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第二話 神の国 1/5 仮面の男

「お前は、俺の敵だ!」


 不快な頭痛を振り払い、赤髪はアンティークを走らせ、思い切りノコギリを振り下ろす。漆黒のブレインは「黄金の右腕」で、それを掴んで受け止めた。

 鋼がぶつかり火花が散る。ノコギリの刃が食い込んで、黄金の右腕に痛々しい手相を刻んでいく。


「向かって来るのなら、討ち砕く」

「やれるものなら!」


 ブレインの黄金の右腕に、穢れなき漆黒が輝いた。掴んだノコギリを握りつぶし、アンティークを児戯の如く振り払う。


「叫べ、ブレイン。我が願いを叶えたまえ」


 黄金から魔法陣が迸った。サツキの心に、痛みが走った。


(ひざまず)け。アーク・ドミナント!」


「なに、うああっ⁉︎」


 魔法陣から重力波が放たれた。〈傲慢な重力アーク・ドミナント〉。指向性なのか、アンティーク以外は意に介さず、彼らだけが地面に這いつくばった。


「いやー⁉︎」


 機体が軋む。アスファルトが割れ、地盤が落ち、死の音が耳を支配した。


「くっ……このやろう!」

「落ち着いて!」


 白い方を守るようにして、サツキは巨大な斧でブレインを牽制した。彼女から退散するように、エイリアスは右腕を解いた。


「魔族が、我々の国に何の用ですか!」

「君たちを奪いに来た」


 魔族の指揮官〈エイリアス〉は、低く応えた。仮面をつけたような顔からは、その表情は窺い知れない。瞬きの間に、ニーブックの街は炎と黒に塗りつぶされた。


「サツキ、限界だ! 戻れ!」

 レイザーは、この惨劇から出来る限りの民間人を救出したが、全てを救うことは出来そうも無かった。サツキはしばしの沈黙の後、レイザーに謝った。


「残ります。戦う力を持たない人を、守るのが使命ですから」


 予断を許さなかったのか、レイザーは「すまん」とだけ返し、早々に通信を切った。

 アルカドの艦隊は、振り返る事もなく見えなくなった。


「フッ。敗北者め」


 ニーブックの大地に降り立った魔族たちが、戦利品を物色するように人質を取っていく。外部音声を拾う事は無くとも、悲痛な叫びが赤髪たちの脳裏を(よぎ)った。


 アンティークのアラートはいつの間にか止み、遂には動きを止めた。


(ククク……。黙ってやったぞ? ほら、この状況、どうする?)

「なっ……今頃、テメェ!」


 臍でも曲げたのか、アンティークはピクリとも動かない。機械の御機嫌取りをしなくてはならないのは、作業効率が悪すぎる。赤髪は目の前の機械を蹴り付けてやろうかと思ったが、包帯まみれの自分の脚を労わって踏み止まった。


「クソッ、なにがどうなってんだ!」


 人質を取られれば、この世界の事情を知らなくても、赤髪はどうすることもできない。健人はやはり、彼を悪い奴とは認めなかった。


「ごめん。僕らの都合に、巻き込んでしまった」

「いや……コレに乗ってきたのは俺なんだよな。こっちこそ、付き合わせてしまって悪かった」


 赤髪は深くシートにもたれかかり、それを合図にしたように溜息を吐く。空調が機能しているからか、十一月でも息は色を見せなかった。


「それと……助けてくれてありがとう!」


 健人のヤケクソのような引き攣った笑顔がおかしかったのか、赤髪と菫も、つられるように笑い出した。





 瓦礫の街は、異臭が漂っていた。建物と、モンスターと、人の焼けた臭い。


 アンティークが動かなければ、赤髪も健人も、ただの無力な子供でしかない。人質を取られた上、魔族に包囲され機体から降りるよう指示されれば、従うしかなかった。


 間近で見る魔族は、実に様々な姿をしていた。角や獣耳があるだけの、人とほぼ変わらない者や、全身を鱗で覆われたトカゲ男など。しかしいずれも二足歩行で尻尾を持ち、着物や袴などを着用し、人間と同じ言語を話していた。

 魔族の願導人形も似たようなもので「禍々しい武者装束を着た獣人」そんな印象を与えた。


 赤髪は、それらを一つ一つ、興味深そうに記憶していった。



「彼らは民間人です! 手を出すことは許しません!」


 純白専用の重騎士型ガンドール〈コード・ウォリアー〉に乗る黒須砂月は、民間人を人質にとる魔族に対して呼びかけた。

 ブレインのパイロットは機体に手振りをさせ、部下の魔族たちに動くなと指示を出すと、搭乗したまま、オープンチャンネルで対話に応じるようだった。



「アルカドの騎士様とお見受けする。私は、エイリアス・クロウカシス。今回の作戦の指揮を任されている」


「……神聖アルカド皇国、遊撃騎士団所属、黒須砂月。こちらへの返答、感謝します」



 サツキは、魔族の指揮官が意外と物腰の柔らかい対応だったものだから、少し戸惑った。


「別に取って食おうというのではない。我らの同胞となっていただきたい」


 人質たちがざわつく。検査の後、模範的で適正のある者は、それに相応しい役職が与えられるそうだ。



「君たちも見ただろう。我々、魔国ゼーバの力を。あの憎き蟲たちを、いとも容易く屠る願導人形の姿を! しかし、アルカドの兵士たちはどうか? 自らの保身の為、尻尾を巻いて逃げ出した! 兵士の使命は、自らを剣と成し、盾となって、力無き無辜の命を護ることにある!」



「侵略者が、何を! あなたたちが来なければ、私たちは辱めを受けることはなかった!」



「騎士様の言うことは尤もである。だが、モンスターのコロニーは、日々拡大の一途を辿っている。奴らには話も通じない、ただの一方的な暴力である! この街が、それに呑まれるのは時間の問題であった! アルカドでは、どのみち君たちを守りきれなかったであろう!」



 ブレインは、身振り手振りと、その声を次第に荒げていく。嘘と真実を巧みに混ぜ、相手の言い分さえ利用する。それは、詐欺師や、古代の記録に残る独裁者のようであった。



「なぜ、侵略したのです! 私たちと協力したいのなら、話し合いで解決できたのではないのですか⁉︎」


「逃げ出したのは、君たちだ。君は、そんな腰抜けに背中を預けることが出来るのか? 愚かと知りながら、国は裏切れず、民は裏切るのか⁉︎」



 サツキは言い淀む。この男の声に呑まれていく。ブレインの手振りが、渇いた風を運んできた。



「諸君らは、幸福である! 諸君らは、あの憎き蟲たちの恐怖に怯えることは無くなった! 我々魔国ゼーバは、勇気ある者を歓迎する! 共に戦おう! 世界に真の秩序と繁栄をもたらす為に! 我らゼーバの名の下に、立ち塞がる全てを、討ち砕くのだ‼︎」



「なんだ、これは」


 先程まで絶望し、死んだ眼をしていた人質たちは、巨大人型兵器が人のように振る舞うこの異様な演説に、心が踊った。


 魔族を謳うブレインの突き上げた黄金の右拳は、曇天を拓き、後光を呼ぶ。その姿に、自分たちの救世主、神の姿を感じた。


 記憶のない赤髪は、体の全てで、この記憶を受け止めてしまった。





 魔族が住む魔国ゼーバは、アルカドの遥か西にあった。同じ大陸には、アルカドとゼーバを二分するように、中心にモンスターの巣〈コロニー〉が広がる。丁度、川によって東西が分かれたニーブックの街と似た構図であった。


 魔族たちは、未知の領域であるコロニーの中心は避け、迂闊しながら海沿いのニーブックまで辿り着いた。彼らも、モンスターのことを恐れているのである。


「菫ちゃん⁉︎」

 菫の耳に、懐かしい母の声が響いた。菫は家族と再会することができたが、魔族の前では触れ合うことは許されなかった。


「ありがとう『康平』くん。娘を、うぅ……!」

 菫の父は、泣きながら健人に頭を下げた。


「いえ、こんなことになってしまって……」

「もう、健人くんだよ、パパ。先輩も否定してよ」


 菫と両親の目には涙が溢れ、健人のくたびれた心に沁みていく。その光景だけで、少年は少し救われた気がした。


「彼らは御家族のようです。なんとか、御一緒にさせてあげることは叶いませんか?」


 機体から降りたサツキは、思わず魔族の男に話しかけた。仮面を被ったような顔の魔族、あのブレインのパイロット、エイリアスである。


「駄目だな。あの三人は、ラスティネイルに乗っていた。先ずはデータを取る必要がある」


〈ラスティネイル〉とはアンティークのことであろう。魔族側の呼称だろうか。


「ヒャー? また、勝手に名付けおって!」


 メガネに半纏(はんてん)を着込み、仮面の男の半分くらいの身長の、怪しげなネズミ男が現れた。


「マーク博士、なぜ出てくる、ややこしくなる」

 仮面魔族の呆れ顔(仮面のような顔なので実際の表情は分からないが)に、ネズミ男〈マーク・キュリー〉博士は憤慨した。


「敬え! ゼーバの願導人形を造ったのは私だぞ! 勿論、お前のブレインもな!」


 他にも何やらやかましかったが、サツキは面食らってしまって聞きそびれた。博士はブレインのデータ取りの為に、遥々ニーブックまで侵攻についてきたらしい。


「博士のネーミングセンスは独特だから。レイヴンを捩ったのだろうけど、ブレインという名前だって、俺は本当は認めていないのだぞ。あれの真名は、アルファ……」


「ヒャー⁉︎ このメスは噂の純白か? 良いモルモットだな、私に寄越せ!」


 仮面の話を遮って、ネズミ男の興味はサツキに移った。冷たく脈を打つ長い指が、女騎士の鍛えられた健康的な肌に張り付く。


「ヒッ……⁉︎」


 サツキは今までに経験したことのない悍ましい恐怖に襲われ、発したことのない女の子の声を漏らしてしまった。


「すまない、騎士殿。見ての通りの無礼者だ」

 エイリアスはサツキからネズミを引き剥がし、優しく彼女の肩を抱く。仮面の紳士の手は、筋肉とタコでゴツゴツしていて、歴戦の戦士を想起させた。


「君の献身は、心を打つな」


 穏やかな口調で、エイリアスは呟いた。


 自分と頭ひとつ分以上もの身長差に抱かれながら、不思議とサツキは安心感を覚え、しばらくの間、その仮面のような顔を見上げていた。


 無礼者は仮面の部下のフィンセントたちに引き摺られていく過程で何やらやかましかったが、皆、慣れたように無視した。





「大丈夫か、浦野」

 菫の両親は簡易的な検査を受け、病原体なんかは無いとのことで、先に魔族艦に連れて行かれた。泣きつかれ膝をつく菫に健人は、巻き込んでごめんと謝った。


 健人は、菫の虚な眼に責められている気がした。もっと考えて動けば、こんなことにはならなかったのかもしれない。だけど、あの時の自分に、何が出来たのか。アンティークに乗らなければ、自分も物言わぬ骸のひとつにしかなれなかったのではないか。


「健人くん、悪くないもん……」


 一人では生き残れなかったことを、彼女だって分かっている。ぐちゃぐちゃになった感情は、その眼に涙を求めたが、瓦礫を潤すことは無かった。菫は先輩を謝らせてしまう自分が嫌で、健人はただ、そんな菫に謝るしかなかった。


「来るぞ」

 赤髪の言葉の矛先に、健人と菫は一転、怒りを露わにした。


「先程も名乗ったが、改めて。俺はエイリアス・クロウカシスという。戦闘では世話になったな」

 ブレインのパイロットは名乗りながら、三人へと詰め寄った。


 最近のモンスターの動きは、魔族の侵攻のせいであったことは、健人でも気づくことはできた。日常を破壊した魔族、その作戦の指揮官を許すことは出来ない。


「そう怖い顔をするな。共にモンスターを討ち砕こうじゃないか」


「打ち砕く?」


 仮面の男が度々口にしている事に気付く。奴隷や部下たちに、刷り込みをしているのだと健人は感じた。


 アンティークのデータ取りの為に、自分が三人の面倒を見るのだというエイリアスは、不便だからと三人にも名を聞いた。健人と菫は不本意ながら答えたが、赤髪には答えるべきものがなかった。


「名前どころか、記憶がありませーん」

 赤髪は自嘲し、戯けてみせた。エイリアスは、やはりな、といった面持ちで立膝をつき、赤髪より低い姿勢をとり答えた。



「全身包帯の記憶喪失。お前は古代人だ。それに、俺もな」



 突然の告白に、赤髪は驚いた。記憶もなく、何もない自分は、この世界では異物だと思っていた。こんなに近くに同胞がいるなんて思わなかった。


 同じ古代人だと知れば、何処となく懐かしい感じもする。アンティークに乗っていた頃には敵としか思えなかったが、生身の肉体で接してみれば、彼は素直にそう感じられた。



「エイリアス、クロウ、カシス」



 赤髪は、壊れやすいものを大事に抱えるように、優しく同胞の名を口にした。


「そう、名前は大事だ。自分を自分にしてくれる、重要なパーツのひとつだ。俺がお前を名付けてやろう。名前は、誰かに与えられるものだからな」


 健人は、赤髪の反応に違和感を覚えた。「自分たちで一緒に名前をつけよう」ついさっきしたばかりの口約束はどこかへ消えたようで。


 新興宗教の勧誘……目の前のやりとりに、そんな得体の知れない漠然とした不安を感じた。


 しばらくの思案の後、エイリアスは口を開き、彼を名付けた。

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