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第八話 シリウス 3/7 対等

 シリウスのブリーフィングルームに呼び出されたレイザーは、いい機会だからと、シリウスが時間稼ぎの囮役をしている理由について説明した。アッシュたちは半信半疑ではあったが、ニーブックの解放に希望が見えてきたと感じた。


 話終えたレイザーたちは、自分の艦へと帰る前に、シリウスのエース、アッシュの顔をしっかりと拝んでいくことにする。


「近くで見ても、確かにアッシュに……セラに似ているな」


「ですが、別人ですよ、お兄様。ほら、セラよりも髪が少しチリチリしてるんです」


 アッシュのチリチリの癖っ毛を指でいじくるルミナは、なんだか楽しそう。身構えていなかった身内からの攻撃に急に晒されたアッシュは、膝から崩れ落ちた。


「姫様、やめてくれー!」

 友矢はそんな親友を慌てて庇った。髪質にコンプレックスがあるのは健人の頃から変わらないみたいで、友矢と菫は少し安心してしまった。


「かわいいですよ? 仔犬みたいで」

「姫様ー⁉︎」


 アッシュも、健人と揃って犬扱い。四つん這いになってしまった姿は、図らずも犬のようだ。


「確かに、セラには無いユニークさだ」


 ルミナは久しぶりに兄に会ったので、はしゃいでいたのかもしれない。平和を享受していた頃のような可愛らしい姫様の姿は、集まったクルーを虜にしてくれる。


「深部での戦闘データも興味深い。面白い戦い方をしている」


 サマンサは立ち膝をつき、アッシュの顎を指でクイッ、と持ち上げると、目をじっと見つめ、怪し気な雰囲気を醸し出しながら語りかけた。


「シリウスでは無く、こっちに来い。オレが面倒をみてやろう。なあ、クロウカシス?」


 一見男性のような姿と、超が付くイケメンボイスに「オレ」という一人称が加わり、ルミナと菫と、後ついでに友矢は、どういうわけだか顔を赤らめた。なんだか、レイザーよりも皇子様っぽい。


 エヴァはサマンサを引き剥がしながら、同僚の奇行をアッシュへと謝った。アッシュには、この女に聞かなければいけない事がある。一度、上官であるジョージを通すか、それともレイザーに話しておくべきか。しかし、彼女とは二度と会わない可能性もあった。思わず、口を()いた。


「エヴァリー・アダムス。この顔に見覚えは?」

「アッシュでしょう?」

「セラ、では無く?」

「貴方はアッシュでしょ? それとも、灰庭健人とお呼びしましょうか?」


 度々脳裏を(よぎ)る白衣の女性。それは、この女の姿をしていた。しかし、エヴァはとても答えるとは思えない。それとも、本当に何も知らない、赤の他人なのか。


「なら、『バンデージ』という言葉に聞き覚えは?」


「? 包帯? なんですか、さっきから?」

 アッシュの思考は、再び迷路に入った。


「ケント、おっぱい好きなの? エヴァさん、おっぱいおっきいもんね。そうかそうか、なるほどなるほど!」


 アッシュがあまりにもエヴァを凝視するものだから、ユイも身を屈めて、じっとアッシュを見ていた。ユイの発言のせいか、エヴァは苦笑いしながら胸元を隠し、誤解はその場にいた全員に伝わった。


「うーん……お兄様の趣味は分かりやすいですね」

「実は、おねーちゃんも結構おっぱいおっきかったんです!」

「知っています。隊服で隠しておられましたが、隠しきれない魅力が溢れていました。常識ですよ? ユイ」

「流石ですね、姫様!」


「風評被害だ!」「ちょっと、黙ってくんねぇかなぁ⁉︎」


 何が流石なのか、いつから常識になったのだろうか。レイザーとアッシュも、あけすけな二人の女子に戸惑い、突っ込まざるを得ない。一応モンスターの巣にいるのだが、なんだか気が緩みすぎである。


 ルミナもユイも、それなりに「おっきな方」だ。エヴァとサツキという、彼女たちの比べる対象がデカすぎただけなのだ。


 皇族の従者の家系であるウルクェダの女性はフローゼ筆頭に代々スレンダーな者が多かったりするので「やっぱり、お兄様の趣味は分かりやすいですね!」個人の嗜好の話である。コンプレックスへの配慮の話では無い。論点を間違ってはいけない。他人の好きを批判するのは自分の好みを否定される覚悟を持たねばならない。興味の無い者には好きにさせておけばいい。張り合ったり、押し付けるものでもない。そこに優劣は無い、あくまでも個人の嗜好の話をしているのである。おっぱい。


「……やらんぞ?」


 呆れたレイザーはエヴァの肩を抱き、自分の艦へと戻ろうとしてしまった。


「団長!」


 咄嗟に出た言葉はまるでセラのようで、アッシュは自分でも驚いた。アッシュはようやく立ち上がり、彼を引き留め、やはり告げねばならなかった。もう、モヤモヤしたままで失敗するのは、懲り懲りだった。


 アッシュがエヴァに視線を向けたので、レイザーは意図を察して彼女を先に行かせた。エヴァには、ルミナとユイと菫まで加わって、その魅惑の身体のケアの話を聞こうとまとわりついているようだった。


「すみません、ありがとう。あの女を何処で拾った?」

「なんだ、お前? やらんと言ったぞ?」

「アンティークと関わりがあるのかもしれない」

「なんだ、そんなことか」


 レイザーの反応は、アッシュの想定外だった。


「知っていた?」


「彼女は古代人だ。古代のガンドールを知っていても不思議じゃない」


 やはり、ラスティネイルと繋がりがあるのか。それは分からないが、古代人であることを踏まえれば、今までのいろんな事にも何か繋がりそうな気がした。


「白き羽衣を纏い、俺の元へ舞い降りた時には、天使かと思ったものだ……」


 惚気が始まり、これ以上の情報がレイザーから出るとは思えなかったので、アッシュはお礼を言い、彼を帰らせた。


「作戦。うまくいくといいですね、団長」

「フッ。期待しているぞ、アッシュ」


 別れ際、奇妙な友情が始まった。


 イツキがお辞儀をする中、レイザーは手を振り帰っていく。ルミナとイツキが、いつの間にか名前呼びし始めた事にも気づいているのだろう。あの男には、そういう匂いが分かるのだと、アッシュは感じた。





 彼らが話終わるのを待っていたのか、イツキは、おずおずとアッシュの前へと現れた。大層な体躯の超絶イケメンが何やらもじもじしているのは、酷く滑稽に庶民友矢の目に映った。


「……ケント、すまない。俺は二十年もコロニーにいたのに、ここの事を何も知らないんだな。外の世界の事も知らないのに、なんだか本当に自分が嫌になる」


 強力な願力と肉体に反して、イツキの精神は未だ幼い。少しのきっかけで、過ぎてしまった一つのことに執着して、消化するのに時間がかかり引き摺ってしまう。仕方のない事だし、アッシュも人の事を言える程偉くは無い、責めるつもりもない。つもりは無かったのだが。


「やめてくれ。アンタに謝られると、なんだか痒い」


「……なに?」


「誰だって自分に出来る事をやっている。アンティークなブレインの右腕を一番使いこなせるのはクロスイツキだろう? マザーが複数いるのなら、それを全て打ち砕くのに、お前以上の戦力は無い」


「お前……」


 セラのように子憎たらしい声だった。アッシュはセラでは無い。彼になり変わる訳でも、演技するでも無く、これが自然と出てきた態度と言葉なことに、アッシュ自身も受け入れるしかない。


「ゴメン、イツキさん。自分でも、よく分からない。だけど、こういうことなんだ。これが、今の僕だ」


「あ、ああ、成程。これは面倒だな」


 イツキも、側で見ていた友矢も、今のアッシュの状況をなんとなく理解し、受け入れ始めた。


 人は、心というパーツを抱えて生きなければならない。モンスターでも、機械でも無い、人間として生きるのなら、そこから逃げるわけにはいかない。


「あの日、ザッタの街でイツキが救ってくれたから、僕はアルカドに、シリウスにいられる。今回だってあなたに感謝しか無いんだ。本当にありがとう」


 アッシュは、改めてイツキと友矢を見据え、言葉を続けた。


「自信を持ってくれ。あなたも友矢も、人を見る時第一に信用から入る。否定から入る僕とは正反対だ。こんな事、誰にでも出来る事じゃない。僕はあなたたちを尊敬するし、憧れている」


 不意に褒められてしまって、友矢とイツキは照れてしまった。彼らの感情が処理し切る前に、アッシュは続けた。


「だけど、僕だって負けるつもりは無い。今度はアンティークに頼らずに、セカンドと僕らの力でマザーだって討伐してやる」


 自信に満ちたアッシュの瞳。イツキの中で、不安や恐れといった靄が不思議と晴れていく。


「無理しなくていいんだぞ? 俺とリ・ブレインに任せておけ」


 イツキも自然と対抗して、ほくそ笑んで饒舌になりだした。


「そうしたいのは山々だけどなぁ。イツキくんは、たまにポカやらかすしなぁ」


「ぬかせ、お互い様だ。憧れの俺の力でも拝んでいろ」


 健人とか、セラとか、取り繕うのはやめだ。人と触れ合える環境でなかったイツキも、再構築を始めたアッシュも、高め合えるライバルを欲していた。セラがいない今、互いの中には燻ったままの残り火があった。セラの代わりと誰かに言われても、知ったことではない。当人たちが納得すればどうでもいいのだ。


「精々僕を楽させてくれよ? 黒須大尉」

「フッ……生意気だな。クロウカシス准尉」


 アッシュ・クロウカシスにも出来た事だ。自分にだってマザーの討伐くらいは出来る。イツキの中に沸々と、湧き上がるものがあった。


 アッシュとイツキのお互いの笑顔が、どこか欠けていたパズルのピースを埋めるように、しっくりと収まる高揚感を二人に与えた。


「やれやれ。こういう時のフォローは俺がしてやるか」


 友矢は、幼い頃の健人と康平の姿を思い出していた。





 アッシュとのシミュレーター訓練で勝ち越したイツキは、上機嫌でルミナの部屋へと「帰って」きた。


「おかえりなさい。どうしたの?」


「ただいま。いや……なんでもない。ルミナが勝手にどっかいくから、俺も勝手をしただけだ」


「サツキ様の御子息は、女子会にも嫉妬してしまうの?」


「その言い方はやめろ。俺は」


「『サツキ様の息子じゃなくて、クロスイツキという一人の男として見てくれ』でしょ? 私だって、そんなにお馬鹿でも、お安くもないんですからね」


 ルミナは意地悪そうに、彼の物言いを真似ながらからかった。イツキはむくれ、ソッポを向いてベッドに腰掛ける。


「お前は、どうなんだよ。……女子会は」

「やっぱり、嫉妬してるんじゃない」

「うるさい」


 感情を隠さなくなって不貞腐れるイツキは、大きな子供のようだ。幼い頃から、自分の周りでは表面上取り繕う者が多かったから、こういったタイプと話すのはルミナにとっても新鮮だ。


「でも、ビックリした。貴方が私を『もう姫とは呼ばない』とか言い出した時には、私、何かしてしまったのかと」


「あれは……ごめん。言葉が、うまく、その……」


「分かってる」


 ルミナは、イツキの隣へ腰掛けた。ベッドが彼女の分、少しだけ軋んだ。


「姫ではなく、一人の女として仲良くしたいってことでしょう? 私に一目惚れしたんだものね」


「……恥ずかしくなってきた」


「今更……」


 指が、心を置き去りにして絡み合った。


 口は少しだけ躊躇って、触れてみたけど、緊張のせいか味なんて覚えていない。


 脳が、不謹慎とか出会った時間の長さとかを言い訳に使って、無理矢理止めていたふたりだけの時間が、堰を切ったように流れ出した。





 艦の自室に戻ったレイザーはエヴァに迎えられた。豪華なソファに腰掛け上着を脱ぐと、手慣れた仕草で彼女が受け取った。


「彼……アッシュと、何の話を?」

「気になるのか、まだ子供だぞ」


「そうですね……。クロウ、カシス。いい名前だと思って」


 レイザーはエヴァを強引に抱き寄せ、吐息の距離まで押し付けた。


「あっ、レイザー様……」

「エヴァリー。お前のお陰でアルカドは勝てる。勝利の女神だ」


「神皇様の御子息が、得体の知れない女を神だと呼ぶのですか?」


「神皇なんぞ、どうだっていい。ゼーバを追い出したら、後はルミナとイツキに任せればいい。二人は、思った通りの関係になってくれた」


「いけないお兄様ですね。女の胸に顔を(うず)めて言う事ですか?」


「嫌いか?」

「……好き」


 嵐の前の、束の間の安らぎ。誰だって幸福を求めていた。戦場の前では、誰の命だって平等だった。

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