第十話 ライトアーム 1/7 反撃
純白の悪魔が翼を広げた。シオン拾肆号機は、山羊角のオーグのように、合金粒子の力で広域デバフを展開した。シオン陸号機は純白の多脚戦車と化して、蟹の鋏から砲弾を放ちアルカドの「シロ」を断ち切っていく。
「ゼーバめ。いい気でいられるのもここまでだ!」
アルカドのガンドールから放たれた「黄金の光」が、最前線のシオン弐十壱号機を襲った。「彼」の鳥のような羽根が穿たれ、怪鳥の悲鳴が辺りを包んだ。
「どうした! 何があった?」
相手の中に純白はいない。いるのはただの一般兵の筈だった。シオン・シリーズと共にゲーデンの街の防衛に来ていたディオネとメアリは、アルカドの反撃を受け、たじろいだ。
「まさか、疑似願力……⁉︎」
「奴ら、願導人形に搭載出来るだけの小型化を成功させたというのか?」
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「プリズム・フラワー」という俗称で呼ばれる植物がある。その名の通り、プリズムのような形の実をつける小さな花だ。この大陸全土に群生しており、コロニーの異常重力帯では、モンスターと同じように巨大化する傾向にある。花弁や実、蜜に茎、それに至る全てがモンスターの食糧となった。
角度によって色を変えるプリズムの輝きと同じように、様々な姿に加工される。ガンドールにとって、そしてこの世界の人間にとっても、なくてはならない素材でもある。
「フレア・プリズム」は、可燃性、爆発性の極めて高い物質で、主に実弾兵器に使用されている。
また、液体状の「アクア・プリズム」は、エレクトリックバレットに代表される高性能充電池の電解液等に使用できる。
更に「エア・プリズム」は、気化した時の体積の増加率が極めて高い為、アルカド製ガンドールの推進剤として採用されている。
気体となったエア・プリズムは、電気と反応させる事で疑似的な願力としての性質を持つ。
この疑似願力をプラズマ化させ、フレア・プリズムと反応、その性質を変化させれば、疑似ライト(所謂ビーム兵器)となる。
同じ様に、疑似願力プラズマとアクア・プリズムをイルミネーターで変換すれば、疑似ヘビィ(疑似重結晶)に変化する。
疑似願力には願導合金による力の増幅効果は発生しない為、物理的なバリアを生成させるには大量の電力が必要になり、バリアを継続的に維持するにもエア・プリズムが欠かせない。従って、今まではイルミネーターの小型化が難しかった。これを実現させたのが、エヴァがもたらした古代の技術だ。
エア・プリズム、アクア・プリズム、フレア・プリズム、そして願導合金を適切な比率で混ぜ合わせ加工すれば「グランド・プリズム」と名付けられた結晶体となる。
グランド・プリズムは、戦闘時でも無理なく実現可能な一定の温度下で超伝導体として機能し、イルミネーターに必要な電力問題が解決に向けて大きく進んだのである。
◆
イルミネーターの小型化といっても、ライト兵器よりも大型で、ガンドールが使うには少し不格好だ。しかしそれは、純白になれなかったシロの兵士たちに、一気に彼らと同等以上の力を与えてくれた。
「電気とエア・プリズムの消耗が激しい! 無理をするな! 連携をとって補給をしろ!」
「超伝導体の温度も逐一確認しなさいよ! 量産って言ったって試作段階でしょ!」
「実弾とライト兵器も使うんだよ! 出し惜しみしてどうすんの!」
「今までのお礼だ! 化け物共‼︎」
「アルカドから出ていけー!」
イルミネーターの黄金の輝きが、炎と一緒に乱れ舞う。実弾の硝煙の匂いも立ち込めて、ゲーデンの街中をコロニーのように灰色の煙幕で満たした。
「凄いな……これが、人間か」
「ディオネ様?」
取るに足らない劣等種、本気を出すまでも無い雑魚共と、みくびっていた。アダト兵やシオンの観察をし、アルカドと戦い、テティスとランスルートの逢瀬を見続けていれば、ディオネは確かに人間の放つ毒に侵されていった。
「撤退する。全軍に通達」
続けてメアリにだけ秘匿回線で通信を開く。
「アルカドと接触したい」
人間たちの協力を得られれば、モンスターは恐るるに足らない。仏頂面だったディオネは、人生一番の笑顔を見せた。
◆
「エイリアス様!」
忠犬のように尻尾を振って、彼の部下のフィンセントたちは曇天の下で頭を垂れた。紆余曲折を経て、エイリアスはニーブックへと帰還を果たした。
「留守にして悪かったな。状況は?」
ニーブック以外の支配地域は、全て同時にアルカドの一般兵たちの奇襲を受けた。神都を防衛する純白の神の盾は、何の行動も起こさなかったそうだ。
「小型のイルミネーターか。周到なものだな」
「アルカドからの停戦要請はいかがなされますか」
捨ておけ。エイリアスは即座に答えた。
「イツキは死んだ。奴らにライトアームを扱える者はいない。いくらイルミネーターを量産したといっても『魔王様』がお目覚めになれば人間如きに勝ち目は無い」
「……そうですね」
ランスルートの声は歯切れが悪い。クロスイツキは死んだ、しかし。
「流石はエイリアス様! 新たなアンティークを従えて御帰還なされた時には、このフィンセント、心震えました!」
「あれは、テスタベータ。古代のただの量産機だ」
そのアンティークの兎のように長い耳は、レーダーとかアンテナの役割を担っていると思われる。脚底にはスラスターと指向性重力波発生器が内蔵されており、星の重力と拮抗させれば、空中を歩くように振る舞ったり制止する事も可能だった。重力を攻撃に転用するだけの出力や機構は備えていないのは、量産型だからであろう。
フィンセントが喋る度、尻尾が勢いよく隣にいたカイナを直撃した。エイリアスはランスルートとフィンセントを互いに紹介させ、二人は握手を交わす。
「エイリアス様がお認めになったのだ。私がどうこう言える事では無いが、泥を塗るような真似だけはするなよ」
「勿論です。セラの果たせなかった無念、私が果たす所存です」
フィンセントの手は、綺麗に手入れをされた犬のようなフサフサの毛で覆われて触り心地が良かった。ランスルートは、アークブライトの家で飼われていたレトリーバーを懐かしく思い出した。
「話、終わった?」
テティスはつまらなそうに、男たちの会話が途切れるのを待っていた。
「魔王様、どうなっちゃうの?」
「直に目覚めましょう。それまでに、奴らを迎え撃つ準備を整えておきましょう」
彼女は蛹に取り込まれたファーファの心配は特にしなかったが、ディオネとメアリの姿が見えない事に不満を漏らした。
「ディオネ様たちはゲーデンの防衛に向かったきり、連絡が取れない状況です。御無事だと良いのですが」
エイリアスたちより先にゼーバ本国を経ったケラドゥスの父にして母のナヴィア・ビアは、おそらく間に合わないだろう。ゼーバでも最強と謳われる程のパイロットである。一緒にゲートで連れてきていればこうはならなかったが、後の祭りだ。
「シオンやアダトはどうしますか」
「アダト? 投降してきた人間共か? いらん。シオンというのは、あの純白の機体か。融合分裂、ククク……つくづく愚かだな、現代人は」
自分は古代人であり、現代人とは違うのだという明らかな差別意識だった。差別を受け続けてきたランスルートには、エイリアスの物言いが気に障る。
「あんな玩具は博士に任せればいい。フィンセントとカイナ、ランスルートは補給の後、前線へと赴け。私は魔王様の目覚めを待つ」
「私も行く。ね、ランスルート」
「……ああ」
――ハイバケント……アッシュ・クロウカシス。あれがこのまま大人しくしている筈がない。奴に遅れをとったままでは、目覚めのいいものでは無い。
同型機のパイロットであるランスルートは、静かに怒りを燃やしていた。
◆
第十話 光の右腕
「状況は理解した。皆、御苦労。引き続き警戒を怠らぬよう、休憩もきちんととるように」
レイザー皇子は、各地から届く吉報の一つ一つに丁寧に対応した。小型イルミネーターの量産で反撃するという彼らの計画は、一応の成功を見せていた。
「まだだ。戦争をこの国から完全に追い出さない限り、民の不安は消える事はない」
「後は、ニーブックですね」
始まりの地の名前を告げて、従者のエヴァはレイザーのカップに紅茶を注いだ。
「屈辱を忘れた事は無い。住民の為にも、サツキに報いる為にも、必ず勝利する」
「私の為には戦ってくださらないの?」
エヴァは細く長い指で彼の肩を撫で回して、お返しにレイザーは逞しい手で彼女の髪を優しくすいた。
「俺の残りの人生の全てはお前のものだ。それまでは嫉妬するなよ」
「いじわる」
「……ルミナは?」
甘い空気から、ふと、真剣に問うた。
「大丈夫。イツキ様との触れ合いが、彼女を育ててくださいました」
「……ままならんものだな」
魔王の血の後継者とアルカドの皇族が手を結べば、新たな時代を国内外に盛大にアピール出来た。浅はかなレイザーの夢は潰えた。
「……そろそろ、お時間です」
「うむ。では、参るとするか」
レイザーの後を、半歩遅れてエヴァが付き従う。格納庫の中には、数体の巨大な機械の騎士たちが、主の到着を鎮座して待っている。
「レイザー様、準備は整っております!」
「苦労を掛ける! あと少し、共に乗り切ろう!」
腰に差した剣を掲げて、レイザーは高らかにクルーたちを鼓舞した。