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第二話 神の国 3/5 直下

「ここは……」


 コロニーには、かつての住民の残り香が点在している。廃墟となった民家やビルが、皇族であるウィシュアの心を責める。


「気をつけろ。スラスターを噴かしすぎるな」

 アッシュはウィシュアに呼びかける。皇族相手の(かしこ)まった言い方は、うっかり忘れた。


 コロニーとなった地域には、低重力地帯が点在している。モンスターが、その巨体を活動させやすいように作り変えた環境らしい。若しくは因果が逆で、その土地の重力質量がエネルギーとして変換された結果、なんてトンデモ説もある。

 そんな事を健人が言っていたような気がしたが、アッシュには良く理解出来ない。


「最深部までいけば無重力になってるかもな。……来たぞ」

「なんだ、あの大きさは」


 巨体であるモンスターが活動しやすい環境。それは、モンスターのスペックを引き上げると同時に、更なる巨大なモンスターを育てる環境でもあった。


「移動要塞殿様バッタってところか」


 先程のダニバッタとは雲泥、遙かに巨大な数十メートルにも及ぶ体は、ウィシュア皇子の戦意に陰りを生んだ。


「どうした? さあ、やるぞ」

「りょ、了解!」


 怯んではいられない。ウィシュアは先制攻撃を放つが、殿様バッタはものともせず、背中から小型ダニバッタを垂直ミサイルの如く大量に撒き散らした。


 低重力、いつもの感覚でいると、あっという間に距離を詰められる。自機も動いているのなら、尚更だ。ウィシュアの惨雪は、降り注ぐダニバッタの群生相に埋もれて、すぐに見えなくなった。


「おいおい!」

 アッシュも、さすがに焦りだした。皇子様を見殺しにしたとあってはスパイがし辛くなる。ウィシュアの命を心配したのでは無い。


「ウィシュア!」

「焦りすぎだ!」


 ルミナとレイザーの皇族専用聖騎士機、二機の〈コード・セイヴァー〉は、その聖剣で弟に群がる蟲を蹴散らし、ボルクの重騎士機〈コード・ウォリアー〉は、黒須砂月のように巨大な斧を振るった。

 エヴァとフローゼも小型ダニバッタを撃ち抜いていくが、数が多い上に下手に撃つとウィシュアに当たる可能性がある。


「そっちは任せた」


 アッシュの〈純白アート〉は大剣のサイズを活かし、移動要塞を護衛する小型ダニバッタの二つのコアを一度に叩き潰した。そのまま一気に殿様の懐に飛び込み、大剣を慣性に任せて振り回し、脚の関節を鈍器で殴るように砕いていく。


「撃ち砕く」

 自重を支えきれなくなった殿様の顔面に大剣を突き刺して至近距離からライフルモードの光弾を放ちヒビを入れると、突き刺した大剣から「抜刀」した。


「カタナ⁉︎」


 NUMATAのサムライソード〈烏月(うづき)〉。ルミナ皇女の瞳は、鮮烈な前衛芸術・純白アートの軌跡に魅入られた。


「沈め」

 抜刀の勢いに乗せ回転斬り、そこから振り下ろし上段からの袈裟懸け、下ろした手首を返した燕返し。流れる閃光に、脚をもがれた巨大な殿様は薄翅を広げて這いずり回る。

 機体全身を渡って増幅された願力が、刀身に収束されて暗いコロニーを照らし出す。振り返った殿様の顔面が、感情を持ったように蒼白く染まっていく。


 一瞬の一刀の稲光りが、強欲の王の二つの命を同時に斬り伏せ鮮血に彩った。


 砂埃を巻き上げ着地する純白アート。刀を振り残心、ワイヤーで手繰り寄せた鞘に納刀、背後に爆風、はためくマント。騎士の兜に覆われたツインアイが、爆炎の逆光を浴びて顕現した。


「ヤッターー! カッコイイーー! 見ましたか、ボルク! カタナですよ! KA・TA・NA!」


「アッハイ」

 姫様のニーブック好きが出た。サツキに憧れるあまり、古代人の遺したジダイゲキというフィルムに影響を受けたのだ。


「ルミナ、はしたないぞ」

 モニターに映る妹の姿に、レイザーは呆れて嗜めた。


 ルミナ皇女殿下は、その腋をお晒しになされて、お喜びになられた。指揮艦の搭乗員たちの何人かは、大画面のモニターに映る皇女殿下の麗しき恥部を目撃し、一部でどよめきが起こるが、些事である。


 純白たちは操縦の殆どを願力の制御によって賄っている。ルミナ程の能力者なら、そのコックピットから多くの機械は外され、豪華な装飾が施されるだけの余裕があった。


 彼女のコード・セイヴァーの内部は、ゆったりとした広々空間なので、手を上げてお喜びになられても計器類にぶつからない親切設計なのだ。なんのこっちゃ。


 救出されたウィシュアも、アッシュの一連の動きを目撃していた。願力のレベルが10以上の者を純白と呼ぶ中で、アッシュは11しか無く、辛うじて純白と呼べる程度のものだ。


 攻防の瞬間、他の部位のバリアを全て捨て、インパクトの部分にだけ願力を集中。言うは容易いが、並外れた願力の制御技術と度胸、そして自信が無ければ出来るものではない。


「どうすれば、貴方みたいに戦える」

「これからだ、皇子。生きてりゃ、なんとかなる」


 アッシュの励ましを、素直に受け入れるだけの余裕は、今のウィシュアにはなかった。





「覚醒か。何度聞いても、人間の体は変なシステムをしているな」


 エイリアスの副官、狼耳の青年魔族フィンセントは、アンティークと健人のデータ取りを続けていた。


「魔族の願力は成長しないのですか」

「成長というなら多少は。しかし、覚醒と呼べるほど劇的には変わらん」


 魔族の願力は、人間よりも高めの傾向がある。人間がやっとの思いで獲得したレベル10も、魔族からすれば平均以下の力でしかない。


「レベル7。お前の力は下の下だな」

「仲間内では、そこそこだったんですけどね」


 現実は厳しい。双子の康平だって、健人より僅かにレベルが高い程度だった。


「アンティークの操縦には、願力の高さは関係ないんでしょうか」


 健人のクラスメイトの少女〈沼田春歌(ヌマタ ハルカ)〉は、冷静に眼鏡の位置を直しながら疑問を述べた。


 NUMATA副社長である〈沼田照明(ヌマタ テルアキ)〉の孫の一人にあたる彼女は、惨劇で父を亡くし、ニーブックの旧工場の管理を任されることになった。


 魔族の奴隷となったニーブックの住民たちだが、エイリアスの言葉通り、従順で適性のある者には相応の立場と役割が与えられた。

 裏を返せば、まさに奴隷の扱いを受けている者もいるのだが、あの演説を聞いた者たちは、ほぼ懐柔されたといっても過言じゃない。


 自分たちの命を見捨てたアルカド軍と、救ってくれた魔族たち。一見するとそうとしか思えない状況と、実際の魔族の力を見れば、彼らに従うのも無理からぬ事だった。


「次。さっさと乗れ」

「は、はいぃ!」

 健人のクラスメイトの少年〈百瀬千秋(モモセ チアキ)〉は、押し込まれるようにアンティークのコックピットへ乗せられた。


「よろしく、千秋。ちょっとやつれた?」


「お前の方こそ……。訓練の後、毎日これやってんだろ。なんか、すげぇ顔してる……」


 二人とも、少し前まで学生だったとは思えない眼をしていた。


「僕なんてマシな方だ。奴隷といっても、ガンドールのシミュレーションと実機訓練をさせられてるくらいだ。ゼーバはアンティークを実戦に投入したいんだろうけど、連携は難しそうだよな」


 街諸共に焼いた光と、内部に宿る謎の意思。それらを思えば、アンティークはスタンドアローンで好きに戦わせるしかないだろう。


「……僕のことなんかより、お前の方こそ心配だよ」


「いやぁ、俺も願力発電なんてやったことなかったけどさ」


〈願力発電〉は、願力で羽根車なんかを回すことで運動エネルギーを電気エネルギーへと変換する、アルカドでも採用されている技術だ。人という不安定なパーツを使用する以上、安定して電力を確保できる訳ではないから、専ら非常時に使用される。


 ゼーバでは願導人形のエンジンを稼働させるのにも使われているが、これは魔族の願力が総じて高いからである。


 しかし、幾つもの似たような大掛かりな機械が立ち並ぶ願力発電施設の絵面は、古代人の遺した創作物に出てくる「何のために回してるんだか分からん棒」を彷彿とさせる為、それを知る者には奴隷の扱いを思い起こさせるだろう。


 千秋に与えられた役割は、これを来る日もくる日も回す事にあった。既に一ヶ月、疲労が顔に滲んでいる。元々要領が良い訳では無いが、実直で真面目にコツコツ働く穏やかな男だ。


 久しぶりの友人との再会に健人は思わず饒舌になってしまって、フィンセントに急かされる。千秋は健人と共にアンティークの複座の操縦桿を握り、やつれた願力を振り絞った。


「なんだ。思ったよりノイズが弱ぐわあああっ⁉︎」


「……いつものノイズですね」


 沼田春歌は眼鏡の端を、くいっと持ち上げながらデータと睨めっこした。


 アンティークは、願導合金を側に置けばそれを勝手に取り込み、見た目だけは徐々に新品のように紫色の輝きを取り戻していった。


 しかし実はあれ以来、碌に起動も出来ていない。「例の声」も聞こえず、原因も一切不明であれば、手の打ちようが無かった。


 アッシュと菫と健人。この中で一番使い潰しが効きそうな健人が、先ずは起動実験の被験体にされた。



(好きにさせるか)



 健人は、魔族への反逆の機会を伺っていた。


 ニーブックの人たちと一人一人触れ合えるこの実験は、彼らの意志を確認するには良い機会であった。


 しかし、肝心のアンティークが動かせないのなら、健人はただの無謀な子供でしかない。エイリアスの副官のフィンセントが監視しているし、データも逐一記録され、録画もされていれば、下手を打つ事も出来ない。


 だが、実験とはいっても複座のアンティークのコックピットだ。他人の願力の影響を受けないように、作業は密閉した状態で行われた。

 互いに願力を流し合えば、当然ノイズが発生する。はじめは魔族への友好的な思考。次に、反逆の意志。相反する願いを時間差で流す事で、ノイズの強弱を計る。


 これで、健人は相手が反魔族の同志になり得るのか見極めることが出来た。


 尤も、相手も同じような手段を講じていたら破綻するが、それだけの考えが及ぶ者なら、遠からず自力で同志を見つける筈だし、健人の考えを察するだろう。


 出会えた同志の数は少ない。彼らの為にも、康平や友矢に再会する為にも。健人は勝手に背負いものを増やし、立ち止まれなくなっていった。



「ホントに人間を飼ってんのかよ! 凄え光景だな」


 新任の指揮官がやってきた。頭部にツノを生やした大男、粗暴を絵に描いたような〈ジュード・ピーター〉は、西区のNUMATA旧工場内で動く人間の群れを目で追った。


「で、エイリアスの野郎は死んだのか? ざまぁ!」

「死んどらんわい……多分。ケラドゥス様には、バレてないだろうな?」


 マーク博士は、ジュードに恐る恐る聞いてみる。要塞化が予定より遅れている上に、好奇心に抗えなかった博士の実験のせいで、エイリアスと黒須砂月はブレインもろとも「消えた」。


 そんなことが「魔王」の息子〈ケラドゥス〉に知られれば、博士とて罰せられる。エイリアスは兎も角、ブレインの右腕であるアンティークは貴重なものだ。ゼーバの願導人形の礎となったものである。


「人間共と戦えるチャンスだ、言うわけねぇだろ」

 都合の悪い事はエイリアスの責任にして、手柄だけ横取り出来る。ジュードの出世欲が疼く。


「よりにもよって、ジュード・ピーターか……。エイリアス様を馬鹿にして!」

 フィンセントの犬耳と尻尾は、威嚇するように逆立った。


「新しい御主人様は俺様だって事をきちんと調教してやらねぇとなぁ、犬っころ!」


「きさまー!」

 

 二人のイチャコラを見つめる女性がいた。顔が紅潮しているのは気のせいでは無い。


「マジェリカさん、良いことあったの?」


 女性魔族〈マジェリカ〉の猫耳と猫しっぽがピクピク動き、なにやら落ち着きがなかった理由に、菫は思い当たることがある。


「まさか、あの新しい指揮官のヒト? 嘘⁉︎」


「声が大きいよー、菫! ……趣味悪いかな?」


「昔、お世話になったヒトなんでしょ? わかるよ〜わかる」


「自分の身を挺して私を蟲から護ってくれたの。好き……」


「うん。分かるよ、わかる!」


 魔族とて、恋に恋するお年頃。菫もなんだか楽しそうだ。

 一か月も一緒にいれば、人間と魔族で仲良くなる者もいた。健人だって、魔族に情が湧くことはないではなかったが、彼らが侵略者という事実は変えようもない。


(待ち侘びたぜ)

「なに⁉︎ うわぁぁ⁉︎」


 事態は前触れもなく動いた。揺れる格納庫にアラートが流れ出す。沈黙を保っていた古代人形が、突如として動き出した。


「ヒャー⁉︎ なぁんでいきなり動くんじゃい?」


 ジュードが着任したから、というわけではない。健人には心当たりがある。健人と赤髪の意識を支配した、あの感覚。それがラスティネイルの意思ならば、自律稼働した理由は。


「ブレイン……!」


 消えた怪鳥の再来を予感したのか。ラスティネイルは、健人の願力を無理矢理放出させていく。白い願力が全身を包み、スラスターが熱を帯びる。


「うあああ!」


「健人くん!」

「お、祭りか? 俺様の機体を回せぇ!」

 早々に退屈は破壊され、ジュードが喜びに叫ぶ。アッシュ一人で制御できたアンティークを、健人の力では制御できない。


「凄え……あれが、古代の遺産!」


 千秋は顔を綻ばせた。千秋とのノイズのタイミングが、健人の心を抉っていた。


 ラスティネイルは格納庫を突き破り、コロニーを目指して南下して行った。





 最後のダニバッタもアッシュが斬り伏せ、遊撃騎士団のテストもお開きとなった。結局、ウィシュア皇子が純白へ覚醒することは無かった。


「結果は後日伝える。良く生き延びたな、ウィシュア」


 レイザーに褒められても、今のウィシュアにはそれが同情にしか聞こえない。今回のテストでは、何も良いところが無かったことは、ウィシュア自身が一番分かっている。

 彼は幼い頃から、何でも卒なくこなしてこられた。〈神皇〉の子として、まさに神の祝福を受けて生まれたのだと、そう思っていた。ただ少し、後ほんの少しの力にさえ目覚めれば、誰もが羨む純白の皇子でいられたのに。


「まだ……来ます!」

「あれは……⁉︎」

 エヴァが感知したものを、少し遅れてアッシュも感じた。目の前の空間が歪んでガラスのように割れ、中から機械の右腕が手を伸ばした。


「ブレインだと⁉︎」


「なに」


 思わず叫んでしまったアッシュの言葉を、レイザーは聞き逃さなかった。ブレインは漆黒を纏って、またもアッシュの目の前に降り立った。


「危ない!」

 割れた空間から、ブレイン目掛けて我先にと蟲の大群が飛び出してくる。ルミナ皇女は体に染みついたノブレスオブリージュの精神で、ブレインを助ける為に誰よりも早く動いていた。



「打ち砕く!」



 ルミナが助けるまでもなく、ブレインは黄金の右腕の一振りで、その全ての蟲を空間の異常ごと殴って消し飛ばした。


(若い男の声⁉︎ エイリアスじゃない……!)


 気づいた瞬間、得体のしれないブレインのパイロットに対して、アッシュは純白アートの銃口を向けていた。


「白い願力……? あなたたちは、アルカドなのか?」


 アッシュの願力を見たブレインのパイロットは、オープンチャンネルで呼びかけ、各機のモニターに、その男の姿が露わになった。


「黒髪……ニーブック?」


 ルミナの感想は瞬時に砕かれた。


 頭部にツノ、左の瞳は獣のように鋭く、左頬には鱗が混じる。まるでドラゴンのような片翼を見れば、それが魔族の襲撃であると誰もが思い、身構えた。


「はじめまして。俺はクロスイツキ。黒須砂月の息子です」


 男が発した言葉を、ここにいる誰もが、すぐには飲み込めなかった。

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