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第八話 シリウス 5/7 敵の姿

 翌日。シリウスのブリッジの近くにある艦長室にアッシュは招かれた。ジョージに促されるままデスクの椅子へと座り、部屋を一望する。


 本棚には、書類や戦術書、長旅のお供の小説なんかがずらりと並ぶ。くどいようだが、電波の関係で電子書籍も普及はしていない。意外にも整理整頓は行き届いていたが、多分オリヴィア先生のおかげだろう。


「自分でやってるよ」

 アッシュは見透かされてしまった。


「いつ死ぬかも分からないんだ。身辺整理を癖にしておけ」


 ジョージはデスクのコンピュータからデータを開くと、アッシュへ約束のものを見せた。壁紙は家族写真。黒須砂月も笑顔で写っていた。


「ありがとうございます。レイザー様に掛け合ってくれたみたいで」


「俺も先に見させて貰った。まずは、エヴァリー・アダムスな……」


 データ上は特に不審なものは無い。備考欄には古代人であること、年齢や誕生日も仮のものだということが記されている。一応、スリーサイズは記憶しておく。


「五百年くらい前の人間なんだろ? 見つかった時には全身包帯って、ミイラじゃあるまいし」


「セラもそんな格好をしていました。彼の場合は、ラスティネイル……アンティークに乗って、ゲートから現れたんですけど」


 包帯……バンデージ。あの白衣の女性が言った言葉だ。


 アッシュやボルクが融合分裂……転生をした時も、繭のようなもので覆われた似たような格好をしていた。ならば古代人たちも、転生かそれに近い現象を経験した結果、記憶を失ったと考える事が出来る。


 五百年前、世界中の人間が一度に記憶を失くしたそうだが、そんな事が出来るとすれば、原因は世界粒子あたりだろうか。


 資料にはエヴァとレイザーが出会った詳細は書かれていない。深読みすれば、いくらでも疑えるだろう。


「おっぱいでかいよな」

「はい」

 はい、じゃない。


 腰のくびれと、お尻のラインも素晴らしい。太腿も見たいが、残念ながらロングスカートで隠れてしまっている。デザイナー、なにやってんの。


 アッシュのそういう欲は減衰したが、無いとは言っていない。エヴァの魅力は、そんなアッシュにも「効果」があったようだった。それは、彼の中のセラの記憶のせいなのかは分からないが、ひとまず、脱線した感情を元に戻す。


「ニーブックで奴隷やってた頃、黒須砂月さんをお見かけしました。直接話すことは許されませんでしたけど」


 亡くなってしまった愛娘の話になると、ジョージは何も言わず、黙って聞いていた。


「あの人に救われました。あの日ニーブックにいた全員が、彼女に感謝する筈です」


「……そうか」


 わざわざ前置きをした。ジョージは、アッシュの考えを予想した。


「セラとエヴァには、モンスターや空間の割れ目……ゲートの存在を察知する能力があったようです。あ、僕の中のセラの記憶によると、です」


 残念ながら自分自身にはその力は無いのだと、アッシュは言葉を続ける。


「セラの願力は、ギリギリ純白ってくらいです。だけど、それより願力の高い友矢にも、人間より願力の高い魔族にも、僕が知る限り察知能力を持つ者はいませんでした。だから、この力は願力の強さは関係が無くて、古代人特有のものなのかもしれません」


「……砂月が、古代人だっていうのか?」


 黒須砂月にも、その力は備わっていた。そして古代人はモンスターとゲートだけでなく、古代人同士、互いにも何かを感じていた。


 セラとエイリアスは言うに及ばず、セラはエヴァにも何かを感じていたようだった。それが、エヴァと酷似した白衣の女へ向けたものだったのかは分からないが。


「砂月さんから、何かそのような話は?」


「ああ。モンスター察知の力を見込まれて、レイザー様の従者に抜擢されたそうだ。あの子もユイと同じで自分の親を失って、そこを俺たちが助けて育てたんだ。古代の世界に生まれたあの子は、幼い頃に包帯巻きのタイムカプセルに入れられて、この時代に目覚めたってことなのか?」 


 ニーブックの西、今はモンスターのコロニーになってしまった場所にも、かつて幾つかの街があった。サツキとユイは、その中のリューシ・ニーブックの出身だ。


 こんな世界だから、地方によっては児童養護施設は満員で、行き場の無い子供たちは溢れていた。当時はオリヴィアが実家の開業医に勤務していたので、サツキとユイを引き取ることには問題は無かったそうだ。


「まあ、多様性の時代らしいからな。色んな種族が仲良しこよしなのは結構なんだけど」


 ジョージは、デスクスタンドに架けられたカラフルなキーホルダーを指で弾いた。装飾されたプリズムに電灯が反射して、七色の影がパソコンのキーボードに揺れ出した。


「可能性の話ですよ、艦長。しかし、砂月さんが古代人なら」


 言いかけて、アッシュは口を噤んだ。



◇◆



 ニーブックの惨劇があったあの日、古代人エイリアス・クロウカシスは「俺を呼んだ」と言っていた。それはてっきり、セラとラスティネイルに向けて言ったのだと、健人とセラは思っていた。


 しかし、セラがニーブックに現れたのは、ゼーバによるアルカド侵攻の最中である。


 侵攻当初……つまり、ニーブックがモンスターに襲われる直前まで、セラはあのゲートの中にいたのは間違いない。


 ニーブックにいないセラが、エイリアスを呼べるわけがない。


 ならば、セラとラスティネイルも「呼ばれた」だけで、エイリアスを「呼んだ」のは、別の誰かだったのではないだろうか。



・黒須砂月が古代人だと仮定する。

・彼女に「呼ばれた」と感じたエイリアスは、彼女に出逢うためにニーブックへ侵攻する。

・彼とブレインの右腕に「呼ばれて」セラとラスティネイルがニーブックに現れる。


 そう解釈することもできる。



 勿論、エイリアスのいう「呼んだ」が、何のことかも、いつのことなのかも分からない。


 だが、アッシュの中のセラの記憶が蠢くのだ。エイリアスとサツキには、古代人という事以上の、何らかの繋がりがある。そう感じるのは、セラが家族をサツキに取られたと嫉妬していたのか、或いは二人の関係への憧れ、羨望のようなものなのかは最早知るべくもない。


 アッシュは、ニーブックを滅ぼした遠因がユイの家族とは思いたくなかったし、今更犯人探しをする意味は無い。いずれにせよ、悪いのはゼーバ、そしてエイリアスなのは変わらない。主観だらけのこんなものは推理でもなく、ただのアッシュの予想、感想でしかない。


 ユイやオリヴィア、イツキには話す必要は無いが(ただのアッシュの予想とはいえ)上官であるジョージには報告の義務があるだろう。


 もやもやを抱えたまま仲間を信用せず、報連相を怠る。前回のような失敗を繰り返さない為、アッシュはシリウスのクルーと会話を増やし、不器用ながらも動いてきた。


 その結果判明した「ダニーの事は残念」だったが、ジョージが自分に任せろと言うので、彼を信頼して件を預けた。未だ得体の知れないエヴァリー・アダムスを抱えるレイザーにまで報告するかは、それもジョージの判断に委ねれば良い。そもそもアッシュにそこまでの権限は無いのだが。


 真実がなんであれ、ニーブックの惨劇の後、エイリアス・クロウカシスと黒須砂月は、幼いイツキと共にコロニーの深部で生活をすることになる。


 アッシュは運命なんて信じていないが、この二人は何かしらの力で結ばれたのではないか、と疑うことさえ自然に感じた。


 そして、古代人と古代人形の動向を探る事が、アッシュにとって……いや、この世界と時代にとって、何かしらの意味を持つのだと、そう思わずにはいられなかった。



◆◇



 またしてもアッシュが何かを考えていることに気づいたジョージだったが、艦長室のドアをノックする音に気付くと、それらを招き入れた。アッシュには、後で報告書を提出してもらう事になるだろう。


「おとーさん、洗濯物持ってって……あれ? ケント?」


「あら、珍しい。アンタが艦長席に他人を座らせるなんて」


 ユイとオリヴィアが、洗濯カゴを担いで艦長室に入ってきた。


「オリヴィア先生、お邪魔してます」

「どうぞどうぞ。汚い部屋ですけど」

「俺の部屋」


 オリヴィアは、慣れた手つきでジョージの洗濯物をクローゼットへと仕舞っていく。軍人だから、そうそう家には帰れないだろうし、同じ職場に居られるとも限らない。それでも、言葉の節々から、動きの端々から、長年連れ添った愛情が滲んでいるのを見てとれる。


「えへへ……おはよー。いっぱい本あって面白いよね、おとーさんの部屋」


 こんなところでアッシュに逢えると思っていなかったので、ユイは思わず笑顔になってしまって、彼の見ている画面を覗き込んできた。アッシュが少しでも顔を振れば、彼女に触れてしまいそうだった。


「うん。おはよう」

「……そんなにエヴァさん好きなんだ」

「気にはなるね」

 画面に映る女性の姿に、ユイは一瞬でちょっと曇ってしまった。


「ユイちゃんは駄目。機密だからね」

「えっ、あっ、ごめんなさい!」


 ユイはジョージに謝って、オリヴィアの手伝いに戻っていった。お仕事ならしょうがないね! そんな風に言いながら、笑顔に戻ってくれた。


 アッシュは気にしないフリをしながら、画面を動かして他の作戦参加者リストを洗っていく。


「しっかり記憶してくれ。エヴァのような古代人が紛れている可能性もある」


 アッシュの中の古代の記憶が再び喚起された時、すぐに対処出来るようにする為だ。今回、彼が艦長室に呼ばれた理由である。


「あまり期待はしないでくださいね」





 サマンサ・サンドロス。アッシュの操縦に関心を持っていた麗人。


「俺は、この人の方が怪しいと思うぞ?」


 ゼーバに徹底抗戦を続け、壊滅させられたオーセツ軍の生き残り。年齢は二十五。十五歳で純白に覚醒したものの、騎士団にも神の盾にも属せず、故郷のオーセツ軍に所属。専用のコード・アーチャーを使用し、二丁のスナイパーライフルでの変態機動狙撃を得意とする。


「な? 怪しさしか無い」

「イケメンですしね」

「イケボだしな」


 冗談ではあるが、冗談でも無い。仮に古代人だった場合はエヴァも気付いている事になるが、レイザーの話を聞いたジョージ曰く、その可能性は低いらしい。

 オーセツ軍に関する資料も、戦争のゴタゴタのせいで全てを回収できた訳では無い。誰をどこまで信用できるのかは、アッシュからは測りかねる。





 沼田照明(ヌマタ テルアキ)。NUMATAの副社長。


 現社長の沼田灯里(ヌマタ アカリ)の弟で、レイザーの計画に必要な製品を開発中。レイザーと同じで親族にコンプレックスを抱く筈。だからこそ、レイザーは彼と契約を結んだと思われる。


 ニーブックに囚われている健人の同級生、沼田春歌の祖父にあたる。春歌の奪還にも動きたいだろうから、おそらく彼は問題無い。


 その後も何人かのデータを参照していくアッシュだったが、ページを捲る手が、不意に止まった。





 ランスルート・グレイス。本名、ウィシュア・アークブライト。


 幼い頃から、ガンドールの操縦に非凡な才能を見せる。だが、願力の成長が見られず、純白至上主義を謳う周囲からのプレッシャーもあり、徐々に歪んでいった。


 ザッタの街での、神の盾セプテントリオンによるランスルートへの粛清は、アッシュも目撃した。アッシュは、あの時の全てを理解しているわけではないし、ランスルート本人ではないから、彼の真の苦しみを理解は出来ない。


 アッシュが知る限りでは、少なくともレイザーやルミナは、ウィシュア皇子の味方であった。彼は、その信頼を裏切ったのだ。


 アッシュもゼーバを裏切った。セラの友情を踏み躙って、彼に刃を向けた。事情があったと自分を擁護すれば、それはランスルートにも当てはまる。


 彼を非難する権利は、同じベトレイヤーのアッシュにもあるが、アッシュだからこそ無いのかもしれない。裏切り者のトレイターでは無い、信頼さえ裏切ったベトレイヤーだ。


 同情は出来る。しかし、友矢やルミナやイツキを傷つけ人間に仇なした男を、アッシュは好きにはなれない。彼との関係は、ただ、それだけのものだ。ただの、感情の問題だ。 


「お前は、僕の敵だ」


 確かめるように、アッシュは呟いた。





「お待たせ、ユイ。一緒に行こう」


 ユイは、アッシュの仕事が終わるのを待っている、とは一言も言っていないが、実際待ってはいたので、それをアッシュが気づいてくれていた事がなんだか嬉しかった。


「えへへ……急がせちゃった?」

「友矢と菫も待ってるからね。ごめんごめん」


 アッシュはジョージに一礼して退室の手筈を整える。オリヴィアはクローゼットの整理の後も、テキパキと部屋の掃除をこなしていた。


「今日もやるの? 気をつけてね、ユイ、ケント」

「無茶はするなよ」

「はーい」

「ありがとうございました。失礼します」


 アッシュは扉を開けてユイを先に行かせようとする。二人は互いに譲り合って、結局ユイが先に外に出る事にした。ユイはオリヴィアとジョージに笑顔で手を振って別れ、アッシュはお辞儀をして去っていく。


 部屋に残された夫婦は顔を見合わせ、微笑ましい若人たちを笑顔で見送った。

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