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第二話 神の国 2/5 銀髪と黒髪と赤髪

「あの惨劇から、既に一月が過ぎようとしています」


 心地よい歯切れのいい声が照らす。


 その学校の体育館では、全校集会が行われていた。壇上には、長い銀髪と透き通るような白い肌、澄み切った青い瞳の美少女が全校生徒に向けて話を届けている。


 神聖アルカド皇国、第一皇女〈ルミナ・アークブライト〉。レイザー皇子の妹にあたる。

 十八歳にして未だ幼さが残りながら、凛々しくあろうとする生徒会長「純白の姫」は、全校生徒の羨望の的だった。


「多くの人命が失われました。ニーブックの方々、そして我々の誇り高き純白の騎士たち。(わたくし)の敬愛するサツキ・クロス様も、その御一人でした」


 ニーブックの惨劇と呼ばれるようになった事件から、一ヶ月。

 アルカドでは、その時に黒須砂月は亡くなったことになっている。ゼーバとは、あの後何度か小競り合いがあったが、大規模な戦闘には至っていない。

 アルカドは多くの兵を失い、ゼーバはエイリアスの指示の下、ニーブックを橋頭堡とした要塞化を優先させていた。なにより両者は、モンスターへの警戒もしなければならなかったからである。



「ニーブックの避難民の皆様を、このフーシヤの街と、国立第一学園に招いたのは、サツキ様が命をかけて守ろうとした同郷の皆様に、少しでも報いろうと考えたからです。慣れないことが多いかと思います。心を癒すには、未だ時間が必要かも知れません。ですが、いつの日にか、共に笑える日の為に。サツキ様の意志を継ぎ、ニーブック解放に尽力して頂けると期待致します」





 そんな彼女の言葉に感銘を受けた訳じゃないが、健人の親友〈燈間友矢〉は、惨雪のパイロットとして、モンスターのコロニーの真っ只中にいた。


「ノオォーー⁉︎」


 コロニーといっても、SFでお馴染みの「アレ」では無い。地続きの荒野、そして、かつて人間たちの都市があった廃墟である。

 モンスターにも願力が存在した。人間や魔族とは違う「灰色」の願力だ。そのせいか、コロニー内部は鬱蒼とした曇り空が続き、嫌でも気が滅入ってくる。


「退け、トモヤ! 私に任せろ!」


 長い銀髪をたなびかせ、第三皇子〈ウィシュア・アークブライト〉の駆る惨雪が剣を振るった。ハエトンボの関節を砕いたが、コアを貫くまでには至らない。


「退がるのはアンタもですよ。クソ雑魚皇子様?」


 純白たちの惨雪がハエトンボを蹂躙した。ウィシュアは、何度となく純白に遅れをとっていた。


「筋は良いんだがな」


 彼らを監査する第二皇子のレイザーは、弟の実力を認めた上で、一向に成長しないウィシュアの願力に悩んでいた。

 体と願力の成長が止まるとされる十八歳。友矢と同じ十七歳であるウィシュアのタイムリミットは迫っていた。


 魔族によるニーブックの惨劇により、レイザーの設立した遊撃騎士団は、その戦力の大半を失った。その新入りを決める為の実戦テストの最中である。「願力の強さは考慮しない」と、広く募集をかけたものの、それを含めた、それを凌駕するだけの実力が欲しかった。実戦は、遊びでは無い。


「気にしてはいけません、皇子」

 赤髪の少年がウィシュアに話しかけた。見慣れない機体であった。


「貴方は……?」


「アッシュ・アッシャーと申します。宜しくお願い致します、殿下」


 赤髪のアッシュは機体に礼をさせる。所作は至らなくとも、その操縦技術は見張るものがあった。


「アッシュさんの言う通りだぜ! 惜しかったな、ウィシュア! 次だ、次!」


「……ああ」


 銀髪イケメンの皇子様に対して不敬であったから、ニーブック避難民の女子から不潔罪の栄誉を賜った友矢である。

 健人の双子の弟〈康平〉は、戦意を喪失していた。他のクラスメイトも同じようなものだった。あの惨劇を経験して尚も戦える友矢は、ある意味狂人であった。


「マジで弱えのな、皇子様」

「黒髪黒眼って、アレだろ? 魔族に負けた雑魚」

「レイザー様が負けるなんておかしいもんな。あいつらのせいなのか」

「劣等種のニーブックを子分にしてんのかよ。だっせ」


 純白たちの心無い嘲りにも、皇子でさえ反論しない。人間たちの国は、歪んでいた。



 純白至上主義。

 神聖アルカド皇国に蔓延る呪い。


 五百年前に起こったとされる大災害。辛うじて生き残った人類だったが、それまでの記憶を喪失していた。

 全てを失い彷徨う人々を導いた、純白の女神。それが、アルカドのはじまりだと云われている。


 以来、女神と同じ純白の力に目覚めた者たちは、高貴なる者としての使命と権力を持たされることになった。



「力……力さえあれば」


 撃墜スコアを伸ばす純白たちを尻目に、ウィシュアの中に苛立ちが募る。「覚醒」出来ない皇族なんて、前代未聞だった。


(このボクが、なんでウィシュアなんかの従者に)


 ウィシュアを監査する従者の少女〈フローゼ・ウルクェダ〉は、出来損ないの主を撃ちたい衝動に駆られていた。名門ウルクェダの才女であり、生まれながらの「純白」だった。



「トモヤも頑張れよ。ニーブックにいる親友を取り戻すんだろ?」


「勿論だぜ、アッシュさん! それにしても、アンタの機体が格好良い!」


 狙撃銃を携えた惨雪に乗る友矢は「赤髪アッシュ」の操る見慣れない願導人形に興味津々だった。


「魔族から接収した機体だ。名付けて、純白アート。NUMATAで使い慣れたコイツを使わせてもらう」


 赤髪の少年〈アッシュ・アッシャー〉は、機体と同サイズの大剣を操り、ハエトンボを一人で殲滅していく。テストに参加する純白の中でも、彼は圧倒的だった。


〈NUMATA〉とは、アルカドの量産機である惨雪の開発、製造を行っている会社で、旧名を沼田電機事業株式会社という。創業はニーブックであり、そこに工場もあったが、会社の成長と共に、神の住まう〈神都〉近くに本社を移した。


 アッシュ・アッシャーという男は、魔族に壊滅させられたNUMATA支部でテストパイロットをしていた、という「設定」である。



(純白に対して警戒が薄過ぎるんだよな。大丈夫か、アルカド? 『敵国』とはいえ心配になるぞ)



 古代人である赤髪の少年アッシュは、ゼーバのスパイとしてアルカドに潜入していた。


 ニーブックの惨劇からしばらくの間は、健人と共にエイリアスの下でデータ取りと訓練の日々だったが、彼がアルカドに潜入しなければならない事情ができた。ネズミ男〈マーク博士〉のやらかしの、後始末である。



「俺と健人のタッグ、結構強かったんだぜ。健人が前線を引っ掻き回して、そこを俺が狙撃するのが鉄板だったんだ。でもさ、康平には良く見透かされて、俺が真っ先に墜とされるんだよな」


「それは何度も聞いたぞ、トモヤ」



 願導人形は願力で動かす関係上、初期起動に時間がかかる。それは、機体に使用される願導合金に、自身の願力を記憶させるプロセスを挿む必要があるからだ。アンティークのような例外もあるが、パイロットが慣れた機体を使いたがるのは普通のことなので、アッシュのようにゼーバ製の機体であっても使用が認められた。



「あいつ、お節介だからさ。自分でも気付かない内になんでも抱え込むんだよ。俺が側にいてやんないと」


「それも何度も聞いたぞ、トモヤ」



 魔国ゼーバの汎用量産機〈アート〉は、時代に合わせてブラッシュアップを繰り返しながら、今も魔族たちに愛されている古参モデルだ。

 アッシュの改造機は、エンジンやスラスター等の内装を「ゼーバとNUMATAのハイブリッド」にされ、願導人形並みの大きさを誇る肉厚の大剣のようなものと、願導合金繊維製のマントを羽織っていた。


 純白アートは、ブレインに乗る前のエイリアスの愛機だ。同じ古代人だからだろうか。アッシュに良く馴染んでくれた。



「康平は今ちょっと大変なんだ。親がやつれちまってさ。健人は生きてる。だから、俺が助ける!」


「……口より体を動かせよな」


 真っ直ぐに言い放つものだから、アッシュも少しだけ友矢を応援したくもなる。しかし、彼には彼のやるべき事があった。


(俺も捜し出してみせる。待っててくれ、エイリアス)


 敵陣の中、アッシュは一人、行方知れずになった「家族」を思った。





「やりますね、あの子たち!」

「このくらいは、やってもらわなければ困ります」


 指揮艦の中からレイザーと共に見学する〈ルミナ皇女〉と従者の青年〈ボルク・ウルクェダ〉は、優雅に紅茶を嗜んでいる。本日のティータイムは、クッキーがお供。美味しく頂く。


「ほら、あのアッシュって子が凄いです! あっ、また倒した!」

「今日は妙にテンション高いですね。興奮し過ぎです。お口からポロポロ溢れています」


 散らばった粉末をサッと片付ける。やんごとなきお方の痴態を晒す訳にはいかない。ボルクは出来る男である。


「ありがとう、ボルク。いつもごめんね?」

「……慣れてます。幼馴染ですから」


 ボルクはフローゼの兄に当たる。ウルクェダ家は代々皇族と同い年の「異性」を従者に選んできた。レイザーは、そんな忖度を嫌ってサツキを従者に選んだ。スレンダーなウルクェダは好みでは無かった。


「姫様は、私がいなくなったら生きていけるのですか」

「えっ……? ボルク、いなくなるのですか……?」

「絶望しながらクッキー食べ続けるのやめてくれませんか。あと、いなくなりません」

「いなくなりません? 良かったです!」


 ルミナ皇女はサツキに大分懐いていたから、惨劇でのショックは大きかった。笑顔を見せる可愛い妹に、レイザー皇子も胸を撫で下ろした。


「レイザー様」

「どうした、エヴァ?」


 サツキの後任〈エヴァリー・アダムス〉。騎士団専用の純白の制服に、褐色美女の豊満な肢体が良く映えた。


「来ます」「来たぞ」


 艦の中でレイザーの隣に座るエヴァは、戦場にいるアッシュとほぼ同時に、新たなモンスターの接近に気づいた。サツキと同様の察知能力は、レイザーが彼女を従者に起用した決め手になった。サツキもエヴァもおっぱいがおっきかった。


「良いよな、皇族って。ヤりたい放題かよ」

「何言ってんだ! 俺に合わせろ、トモヤ!」


 機体とリンクし、戦場に高揚したウィシュア皇子は、一人称を取り繕うのをやめた。

 ウィシュアの放ったライフルの光弾は、飛びかかるバッタ型に躱される。次いで援護射撃、友矢の惨雪の狙撃銃が火を吹き、蟲の体勢を崩した。


「うおお!」


 ウィシュアはシールドも構えず接近し、大振りした剣で蟲の頭部と胴体を一度に両断した。


「あの、馬鹿」

 レイザーは、自身を危険に晒すウィシュアの戦い方に呆れて頭を覆った。「命の危機に純白への扉が開かれる」なんて迷信があった。


「やっ、やった! 見たか、俺のSO・GE・KI!」


 戦場で調子に乗った者に罰が下る。友矢の機体は、モンスターの繭の残滓に蹴躓いた。モンスターに奪われた土地は彼らの巣となり、卵や繭が散乱することになる。授業でも習うし、情報は事前に確認していた筈だ。天然の罠がそこかしこに残る戦場で、気を抜くなどあってはならない。


「強欲のマモー、だったか。お手並み拝見だな、トモヤ?」

 アッシュは、バッタのような蟲を指して名前を告げた。


「う、うわあぁ⁉︎」

 強欲のバッタは後脚に力を込め、バネのように高く跳躍すると、友矢の惨雪に飛び乗り、口に当たる器官で装甲を噛み砕き、同時にお尻の管を突き刺した。

 魔法陣が不気味に廻りだして、二つの口から吸血でもするように、友矢の「願力を奪い」みるみる内にその体に私腹を肥やしていく。


「その業、強欲のバンディット・レイヴン。安心しろ、倒せば戻る。倒せればな」


 アッシュは「健人の親友」の品定めをしていた。あいつを助けようというのなら、こんなところで躓いていては話にならない。


「だから覚醒出来ない『シロ』なんて!」


 監査役として同行していたフローゼだったが、見兼ねて支援射撃を解禁した。口も態度も悪いが、ノブレスオブリージュの精神は根付いていた。

 彼女の機体、純白専用機〈コード・アーチャー〉の狙撃銃は対象を一撃で射抜いたのだが、奪われた願力は戻ってこない。


「強欲だからな。急げよ」


 バッタのような上半身を倒しても、血を吸ったダニのように丸々と太った下半身が生きながらえていた。強欲にも二つのコアを持つダニバッタ。逃げる下半身をウィシュアは必死で追っていくが、別個体に阻まれ身動きが取れない。

 固まった繭が脚部の関節に絡まったのと、願力の低下により動きの悪い友矢に、別のダニバッタたちがまとわりついていく。皆その対処に追われ、膨れたお尻はどんどん離れていく。


「いかん! 俺の機体を」

「問題ありません、レイザー様」

 褐色美女エヴァリー・アダムスが優しく囁いた。


 友矢の惨雪が光を放つ。白銀が灰色の世界を照らし出す。


「願力のレベル、尚も上昇!」

「まさか」


 奪われる以前のレベルを軽く飛び越えて、簒奪者を自ら狙撃し撃ち落とす。友矢の惨雪に、奪われた白い願力が雪のように舞い戻っていった。



「純白、だと……」


 ウィシュアは、驚嘆し、絶望し、憤慨した。


 自分より劣っていると思い、引き立て役として連れてきたニーブックの餓鬼が、自分が焦がれても上がれないステージに到達した。



「凄い、あの子! 流石はサツキ様と同じ黒髪です! さあ、続きましょう、ウィシュア!」


 ルミナに悪気はなく、盲目的にウィシュアを信じているだけである。従者のボルク青年は、そんなウィシュアに少しだけ同情した。


「はあ、はあ……お、俺は、何があった?」


 息も絶え絶え、無我夢中だった友矢は、自らの身に降りかかった事態に困惑した。願力の急激な上昇で負荷がかかったのか、友矢の惨雪はリミッターが作動し、戦場の真ん中で停止した。


「やるじゃねえか、ニーブック!」


「見直したぞ!」


 純白たちが、口々に友矢を褒め出した。


「素晴らしい、トーマ・トモヤ。自らの価値を示した君を、ボクは称賛する!」


 友矢に迫る蟲を墜としながら、フローゼは無垢な少女のように満面の笑みで饒舌に讃えた。


 歴代最強〈レベル18〉のサツキほどではないにしろ、友矢のレベルは17。ニーブックの民は覚醒し辛いが、高レベルになりやすい傾向があるようだった。


「嬉しい誤算だな」

 レイザーの視線は、覚醒した友矢からウィシュアに移しながら、言葉とは裏腹に何処か悲しげだった。


「トーマトモヤ。健人の親友、か」

 アッシュが、二人の関係に疎外感を覚えていたのは確かだ。だから、少し意地悪したかったのかもしれない。


「いいのか、皇子様。餓鬼にやられっぱなしだぞ」

「……うるさい」

 アッシュの煽りに反論するだけの元気は、まだウィシュアにもある。


「自らを追い込むなら、良いところがある。着いてくるか?」

 ウィシュアは頷くまでもなく、アッシュと共にコロニーの更に奥へと突入していく。


「あいつら、勝手な真似を!」

 レイザーは、動けなくなった友矢の惨雪を回収させると、指揮艦でアッシュたちを追った。

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