第七話 遺物 6/7 大樹
「モンスターって、なんなんだ」
ジグじいさんの整備作業に立ち会いながら、友矢は独り言のように呟いた。
「どうした、坊主? 珍しく真面目だな」
「いや、あのサソリが健人って言われてもさ……言いたくねぇけど、どうみてもモンスターっていうか……」
「モンスターの正体が、融合分裂した人間だって言いたいのか?」
騎士団の〈男装の麗人〉サマンサが話に入ってきた。
「モンスターの繁殖スピード、要は代替わりは、そこらの小さな虫ほど早くない。我々という敵や、モンスター同士の縄張り争いもある。仮に正体がお前の言った通りだとして、一体どれだけの人間と願導人形が融合分裂すれば、こんな生態系が軌道に乗るんだろうな?」
「えっと……」
「坊主の考えは、的外れってことだ」
ジグはサマンサから願具の工具を手渡され、作業を続ける。友矢は頭を掻き、それでも納得出来なかったのか、疑問を述べた。
「逆に言えば、それさえクリアすれば、俺の考えは正しいってことにならないか? ほら、コロニーの中心は時間の流れが違うみたいだし。少しずつ増えてったんだよ、アイツら」
「そうだな。そもそもモンスターと我々の遺伝情報は、まるで別物だがな」
「馬鹿なこと言ってねえで手伝えよ、坊主」
「うがー!」
ぶーぶー文句を垂れながら、それでも友矢は蠍の健人のことをなんとか助けてやりたいと考えていた。
◆
「やったー! 着いたー!」
コロニーの深部で旅を続けるユイとアッシュとセカンドは、マジェリカの姿をした菫と蠍のシオンと共に、遂に「大樹」へと辿り着いた。
その外壁は植物に覆われて一体化しているが、近づいてみれば、巨大な人工の建物であることが分かる。
今から五百年程前。記憶を失った人々……俗にいう古代人たちは、魔王と神皇の導きの下、二つの国をつくった。その後、数百年に渡る時をかけて、モンスターのコロニーは現在の形になっていったらしい。
この施設は、古代人が記憶を無くす前に造ったものなのだろうか。なにかのシェルター。そんな感想を抱ける。
イツキの話が正しければ、コロニーの深部は時間の流れが外より早い。人間の作った文明を、永い長い時をかけてゆっくりと呑み込んでいったであろう自然の力に圧倒される。
入り口らしきものを遮る蔦を断ち切って、セカンドの十倍はあろうかという重々しい扉が露わになった。
機体から降りたユイが、外壁の制御パネルの電子回路を少し弄るだけで、扉は音を立てて動き始めた。電気も生きているのなら、中に粒力発電施設でもあるのだろうか。
「わくわくするね!」
そりゃまあ、アッシュだって嫌いじゃない。しかし、天をつく程の高層の施設なのに、周辺のムカデクワガタは手を出さない。それだけで、彼の中には嫌な予感が渦巻いた。
アッシュにセラの記憶があるとは言っても、セラの持っていた「モンスターの察知能力」は無い。アッシュは特別では無いから、ただの勘でしかない。
しかし、古代人であるセラの記憶を継承したせいなのか、この時代の物理法則に違和感を覚える事も多かった。
重力による時間の流れの違い。それは、古代の頃より明らかに拡大解釈されている。今はコロニー特有の現象なのかもしれないが、それが外界にも及ぶ可能性は捨てきれない。
「さあ、行こう!」
ユイをコックピットへと招き入れると、セカンドは静かに「大樹」の内部へ進路をとった。
殺風景な長い通路を超えた先のエアロック式の隔壁は、先程のようにユイがあっさりと解錠した。ロックされていたという事は、誰かが閉めたという事である。普通に考えればエイリアスたちだろうが、こういう時アッシュは悪い方へと考える。
「ここは……」
広々とした吹き抜けのエントランスが、彼らを出迎えた。
「なにこれ……⁉︎」
「すごい……街みたい」
円柱状の内壁を、雑多な建物たちが、とぐろを巻くように、上へ上へと並んでいる。民家やお店、ビル、公園なんかもある。法則性も見受けられない、まるで、この周辺にあった建築物を無理矢理ひとまとめにしたような、つぎはぎの街。
「ねぇ……。ここ、ホントにアンタの家族がいた施設なの? 入り口も閉じてたし」
「え? ど、どうだろう? 確かに、こんな感じの施設だって言ってたけど」
菫に言われれば、なんだかユイも自信が無くなってきた。
「……ここじゃ、ない?」
「ちょっと、しっかりしてよ、ユイ! 最年長でしょ!」
「スミちゃんは、こんな時だけ、もう」
こんなことならイツキに、もっとちゃんと話を聞いておくんだった。
しかし、聞いていたところで、広大なコロニーを行く宛も無く彷徨う訳にもいかず、今のセカンドではどのみち、これ以上の旅はできそうも無い。
ユイは、さいねんちょう? として、決断をせまられたの?
「ケント?」
黙り込んだアッシュを心配して、ユイが顔を覗き込んでくる。無重力に近いのか、彼女の体は浮き、ポニーテールがふわふわと揺れていた。
「あれ? お兄ちゃん?」
蠍のシオンは何かに導かれるように、上へ向かって進み出した。
「健人くん、お腹空いたのかな?」
「先輩、喰われかけてたしね」
シオンの素体となった願導人形は、純白アートだ。アルカドに潜入するにあたって、内装をアルカドとゼーバのハイブリッドにされた。
シオンになった時に動力部も転生して、モンスターのような半永久機関となっていた。蠍のシオンとなっても、出力は向上したが基本は同じ筈だと、ユイ博士のお墨付きだ。
大気中の世界粒子やプリズム・フラワー、そして菫の願力以外にエネルギーを必要としないのに、あの時アッシュを食おうとした。菫にもシオンの行動の全てを制御することは出来ないし、彼を失う訳にはいかない以上、アッシュも追うしか無い。
「警戒を」
「任せて、先輩」
「了解!」
元気に敬礼をするユイに救われる。皆、恐れがない訳じゃ無いのだが、それと同時に、未知へのわくわくが止められなかったのも事実だった。
「緊張感ないなぁ。ほんと、気をつけてよ、ユイ?」
「スミちゃんは心配性だよね」
「お前が危なっかしいんじゃい!」
ふう、やれやれ。といった仕草のユイに、菫は、やっぱり気が気じゃない。
「あんまり気にするなよ、菫。ユイは偶に、空気を和らげてくれようと、わざとこういうことをするんだよ。八、二くらいの割合で天然だけど。あ、八の方が天然ね」
アッシュに見抜かれていたユイは照れ臭かったのか、耳を赤くしながらセカンドのモニターを凝視することにした。無重力の中を、漂う物体が見えた。
「ガンドールのパーツだよ! やったー、修理強化解析ー!」
「保存状態は良さそうだ。こういう施設なら、整備区画もあるかもしれない。できれば先に保存食なり、有機プラントでも見つかれば……」
そういう区画があればいいが、取り敢えず、アッシュはまともな飯が食いたかった。願力で関節やバインのブースターを制御しているので、機体もそうだが、パイロットもボロボロなのだ。
「えへへ……服もあったらいいな、なんて」
衣服の裾は擦り切れ、暑さから上着は脱いでしまい、アンダーシャツは何度も洗った上から、汗でぐしょぐしょになっていった。
「正直、目のやり場に困ってた」
「それは……お互い様だし」
文明に触れたせいか、急に自分たちの格好に羞恥心が湧いてきた。
後部座席に座るユイは、アッシュの首筋から背筋に至る流れをまじまじと見つめた。
操縦桿を握る手は、少年のような顔に似合わず少しゴツくて、浮き出た血管や筋肉がついた腕もそれなりに逞しく見えた。肩幅だって、女の自分よりずっと広くて頼ってしまった。
思い返せば、父親と、おとーさん以外の男に肩を抱かれたのは、あの時が初めてだったんじゃないだろうか。
「ケントも、そういうこと考えるんだー。ふーん……えっちなんだー?」
「うん。この体になってからは、そういう欲求は減衰している。蠍のシオンの菫に対する態度を思えば、多分あっちの健人にもってかれたんだと思う。融合分裂というものは、欲望まで分裂するらしい」
「えっ……だ、大丈夫なの?」
「さあ? 生命活動は維持できているから、いいんじゃないだろうか。しかし、生物の本懐が生命を次の世代に繋げる事なら、システムから外されたようで少しだけ泣ける。自分の子供を成せないというのは……」
云々。
「嫌だー! 治してよ!」
ユイは急にアッシュに掴み掛かった。無重力の操縦中にやるのは危険なので、やめましょう。
「完全に無くなった訳じゃないと思う。ユイは無防備過ぎるから、君を見てるとドキドキする」
「えっ……⁉︎ そ、そうなの?」
「気をつけないと」
改めて、大丈夫か、この娘は。アッシュは、凄く心配した。
「でも、無くなったわけじゃないんだ……よし」
彼女の「よし」が、何を意味するのか、今のアッシュには、それすらも分からない。恋じゃなくて、危なっかしくて心配でドキドキしているのである。
既に、ユイに対しては保護者目線であった。大丈夫か、この男は。
◆
「お兄ちゃん?」
蠍のシオンが、施設の天井辺りを見つめているのが気にかかる。微かな揺れの後、シオンの唸り声が鳴り、ブレインセカンドもコロニーの深部に来てから何度目かのアラートを報せた。
「来たよ、蟲!」
「うわぁ、いっぱい⁉︎」
高い天井を突き破り、その先からハエトンボとダニバッタが数を頼りに突っ込んで来た。アッシュと菫はすぐさま応戦したが、斬ったそばからリポップするように湧いて出てくる。
「わわっ! 撤退ー!」
「健人お兄ちゃんが反応してる……。うん、敵は上から見下ろしてるんだ! 帰れなくても、こいつらを殺せばいいんだよ!」
新たに湧いたグソクカブトムシさえ鋏で断ち切って、菫と蠍のシオンは、一足飛びで無重力を泳ぎ出す。
「スミちゃん!」
「ユイたちは、そこにいてもいいよ! 私とお兄ちゃんなら!」
「もう! 年長扱いしたくせに!」
「菫! 命を粗末に……」
言いかけて、アッシュも思い直した。喉元を叩かなければ、それは無限に続く。シオンこと健人は、それに気づいているのだ。
「いや、違う。ただ、確かめなきゃならない。いいよな、ユイ」
「二人をほっとけないもんね。ここまで来ちゃったし、私たちも行こう」
迫り来る蟲を、蠍の下半身を持った願導人形が蹴散らしていく。セカンドは、フォローに徹した。
憤怒のディス・プリズムには、奴の重結晶を逆に利用し、強欲のバンディット・レイヴンや、暴食のエクリプス・ファングには、誘導して同士討ちをかましてやった。
「おねーちゃんがいれば、モンスターの接近にも気付けたのかな」
「ユイのお姉さん? 黒須砂月の事か? 彼女にも、その力が?」
「え? うん。他にもいるんだね。レイザー様が選ぶくらいだから、もしかしてエヴァさんかな?」
アッシュが頭に思い浮かべたのはセラの事だったが、確かにエヴァにもその力はあったと、アッシュの中のセラの記憶が覚えていた。
「こうやって戦ってると思い出すね、先輩。コロニーからニーブックに帰った時のこと。先輩とお兄ちゃんが生まれた日の事」
「ん? ああ、あの時は追っ手から逃げるので精一杯だった」
似ているけれど、明確に違う。今は自ら死地に赴いている。
「……ごめんね、健人先輩。やっぱり、私のせいだよね」
「お前を守ったのは、僕と健人の意志だ。恨んじゃいない。だから、お前たちが人を襲うなら、僕は止めなきゃならない」
「うん……そうやって優しい人だから、今度こそ、私が助けるんだ!」
蠍のシオンとブレインセカンドは、エントランスの最上階へと辿り着いた。
「前方!」
「え、あれって」
それは、植物の蔦が絡み合い、悪魔の翼にも、魔女のスカートのようにも見えた。
中央には、どこかで見た、彼らがよく知る願導人形が、まるで囚われているように鎮座していた。
「オリジナルの、ファーストブレイン……!」
絡み合った蔦が、紅い眼光に照らされていた。