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第八話 シリウス 1/7 彼らの日常

 コロニーの深部から帰還を果たしたユイとアッシュ、そして、マジェリカ・クロウカシスこと浦野菫は、精密検査を受けた。身体の頑丈な転生者のアッシュと菫はともかく、ユイにもこれといった異常が見られなかったのは、運が良かったのだろうか。


「えへへ! 鍛えてます!」

 などと申していたユイもアッシュも、検査中に爆睡してしまったので、その間に菫の尋問が行われることになった。


「お兄ちゃん」のおかげか、菫の疲労はそれほどでもなく、彼女が答えを渋ることは無かったので、尋問も滞りなく進んだ。


「よし、終わり! 解散!」

「え……? これだけ?」


 滞りなく、あっさり終わった。ジョージは背伸びして、コーヒーを一杯。菫にも勧めるが(お子様舌なので)断られた。


「俺個人としては、ユイちゃんが無事帰ってきてくれたから、君への諸々は不問でもいいんだよ。検査前のやり取りを見ても、なんだか仲良くしてくれたみたいだしね」


「でも、私」

「貴女が責任を感じる事はありません」


 銀髪の美少女はしゃがみ込み、尋問室のパイプ椅子に腰掛ける菫の手を取る。緊張と罪悪感からか、指は硬く閉ざされ、少し冷たかった。


「姫様……あの時、私、あなたを」


「ザッタの街でのことですね。あれは、私たちが至らなかったのです。戦場で身内同士で争うなんて、どうかしています」


 しかし、菫が気にしているのは、彼女たちがルミナを襲ったせいで、従者ボルクの融合分裂を引き起こしてしまったことだ。


「それこそ、貴女に責任はありません。彼の気持ちにも気付けず、彼もそれを制御出来なかった。責任というなら、ニーブックを守りきれず、貴女に苦行を背負わせた私たちにあるのです。本当に、申し訳なく思っています」


 ルミナは菫へ深々と頭を下げた。この姿こそ、人々の上に立つ高貴なる者の務めだと、菫もジョージたちも納得させる見事な礼だった。室内から出たレイザーは天井を仰ぎ、愛する妹の成長に一人号泣していた。


「……でも」

「でもでも、うるせえ奴だな」


 ルミナとは打って変わって、友矢は心底面倒くさそうにあくびをしはじめた。


「あの健人だって俺の親友なんだ。お前がいないと困るんだよ」


 蠍のシオンは、シリウスの外で寝転んでいる。半生物のようなものと考え、格納庫に入れるのは自主的の方がいいだろうとの判断だ。

 お兄ちゃんの自主性にまで気を遣ってくれる姿勢に、菫は彼を道具としていた自らの行いを恥じ、また、ゼーバとの違いに改めて心を打たれた。


「あ、一応拘束はしているよ。念の為」


 当然、艦内に入れるのを躊躇ったのも理由の一つだ。正直、何をどう扱えば良いのか、ジョージたちにも検討がつかない。


「な? お前が必要だってさ」

「燈間先輩……」

 みつめあうふたり。


「お、トモヤ少年にもフラグが?」

「あ、それは無いです」

「俺だっていらんわ!」


 髭面の艦長の冗談で、菫にもぎこちない笑顔が戻る。後ろめたさがあるのなら、罪滅ぼしと思ってニーブック解放に協力して欲しい、とジョージは続けた。


「……分かりました。ユイと先輩に救われた命です。『私は』協力させていただきます」


「うん。あっちの健人くんにまで無理強いはしないさ。とはいえ、騎士団からの物資の搬入が終われば、すぐにここを経たなければならない。早速だけど、健人くんを艦内に入れる手伝いをしてくれると助かる。流石に、こんなコロニーに一人放ってはおけない」


「よし! オラ、行くぞ浦野!」

「なんで先輩が仕切るんですかー」


 後輩の菫はぶつくさ言いながら、頑張って笑顔を作って、友矢の後をついて行った。


「立派だったな、ルミナ」

「ありがとう、イツキ。彼女たちの為にも、ニーブック解放は、絶対にやり遂げましょう」


 ユイとアッシュがコロニーの深部で過ごしたのは、だいたい一週間。菫とシオンは三日程度、シリウスに至っては、僅か三時間の出来事だったそうだ。


 絶望の中でも生き抜いてきたアッシュたち。イツキとルミナはリ・ブレインで彼らを救い出したが、自分たちの方こそ彼らに力を貰った気分だった。





 蠍のシオンは他のガンドールよりも大きいので、格納庫に入れるには大変で、ジグ爺さんは頭を抱えた。


「そこ、もっと押して!」

「オレ、オマエ、センパイ」

「スミレはトモヤ使いが荒いな」


 友矢は使いっ走りをさせられた。イツキのリ・ブレインがシオンの首根っこのロープを手繰り寄せる。

 艦内に入るのを拒否っているのか、シオンの顔がロープに絞られ「ぎゅむむ」っとしわくちゃになった。装甲の硬度は可変式のようであった。


「お散歩中のワンちゃんみたいですね」

「こんな時に犬語博士はねぼすけなんだから」

「犬語? わんわん! ですか?」


 結局、シリウスの甲板になんとか括り付け、ずり落ちないように気持ち安全運転で行くしかない。犬じゃないが、ユイに小屋でも作らせるか。爺さんは早速材料の工面をし始めた。


「悪いな。シリウスに押し付ける形になって。私たちの艦ならば、多少余裕はあるのだが」


「いえ。彼女と一緒の方がいいでしょう。その彼女も、アッシュやユイがいた方がいい。そして、私もユイちゃんと一緒の方が」


「おい、艦長」


 レイザーは騎士団の二番と三番艦に、いずれ来るであろうゼーバの追手の対処を任せ、彼の艦はシリウスの少し先を進んだ。遊撃騎士団の旗艦は、このまま作戦に同行するらしい。囮としては、ゼーバは益々放っては置けないはずだ。





「背中に張りがあるね」


 アッシュの体内にある願導合金の欠片たちが背中へ集まり、活性化の兆しを見せていた。それが何を意味するのかはオリヴィアにも分からない。


「良いですよ、命があるのなら」

「無理は禁物、頼むから」

「パイロットに言っても」

「そうだけど。こっちは医者だからね。良い機会だから休みなさい」


 兎に角、データが無い。アルカドでも、過去に願導合金を埋め込んだりする人体実験めいたものは行われていたという眉唾は、医学界でも噂ぐらいにはなっている。

 それがどういった結果になったのかは定かでは無いが、噂レベルにしか聞こえないのなら、聞くまでも無いだろう。


 アッシュは、すやすやと幸せそうに眠るユイを名残惜しそうに眺めた後、彼女をオリヴィアに任せてブリッジへと赴いた。


 無機質ながら懐かしい鋼鉄まみれの光景と、整備に使ったのであろう油っぽい匂いが、無事に帰ってこられたことを実感させてくれる。


 今のアッシュには、シリウスこそが帰るべき家なのだ。


「すみません、艦長。あなたは僕を信用してくれたのに、作戦を成功させることが出来ませんでした」


「頭を上げろ、准尉。俺もな、君に押し付け過ぎたと思う。あまりにも出来すぎる奴だったから失念していた。まだ学生だったんだよな。申し訳ない」


 アッシュもジョージも、互いに頭を下げた。アリスやダニーという部下のいる前で、艦長は惜しげもなく頭を垂れたものだから、アッシュは慌ててやめさせた。


「やめてください。僕が一人で勝手に追い込まれたんです。思い返すと、恥ずかしくて」


 アッシュはジョージへ、あの時の状況を説明した。自分の記憶、ウィナード、ジョージへの疑念。


「あー……最後のは、ちょっとショック」


 苦笑しながらも、ジョージは再び謝って、アッシュも再び頭を上げさせた。信用されないのはアンタの態度のせいだろ、とはアリスの心の声だ。


「アリスさんも、ごめんね。胡散臭い艦長で」

 声に出てた? アリスは、慌てて自分の口を押さえた。


「いや、声じゃなくて顔に出てます」

 ダニーのメガネが光った。メガネはアリスさんに割られた。


「いや、君の発想は必要なものだ。最悪を想定するのは大切なんだ。しかし、ウィナードが味方か……面白い発想だ」

「あの時、なんでイツキさんを見逃したと思います?」

「見たままの意味だろう。味方では無いが、イツキに死なれちゃ困る、と」

「ニーブックに来られちゃまずいみたいでしたね」

「何かを待っている?」

「やっぱり、レイザーの準備ですか?」

「いや、決めつけるのは早い。世界粒子を操るような奴だ。灰色の願力も気になる」

「コロニーの深部のことは」

「ああ。この後、ブリーフィングを開く。皆に一度に説明した方が手間がかからない」

「ありがとうございます。後は」

「ゼーバがどう動くか」


 結局、作戦会議になった。アリスとダニーは、ワーカーホリック気味た似たもの同士の二人に呆れて、顔を見合わせた。


「ところで、アッシュくん。うちの娘に手は出してないよな?」


「ゲ」


 ジョージは艦長の顔から一転、バカ親の顔に変化した。自分と話の合う「婿殿候補」が現れれば、そりゃ糞親父も可愛がりたくなるだろう。


 アリスとダニーが呼んだオリヴィアが到着するまで、そう長くはかからなかった。

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