第八話 シリウス 2/7 謝罪
「皆様、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。この度は、皆様に多大なご迷惑と御心配をおかけしてしまい……」
「分かっている、散々聞いた。そう畏まらなくていい。さっさとはじめろ」
「あっハイ」
シリウスのブリーフィングルームに招集を受けたレイザーは、アッシュの感謝の言葉の件をバッサリカットした。
アリスとダニーは艦橋任務、ジグと作業ロボットたちは整備作業に従事、シオンは甲板で寝転んでいるが、それ以外のシリウスクルーは全員参加している。ハナコもいるよ。
「では、僕らが見てきたことを簡単にご説明させていただきます」
アッシュたちが爆睡している間、菫の尋問や物質搬入作業、シオンの移送や艦の修理、航行等、なんだかんだで忙しくて、皆改めてそれを見るのは初めてだ。
ユイはアッシュの言葉に合わせて、セカンドが記録した映像をモニターに表示する。シオンにあったレコーダーは、蠍のシオンに変化したら紛失していたそうで、セカンドの記録しか残って無い。
乾いた大地と歪んだ空、宙に浮かぶ岩盤は、確かにイツキの良く知るコロニーの深部の風景だった。続く、大樹の外観にもイツキは見覚えはあるようだったが、どこか腑に落ちないようで、ヂィヤ、若しくはエイリアスの家らしきものには見覚えは無かった。
「エイリアス・クロウカシスは、矢張り生きていました」
「仮面の男……ニーブックの惨劇の指揮官か」
生身で再会したせいでエイリアスの映像は残っていなかったが、彼が乗る銀色の兎人間のようなガンドールは、不鮮明ながら記録に焼き付いていた。
「そうか……。エイリアス、生きているんだ」
苦虫を潰したような顔のアッシュやレイザー達に対して、イツキだけはエイリアスの生存を喜んだ。彼にとっては大切な家族の一人である。それを非難するのは憚られた。
そんなイツキの隣に座るルミナは、植物に覆われた巨大な施設に不謹慎ながらワクワクして、先を見たいとユイを急かした。
「だよね! ワクワクするよね! お気持ち、分かるよー姫様!」
「ユイ」
菫に突っ込まれて、ユイは照れながら映像を進める。
無事に帰還できたので、ユイやルミナの感情まで邪険にするものでも無いのだが、この二人はほっとくと脱線しがちなので、菫のようなお目付け役はアッシュもオリヴィアたちもありがたい。
内部の映像にも、イツキはアッシュに向かって首を横に振るだけで、郷愁を覚えなかったようだった。
円筒型の内側に密集する建物を見た友矢は「アニメとかのスペースコロニーみたいだ」と呟き、それを聞いたレイザーは「上手い喩えだ」と唸った。
「そこまで整然とはしてませんけどね。問題は、コイツです」
「え、ブレインですか⁉︎」
「……全身黄金、右腕が無いブレインか」
「ええ。おそらく、オリジナルのブレインです」
激しい戦いの記録、オリジナルから産み出される蟲たち。見覚えの無い新種のモンスター、色欲のアデウスは蠍のシオンとどこか似て見える。
セカンドにアンティークのパーツが接続されたせいか映像も乱れ出し、次に認識できるものが映されたのは、彼らを抱き抱えるリ・ブレインの姿だった。
「以上です」
ユイとの会話や菫の泣き顔なんかは、事前にカットしたり、電池が勿体なかったのでそもそも録画されていなかったり。ユイはとてつもなく恥ずかしかったので、編集は全部一人でやっていた。
九割以上カットされていた、と後にアッシュは語る。しかし、そこはオタクのユイだ。映像編集にも手は抜くそぶりは無く、無駄に拘ろうとした。分かりやすいように可愛いフォントで字幕をつけようとした画策は、アッシュと菫に止められた。
「似た施設にいた記憶はある。あれほど雑然とはしていなかったと思う。だから同じものかは分からない。役に立てなくて、すまん」
「いえ。イツキさんに見覚えが無い、という事実の確認が出来ました。大事な事です」
つまりは、同様の施設が複数ある可能性。そして、もしかしたらモンスターを産み出すマザーも同じ数だけいるかもしれないという事だ。
「ウソ……」
ユイと菫には、後者の発想は無かった。あんな地獄が他にもあるなんて、考えたくもない。
「ただの僕の予想だよ」
アッシュは、いつものように悪い方に考える。
この時接続したラスティネイルも、セラが乗っていたものとは別機体だった。モンスターのマザーが古代ガンドールだと分かれば、同様に量産されていると考えることも不自然じゃない。
勿論、あのラスティネイルが「暴食のエクリプス・ファング」によって再生する前の、セラが乗っていたのと同一機体のパーツだった可能性はある。
「……良く帰ってこられたな」
「みんなが助けに来てくれたじゃないか」
「そういう意味じゃねぇよ」
あの過酷な旅の中、良く無事でいられたな、という事だ。友矢は、アッシュとは健人ほど話が噛み合わないと思う時がある。今までは、あまり気にしてはいなかった。
「姫様たちは、どうやって跳んできたの? っていうか、セカンドじゃないブレインなんて持ってたの?」
ユイの次なるワクワクは、リ・ブレインに移った。シリウスの格納庫の隅の隔離区域で、密かにジグ爺さんに修理と改修を任せていたが、ゼーバ側の設計の解析に四苦八苦して難航していたそうだ。爺さんは、決して影が薄かったわけでは無いのだ。
「俺たちにもゲートが開いた理由は分からない。右腕に願力を込め……いや、ただ願ったんだ」
「あなた達を助けたい。連れて行って、って。私も乗っていた時に開いたものだから、焦りました」
「そもそも、お前らが跳ばされた原因は何だよ」
アッシュでも菫でも無い。願力の無いユイのせいとも思えない。消去法でいくなら、蠍のシオン……健人だろうか。
「私にも、健人お兄ちゃんの言葉は聞こえません。だから、断言は出来ないです」
「あいつは、あのオリジナル・ブレインに反応を見せていた。何かを感じ取ったのかもしれない」
「成程? つまり! ユイちゃんは。完璧に、被害者?!。、」
「ジョージ、文法がおかしい。後、顔が怖い」
ゲートが開いた時、周囲には蟲の骸……願導合金の残骸が散在していた。それは、ニーブックでのラスティネイル、コロニーでのイツキの出現時にも、同様のことが言える。それが影響を与えたというレイザーの予想も予想でしかないし、実際にゲートを潜った彼らが感じた「全身を覗かれるような感覚」の理由も分からない。
「では、次にリ・ブレイン内の映像を」
レイザーの指示で、ユイに代わって今度はエヴァが映像を流す。ゲート内部の姿もレコーダーに記録されていた事は、後々の為になるだろうか。あれを再び使用する状況とは、考えたくは無いが。
「当時、夢中でしたから。こうやって見返すと、ゲートの中ってワクワク……もとい、可笑しな世界ですね」
ルミナは不思議空間にワクワクしている。
「俺はあそこに入るのが二回目だから、ルミナより先輩だぞ」
「はいはい。すごいですねー」
イツキがアルカドに辿り着いた時と、今回とで二回。
「……あっ、生まれたての時を合わせると、三回目だ!」
「すごいすごい。よかったですねー」
神皇の娘が魔王の息子の頭を撫でた。男女が奏でる突然の高度なプレイに友矢は驚愕した。
イツキとルミナが心なしか楽しそうなのが微笑ましい。ユイは、シリウスに帰ってきたのだと実感が増して、改めて嬉しくなる。ニコニコしながら映像の観賞に戻る。
「なにあれ! おっきい穴空いてる!」
「ああ。ブラックホールのようなものだと我々は考えている」
レイザーやジョージたちは既に視聴済み、いや、検閲済みといった面持ちだった。なにか不都合でも映っていたのか、そんな風に疑ってしまうのは、最早アッシュの特性といえた。
「影が見える」
「何言ってんだ?」
「ほら、ブラックホールの表面。動くものが」
「いや……何言ってんだ⁇」
アッシュの眼には影絵か何かに見える。電波障害が酷く、映像はノイズに覆われていた。それと誤認したのだと友矢に言われれば、アッシュも推し黙った。
「少しいいか」
続けてレイザーが手を上げて話し出す。
アッシュたちが帰還したのとほぼ同時刻。モンスターの動きにも活性化の兆しが現れた。彼らの話しを聞いた今、マザー(の一体)を倒したのが原因だろうとの予想が立てられる。
「いや、アッシュたちのせいとは思わんよ。貴重な情報を持ち帰ったばかりか、マザーさえ倒したのだ。勲章ものだ」
レイザーの言葉を素直に額面通り受け取ったユイは、照れながらご機嫌になったぞ。
「そして、これは好機だ」
「モンスターを利用してニーブック奪還に動くんですか?」
「いや、それもあるが。和平への糸口になれるのではないかという期待だ」
ゼーバだってモンスターは怖い筈。明確な「敵」の存在は、団結とモチベーションに関わる。
観賞会も終わり、お開きのムードが漂う。アッシュは、意を決して口を開いた。
「すみません、最後に。これは私事なんですが。僕は、灰庭健人そのものではありません」
友矢にも、アッシュ自身にも、思い当たる事はあった。記憶の欠落、異物の記憶、性格や仕草は似通っていても、姿形はまるで違う。
時折覗かせる得体の知れなさ。それでも、友矢は確かに健人の面影を感じていたし、アッシュもそれを心地良く、快く受け入れていた。
「……今更なんだよ」
「うん。僕は健人そのものじゃないけど、健人でもある。自分で健人だって主張してきたから、友矢も皆んなも振り回してしまうことになって悪いけど、これからどう扱ってくれるかは、それぞれ好きにしてくれていいんだ。蔑称じゃないんなら、名前なんて認識出来ればどうでもいい」
ただ、今回はメンタルの不調で、皆を危険に晒すところだった。アッシュは、それの謝罪をしたかっただけだった。
「メンタルか。俺が言える事じゃない」
「私も。皆様に散々迷惑をかけました」
「トモヤくんやスミレちゃん以外は、学生だった灰庭健人くんの方こそ知らないからな。まぁ、たいして変わらんだろう」
「戦場だから、そういうわけにもいかないんだろうけれど、もっと肩の力を抜きなさい。誰だって、人に迷惑かけて生きてんの。せめて普段はもっと、ユイみたくボケーっとしてなさい。ちょっと脈が早いんだよ。アンタ、早死にするよ?」
「は、はぁ……」
イツキ、ルミナ、ジョージ、オリヴィア。皆、思い思いに、アッシュのことを考えてくれていた。最後のオリヴィアの発言には、なんだか健人の母ちゃんを感じた。
「あ、ありがとう、ございます……」
「健人には世話になったし、これからもそのつもりだが?」
戯けて見せているが、友矢は真っ直ぐにアッシュを見た。赤髪の親友にも、大分見慣れてきた。
「僕は健人ほど優しくないかもな?」
灰庭健人のことを家族と同じか、それ以上に考えてくれていた親友の事を思えば、申し訳なくて、アッシュは自分を手放したくなる。
「……バカ。俺より頭良いのに、昔からバカなんだよ。考えすぎのバカ」
友矢は、そんな親友の心情を誰よりも気に掛けている。
「おかえり。健人先輩」
マジェリカの姿の菫は、後輩だった頃のように、朗らかで愛らしい笑顔で迎えた。
友矢や菫からすれば、アッシュの中にも、彼らが好いた健人の姿が確かにあった。
「……ありがとう。友矢、菫……」
学生だった頃とは、いろんなものが変わってしまった三人。彼らは改めて、アッシュ・クロウカシスのことも好きになれた気がした。
「一件落着、かな? ね、ハナコ」
ブリーフィングもお開き。アッシュの後方で彼らを見守っていたユイは、なんかオリヴィアが自分の事を言っていた気がしたけど、まあいっかと笑顔で受け流し、慌ただしく掃除を始めたハナコを見送った。ハナコがアッシュの脚にぶつかることも、不思議と無くなっていた。
「……それで、ごめん。ずっと聞きたかった事があるんだけど。怖くて、確認できなかったんだ……」
神妙そうに、アッシュは友矢を見つめた。あんな話の直後に何事かと、友矢と菫は息を飲んで顔を見合わせた。
「何借りてたっけ、友矢?」
あの日、電話でそんな話をしていた。だけど、何を借りたかまでは覚えていない。
「……ゲームだよ。物凄く久し振りに発売してくれた最新作」
「成程、友矢の話から予想はしてたけど。しかし遂に発売されたのか、ファイブ!」
「シックスだよ!」
「またまた。……なん、だと⁉︎」
「え、そこから? 今までずっと話合わせてたの?」
「むしろ、なんで気付かないんだよ」
「無駄な演技力」
「燈間先輩がアホなだけでは」
「ごめん、ほんとごめん。弁償するよ、おいくら?」
「初回限定版だよ」
初回限定版とは、初回限定版の事である。
「ゲ」
「もういいよ! バカ!」
返そうが、借りパクしようが。どっちにしろニーブックの惨劇で諸共に「おじゃん」なのである。ご愁傷様であった。
「……え、先輩、聞きたかった事って、それだけ?」
「ん?」
「考えすぎのバカ!」
「……ていうか、バイトしてたんだから借りずに買いなよ、先輩……」
「馬鹿、お前。あのシリーズの初回限定版がそう簡単に買えるもんかよ!」
「知らんがな!」
命があるだけ、彼らは幸運だった。そうやって割り切れるほど、命も財産も安くはない。しかし、生存者が犠牲になった全てに謝ったところで、彼らにまるで落ち度はないのだ。
前向きに進もうとするニーブックの若者を見る度、レイザーは「あの日」の無力な自分を殴りたかった。