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第十話 ライトアーム 5/7 牙

「エイリアス様ーー!」

 狂信者フィンセントの遠吠えが聞こえる。


「所詮はその程度か」


 サマンサは隠し持っていたコンバットナイフで軽々と牡牛の喉元を掻っ切ると、フローゼたちセプテントリオンに後を任せて、魔王ゴッドファーザーにダブルライフルの狙いを定めた。





 ファングブレードが、友矢に向かう流れ弾を切り裂いた。


「すまねぇ!」

「お前のオーバーライトは効いてるぞ、友矢。グリエッタはへばったのか?」

「失礼でしょ、漆黒!」


 無事を確認するまでも無い。ただ、友矢とグリエッタの戦意を喪失させる訳にはいかない。アッシュは鼓舞を続けながら、ゴッドファーザーに向き直った。オーバーライト・アローライフルが、そのコックピットを執拗に狙撃した。


「反撃しないとでも!」

 魔王は巨大な拳で殴り掛かる、ルミナは受け止める。アッシュの操る残骸たちが魔王の背後を襲う、バリアが歪んで弾き返された。


「ククク。やるな、勇者よ!」

 魔王から、八咫ブレインへのエールである。


「? ……私たちのことなのかな?」

「人違いだろ」

「ユニークですね、古代の冗句は!」


 魔王に相対できる者は、紛れもなく勇者と呼ばれた。そんな肩書きに価値は無い。


「バンデージの王よ。お前たちは何者だ。バンデージとは何だ」


「進化した人類。しかしそれ以上は俺も詳しくは知らない! いや、覚えていない‼︎ 残念ながら、転生者は記憶が曖昧だ。お前にも身に覚えがあるだろう。クロウ、カシス。いや……灰庭健人!」


「こいつ……!」


 右腕同士が激しくぶつかり合った。干渉波が大気を震わせ、川の水面に飛沫を生んだ。


「あの日、この場所で! 偶然俺に乗ったお前が、今日こうして俺と対峙している! ククク……! なんたる奇縁!」


「そんなしがらみ!」


「……ケント」

 ルミナが静かに呼びかけた。その声には、揺るぎない信念が籠っていた。


「私は、こいつと談話をする為にこの八咫ブレインに乗っているのではありません」


「……分かっている。集中する……!」


 冷静さを取り戻せば、周囲に友矢たちの姿が見えた。魔王の口車に乗ってしまったら、アッシュは彼らの命も危険に晒すところだった。


「姫様、ケント。気負わないで。チャンスは来ます」

「ありがとう、ユイ」


 バンデージの王は、八咫ブレインの中の「三人目」に気が付いた。一瞬、ひどく驚いた様な顔の後、喜びのあまり、急に高笑いをはじめた。ユイは、恐怖を覚えた。


「ククク……フハハハッ! いいだろう! ならば今一度、お前たちにバンデージの力を教えてやろう! ディス・アーク・プリズム‼︎」


 ゴッドファーザーから拒絶の重力波が放たれる。孤状の閃光が無数に舞い踊り、結晶と化して周囲に降り注ぐ。


「さあ! 跪け‼︎」


 アッシュはライトアームで重力を相殺し、残骸を盾にルミナに距離を取らせた。ルミナは砲撃を仕掛ける、照準は全てユイへと委ねた。


「ケントに射撃、褒められたんだもん!」

「ドンピシャ、です!」

 同じ箇所への連続砲撃。残骸で隙を作り出し、盾とする。


「行け!」

 残骸のカルバを突撃させる。巨蟹の体がバリアにめり込んで、爆散した。


「おいおい! 人形をミサイルにするなんて、とても魔王と戦う勇者とは思えんな!」


 ここで勝てなければ、これまでと、これからに意味はない。


「手段を選ぶだけの余裕は、お前が与えてくれないんだぞ。誇れよ、魔王」

「いいね。言うじゃないか、勇者よ!」


 魔王は、再び結晶をばら撒いた。


「チェッ。俺だって、どうせだったら勇者の称号欲しいぜ!」


 友矢の狙撃が確実にバリアを砕く。予備のライフルと交互に使う事で、冷却時間を設けて連射をする。冷却剤もフルに使って、休める暇は与えない。


「……ッ! はぁ、はぁ……」

 しかしながら、グリエッタの負担は大きい。純白の中でも高い願力を持ってはいるが、この戦場にいる誰よりも幼い少女である。


「姫様、十分です。少しお休みになられてください」


「……まだです。あんな漆黒に、言われっぱなしでは終われません。小型のイルミネーターにだって、良いところを取られているじゃありませんか。漆黒でもシロでもありません。私たち純白が、アルカドを救うのです!」


 純白至上主義の潔白さに、こんなところで火がついた。その志は崇高なものであったが、幼かった。


「聞こえますか、純白の勇者たち! 魔王の命は風前の灯です! 私たちの手で、この戦いに終止符を!」


「おお……! グリエッタ様……! なんと気高い……」

「征くぞ! 進めーー!」

「これこそが、我ら神の盾の真の使命なりー!」


 信者たちは涙を流しながら、我先にと魔王に吶喊していった。蛮勇の斧は折られ、曇り眼の狙撃は明後日を突き抜け、愚者のドローンは(もつ)れて(から)みあった。


「何をしている! 連携を」

 焦るレイザーを尻目に、魔王は装甲の隙間という隙間から、無数の魔法陣を剥き出した。


「いかん⁉︎ 全機、全艦、防御急げ!」


「フハハハハッ! 喰らっていけ! エクリプス・ディス・ファング‼︎」


 魔法陣から召喚された結晶が牙をもたげ、群がる純白を一斉に穿つ。牙それ自体が、コード・シリーズを貪った。


「ひっ……⁉︎」

「耐えろ、エリーリュ! 姫さんを守れ!」

「友矢さんに言われなくても!」


 エリーリュのコード・ウォリアーは左右の手を胸元でクロスさせ、それぞれの前腕の大盾にバレットを装填させた。


「オーバーライト・プリズム・メイデン!」


 コード・ウォリアーが担ぐ結晶の盾がゴッドファーザーの攻撃を相殺、牙を砕いた。大盾とバレットを全損させて、苛烈な攻撃からエリーリュの後ろにだけ道が残った。


「頑張るな、勇者たち! そうこなくてはな!」


 騎士を喰らって栄養を含んだ結晶の牙が、ズルズルと元いたところへ吸い込まれ、ゴッドファーザーは新しい装甲に脱皮した。


「マジかよ、ちくしょう!」

「ハハハッ! さあ、仕切り直しだ!」


「そこだ!」

 アッシュは、帰還する結晶に向かって残骸ミサイルを割り込ませた。ゴッドファーザーに取り込まれる寸前だった僅かな隙間に爆発が起こる。機を伺っていたサマンサのダブルオーバーライトライフルが、その装甲を吹き飛ばした。


「お膳立てはした。やってみせろ、健人」

 古い知人にでも告げるように、サマンサは濁した。


「ディリジェンス・リンクス! オーバーライト‼︎」


 アッシュの願力が、つぎはぎの残骸たちに伝わっていく。距離の近いものから順繰りに、マーチングバンドの如く次々にファングライフルへとエレクトリックバレットを装填し、狙いを定めた。


「撃ち砕け‼︎」


 漆黒のオーバーライトが束になって、重なって、全周域から狙い穿った。ゴッドファーザーの肩が傾れて、首が抉れる。凄まじい咆哮音と共に、漆黒の繭に包まれていくようだった。


「行きなさい、ファントム!」


 コード・サマナー専用にカスタマイズされた複数の願ドローン・ファントムが、戦闘機のように高速で接近する。


「アッシュ。私たちで終わらせましょう」

「エヴァリー・アダムス。信じていいのか」

「……いきましょう。アッシュ、クロウ」


 古代人エヴァリー・アダムスの願いに沿って、願ドローン・ファントムの編隊は、それぞれ大出力のライトビームを放ちながら、アッシュのディリジェンス・リンクスと共にアクロバティックに宙を彩った。


「うっ⁉︎ お前は……⁉︎」


「貴方が再びバンデージの王を名乗るのなら、私はそれを止めなければなりません」


 ファントムが魔砲の杖ワンドバズーカの先端に連結して、花弁のように満開を遂げた。


「オーバーライト。撃ち砕きなさい!」


「……ふざけるなぁ!」


 アッシュが放った漆黒の繭に、エヴァの操る純白の花が添えられる。繭を破って、茎をへし折り、魔王の巨体が古代の術師へ手を伸ばす。


「お前も俺を見捨てるのか‼︎」

「性懲りも無く、貴方が魔王なんてはじめるから!」

「退がれ、エヴァ!」


 レイザーも知らない、エヴァと魔王だけの戦い。今に至るまで先送りされた、古の清算。願いの邂逅が、忘れていた過去を喚び起こす。導かれるように、引き寄せ合うように。

 受肉された魔王は、今更になってようやくエヴァリー・アダムスを認識し、エヴァもまた、今更に記憶の一端を取り戻した。


「おい、姫さん!」

「分かっています!」

 グリエッタも力を絞り出す。戦場の空気に呑まれたのか、高揚感が限界を超えて、艶やかな声色の唄を奏でる。


 グリエッタがアルカディアで願いを届けるのに使用するのは、決まって歌だった。彼女が一番得意な感情表現の手段、即ち願いを届ける手段だ。嘘偽りのない、本心からアルカドを救いたいという願いが、アルカディアの彼方に違わず伝わっていた。


「あんたの歌、嫌いじゃないぜ」


 友矢のオーバーライト・アローライフルは、この戦闘中、一度も狙いを外さなかった。


「ユイ! 出力最大!」

「最大出力! オーバーライト・ブースト!」


 八咫ブレインの願力推進機関の増加ブースターにエレクトリックバレットが装填された。過剰電力が迸って、バチバチと音を鳴らして光が弾ける。


「うああああっ!」


 ルミナの絶叫と共に、八咫ブレインは光となって駆け出した。アウトレンジからの強襲、ブラッククロスが得意とした、イツキの戦い。

 一瞬の接触、モニターに魔王の姿が映し出される。彼女が愛した男と瓜二つ……体の隅々まで知り尽くした男の姿。


 躊躇いは一切無い。不快感が勝っていた。



「死ね」



 ただの二文字に、全てを込めた。


「――見事だ」魔王の言葉なんて聞き終わる前に、ルミナの手によって白武者が背負いし十字架が突き立てられた。ゴッドファーザーの脊髄にあるコックピットごと装甲を抉りながら、血の海が広がった。


 バンデージの王は生身の体を手に入れた事で、それが仇となった。しかし一番の敗因は、現代人をみくびった事だ。





 紫色の巨体が、ニーブックの中心を流れる川に倒れ込む。漆黒がゴッドファーザーを覆っていく。海獣のような唸り声を上げて、巨大な腕が津波を引き起こす。抉れたコックピットから、化け鯨の潮が噴き出した。


 魔王とファーファによって「融合分裂」したラスティネイル。ならば、機体にも願力が宿っている。健人のシオンと同様に、ゴッドファーザーにも意思があった。


(殺せ。人間を殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ)


「ああ、殺してやる。お前を、殺してやる!」


 怠惰のディリジェンス・リンクスで繋がった残骸に、アッシュは再びオーバーライトを使わせる。ただでさえ破壊の著しい残骸たちでは、もはや耐えられない。それを爆弾代わりに突撃させて、魔王ゴッドファーザーの動きを止める。


 破壊された箇所から再生。ゴッドファーザーは戦闘区域に散らばる残骸の合金「デブリ」をも取り込んで、すぐさま動きを取り繕おうと足掻いていく。


(ルミナ)


 彼女の側で、微かに声が聞こえた。聞き間違えるものか。


「……ええ。終わらせましょう、イツキ」

 涙で震える手に、彼の手が重なった気がした。


「再生されるのならば、喰らい尽くしなさい! 八咫ブレイン!」

「エクリプス・ファング! オーバーライト‼︎」


 八咫ブレインのライトアームから、白と黒の牙が生え揃う。牙は巨大な爪のように、杭のように、大樹のように大きく伸びて、魔王の体の全てを、その深淵へと飲み込んでいった。


 着水の衝撃で水飛沫が上がる。大樹のような結晶は、やがて霧散した。キラキラと舞い散るプリズムに、水と光が反射して、空に七色のアークを描き出す。


 八咫ブレインの突き上げた右腕が、暗い曇天を切り裂いた。暖かな陽射しが舞い込んで、煌めく後光が、その勇姿を照らしていた。


「やった……」


「……勝った」


「勝った!」


「俺たちの勝利だ‼︎」


 静寂は終わり、歓声が湧き上がった。アルカドの兵士たちの勝鬨(かちどき)が、そこかしこで巻き起こる。うねりは止まらず、波となって、喜びは伝播する。


「あのブレインは⁉︎」

「ああ! ルミナ様とクロスイツキだ! 俺は、前回あの二人に救われたんだ!」

「ルミナ様、万歳! アルカド万歳!」

「漆黒でも、流石はサツキ様の息子だぜ!」

「勇者ルミナ様! 勇者イツキ!」


 アッシュの耳には、魔王の声は聞こえない。魔族たちも、その強制バフから逃れる事が出来たのか、急に戦意を喪失していった。


 虹の果て。春の陽気が、ニーブックを包んだ。

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