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第十話 ライトアーム 4/7 狙撃

 慌ただしく動くニーブックの中で、魔王の蛹は静かに目覚めの時を迎えた。更に巨大に雄々しく脱皮したラスティネイルの足元で、人型の蠢く影が、ゆっくりと起き上がった。


「お久しぶりです。我が王」

「……なんだ、お前は」

「クロウカシス、といえばお分かりになる筈」

「お前が? ……フン。何の冗談だ」


 魔王の眼前で跪いたエイリアスだったが、彼の反応は素っ気ないものだった。新しい「生身の体」を確かめるように、バンデージの魔王は掌を握っては開き、翼をはためかせた。


「……悪くない。これが、この世界の空気か」


 エイリアスは受肉した古代の王に着物を羽織らせ、王は研究棟の一段高い床に胡座をかいた。


「ニーブックで再会してから、ラスティネイルは満足に起動をしませんでした。貴方の意識はどこへいっておられたのです」


「なに、世界を見て回っていた」


「世界……成程、世界粒子で?」


 ラスティネイルに焼きついたバンデージの王の願力は、世界粒子を利用して世界を飛び回った。実際には粒子を自在に操る事は不可能だから、飛び回るという表現は正しくなくて「漂流していた」といったが相応しい。灰北者(ウィナード)のように、一時的に粒子へ願力を上書き、上乗せをした。そこに割く願力を増やす事で、幽体離脱のような状態を維持した。


「察しが良いな。まあ、我が娘カシスの名を騙った事は不問としてやる」


「世界に他の知的生命体は? ゼーバとアルカド以外に国はあったのですか?」


「ククク……。教えるものか。俺は、お前を信用せん」


「何故です。私は」


 王はエイリアスを馬鹿にするかのように高く笑い声を上げた。ラスティネイルの側には、もう一つのナマモノが蠢いていた。


「ああ、丁度いい。あの生ゴミを処理しろ。貴様にはお似合いの仕事だろ?」


「……了解です。我が魔王」


 エイリアスは腰に差した刀を抜くと、地を這うそれへ突き立てた。


「ぐげぇぇえぇっ! ふぁ……ふぁーふぁ、まおー!」


 幾つもの命とガンドールを取り込んだラスティネイル。搾りカスとなったファーファたちは肉の塊となって排出され、願具の刀によって絶命した。エイリアスの仮面のような顔に、純粋なる穢れが飛び散った。それを拭おうとして、刀は突き立てられたまま放置された。


 魔王とアンティークといっても、所詮は融合分裂。全てをその身に取り込む事は、彼らですら出来なかったのである。


「来たか。では、往こうか」


「どちらへ?」


「お前は何も感じないか? 感じないだろうなぁ? ハハハッ!」


 エイリアスには、魔王が何を言っているのか理解出来なかった。紫色の巨大なアンティークは、隔壁を突き破って曇天を浴びた。





「ケント!」


 八咫ブレインを襲うアラートは、止む気配が無い。アッシュはそれを手動で切ると、ルミナと一緒に砲撃を開始した。敵の登場を悠長に待てる程、灰庭健人が行儀良く育てられてはいなかった事に感謝をする。


「ククク! 酷いじゃないか。新生した俺の初陣だというのに!」


 紫色の装甲、長く太く垂れた四肢。甲虫のような外骨格に、巨大な複数の角を宿した頭部は、まさに王冠である。


 脱皮を繰り返し変わり果てた古代願導人形……ラスティネイルの姿が、曇り空に晴れ渡った。


「最終攻撃目標、確認!」

「対象を、ゴッドファーザーと呼称する!」

 戦場の後方から、レイザーが檄を飛ばした。


「GOD? 魔王ですよ?」

 ダニーは理解不能で解読不能だったのか、くくいっとメガネを持ち上げた。


「お酒、カクテルだろ。ラスティネイルとゴッドファーザーってさ」

「流石アリスさん。やっぱり、後で飲み行こう」

「お断りします」


 シリウスの艦長とオペレーターは表面上はふざけていても、内心穏やかでは無い。八咫ブレインの砲撃でさえ、傷一つ付けられていない。


 レイザーは、嫌な予感を拭えなかった。小型イルミネーターの量産は、結局のところ対願導人形戦を想定したものである。アンティークの相手はアンティークに、魔王の相手はクロスイツキに任せるのが当初からの作戦……いや、作戦と呼ぶのも烏滸がましいものではあったが。


「イツキを失ったのはデカいぞ」


 ランスルートたちを相手取りながら、アルカドの第二皇子はシリウスのエースに望みを託すしか無かった。


「レベル100オーバー。想定通りだね」

「単純に願力の差か」

「やるしかないでしょう?」

「それは、そうです」


 ゴッドファーザーが纏うバリアがキラキラと揺れる。物理的に形成された力場が、透過する光さえ屈折させる。


「あれをやる。爺さん!」


「準備は出来ている。受け取れ、坊主!」


 シリウスから幾つもの影が飛び立つ。今までの戦いで鹵獲したゼーバの機体たち、つぎはぎの残骸がゆらゆらと躍り出る。


「目覚めろ、ディリジェンス・リンクス!」


 アッシュはセカンドの右腕を真横に振り払う仕草で願力の光を放出した。魔法陣から溢れる光は糸を紡ぎ、つぎはぎの願導人形たちへと繋がって、その身に漆黒を宿していく。


「蘇れ!」


 破壊された残骸たちが、まるで蘇った古代人のミイラのように動き出した。


 (モンスター)ヤドカリガ、怠惰のフェグール。その力〈寄生する怠惰ディリジェンス・リンクス〉。願導合金の粒子と似た特性のその糸は、(あら)ゆる壁を透過する。


「行け!」


 アッシュの身振りに合わせ、八咫ブレインの右腕がシンクロする。ノエルのような残骸はスラスターで突撃し、アルムは地を這いながら砲撃した。八咫ブレインは前後反転して、ルミナに操縦を委ねた。


「……いきましょう、イツキ!」


 かつてルミナが搭乗したコード・ウォリアー。その残骸が漆黒の十字架を届ける。リ・ブレインに移植されたブラッククロスの右腕が掴み取った。


「うおおおっ! クロスハンマー!」


 残骸のドローンと十字架がゴッドファーザーのバリアに阻まれる。魔王を取り込んだバンデージの王の漆黒が、八咫の光と共に周囲を激しく点滅させる。


「これは、手厳しい」

「なっ⁉︎」

 ルミナが驚いたのは、攻撃を止められたからでは無い。


「イツキ……」


 接触通信で八咫ブレインに飛び込んできた映像は、黒須樹と瓜二つの姿となった、ゴッドファーザーのパイロットのものであった。


「なんで……。くっ……ふざけるな!」


 ルミナは激情に駆られて十字架を振るった。


 ファーファを取り込んだせいで、好みの姿であるイツキの姿になったのか。魔王から生まれたイツキの姿が、元々魔王の中に遺伝情報として存在していたのか。そもそも生前のバンデージの王の姿が、イツキと似ていたのか。


 今となっては答えはどうでも良い。震えるブラッククロスの右腕、彼女の動揺だけが真実だった。


「現代人よ。俺は、かつてバンデージの王を名乗った」


 魔王の姿が各機に届く。自信に満ちた男の声は、アルカドとゼーバの戦士たちの意識を惹きつける。


「俺は、この時代に絶望した。争う対象が変わっただけで、世界に進歩は無かった。くだらん。実にくだらない」


 混沌の灰の空が、魔王の落胆を迎え入れた。


「しかし、安心せよ。俺は目覚めた。主無き世界に、再び真の王が降臨したのだ」


「真の王? ……バンデージ?」

 ランスルートには理解出来ない。それはゼーバの戦士たちだけでなく、アルカドの一般兵たちも同様だった。


「気にするな。魔王様に従えばいい」

 エイリアスのアンティーク、テスタベータはフィンセントやランスルートに通信を入れると、八咫ブレインに斬りかかった。刀と牙の打ち合いが、次第に魔王から遠ざかっていく。


 仮面の男の姿は、アッシュを苛立たせる。


「……邪魔だ!」


「紛い物が紛い物に乗るのか。貴様如きがアルファングを」


「知るか。八咫ブレインでいい。のこのこと出てきたのなら、お前は許さない」


「戯言を!」


 銀の兎は脚底から放出した重力波を足場にして空を跳び回った。ルミナは大盾を放り投げて、クロスハンマーをぶん回す。


「イツキの御家族ですか。感謝します、あの方を育ててくれて」


「死んだそうだな。魔王の血を引きながら、情けない」


「貴方は……言ってはいけない!」


 ルミナの怒りの鉄槌が振り下ろされる、エイリアスは重力波で蹴り上げ、足場にして吶喊。前後反転したアッシュが牙を盾に防いだ。


「その魔王を放っていいのか」

「最大の障害はアルファングだ。お前たちさえ抑えれば」

「指揮官ともあろう者が、情けない」

「なに……?」


「アルカディア!」


 戦場に轟いた一陣の唄が閃光の矢を押し上げて、ゴッドファーザーを貫かせた。


「魔王様⁉︎」

 エイリアスの声が上擦った。


「当たった? いや、当てた!」

「もう一発! 何度でも!」

「お、やる気だな姫さん! エレクトリックバレットはたんまりあるからな!」

「お喋りは程々にしてください、トモヤさん!」


 護衛のエリーリュが嗜める。友矢と第二皇女グリエッタは、比較的防衛戦力の手薄なニーブックの中心を流れる川の中を北上して、狙撃ポイントまで到達していた。


 汎用人型有人搭乗兵器であるガンドールは、主に陸上戦闘を想定したものだ。しかし、人型にスラスターを備わせた歪な機械は空中戦にも対応し、願力のバリアの強度によっては、水中航行をも可能とした。


 友矢のコード・アーチャーは、予備弾倉の給弾ベルトの如く連なった高性能充電池の束を体に巻き付けて、確実にコックピットに狙いを絞って撃ち抜いた。


「グッ……! おのれ!」


 ラスティネイルの時と操縦席の位置は変わらないようで、ゴッドファーザーの脊髄が激しく何度も揺れていく。


「……どうだ、ユイ」

「いける。いくら強くても、ガンドールだから」

「ああ。このまま押し込む。信じてる、友矢」

「おうよ!」


 友矢の攻撃は続く。惨雪のイルミネーターも加わって、ゴッドファーザーのバリアにひびが入っていく。アンティークも所詮はガンドール。魔王といえど所詮は一人。ならば、攻撃が続けばバリアとていずれ割れる。


 イツキならば一撃に賭ける事も出来ただろうが、出来ないならば出来ないなりに、手数で補えばいい。あの時とは違って、ここにはたくさんの戦士が揃っている。


「現代人が!」

 友矢に迫ろうとしたエイリアスだったが、背後からアッシュに斬り裂かれた。


「戦場で余所見をするなんて」

「なん、だと……?」

「こんな奴が、セラの憧れた男の姿なのか……?」


 アッシュは解せない。目の前の男が何をしたいのか、何が目的だったのか、さっぱり理解が出来ない。


 黒須砂月との邂逅は? イツキとの生活は?


 ニーブックに攻め込み、セラを家族に仕立て上げ、行方知れずになったと思ったらバンデージの魔王に執心して命を散らした。


 初めから、ラスティネイルの中にいた王を受肉させるのが目的だったのか。本当に、それだけなのか?


「エイリアス……? いや、違う……。誰だ、お前は」


 仮面のテスタベータは、消し飛んで残骸を散らした。全ての元凶、ニーブックを恐怖に陥れた古代人は、あっさりとアッシュに討ち砕かれた。


 赤髪の少年には、感慨は何も湧いてこなかった。

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