第九話 家族 4/7 金烏玉兎
「……で? これが君のやりたかったことなのか?」
ジョージは、銃口を向けた。
「……なんのことです?」
「アッシュとルミナから報告を受けている。皇族すら滅多に会えないグリエッタのスリーサイズまで把握しているそうじゃないか。神の盾をここまで導いたのは、お前だろ?」
お前は、何者だ。ジョージは、眼鏡姿の部下を睨みつけた。
「……そうですね。『私』はセプテントリオンをこの場に導いた要因の一つではあります」
ダニー・ケロッグは眼鏡を外し、金髪を後ろに流してオールバックへと変えた。切れ長の目尻が、妙に目を惹いた。
「何の為に」
「私はアルカドを愛しています。純白もです。特にグリエッタ様は」
最後のはどうでもいい。
「お前、純白じゃねぇだろ? 奴らに肩入れすんのかよ」
「シロの大半が至上主義者ですよ、アリス」
ダニーは微笑んだ。まるで別人のような大人びた姿に、アリスは不覚にもドギマギしちまった。
「レイザー様やルミナ様は頑張ってらっしゃる。しかし、セプテントリオンは神都に籠って現実を見ようとなさらない。私は彼らを作戦に引き込んで、直視させたかったのです」
「なるほどね」
ジョージは銃を下ろし、艦長席に深々と座り直した。予想通りだった。
「ありがとうございます。ザッタの街を経つ際に、フローゼ嬢に航路のデータを渡しました。彼らはレイザー様の動向も気にしてらっしゃいましたから、両者を照らし合わせることで我々の現在地の目星をつける事が可能だった訳です。勿論、私なんかの策略に乗ってくる保証はありませんでしたし、グリエッタ様御自ら参戦なされるとは思いませんでしたけど」
ダニーはいつもの癖で、眼鏡の位置を整えようと仕草を見せ、苦笑いを浮かべた。プライドの高いウルクェダ、特にフローゼは、ランスルートの処分(粛清)を他人任せにはしないだろうと考えたのだ。
「レイザー様の真の作戦を聞く前でしたので、シリウス単艦では、とてもニーブックの解放は出来ないと思ったのです。セプテントリオンに現実を教え、無理矢理にでも魔族を追い払わなければ、我が故郷の二の舞です。アルカドに未来は無いと……焦ってしまったのですね」
「故郷? 何者だ?」
改めて、ジョージは尋ねた。
「いえ。ただの愛国者のつもりですよ。古代人ではありません」
残念ながら。と、ダニーはつけ加えた。
「取り敢えず、敵では無いんだな」
「それは断言します」
信用出来るものか。
「……まあ、いい。あまりにも露骨に怪しさを残したもんだから、何が狙いか計ろうと思ってな。んで、そのまま泳がせたら、神の盾の御到着だろ?」
「なんで、すぐにバレるような事言ったんだ?」
アリスは、どうにも腑に落ちない。グリエッタのスリーサイズなんて、あまりにもキモすぎる情報を、なんでわざわざ。
「ふふふ……つい、うっかり。グリエッタ様の話題になると、興奮を抑えきれなくて……フヒヒッ! フゴッ! ブヒッ!」
興奮したのか、ダニーの豚鼻が炸裂した。
ドギマギ撤回。やっぱ、コイツキメェわ。と思ったアリスは、メガネを叩き割りたくなる衝動に駆られたが、それを触るのさえ虫唾が走って、精一杯我慢した。
「皆さんを騙しているようで、常に胃が痛かったですよ。まあ、やりたい事はやったので、別にバレても良かったんです。気づくとは思いましたよ、貴方やケントなら」
「あんまりアイツにちょっかいかけんでくれ。ただでさえ、面倒事抱えてるんだから」
艦長が頭を掻いた。艦長帽が少し潰れてしまったので、形を整える。
「私もですけど、随分彼を買ってますよね」
「いや、まあ」
「あれだろ? ユイの旦那だからだろ」
「俺はまだ認めていない」
「「まだ?」」
その言い方は、認める気はある、ということであるが、ジョージ自身は気づいていないようだった。ダニーとアリスは顔を見合わせて、妙なところで抜けているのもアッシュに似ているな、と呆れた。
◆
ランスルートのルシフェルと、ルミナとイツキのリ・ブレインは互角の勝負を繰り広げていた。
「イツキ! 何を躊躇う事がありましょう⁉︎」
「ルミナの方こそ! 相手がランスルートだから、手加減しているのか?」
他の相手はいざ知らず、相手がランスルートでは、イツキとルミナの間にも願いの差異が広がった。
「チッ……! ハンデのつもりか! だが、利用しない手は無い!」
ランスルートは再度、背部ユニットに搭載した願力原動機の強制反転「オーバードライブ」を敢行した。光が縦横無尽に帯を成して、痴話喧嘩を始めた二人へと迫っていく。
「しゃらくさい!」
「どういう意味だ?」
「えっと……しゃらくさい!」
リ・ブレインの全身から、高熱のビームが迸った。結晶を介さず、光だけのディス・ライト。美しき白と黒のモノクロの輝きが、周囲を飛び回る堕天使を撃ち落としにかかった。
「一筋縄ではいかんか!」
ランスルートは距離を取る。リ・ブレインは逃さない。
「追い詰めます!」
「打ち砕く!」
リ・ブレインの願力推進機構スペシャルデラックスカスタムの加速なら、逃げ出したランスルートのシールドを粉々に粉砕してみせた。
「全機、構え!」
リ・ブレインとセカンドにアラートが響いた。
「ロックされた⁉︎」
「……グリエッタ!」
「うてー!」
二機のブレインへと、神の盾セプテントリオンの純白の砲弾が降り注いだ。セカンドより一瞬出遅れたリ・ブレインは、その身に光の礫を浴びたがすぐに立て直し、漆黒のバリアを形成し防いでいった。
「どうやら、本気で俺たちごと潰す気らしい」
「全く! 面倒な国!」
「そんなこと言っていいのか? なんていうんだっけ……不潔罪?」
「不敬罪! もう!」
軽口を叩けるだけの余裕が、二人にはあった。機体のスペックはもとより、「ひとりじゃない」というのは、どういうわけか力が湧いてくる。渇いた戦場という地獄の中であっても、二人一緒なら、乗り越えられる。
「ふふっ……」
「なんだ、いきなり?」
「貴方と一緒なんて。ほんとに、おかしな事になったなって」
「それは……そうだな」
リ・ブレインの右腕の握り拳に力が篭る。宿った力を無理矢理解放するように指が開く、震える掌に漆黒の光弾が出現する。それを包み込むように、純白の光が優しく抱きしめた。
「手加減はするぞ」
「ありがとう、イツキ」
「母とお前の愛した国だ……いくぞ」
息を合わせる事もなく、それは自然と重なり合った。
「「打ち砕け! アーク・ドミナント‼︎」」
古代人形アルファングの力の一端「傲慢な重力アーク・ドミナント」が、傲慢にも神を騙るセプテントリオンへと放出された。
光の渦は広がり、神の盾を地べたへと這わせ、瞬く間に制圧していった。優劣は、一目瞭然であった。
「これ以上は無意味です。同じアルカドの国民ならば、今はゼーバを追い返す事に協力しなさい!」
◆
「何をしているのです、エリーリュ! たかがお人形一機!」
「無茶言わんでください!」
グリエッタの従者で幼馴染の少年〈エリーリュ・ウルクェダ〉は、愛機のコード・ウォリアーに巨大な盾を握らせて、文字通りグリエッタの盾となっていた。
父や兄姉と同じで純白至上主義者ではあるのだが、だからこそ「ルミナ様とは戦えません!」信念を持っていた。
「貴方、誰の従者なのです!」
「貴女です!」
「ならば」
「ならば、ルミナ様とは戦えません!」
「この……お馬鹿!」
グリエッタが唯一少女の顔を覗かせる相手、それがこの馬鹿エリーリュであった。
「まだ差は縮まらないのか」
ランスルートは苛立っていた。リ・ブレインとクロスイツキ……ブレインセカンドと自分では、彼らに追いつくことは出来ないのかもしれない。
「だったら、なんだと言うんだ。仲間と力を合わせると決めたじゃないか」
自分一人で戦うわけじゃない。頭ではそう考えても、彼も戦士の端くれ。力への渇望と憧れは、止められるものでも無い。
「魔王の血……か」
それは、血の宿命か。粒子同士が引き寄せられるように、現実は煉獄への扉を開いた。
「ふふふふふ……フハハハハハハッ! げほっ!」
灰色の空間に、ひびが入った。コミックのような笑いは、魔族の誰もが知る声で響き渡った。
ガラス窓の内側から縁に手をかけるように、ひび割れた「あちら側」から、紫色の巨大な機械の腕が伸びてきた。
「ラスティネイル……⁉︎」
「ブレイン! ならば、奴がクロスイツキ! 血を分けた兄弟か!」
二体のアンティークが、三度睨み合う。戦場の真っ只中に出現したラスティネイルは、その中心で我を叫んだ。
「我が名はケラドゥス! 魔王様の血より生まれ落ちた長兄である! さあ、人間共よ、我にひれ伏せ!」
「ええー? ケラドゥスお兄様ー? 何しにきたの、役立たずの癖にー?」
ランスルートと合流したかったテティスは、突然現れた愚兄に戸惑って、辛辣な言葉を浴びせかけた。
「そんな態度で良いのか、愚妹よ。わた……余は魔王様の長兄なるぞ?」
「そんな面倒な話じゃないでしょ。アンタは雑魚、私は美少女。どっちが世界に必要かなんて、分かりきってるもん」
「あっ、なるほど〜! ……な、なるほど……。……なるほど?」
ケラドゥスは、テティスの高度な知略にまんまと丸め込まれかけた気がしたけど、気のせいだった。
「なんだ、こいつら」
「マンザイというものです」
「それもニーブックの文化?」
「良く分かりましたね、イツキ」
ルミナとイツキの感想もズレていた。彼らは至って真面目である。エリーリュやフローゼは、オープンチャンネルで聞かせられる皇族と王族たちの浮世離れしたすっとぼけたやり取りに面食らって、頭を抱えた。
「撃て」
「えっ、あっ、はい」
「言動に惑わされるな、敵だぞ。油断している今がチャンスだ」
冷静に、冷徹に対処する艦長の指示で、シリウスの疑似ライト兵器、イルミネーターがラスティネイル目掛けて直進していく。光はゼーバの願導人形の幾つかを巻き込んで、しかし、アンティークの目前になって真っ二つに叩き斬られ、霧散していった。
「控えろ。人間」
漆黒の刃、銀色の兎。仮面の男、エイリアス・クロウカシスの駆るアンティーク〈テスタベータ〉は、ラスティネイルとは別口から転移し、シリウスの砲撃を斬り裂いて、この灰色に降り立った。
「エイリアス……なのか?」
「大きくなったな、イツキ。そして久しぶりだな。ブレイン……アルファングよ」
久しぶりの家族の再会。ここにセラと砂月がいないのが、イツキにも少し残念に思えた。
「エイリアス・クロウカシス……あれが、セラの家族」
ランスルートの心は高揚感に湧き立った。イルミネーターを斬り裂く太刀筋は、尋常ではない技量の高さを感じさせるには十分であった。
「あ、ああ……駄目です、まだ……」
「どうした、エヴァ!」
冷静だった彼女が酷く怯えた。悪寒が走り、呼吸が荒くなる。震えが、治らない。
「レイザー様……奴が」
「クッ……! 全機、全艦! 照準……」
「控えろと言ったぞ、人間。……御降臨なされる」
エイリアスの背後に、更なるゲートが開く。テスタベータに後光が差し込むように、雷光を纏った影が浮かび上がっていく。イツキと、少し離れた場所にいたシオンを、あの時とは比べられない程の寒気が襲った。
「さあ。存分に御力を奮って下さい、我らが魔王」
頭部に角、全身を覆う鱗、長く逞しい尻尾に、ドラゴンのような爪を宿した翼を常に動かして宙に浮かぶ。全長二メートル程度、一見すると人型の、ただの魔族の一人にしか見えない。
「魔王……! あ、あれが」
良く見れば、頭頂部は縦に二つに裂かれ、そこに生えた牙を見れば、それが口なのだと分かる。目は全身を覆う鱗に紛れて無数に存在し、どれがそれだか判別出来ない。右腕の掌から右腕が生えて、左肩から尻尾が伸びた。
魔王が徐に伸ばした左腕から、リ・ブレインへ向けて重結晶が放たれた。
「ッ⁉︎」
リ・ブレインは、それを右腕で防ぐ。魔王の左腕は重結晶を連射し、口部からは雷撃にも似た激しい漆黒の光が迸った。
「ディス・プリズムだと⁉︎」
幾重にも乱反射した光が加速して、人間だけを襲っていった。魔族たちの脳内へと、魔王の願いが谺していく。
(殺せ。人間を殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ)
「う……あぁぁぁっ!」
「イツキ! どうしたのです!」
魔王の血に関わったイツキとシオンにも、その漆黒がまとわりつく。殺せ……人間を殺せ。囁くように、それは輪唱するように、徐々に徐々に大きく、大きく。
「願力、推定値……レベル34⁉︎」
「待て、奴は生身だぞ! ガンドールに乗ったとしたら」
想定されるレベルは102。イツキ以上の力だとしたら、不味いことになる。ジョージは、すぐさまイルミネーターの次弾チャージを指示した。
「なんだ、アレは……。あれが、生物なのか」
あれでは、まるで――レイザーの考えは、この場にいた人間たちの共通認識だった。
魔王は、人型のモンスターではないだろうか。




