第九話 家族 2/7 紫電一閃
「奴は……!」
その装備を、彼が見間違う事は無かった。
「トレードマークのつもりか? ふざけた真似を」
ランスルートの意識は、願導マフラーとファングブレード、そしてサヴァイブシールドを装備した惨雪へと移った。
アッシュはただ使い慣れた装備をしてきたに過ぎないので、ランスルートの言うような理由は無いのだが、彼の神経を逆撫でするには充分に役立っていた。
(何故、そんなに気になる? 同型機に乗っていたから? セラのかつての相棒だからか?)
分からない。いや、分かっている。
「すまない、カイナ、テティス」
「ん?」
「おい、ランス!」
ランスルートは、自分の中の感情の答えを確かめに走った。
「白いブレインセカンド、奴か」
「試してやる……!」
ランスルートの接触。初手の射撃をアッシュは惨雪の前腕のサヴァイブシールドで防ぐ。返す射撃をセカンドは難なく躱した。
「速い……!」(惨雪では追いつけない、追い付く必要は無い。こいつの安定感を活かす、構えて一撃を狙う)
(翻弄してやる。俺とブレインセカンドを、止められるものなら)「止めてみろ!」
加速して二手目、セカンドの大剣を惨雪は二刀の牙で辛うじて防ぐと、足癖の悪さでブレインセカンドのコックピットを蹴り上げた。
シールドで防いだランスルートは、反動を消す為セカンドに宙返りをさせて、射撃からの斬撃を振り下ろさせる。惨雪は左腕のシールドにバリアを集中して防ぎ、シールドを目隠しとして、裏からライフルを撃ち放った。
「こいつ!」
「まとわりつくな!」
アッシュは重結晶を上空に放ちながら、シリウスから距離を取る。破裂した重結晶の雨はセカンドのいた場所に遅れて降り注いだ。
「健人!」
「友矢はシリウスの直掩を頼む!」
アッシュを追いかけるランスルートは、あの日を幻視した。まだ幼く、ちっぽけなプライドに縋っていた、ウィシュア・アークブライト。
ランスルートの射撃から背を向けて逃げ惑うアッシュは、あの日の攻防を思い出す。逃げるしかなかった、逃げ場の無かった灰庭健人。
転生の光に、皇子は心震わせた。
ザッタの街では、一方的な因縁が生まれた。
ベトレイヤーとなった二人は、コロニーの中で相見え、存在を認識しあった。
お互い意識しながらも、その後は戦う事も無かった。別にそれで構わなかった。二人にとっては、互いはただの敵でしか無い。
そう、言い聞かせた筈だった。
「お前は、いつも邪魔ばかり!」
「あの時の俺とは違う!」
「ルミナとイツキを傷付けて!」
「セラの優しさを踏み躙った報いを!」
「ザッタでの罰は、お前にも受けてもらう!」
「貴様の本性を! 化けの皮を剥ぎ取ってやる!」
「スペックの差なんて!」
「消えろ! 沈め! 跪け‼︎」
大剣と牙がぶつかる。二色の光が、周囲に迸る。
「「気に入らないんだよ!」」
「お前なんか!」
「貴様なんぞに!」
「グレイス!」「ハイバ!」
二人の男は、かつての記憶を吐き出して、倒すべき敵を睨みつけた。
◆
「お兄ちゃん……?」
蠍のシオンは、何やら落ち着かない様子だった。しきりに辺りを見渡したかと思ったら、急に泣いたように鳴き出した。
「出撃するの……? 駄目だよ、スミちゃん! 健人くんは」
「……うん。でもね、ユイ。お兄ちゃんが望むなら、私は何だって叶えてあげたいの。彼の事、利用したんだ。道具にしちゃったんだ。ここは居心地が良かったけど、温かすぎて、多分……この人には窮屈だったんだよ」
菫は、お兄ちゃんの鋏に頬を触れる。お兄ちゃんは腹部を顕にして、彼女を迎え入れた。
「窮屈なら、おっきな小屋建てるよ!」
「バカ! そういう意味じゃ無いでしょ!」
「スミちゃん!」
「……ありがとう、ユイ」
シオンは大きく伸びた後、大きく雄叫びを上げた。菫は蠍のシオンと共に、眩いシリウスを後にした。直掩の友矢を置き去りに、ゼーバに支配されたニーブックへと、巨体が宙を舞っていった。
「カイナやメアリはどうなったかな? 生きてるといいけど。……ニーブックの人たちにも、謝らないとね」
戦場に吹く風は、冷たい現実を運んできた。
「なに……この反応……?」
「よう、兄弟!」
漆黒のライトが二人を襲う。二人に届いた通信が、逃れられない運命を突きつける。
「ジュード……⁉︎ なんで? 生きてる……?」
「ああ? いつ俺様が死んだよ?」
「だって、先輩が」
「ダッテセンパイガ? なんだ、そいつ?」
しかし、菫の目の前の機体には、確かに魔族の粗暴な大男ジュードが乗っていた。
「まあ、いい。人間の艦から出てきたんなら、裏切り者って事だろ? 兄弟機対決といこうじゃねぇか! え? シオンさんよ!」
そう言うとジュードは、搭乗している「シオン弐拾弐号機」へと指示を出した。
「二十二……! そんなに、たくさん……?」
菫は、罪の意識に苛まれた。ニーブックの人たちを利用した強制融合分裂装置の実験は、彼女の後は失敗続きで、成功体は無かった。彼女がゼーバから去った後でも、当然のように実験は続いていたのだ。
「オラオラ! どうしたどうした!」
重結晶を羊の毛皮のように纏い、四門の大砲と同化したシオン弐拾弐号機は、重砲撃機である羊頭のアルムを思い起こさせた。
「お兄ちゃん……。そっか、シリウスが嫌になったんじゃなかったんだね……良かった……」
ジュードを名乗る彼らを止めるのは、自分たちの役目だという事なのだろう。シオンの考えている事を、菫も理解は出来ない。だから、これも菫の思い込みなのかもしれない。
「……それでもいい。付き合うよ、お兄ちゃん!」
蠍のシオンは両腕の鋏と尻尾から漆黒の重結晶を放出して、兄弟機から迫る砲撃を相殺していった。
「ケント! スミちゃんが!」
「なんで……! 菫!」
ユイの通信を受けたアッシュはランスルートとの対峙を放り捨て、あの日のように菫の援護へと駆け出した。
「あれは……。あの日の、巨人の成れの果てか。シリウスが保護していた、そういうことか」
ウィシュア皇子がきっかけとなって生んでしまった、アッシュとは別のもう一人の化け物。ランスルートはそれを一瞥すると、接近する新たな艦影をレーダーに捉えた。
「識別……これは」
◆
戦火のシリウスは、蠍のシオンを放逐してしまった。今からでは、どうにも出来るものではない。
「状況!」
「レイザー様の皇族機、中破! エヴァ様が護衛中! サマンサ様は健在!」
ダニーは、こんな時でも純白たちに「様」付けを徹底した。
「艦長、またなんか来るぞ!」
アリスの叫び声は甲高いので、戦火の中でもよく通った。識別には、見覚えがあった。
「神の盾、セプテントリオン」
アリスの報告を待たずして、艦長には予想は付いていた。
◆
「フローゼか」
「まだ生きていてくれた……ランスルート!」
ウィシュア皇子のかつての従者であるフローゼ・ウルクェダ嬢は、カスタムしたコード・アーチャーの視界にブレインセカンドを捉えた。
「お前は、ボクが『粛正』する!」
「『粛清』か。……悪いが、眼中に無い!」
ランスルートのセカンドは一気に接近すると、フローゼのコード・アーチャーを薙ぎ払った。
「うっ……⁉︎ この!」
彼女のアーチャーはバイザーをもたげて視野を広くしたが、縦横無尽に駆けるセカンドを捉えることができない。
「既に、敵じゃない」
ランスルートはフローゼの攻撃を許さず、ただ、なぶり続けた。虚しさが、彼の中に広がった。
「……弱い」
「なんで……なんで、今更覚醒したの⁉︎ アルカドから離れた途端……そんなの、ボクのせいで覚醒できなかったって、そう言ってるようなものじゃないですか!」
「なにアンタ? そうに決まってんじゃん」
魔王の娘テティスは、呆れたようにフローゼの話を聞いていた。ランスルートが受けた屈辱の日々に比べれば、今のフローゼの苦しみなんて他愛も無いものだ。
「ゆ、許さない……。絶対に、許してあげないんだから!」
フローゼの自分勝手な言い分は、ランスルートから怒りさえ忘れさせて、呆れさせる。
「俺がボルクを殺したと言ったらどうする?」
ボルク・ウルクェダはフローゼの兄であったが、転生により黒須砂月の姿となり、ルミナを庇ってランスルートに討たれた。ランスルートは、フローゼを煽る目的で告げた。彼女の機体は一瞬動揺を見せたが、すぐに攻撃を続行した。
「そんなの……もう、どうでもいいんですよ!」
「身内でさえ、その扱いか」
純白至上主義者の見切りの早さに、ランスルートは溜息も出なかった。
◆
フローゼたちの後方、神の盾セプテントリオンの中で、中央に聳える一際輝く機体があった。
「そんなっ、まさか」
「どうした、ダニー?」
「純白の皆様に、神の御加護を」
戦場に歌声が響いた。その美しくも柔らかい、しかし力強く戦士を鼓舞する声は、作戦全域の純白たちへと願力を届けていった。
「これは……アルカディアか」
「まさか」
「ぐ、グ……グリエッタ様だあぁぁぁっ⁉︎」
神聖アルカド皇国、第二皇女。〈グリエッタ・アークブライト〉は、皇族機コード・セイヴァーで歌声を響かせた。
その美しく滑らかに揺れる銀髪は、彼女の歌声で一層輝きを増して見える。そして、憂いを帯びながらも潤んだような瞳は、世界と戦士へ向けた慈愛の精神を「あああああー! グリエッタ様ーー!」
「力がみなぎる!」
「グリエッタ様ーー!」
「ありがとう、グリエッタ! さあいきましょう、イツキ!」
「グリエッタ様ーー!」
追い詰められていたレイザーも、ファーファとその部下たちを捌いていたリ・ブレインも、一気呵成に力を奮った。
「グリエッタ様ーー!」
「うわっ、なんだ、コレ? 気持ち悪っ⁉︎」
友矢のコード・アーチャーにも、グリエッタのアルカディアは問答無用でまとわりついていた。
「……は? テメェ、トモヤ。今なんつった、アァッ⁉︎」
「ヒェッ。ごめんなさい、ダニーセンパイ」
「ダニー……」
同僚の突然の奇行に、アリスは心の底から恐怖した。このメガネは、アレだ。そういう嗜好なのだ。
「嗚呼……感謝致します、グリエッタ様……。これで、ボクは!」
力を得たフローゼだったが、ランスルートに一蹴された。
「グリエッタ。あいつはバカか」
作戦全域へのアルカディアは、純白へと渡された。敵であるランスルートも、純白その一人である。
返品不可能の強制的に届けられたグリエッタの願いは、戦場全体に薄く広く引き延ばされて、ランスルートへ痛みを与える事は無く、ただ、フローゼと同じ分だけの少しのバフ効果を与えた。
同じだけのバフを受ければ、元々の実力がものを言うのは当然だった。
「カイナ、テティス。こいつらの相手を頼めるか」
「ランスルートは?」
「『敵』を倒す」
忌々しい純白を纏ったブレインセカンドは、倒すべき敵を見据え、スラスターの燐光を瞬かせた。