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第九話 家族 5/7 刀光剣影

「言うに事欠いて! モンスターですって⁉︎」

 ファーファは、尊敬する夫である魔王への侮辱を許さない。長靴型のブースターでレイザーへと突撃をしていく。


「漆黒のモンスターなんて聞いたことはないが、しかし」

 レイザーは、シリウスが接触したという「ウィナード」という灰色の老人を想起した。最早、願力の色は判断材料にはなり得ない。


「御父上……。ああ、またこの目に見られるだなんて」

 テティスは合金粒子を散布して、呪力の結界を広範囲にばら撒いた。騎士団の、セプテントリオンの動きが鈍っていく。


「うおおおっ⁉︎ 死ね、人間は、死ねぇっ⁉︎」

 衝動に任せたカイナの突撃は、曲がりくねりながらも、気づいた時には神の盾のコックピットが貫かれていた。


「さあ、見せてやろう! 我ら魔族の戦いを!」

 ケラドゥスはラスティネイルの右腕から結晶の釘を生成すると、それを回転させてドリルのように使用し始めた。


「イツキ!」

 苦しみ悶えるイツキを抱えるリ・ブレインは、ラスティネイルの回転衝角に腕を削られていく。


「ふっ……では、行くぞ」

 エイリアスのテスタベータが、サマンサへと迫る。ライフルと小楯や脚部アンカーを駆使しても、刀一本のエイリアスに翻弄されていった。


「なんですか、これは」

「レベルが違いすぎる」


 グリエッタのアルカディアとは比べるべくもない、魔王による魔族への強力な強制広域バフ。グリエッタとエリーリュの幼い心では、既に太刀打ち出来ない領域へと事態が進行していた。





「バリア! 急いで!」


 沼田春歌のゼーバ艦は、アッシュの射撃に翼を折られた。しかし、蠍のシオンの異常は、アッシュにそれ以上の追撃を仕掛ける暇を与えてはくれなかった。


「ジュード様……ジュード様! うああ、あぁぁっ!」


 魔王の願いを受けたシオンと、菫を失ったマジェリカ。二人の倒すべき標的は、近くにいたアッシュへと移っていった。


(殺せ。人間を殺せ)


「そうか。お前か」


 アッシュは、幻想の中の漆黒のイメージの正体に気がついた。シオンが蠍のシオンへと変貌するきっかけとなった魔王の血。それが、あの時蠍のシオンに乗ったアッシュにも影響を与え、幻影を見せたのだ。


 魔王に退場願えれば、シオンの心を取り戻せるかもしれない。だが、沼田春歌を野放しには出来ない。奴を放置してしまえば、悪意を振り撒き続ける。


「千秋……! クソッ!」

 後悔を取り戻すことは出来ない。ただ現実が残った。


「全機、構え! ワイヤー射出!」


 蠍のシオンへ放たれた複数のスタンワイヤーガン。先端のアンカーがその装甲に組み付いて、蜘蛛の巣の如く絡めとる。遊撃騎士団所属の惨雪に搭載された特殊試作兵器。


「エレクト!」


 ワイヤーから電流が迸る。大容量のペイロードを備えた量産機である惨雪が担いだ複合兵装コンテナに装備された特殊兵装から放たれた光が、彼らの行動を阻害した。


「あ、ああああっ⁉︎」

 マジェリカの意識が途絶する。蠍のシオンが倒れ込んだ。転生者とて、血が通う。塩分を含んだ赤い水が、問答無用で稲妻を運んだ。


「良し! このまま拘束を続けろ! 魔王が魔族たちにアルカディアのようなものを掛けているのは明白! 漆黒の蠍のシオンは、その影響を受けたのだ! 命を奪うのは最終手段とする」


 戦況を確かに捉えたレイザーの指示は、菫と健人の生命を尊重しての事だが、彼らの力を手放すのを惜しんだというのが大きい。


「行け、アッシュ! お前ならば、或いは」

「団長……! すまん!」


 後退していたレイザーたち遊撃騎士団が、ファーファ含めた春歌たちを相手取る。アッシュは健人とマジェリカの相手をするのを後回しにして、魔王の元へと進んだ。


「イツキ……!」


 アッシュに去来する胸騒ぎは治らなかった。出撃前のやり取りが、何度も脳裏をよぎっていた。友人を失った哀しみに暮れる暇がなかった。もっと、千秋の事を考えていたかった。涙なんて、流れてはくれなかった。彼を殺すかもしれなかった事を、誰に謝ればいいのか分からなかった。


 健人に、申し訳が立たなかった。


 既に右腕を失った惨雪とアッシュは、激痛の中、魔王の姿を捉えた。


「…………死ね!」

 魔王へ向けた漆黒の光弾。八つ当たりの憎しみの籠ったアッシュの攻撃は、銀色の兎に断ち切られた。


「……漆黒。お前か」

「邪魔だ!」


 アッシュは、左腕のファングブレードに纏わせた結晶を、地面へ向けて思い切り打ち込んだ。灰色の土煙が広がって、一瞬だけ互いの姿が消失する。


「うおおお!」

「くだらん」

 アッシュは盾を構えてただ直進して、エイリアスの刀で軽く受け止められた。惨雪の願導マフラーに繋がれたファングブレードが、魔王へ向かって一直線に振り下ろされていく。


「死ねー!」


「こいつ⁉︎」


 惨雪本体はテスタベータに止められたが、逆に言えば量産型の惨雪でアンティーク・テスタベータの足止めをする事が出来た。


 戦いの影響でボロボロに裂けて伸びた惨雪の願導マフラーは、アッシュの願力のバリアで無理矢理強度を補強された。慣性に乗ったそれが惨雪を中心に弧を描くように宙を舞って、そこに繋がれたファングブレードが、風を切って突き進んだ。


「やらせるか!」

 魔王へと向かう牙を、白い疾風が薙ぎ払う。アッシュの策略は、後一歩のところでランスルートに防がれた。


「読まれた……⁉︎」


「読みきれなかった……! このルシフェルのスピードでなければ追いつけなかった」


 またしても、奴だ。

 アッシュとランスルート。

 互いが互いの邪魔をする。


「紛い物のブレイン、やるな。名前を聞かせてもらおうか」

 エイリアスは惨雪を振り払いながら、白いブレインセカンドへと通信を開いた。


「はじめまして。自分は、ランスルート・グレイス。お会いできて光栄です。エイリアス・クロウカシス」


 コックピットの中から敬礼をする。ゼーバにも同様の挨拶はあっても、エイリアスが返すことはなかった。


「銀髪か。成程、いい腕だ」


「ありがとうございます。自分は、セラ・クロウカシスの部下です。彼のお陰で、今、ここにいられるのです」


「そういうことか。ならば、奴の教え子、俺が引き継ごう」


「はい! 共に、アルカドを討ちましょう」


 セラが繋げた二人の縁は、アッシュの惨雪を翻弄していく。友矢やサマンサたちと合流できたものの、今のアッシュでは分が悪い。


「健人! あっちの健人と浦野どうなってんだ⁉︎」


「魔王を殺す。健人もイツキも、それで戻ってくる」


 それでも、菫の記憶と心はどうなるのか分からない。だけど、それは後で考えるしかない。


「グリエッタ! お前が頼りだ、手を貸せ!」

「えっ?」


 アッシュが味方専用回線で呼びかける。頼られて一瞬綻んだ顔をしたが、当然グリエッタは困惑するし、承服しかねる。


「何ですか、私を誰だと……漆黒……? クロスイツキじゃない漆黒の御方ですか?」


 姫君の言葉遣いが丁寧なのが、友矢には妙に可笑しく映った。


「魔王と同じ広域バフをしても太刀打ち出来ない。友矢のコード・アーチャーに願力を集中させるんだ」


「……え、俺?」


 いきなり自分に話が飛び火したものだから、友矢だって困惑した。


「あ、貴方! 名乗るのが礼儀でしょう⁉︎」


「失礼、皇女殿下。アッシュ・クロウカシスと申します……宜しいか?」


 アッシュの惨雪が膝をついた。戦場でやることではない。すぐさま敵機が押し寄せ、サマンサと友矢たちがなんとか追い払う。神の盾セプテントリオン(とダニー)がなにやらやかましかったが、サマンサが制した。


「そうですか、アッシュ。しかし醜く穢らわしい漆黒なんかの言葉を聞く理由は」


「なんだ、出来ないのか? 人に頭を下げさせておいて、その願いも聞き届けてくださらないとは。ああ、純白の皇女とはいえ戦場に出たことも無いのなら、魔族に勝てる訳が無いか。そもそもお前たちは奴らが怖くてニーブックから逃げ出したんだもんな。純白なんてその程度か、がっかりした」


「なっ、なんですって……?」


 グリエッタは、生まれて初めてこんな扱いを受けた。


「黙れ俗物! 気にしてはいけません姫様。こんな奴の言うことなんか」


 フローゼが庇い立てする。アッシュの口の悪さは止まらない。


「ウルクェダの言いなりかよ。ノブレスオブリージュを体現できる奴だと期待したのに、何の為にここまで来たんだ。足手纏いがしたいのか? 皇女殿下」


「貴様!」


 フローゼの銃口に光が灯る。イツキやルミナに対して暴言を吐いたセラのような物言いをする今のアッシュのクズっぷりを見れば、当然の反応だった。


「……訂正しなさい!」


 不遜な男へ激情をぶつける。グリエッタの願力が、ウルクェダのコード・アーチャーへと流れて行く。フローゼに強烈な痛みが走った。


「っ……⁉︎ 姫様⁉︎」


「トモヤ? とか言いましたね、コード・アーチャーの使い手。しかし、願力を集中するならフローゼです。彼女の狙撃の腕は歴代でも群を抜いているのです」


 グリエッタに褒められて満更でもないフローゼ。友矢は胸を撫で下ろす。理不尽な短いやり取りで、瞬時にアッシュの考えを察したとしたら、グリエッタは案外頭が回る。それはアッシュには嬉しい誤算だった。


「そうだ。この状況を覆せれば、純白と、なにより皇女殿下の御力を証明できる」


「黙りなさい、漆黒!」


 グリエッタは、いつもいつまでもお外に出られず、神の盾に過保護に育てられた。それで納得する者ならば、そもそもこんな戦場には出てこない。


 命令で出てきただけなのだとしたら、踏ん反り返るか泣き喚いて艦内に引き篭もっていればいい。皇族ならば、その程度のわがままも通るだろう。


 事前にルミナやダニーから見た「純白至上主義者で籠の中の鳥グリエッタ」という偶像の話を聞き、それと剥離した危険な戦場に立った彼女を見なければ、アッシュだって話かけようとも思わなかった。


 通信が門前払いを受けるなら、純白至上主義の洗脳教育でも受けていると判断し諦めただろうが、なんてことはない、ルミナのように普通の少女だったから、協力を要請することにした。


「些か乱暴な要請だな」

 サマンサはほくそ笑んだ。 


「セインお兄様もレイザーお兄様も、お姉様も! ランスルートだって! みんなみんな、好き勝手やりすぎなのです! 兄弟の中で最も優れているのは、このグリエッタなのです! 私は、ルクスの着せ替え人形に収まる器ではありません!」


 十四歳、思春期真っ只中。広い世界に飛び出した少女の承認欲求は、純白という狭い鳥籠に収まり切れるものでは無かった。


「凄い……あのグリエッタを操った」


 人聞きが悪いが、従者エリーリュ少年の感想は的を得て(射て)いた。気心の知れた自分相手にさえ、彼女があそこまで感情的になる事は滅多になかった。


 ランスルートが感じた「何者かの気配」は、今のグリエッタからは感じない、アッシュは知らないし気付かない。


 だが、千秋と春歌によりもたらされた衝撃は、アッシュが自分で思っているよりも大きかった。今のアッシュは正気ではない。皇族相手の(かしこ)まった言い方は、完全に忘れていた。


「フローゼ、タイミングは任せる。『俺』ごと殺してくれてもいい。魔王だけは確実に殺せ」


「お前……」


 この言い方と考え方は、まるで「あの時」のウィシュア皇子のように感じてしまって、悩むフローゼに決意させた。


「似たもの同士め」

 不快感が過る。遠慮なく、アッシュを撃ち抜く事を決めた。


「悪い、友矢、サマンサ。二人の援護を」

「任せろ」

「おい、健人!」

 アッシュは再び魔王へと肉迫していく。魔王とラスティネイルは、リ・ブレインへの責めを強めていく。


「あいつ、何があったんだ」

 千秋の死を知らない友矢は、ランスルートとの銃撃戦へと雪崩れ込む。サマンサはエイリアスを抑え込むのに必死を見せていた。


「フローゼ。なんなのですか、あの漆黒は?」

「……ウィシュアが生んだ化け物ですよ」

「なるほど、あれが転生者……」


 グリエッタとフローゼの脳内に、ボルク・ウルクェダの姿が浮かぶ。ランスルートが、自分が殺したと言っていた。


「……ですが、ここで活躍すれば、貴女もウィシュアお兄様を覚醒出来なかった罪を帳消しに出来て、私もお母様に褒めていただけるのです!」


 アークブライトの母、神皇の姿は未だ見えない。ウルクェダの父、ルクスの真意もフローゼには見当もつかなかった。


 訓練だと言い張って護衛を振り切り、コード・セイヴァーを伴って戦場に着いてきたグリエッタに、フローゼは改めて頭を抱えていた。





(ククク……。楽しんでるか、坊主?)


「ヒェッ⁉︎ な、なに? 背後霊⁉︎」

 ラスティネイルのケラドゥスへ、囁く声が聞こえていた。


(俺だよ、俺。ラスティネイルってんだ、よろしくな!)


「あっ、ケラドゥスです。お邪魔してます。よろしくお願いします」


(そこに、もう一個席が空いてんだろ? 誰かお仲間を乗せろよ)

 背後霊が優しく誘惑していく。


「え、でも。願導人形は一人乗りなんですよー?」


(俺様は特別性さ。だから席も豪華に二つも付いている)


「あっ、なるほど〜……なるほど?」


 サヴァイブシールドを構えて惨雪が魔王へと迫る。魔王は真っ向から、自身の三、四倍の大きさのガンドールと競り合おうとしたが、質量差に吹き飛ばされた。


(ほら、そこにいんだろ? 目の前によ)


「オーバーライト!」

「アルカディア!」


 魔王へと放たれた純白(フローゼ)の矢は、ラスティネイルの右腕が喰らっていった。ラスティネイルはそのまま魔王を鷲掴みにすると、それさえも喰らうように、自分のコックピットへと押し込んでいく。


 考え得る最悪が、戦場に生まれ落ちた。





「……おはよう、イツキ」

 ルミナの口づけが、魔王からの支配を解き放った。


「古来より、数多の文学作品で使われていた手法です。こ、これで目覚めなかったら……許さなかった」


 ルミナは、目に涙を浮かべていた。イツキは、それを鱗に塗れた手で拭うと、彼女の体温を抱きしめた。


「文学? ニーブックの?」


「いいえ。素晴らしき私たちの文化です! 私だって、何もニーブックだけをお勉強していた訳では無いのですからね」


「俺にも、教えてくれ。人間の、素晴らしき文化」

「……うん!」


 魔王を取り込んだラスティネイルと、彼女と彼のリ・ブレインが、激しくぶつかり合った。漆黒に大部分を占められた灰色の空に、ルミナの純白が、か細く、しかし力強くコントラストを描いていった。


「妙に馴染む。魔王ってのは最高のパーツじゃないか」


 ラスティネイルは、ケラドゥスの体で言葉を発した。魔王ともリンクしているはずだったが、そこから音は漏れなかった。


「魔王には声帯が無いからな。フフフ……」

 エイリアスはサマンサと斬り合いながらも、余裕があるのかラスティネイルを観察していた。


「イツキ!」

「ああ。こいつは、ケラドゥスとかいう奴じゃないな」

「ラスティネイルだ、機体名はな。だが、俺は」


 言い終わらないうちに、ケラドゥスの体が吐血した。魔王とのリンクに耐えられないようであった。ケラドゥスは、用済みとばかりにコックピットから吐き出された。


「え……」


(こんなものか、現代人は。情け無い)


 ラスティネイルは、アルカドゼーバ問わず、機体のコックピットを鷲掴みにしては、取っ替え引っ替え魔王の(つがい)を交換していった。電池を入れ替えるようであった。


 十メートルもの高さのラスティネイルから落とされたケラドゥスの体は、無事では済まなかった。見た目以外は、魔族だって人間とさほど変わらない。魔王の子供たちは例外なく背中に翼を持つが、数十キログラムもの巨体を浮かせるには、それは小さすぎる。骨折し、打撲と出血で高貴な雰囲気は吹き飛んだ。


 ケラドゥスはそのまま、ラスティネイルが動く余波で余韻も感慨も無く潰されて死んだ。


「魔王を引っ張り出せたのだ。役には立ったぞ、ケラドゥス。ハハハ!」


 ケラドゥスへ与えた願力がエイリアスへと戻っていく。仮面の男の高笑いが響いた。


「な、なんて機体!」

「やめろー!」


 リ・ブレインが翼を広げる。白と黒にカラーリングされた機体は、黄金の右腕で紫色へと殴りかかった。


「お前は! 何者なんだ!」


「ククク……! ならば名乗ろう!」


 新たに取り込んだ声で、ラスティネイルは応えた。


「我こそは、新人類バンデージの王! そうだな……魔王とでも名乗ろうか!」

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