるべきだろう。それはそれとして、アッシュはもう限界だった。ただ、早く眠りたかった。
「テティス!」
勝者に安堵の時間は無い。純白の閃光がセカンドを撃ち抜いた。
「ハイバ!」
「……グレイス」
終わらなかった。終わりにさせてはくれなかった。
テティスは薄れゆく意識の中で、救世主のような白い翼に焦がれていた。
「テティスを頼むぞ、カイナ」
「ランス。お前はどうすんだよ」
「……決着をつける」
◆
二体のブレインセカンドが、ニーブックの空を舞う。
折れた翼をはためかせ、共に高みを目指す白い一号機。
砕けた体を再構築させて、寄り添い続ける黒の二号機。
アルカドの皇子でありながら純白に覚醒出来ず、ゼーバへと裏切った男。
ゼーバの捕虜となった後、転生をして、友を裏切りアルカドに拾われた男。
初めから戦う理由があった訳では無い。成り行きが、そうさせていった。運命とか、宿命とか、そういった名前をつけられる程、大層な因縁というのでも無い。戦場では、ままある事で、彼らだけが特別なんてことはあり得ない。
誰に言い訳を聞かせたところで、自分たちの中に眠る感情に嘘はつけない。最早、取り繕う意味は無い。
似たもの同士、裏切り者同士、許す事は赦されない。
だから二人にとっては、二人は互いに倒すべき特別である。
「殺す!」
「死ね!」
願力のビームがアスファルトを焼く。重結晶が建物を押し潰す。時間が経てば霧散して、ただの瓦礫が山をつくる。
光の剣が地を穿つ、結晶の牙が空を裂く。激突する双色は反発して、決して色を混ぜる事はしない。
「使える武器は」
アッシュの策略は、ランスルートに先んじて潰される。先程のスタンワイヤーガンも既に破壊済み、ならば。
「何をする、どう動く」
ランスルートは思案する。これほどまでに考えて戦うようになったのは、間違いなく奴のおかげで、奴のせいだ。
アッシュは、真正面から斬り込んだ。ライトアームのアドバンテージが使える内に決め切れなければ、敗北する。
息苦しさは、願力の使いすぎだと考える。ドローンを使いながら自機さえ操る灰北者ウィナードは、改めて化け物だと感じていた。
ランスルートは受けて立った。本調子で無いのは自分も同じである。
レイザーとの決着も、未だ付けられてはいない。クロスイツキとの再戦は、最早叶わない。だが、ゼーバで成り上がり、モンスターという天敵を打ち倒すまでは、死ぬ訳にはいかない。
アッシュの射撃はランスルートの背後へ着弾、工場に爆発が起こる。ランスルートはそれさえ追い風にしてアッシュに突撃、アッシュは左腕のシールドとマフラーで大剣を押さえつける。
ランスルートは、押さえつけられたままの大剣鞘に重結晶を纏わせ抜刀し離脱。願力の供給が無くなって大剣の重結晶が破裂し黒の左腕を破壊、刀を使ってライトアームを繋ぐ関節を切り裂いた。
「これで、アンティークは!」
漆黒の背後で機械音が鳴り響く。アッシュの体内から背中の肉を突き破って、願導合金の欠片たちが、腕のような形を保って現出した。
アッシュの体内から突き出た願導合金の腕は、彼の願力によって電気まがいの信号を浴び、ガンドールのように間接の歯車を動かして、コックピット内上部にあるレバーを握った。
呼応するように、セカンドの背後から、第三の腕が姿を見せた。
「ブラッククロス……⁉︎」
リ・ブレインとの接続に使用していたブラッククロスの左腕。アッシュは、ランスルートが勝利を確信する瞬間を待っていた。
「打ち砕く!」
背後から伸びたブラッククロスの左腕が、セカンドの左肩に接続された。
持てる限りの願力が宿り、ブーストハンマーが純白のセカンドへと突き刺さり、コックピットを押し潰して、黒い背部スラスターが加速して、飛び出したチェーンを追って、尚も殴りつけた。
「がああああっ⁉︎」
皇子の面影はない。苦痛と屈辱に塗れた顔から、憤怒と絶望の声が漏れる。震えた声すら出せないほど、全てが潰れて光は消えた。
「ケント!」
「……やったのか?」
ユイと友矢の声がする。勝者をシリウスが迎えた。二体のブレインセカンドは重なり合うように、ニーブックの跡地で雨に泣かれた。




